盾の少女の憂鬱   作:T.K

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無限熱狂闘技場 Re:ローマ
迎える旅。彼方へは途方もなく。


 まず見えたのは、深い深い森だった。

 ゆっくりと目を開き、周囲の状況を確認する。天にまで届いているのではないかと思うほど高い木々に囲まれ、前方はせいぜい10メートル程度しか認識できない。

 時空跳躍によるラグなども特にない。ラプラスが正常に機能した証だ。

 マシュがここでしなければならないことは、魔力の確保だ。帰る分には問題ないが、次はもうレイシフトできない。最終手段ということで、マシュが回復に用いた聖杯を使うこともありえるが、あれはよごれているためレイシフトにどう影響するか計り知れない。これ以上の破損も避けたいところだから、本当に最終手段だ。

 とにかく森を出て、街に降りよう。そして情報収集だ。特異点ではないため異常は無いだろうが、いつもの癖だ、これをしなければ物語が始まらない気がするのだ。

 

 一歩踏み出したところで、膝をつく。

 

「……⁉︎」

 

 しばらくして気づく。自分は酷い熱にうなされていたのだ。これは、治療した時の副作用ということだろうか。

 病的なほどに恐ろしく白い肌を見つめ、近くの木陰に移動する。これではまともに活動できない。

 動いてくれと念じ、荒い呼吸を繰り返しながらふらりと立ち上がる。徘徊者よろしく歩いていると、綺麗な花畑が見えた。

 まるで砂漠にぽつんと存在するオアシスのよう。赤や青やら、綺麗な色の花が咲き乱れ、つい見惚れてしまう。無意識にそちらに足が向かい、着いたところで花に背中を預ける。

 優しく受け止められる。このまま眠りに落ちてしまいそうだ。だがそれは許されない。任務があるのだ。それが優先。

 休む暇はない。まだ全ては始まったばかりなのだから。

 むくりと起き上がる。

 すると目の前にはひとりの少女がこちらを伺っていた。

 

「はわっ⁉︎」

 

 マシュがいきなり起き上がったことで、少女はびっくりして尻餅をついてしまう。

 少し申し訳ない気持ちになって、マシュは少女に手を伸ばした。

 

「その……ご、ごめんなさい。突然起き上がったりして」

 

「いえ、わ、私も変なことを……」

 

 マシュの手を握り、立ち上がる。

 今一度マシュは少女の姿を観察した。

 見るからにボロボロの服を着ている。ところどころ穴が空いていて、不健康そうな肌が見え隠れしている。

 

「あの……どちら様ですか?」

 

 少女が尋ねる。

 

「私はマシュです。あなたは?」

 

「私は、アレイです」

 

 年はおそらくマシュより3つほど下。

 手には綺麗に積まれた花を持っている。

 何をしに来たのかはなんとなく想像はつくが、こんなところへ一人でどうやって来たのかが不思議だった。

 この付近にいるかはわからないが、野獣が跋扈している場合だってある。こんなにもひ弱な彼女ならばひとたまりもない。

 

「どうしてこんなところに……? 危ないのではないですか?」

 

「それはマシュさんも同じでは?」

 

「あ」

 

 アレイに指摘されて、マシュは自分の状況に気づく。

 アレイからしてみれば、花畑で寝転がっていた変な女の子に見えてしまっている。

 薄汚れた緑色の長い髪がなびく。

 

「ぷ。ふふふふ」

 

 笑う。

 つられてマシュも笑ってしまう。

 

「マシュさんはあまりこの辺では見ない格好をしていますね。外国から来たのですか?」

 

「えと、まあそんなところですね。旅人というのが正しいのかもしれません」

 

 外国から来たというのは確かに正しいが、どちらかというと旅人であるという方が正確な表現だ。

 どうやらアレイにはとても興味深い単語だったらしく、目を輝かせてさらに尋ねてきた。

 

「旅人? いろんなところを見て回る旅人ですか⁉︎ 私、この森からさらに遠くに行ったことがないのです。外国のこととかも全く知らないし……。マシュさんはいいなぁ」

 

 鼻息を荒くして、やや興奮気味に早口でまくしあげる。

 

「それはもう。世界中を回りましたよ。東西南北、全てを制覇……はさすがに言い過ぎでした」

 

