「――以上で連絡事項は終わりだ。では各自、寄り道などせずに真っ直ぐ帰るように。以上で解散とするッ!」
お前は軍人かと言いたくなる気持ちを抑え、学校終わりのホームルームを終えて教室を出ていく担任教師を横目で見送る。
「あー、疲れたー!」
完全に教師が出て行ったのを確認すると隠しもせず素直な気持ちを爆発させ、周りのクラスメイトに目を向ける。
光のない目で学校指定のカバンに教材やノートを入れている生徒。まだ一年生の春だというのに予備校のパンフレットを片手に教室を出ていく生徒。先ほどの小テストの結果が悪かったのか、テスト用紙を握りしめて駆けるように教室を去る生徒。
「……勉強ばっかりして楽しいのかねぇ」
三年しかない高校生活をこんな勉強、勉強、勉強と過ごして楽しいのだろうか。
入学当初は話していたやつでさえ今ではすっかり勉強のムシと化している。ここまで来ると変わっているのは俺だけなのかという気さえしてくるというものだ。
学生は学生らしく(?)遊ぶべきだ。早速今日知り合ったばかりの友達、相沢澪へと目を向けるが、そこに目的の人物はいなかった。教室を見渡しても彼女の目立つ金髪はない。
ホームルームが終わるや否や帰ったのだろうか? だとしたらなんという足の速さだ。明日会ったらはぐれメ●ルと呼んでやろう。
仕方ないので他の生徒を捕まえることにする。
「なあなあ、放課後って暇? 暇ならカラオケ行こうぜ」
「……あ、僕に言ってた? ごめん、放課後は勉強したいから」
試しに適当なクラスメイトに話しかけてもこのありさまである。
「それに、金田君に白上君とは関るなって言われてるから……」
そう言い残し、そのクラスメイトは逃げるように教室を出ていく。
特になにかした覚えはないが、だいぶ嫌われたものだ。ほんとに身に覚えがなさすぎる。
「ハハッ、まーた懲りずに友達作りかよ。何度やっても飽きないんだねぇ、白上ぃ」
現状、このクラスで俺に話しかけるような男子生徒は一人しかいないので、振り返るまでもなくその人物が誰なのかはわかる。
「そういう割にはそっちから話しかけてくるんだな、光輝」
「ちっ、名前で呼ぶなって言ってるだろ。学習能力のないやつめ」
振り返った先には露骨に嫌そうな顔をしたおかっぱ頭の男子生徒が腕を組んでいた。俺はそんな光輝を「はいはい」と一旦あしらい、続ける。
「にしてもお前が一日に二回も絡んでくるなんて珍しいな。なんかあったのか?」
「なぁに、白上の能天気な顔が歪みきった瞬間が見られるんじゃないかと思ってね」
「へー、そりゃ悪い。俺の能天気な顔は死ぬまでこのままさ」
「……その様子だと減らず口も死ぬまで治らなさそうだ」
「おっ、上手い返しだな。やっぱり頭良いやつは言うことが違うな~」
「当たり前だろう? キミとはできが違うんだよ。僕を誰だと思ってるのさ」
「超をつけてもそん色ない一流企業、金田財閥の天才御曹司の金田光輝だろ? そんなこと未だに知らないやつなんてこの学校にいないだろ」
「その通り。僕はキミとは違うのさ」
「ああ。羨ましいよ」
「……ちっ」
吐き捨てるように露骨な舌打ちをされた。
またなにか
「あ、そうだ光輝。良かったらこれからカラオケとか行かねーか? せっかくなんだし一緒に――」
刹那。俺を映していた光輝のその瞳が変わる。
その眼光は鋭く、視線だけで圧倒される。見られているだけだというのに
全神経が逃げろと叫ぶ。心臓が激しく音を鳴らし全身に十分すぎる程の血液を送り続ける。しかし、動くことができない。動かそうと思った足が、手が、首が、口が、鉛でも入っているのかと錯覚するほど重く、自分の意志で動かせない。否、そんな意志があるのかさえ定かではない。俺の意識は全て目の前でこちらを睨み付ける人間に向けられているのだから。
――殺される。率直に、そう思った。思わされた。
「僕はお前と違って暇じゃないんだ。お前と、僕は、なにもかもが違うんだよ。そんな低俗な遊びに使う時間なんてないんだよ」
何十分にも感じられたその瞬間は、そんな一言と共に打ち破られる。
去っていく光輝に声をかけることはおろか、動くことさえできない。
「――はぁっ、はぁっ」
その姿が完全に消えるのを全身で理解し、ようやく身体が自分の言うことを受け付けた。
