Athiest 贖罪払し   作:紫藤メイリ

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しかして夜は更けていく

 空はすっかり塗りたくったような夕暮れ色に染まり切り、校庭から聞こえてくる体育会系の野太い掛け声も落ち着きはじめた頃。

 時間を忘れるほど話し込んでいた俺たちは、巡回の先生に完全下校時間が近いと注意され大慌てで帰り支度を済ませ、転がるように階段を駆け下りた。そこで校門前で相沢が急に立ち止まり「ここでいいです」なんて言ってきた。

 

「ほんとにここでいいのか? 時間も遅いし、送ってくぞ?」

「もうっ、そんな子供扱いしないでください。遅いって言っても日はまだ出てるんだしこれくらい大丈夫ですっ」

「そうか。それならいいんだ」

 

 頬を膨らませ、かわいらしく怒る相沢をこれ以上からかうのは無粋というものだ。それにこれ以上話を続けて完全に日が沈んだりしたらそれこそ彼女にも悪い。

 

「そう、俺は気遣いもできる男なのだ」

「一人でなに言ってるんですか……」

 

 どうやらまた口に出てしまっていたらしい。ジトーっとこちらを見る相沢の視線がどことなく痛いが、そんなことを気にする俺ではない。

 

「まっ、そんな細かいことはどうでもいいとして! 弁当の約束は守るから! んじゃ、また明日学校で!」

「はい。ではまた明日、学校で!」

 

 少し歩き、振り返ると彼女はその場から動かずに手を振っている。その姿はまるでこちらが完全に見えなくなるまでそこでそうしているのではないかと、そう思えてしまうものだった。だからだろうか。ほんの少しだけだが、歩幅がいつもより大きく、いつもより早く両足が動いていたことに気付くことができなかった。

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 その声に返事はなく、声だけが虚しく玄関に、廊下に、薄く反響する。それは俺がラノベの主人公のように一人暮らしだから、などではなく、家主が仕事で夜遅くにしか返ってこれないせいだ。

 この家に住む住人は俺、白上陸とその母の二人だけであり父はいない。俺が生まれて間もないときに事故でこの世を去ったらしいが、顔も知らないので特に何かを思ったことはない。生まれてから父がいない生活が当たり前だったのでそれが俺の、この家の当たり前だった。

 女手一つで子育てをするのは俺が思っている以上に大変らしく、子供の頃から母の帰りはとても遅い。そうなると必然的に掃除や料理、洗濯などの家事をすることが俺の役割になる。

 

「さーてと、まずは……」

 

 脱いだ制服をハンガーに掛け、私服へと着替えた俺は晩飯の用意をするべくキッチンへと向かい、慣れた手つきで冷蔵庫から食材を取り出しまな板に一つずつ並べていく。

 

「相沢澪、か」

 

 朝、学内で急に現れたあの金色の女の子。クラスメイトと言っていたが、やはり見覚えがない。病気でしばらく休んでいたらしいが、それにしては先生や生徒たちの反応があまりにも不自然だった。

 現代の高校で金髪の女の子(しかも背が小さい)がいて、それを当たり前のように受け入れている。彼女の話では今日が初登校なので、先生はともかく生徒たちは初対面のはず。だというのに、そんなことが起こりえるのだろうか。

 

 そんな不思議な女の子だが、彼女と出会ったとき、なぜかはわからないが初めて出会った気がしなかった。

 幼少や小学生ほどの昔ではなく、ここ最近。しかし全くと言っていいほど覚えがない。金髪の知り合いなどいるはずもないので他人の空似なんてこともありえない。

 気のせいだと言われればそれまでの違和感だが、しかし心の中で強い(くさび)として残っている。

 なにか忘れてはいけないモノを忘れてしまっているような、そんな違和感。

 

「例えるなら……そう、受験票を忘れて受験会場に向かってしまってるような、そんな違和感……」

 

 ちなみに受験票を忘れてもばっちり受験させてもらえるので安心しよう。俺も忘れてめちゃくちゃ焦ったけどなんとかなった。

 

「……と、とりあえず完成っと。味の方も問題なし! さーて、明日の弁当はどんなのにしよっかなー」

 

 いくら考えてもわからないものはわからない。そんなことを考えて時間を浪費するくらいなら、その不思議な女の子のための料理をする方が有意義というものだ。

 

 

 

 そのままあーでもないこーでもないと一人で献立を考えていた。

 夜が更けることにも気付かずに。ずっと。

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