 さらに時代も、と付け加えるべきなのだが、それは彼女に言うことではない。

 マシュはアレイのそばにある籠が目に入った。中には丁寧に、そして崩れないように花を美しく挿している。

 

「その花、どうするのですか?」

 

 視線だけで籠を指し、マシュが一番訊きたかったことを口にする。

 

「売るんです。で、お金をもらって、ご飯を買ったりするんです。ほら、私、貧しいからこうするしか考えつかなくて……」

 

 アレイの表情がしだい暗くなっていく。

 そんな彼女を見て、マシュは先輩ならこの時、なんて言うだろうと想像した。

 きっと、何も言わず、花摘みを手伝うはずだ。だからマシュもそうすることにした。

 できるだけ茎を傷つけないように細心の注意を払いながら一本一本丁寧に花を摘む。そして籠に入れる。

 

「え、あ……」

 

 まさか手伝ってくれるとは思っていなかったのだろう。アレイは半ば驚きつつも、どう反応すればいいか困っている。

 

「ありがとう、ございます……」

 

「気にしないでください。綺麗な花に囲まれて、気持ちがいいですね」

 

 花のいい香りが鼻腔を優しく撫でる。

 死体だらけの死臭が漂うカルデアとは正反対だ。

 ついついうっとりしてしまう。

 籠が満タンになったところでアレイは手を止めた。どうやらここで花摘みは終了のようだ。

 

「マシュさんはこれからどうするのですか?」

 

 アレイについて歩いていると、小さな川が見えた。

 水辺でしゃがむと、手で水をすくい上げ、口に含む。そしてふぅ、と息を吐く。

 

「近くにある街に行って……そこからはなにも」

 

「そうですか。ならローマに来ませんか?」

 

「ローマ? ここはローマなのですか?」

 

「マシュさん……知らずに来ていたんですか?」

 

 面白い人、と笑われる。

 場所の観測はできないため、悶々としていたところだが、意外に早く情報を得ることができた。

 まるでアレイには帰り道が見えているようだ。マシュにはどこかもわからない森の最奥をうろついているとしか思えないのだが、アレイの迷うことなく進む足は心強い。

 やがて、ついに森を抜け出した。振り返ってみると、中に入れば迷うことは間違いなし、生きて出られるかも怪しいほどの広大すぎる森がそこにあった。

 マシュが感嘆していると、アレイが口を開く。

 

「私、この森の中で人を見るのは初めてでした。あのお花畑、私の秘密の場所だったんだけどなー……」

 

「安心してください。他言しませんから」

 

「本当?」

 

「はい」

 

 人の縄張りに知らないながらもズカズカ侵入したのはマシュのほうだ。

 というよりも、今一度あそこに行こうとしても、きっとたどり着けないだろう。それだけ森は深い。

 数キロほど前方に、街が見えてきた。たぶんあれがアレイの言っていたローマだ。

 膝に届かないほどの草原をふたりで談笑しながら歩く。

 マシュはアレイに、これまで旅した場所のことを話した。魔術的な話はできるだけ避け、時代も予測に予測を重ねながら慎重に選ぶ。

 

「……さっきから言っている、『センパイ』って、誰のことですか?」

 

 ついうっかりしていた。でも仕方がない。どの話にも先輩の存在は大きかったのだ。

 

「私のパートナーです。それで……今はその先輩を探しに旅をしているんです」

 

「見つかるといいですね」

 

「そう、ですね」

 

 街まであと1キロを切ったところか。

 もう一度きちんと観察してみると、違和感に気づいた。

 街の中に、まだぼんやりだが黄金に輝く何かが見える。それも相当な高さだ。金箔か? いやそれはどうでもいい。黄金であることが不思議なのだ。

 ローマと黄金。たったこれだけで容易にトップに君臨する人物のシルエットが浮かび上がる。何ディウスかはもう語る必要すらない。

 

「アレイさん、あれは……」

 

 なんですか? と尋ねようとした時、マシュは魔力反応を感知した。その数は5。魔獣だ。

 咄嗟に盾を召喚し、魔獣たちとアレイを結ぶ線状にマシュは立ち、構える。

 

「え、え、え?」

 