息苦しいところをみると呼吸さえ止まっていたらしい。自分のことだというのに、そんな他人のような感想さえ出てきてしまう。
「陸君、大丈夫……?」
心配そうな声色と共に金髪の女の子、相沢が心配そうな顔で俺のことを見つめていた。
「あ、あぁ。問題ない。心配かけさせて悪いな」
「よかった~~! 教室に戻ってきたら石像みたいに固まってる陸君がいたからビックリしちゃった」
心底安心したとでも言いたげに肩をなでおろし、続ける。
「でもどうして誰もいない教室でボーっとしてたの?」
周囲を見渡すと、相沢の言う通り教室には人がいなくなっていた。恐らく俺と光輝の険悪な雰囲気を察し巻き込まれないようにしたのだろう。俺だってあんな修羅場に長居しようとは思わないから当然といえば当然なのかもしれない。
「……なんとなくボーっとしていたくなったから、かな。っていうか! そういう相沢はどうしたんだよ。ホームルーム終わったらいつの間にかいなくなってたし」
「ホームルーム中に、テストの点が悪いから先生に職員室に行くように言われてたんですよっ。聞いてなかったんですかっ!」
「聞いてなかった。っていうか基本、ホームルームは寝てるし」
「あうぅ……重要な連絡とかあったら教えてもらおうと思ったのに……」
「ワハハ、すまん。中間テストが近いからしっかり勉強しとけとかそんなだった気がするわ」
まさにジト目という表現が合うような視線を向けられるが、聞いていなかったのは事実で適当言ってるだけなので愛想笑いしかできない。
「もういいです。後で先生に確認しに行きますからっ」
腕を組み頬を膨らませそっぽをむく相沢。これが漫画ならぷんすかぷんとでも擬音がつくところだろう。
正直見ていて面白いからこのままでもいい。かわいいは正義。教科書にも書いてある。
「全く、陸君はなんで寝てばっかりなんですか。いいですか、学校はお昼寝をする場所じゃないんですよ? 学校っていう場所はですね――」
おぉう、なにやら長くなりそうな話が始まってしまった。
思ったよりもこの子は面倒見がいいのかもしれない。それとも世話焼きといった方が合っているだろうか。
「見た目は幼いのに、一生懸命背伸びして説教するその姿はとてもいいものだ」
「誰が幼いんですかっ! っていうか! そういうのは心の中だけで言ってください!」
「クチニダスツモリハアリマセンデシタ。ゴメンナサイ」
「そんな感情のこもってない謝罪、私初めて聞きましたよ……」
「陸君⁉」
相沢の悲鳴にも似た声に続いて、背中に鈍痛が走った。
気付けば相沢はおらず、白い天井と照明しか見えない。しかし相沢の声は聞こえる。
背中から倒れたんだと自覚するまで、そう時間はかからなかった。
「大丈夫ですか⁉ 頭とか打ってないですか⁉」
「いやぁ、相沢と話しててリラックスしたらつい足の力が抜けちったみたいだ。すまん」
慌てて駆け寄る相沢を制すと、空気の抜けた自転車のタイヤに空気を送るように、その足にゆっくりと力を込める。が、思ったように力が入らず立ち上がることができない。
「いやー困った。どうしよう」
「先生呼んできた方がいいですよね……?」
「それは困る。ただでさえよく思われてないのにこんな面倒事起こしたなんて知られたら立つ瀬がなくなる」
「た、確かに」
どう考えても自業自得なのだが、先生からの評価が低いとこういう時に頼れないのが辛い。今後は多少先生からの評価も気にした方がいいのかもしれない。
「あー……だからってわけじゃないし良かったらでいいんだけど、もうちょい付き合ってくれないか? このまま一人でボーっとしてるのはそれはそれで嫌だし」
なんとなくだが、帰ってくる返事は予想できていた。だからこそ、照れくさくて相沢を直視することができない。
相沢は数秒した後、答える。俺が予想していたものと全く同じ返事を。
「はい。いいですよっ。私でよければ!」
また笑顔で言ってるんだろうなと思い、自然と頬が更に熱くなるのを感じた。
直視していたら間違いなく真っ赤になり笑われていただろうことを考えると気恥ずかしさでいっぱいになる。
――しかし、それもそれでありだったかも、な。なんて思う自分がいたことはあえて考えないようにした。