 突如顔の色を変え、そしてアレイと同じもしくは以上の背丈の盾を出現させたマシュに驚きを隠せない様子。

 感知されたのがバレたのか、できるだけ姿勢を低くして接近してきていた魔獣たちが頭を草原から覗かせる。

 いつもよく見る魔獣だ。狼のような形態で、ぎらりと鈍色に光る犬歯を見せつけてくる。

 

「でも大丈夫なはず……リセロ姉さんがくれたお守りがあれば大丈夫だって……あれ? え、嘘! ない⁉︎」

 

 ボロボロのポケットに手を突っ込み、懸命に漁るが、出てくるはずだったであろうお守りが出てくることはなく、アレイの顔が一気に青ざめる。

 お守り……というものに興味が向いたが、今はそれどころではない。マシュの影に怯えているアレイは戦える人間にはとても見えない。このままだと魔獣の餌食になるのは火を見るより明らかだ。

 1対5。明らかな劣勢だ。それにアレイを守りながらという条件も課せられている。ゲーティア戦以来、まともに戦闘を行わなかったマシュに、リハビリといってもこの状況はいささか酷だ。

 だが、それでもやらなければならない。いつもなら先輩とその他に数人のサーヴァントと共に戦うのだが、そんなことはもう、ない。

 ないのだ。

 助けはなし。全て自力で乗り越えなければそこで終わりだ。

 

「アレイさんは私の後ろにくっついてください! 必ず守りますから!!」

 

「は、はい!」

 

 二頭が唸り、駆ける。

 遠回りをして左右から挟み込む形だ。狙いはおそらく、アレイ。

 考えている間にも二頭はもう目の前まで来ている。最後の一歩。勢いよく飛び、大口を開けてアレイを襲う。

 腰を低く落とし、盾を上に構える。二歩ほどマシュは左のほうに寄り、飛びついてくる魔獣を盾を左手に持って受け流しながら反対の手でアレイの腕を掴み、グイッと寄せてマシュより左に放る。

 

「ふっ!」

 

 受け流したところを蹴り上げ、視界から消えた瞬間、右から迫るもう一頭を空いた右手で顔面を横ストレートで殴り飛ばした。

 これで牽制はできた。マシュの前にさらに三頭が立ちはだかり、さらに後ろにさっきの二頭。完全に八方塞がりの状態だが、落ち着いて敵の動きを見れば対処できる。

 そう結論づけて、盾を再度構える。マシュのことを強いと認識した魔獣たちが様子を伺うようにマシュとアレイの周りをうろつく。

 

「はあ、はあ……はあ」

 

 ……頭が、痛い。

 視界に一瞬だけぼやが混じり、このままではいけないと自分にゲキを飛ばす。熱にうなされ、足元がおぼつく。

 その隙を逃してくれることはなく、一斉に襲いかかってくる。5頭に攻撃を仕掛けられてはこのマシュ自身のコンディションでは難しくなる。

 盾を構えて三頭の噛みつきをガード。一頭がアレイに狙いを定めているのを知ると、反応速度ギリギリのスピードでマシュは脚を限界まで伸ばした。

 

 そして、鋭い痛み。

 

「あぐッ……!!」

 

 太ももを、骨まで達するほどの深さで噛み付かれた。鋭い痛みはすぐに消え、鈍い痛みとして全身にじわじわと伝搬する。

 意識が身体からブレ、削ぎ落ちそうになる。なんとか覚醒したマシュは再開する世界に備える。

 盾の角で脚に噛み付く魔獣の首を上から殴りつける。ギャンッ! と悲鳴を発して口を離し、その場に動かなくなった。たぶん気絶までは持っていけたはずだ。

 残り、4頭。

 華麗なステップを踏んで追撃を躱し、アレイを胸に抱き寄せる。右、前、後ろ。三方向から肉迫する魔獣たち! さあ全てを避けてみせろ! 狭い狭い、針ほどでしか突破できないレベルの隙間に身体を動かしてみせろっ!!

 頭の中で思考の嵐が乱れる。バチバチと雷が空を裂き地を割る。

 頭が割れそうだ。熱でドロドロに溶け落ちそうだ。しかし最適解は得られた。

 噛みつかれた右脚は捨て、左脚を前に突き出し、腰を極限まで後ろに下げる。しかし上半身は前に突き出し、胸を張る。

 マシュに飛びかかった3頭のうち、1頭が苦し紛れに繰り出した爪の引っ掻きが横腹を浅く裂き、鮮血がつつ、と流れる。

 

「くぅッ……!」

 

 でも背後は頂いた!

 アレイの頭を上から押さえてしゃがませる。そしてその頭上を通る奇跡を想像して盾をフリスビーのように投げた。刹那の間に考えついたことだが、思った以上に腕力が強化されている。

 それが振り向きざまの口に見事に命中し、歯をボロボロと落としながら絶命する。

 残り3頭。もう1頭減らすことができればもうこちらの価値も同然だ。

 まだ敵はマシュとアレイを諦めきれない様子だ。闘志を燃やし、グルル……と威嚇しながらゆっくりとまた距離を詰めてくる。

 街まであともうすぐだ。

 近くまで接近すれば、誰かが気づいてくれて撃退を手伝ってくれるはずだ。だがそれまでの距離はとても中途半端で、魔獣たちを誤魔化しながら近づくことは望み薄だった。

 マシュはしっかりと抱きしめたアレイの、怯えきった表情を覗く。……怖くて震えている。それがマシュにもきちんと伝わった。

 ……守らねば!

 これがおそらく最後の攻撃。守りきれば、こちらの勝ちだ。

 1頭ずつ、一拍タイミングずらして駆ける。ふたりを取り囲むようにぐるぐると周りを走り、注意が散漫になるような陣形を組んでいる。

 先程からこの魔獣の行動を観察するに、明らかに高い知性が備わっている。まさに狩人にふさわしい連携だ。

 突然、こちらに牙を向けた1頭が頭の向きを変えて迫る。タイミングを絶妙にずらし、残りの2頭がアレイに向かう。このスピードから考えると、前者に対応する瞬間には、もう後者は攻撃している。

 なんともずる賢い攻め方だ。

 さっきと同じリズムでは到底合わない。どうすればいいかと悩み、ならばこちもリズムをズラすまで。

 鋭く息を吐き、身体のリズムを殺す。でたらめな動き。それで敵のリズムに介入する。そして、壊す。

 盾を再び投げると見せかける。さっきのマシュの行動から学習した魔獣2頭は反射的に回避行動を取ろうとする。その回避先を予測し、今度こそ本当に投げる。

 リズムを保とうとしたことが仇となった。さらなる回避ができなくなり、地面すれすれに飛んだ盾が脚を正確に潰した。

 

「シッ!!」

 

 ギリギリ間に合う。

 腰をぐるん! と回転させ、がら空きになったアレイへ襲おうとした最後の1頭の首を鷲掴みにした。

 ギッ! と尚も絶えぬ殺意。口から垂れる涎がマシュの腕をべっとりと濡らす。

 脚を潰した魔獣に目をやれば、もう逃げ足気味に脚を引きずって後退を始めている。

 勝負はついた。

 マシュは首を掴む魔獣をその逃げる仲間に投げつけてやる。

 見事命中し、我先にと2頭を残して猛スピードで逃げていった。

 

「はあっ、はあッ……は、ふッ! 終わりまし、たアレイさん。もう大丈夫、ですよ」

 

 終わった、と思うと疲れがどっと押し寄せてきた。ガンガンと何度もトンカチで頭を殴られているようだ。

 手で頭を抑え、膝をつく。

 もう動けない。

 

「マシュさん、しっかり!」

 

 アレイが肩を揺さぶる。

 次第に視界がぼんやりとする。アレイの涙で滲む顔すらも、マシュの絶望をまるで知らない、どこまでも広がる青空に溶ける。

 あの聖杯に手を伸ばしたのが始まりだった。全てはあの瞬間から始まった。

 決して楽なものではないと自らの心に深く刻みつけていた。

 吐きそうだ。

 激しく咳き込み、口元を抑える。

 

「あ、れ……?」

 

 その手を見て。

 意識を無くす瞬間、ひとつだけ疑問が頭に浮かんだ。

 

 ……自分の手は、これほどにも白かっただろうか、と。

 

 ダメだダメだとわかってはいるものの、マシュはここで倒れてしまった。




マシュマシュ、強ーい!(棒)
頑張れマシュマシュ。まだ始まったばかりだよっ!
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