キィン!という甲高い音が鳴り、弾かれた鉈は道端に刺さった。
「そんな!」
思わず声をあげたのは中年の奴隷主だ。
俺はその見事な角捌きに一瞬見惚れていたが、中年奴隷主の声で我に帰ると、構えたままの角材で鉈を投げた細身の奴隷男の顎を殴り、中年奴隷主の背後に回ってチョークスリーパーで落としてやった。
「な、なにやってんだよミライ君!勢いでもやっていいことと悪いことがあるだろ!これじゃ僕達はお尋ね者だぞ!」
気が動転しているのか、マオサに裏返った声で咎められた。
「いやいやマオサ、俺は男ってのはやっぱり困っている女の子を助けてこそ漢だと思うんだよ。
それに、お尋ね者だからなんだってんだ。どうせこの国を脱出するんだろ?国を出ちまえば関係無いぜ!」
「そんな理屈があるか!とにかく、急いで逃げよう!」
「合点承知だ!」
俺達2人は急いでその場を離れた。マオサの家に真っ直ぐ帰るのは何となく危ない気がしたので、敢えて遠回りをして帰る。
マオサ宅の前に着いた。特に誰かに尾行されている気はしないが、用心して周りを警戒しながら、扉を開けて家の中に入る。
「ふう…君はもしかしなくてもトラブルメーカーだな、ミライ君。」
「それお前が言うのか?」
「誰だって自分のことは棚にあげるさ。」
走って逃げて気が興奮しているのか、はっはっはと2人で思わず笑っていると、ドンドンドン!と扉が強く叩かれた。
室内が一瞬で静まる。マオサが俺と顔を見合わせると、何かを俺に放り渡してきた。包丁かこれは。
マオサがジェスチャーで『扉を開けて怪しかったら刺せ。』と伝えてくる。あいつも十分考え方がお尋ね者だな。
マオサが静かに扉に近づき、俺が扉の前に包丁を構えて立つのを確認すると、マオサは一息に扉を開け放った。
「さっき助けてくれたのはアンタ達?」
扉の先には、先ほどの角女がいた。
角女をマオサの家にあげ、3人とも思い思いの場所に座る。俺は前と同じ部屋の隅の丸椅子だ。
「それで、いったい何の用かな?」
マオサが角女に聞くが、声の感じや表情で警戒しているのがバレバレだ。
「なによ2人してアタシのこと警戒して。用っていうか、お礼を言いに来たのよ。あとちょっと聞きたいこともあって。」
「なんで僕の家を知ってる?」
「そりゃ、後ろ付いて行ってたんだから誰だって知れるわよ。」
……マジか。俺もマオサも周りを警戒して帰ってきたのに、こんな目立つ子を見逃していたのか。角女は奴隷服なので目立つのは当然だが、綺麗でボリュームのある赤毛と、額に生えた大きな一本角は、見るものを思わず振り向かせるだろう。
「アタシの名前はバルカ。さっきは助けてくれてありがと。1人でも何とかなったと思うけど、手足がこんなんだから随分楽に逃げられたし、感謝してるよ。」
そう言うと、両手と片足をヒラヒラと振った。奴隷達は首、手首、足首の三首に金属の枷を付けられ、そこから鎖が伸びて後ろで一纏めに拘束されているのがデフォルトだったはずだ。だがバルカは首の枷が無い上に、手首と足首の枷から伸びる鎖も途中で千切れていた。
「バルカって言ったっけ?お前、どうやって逃げ出したんだ?俺の見立てじゃ、首の枷は何かしらの仕掛けがありそうだったが。」
「ああアレね、なんかヤバそうだったから、付けられるより前に隙を突いて逃げ出してやったわ。そんで走って逃げてたらボケっとしてるアンタにぶつかったってワケ。」
つまり、新しい奴隷として運ばれてきた時に逃げ出したってことか?普通そんなことあるのだろうか。
「君は運が良いんだね、バルカちゃん。僕の知る限り、奴隷達は暴力を振るわれたり虐待されて、精神的にダメになってから店舗まで輸送されてくるはずだ。君の場合は何かしらの理由で虐待されずに店まで運ばれて、逃げ出すことが出来たんだろう。」
「ふーん。ま、アタシが今無事なら理由なんて別に何だっていいや。それより、アンタ達に聞きたいことがあってこんな所に来たのよ、こっからが本題。あの場から逃げる時、アンタ達ここから脱出するだの何だの話してたでしょ?あれ、アタシにも詳しく教えて!」
「お前もこの国から出たいのか?」
「あったりまえじゃん!こんな汚くて危険な街に若いうちからいつまでもいたら、アタシの情操教育に悪いわ!
アンタ達、脱出する計画があるなら、移動艇でも持ってるの?アレがなきゃ、国と国の間の移動は出来ないでしょ?」
「いや、君が言うような移動艇を僕達は持っていない。」
「は?ならどうやって国を脱出するってのよ?体1つじゃ国と国とは渡れないわよ?バカなんじゃないの?」
「話を最後まで聞けよ。俺達が目指すのはこの地下都市の真上にある王都、その移動艇発着所だ。そこには6日に一度だけ、マールスって国との定期便がやってくる。俺達は定期便に積まれる大量の貨物の中に隠れてこの国を出ようって計画をしてるんだ。」
「ほへー、別にバカってわけじゃないようね。いいわ、その計画、アタシも一枚噛んであげる!」
バルカはまるで、感謝しなさい!とでも言いたげにドヤ顔で参加を表明したが、この角女はどうして自分の存在が計画のプラスになると思っているんだろうか。
マオサの方を見てみると、俺と同じような呆れ顔をしていた。
「あのな角女、悪いんだけど俺達がお前を連れて行く気は無いって言う可能性、考えてないの?」
「え?考えてないよそんなこと。だってアタシ困ってるもん。困ってる女の子を助けてこその漢、なんでしょ?」
得意げにニコリと笑みを浮かべて俺に言ってきた。マオサからの視線が痛い。
「だー‼︎もうわかったよ、この性悪角女!ただし!お前もちゃんと働けよ!お姫様でいられると思うな!」
「やったっ!もちろん協力するよ!」
「はぁ〜…いいのかい、ミライ君?後悔しても知らないよ僕は。」
「何よ、アンタ達こそ、アタシの足を引っ張らないことね!」
「うるせえ角へし折るぞ。俺の名前はカシマ・ミライだ。よろしくな。」
「僕はマオサ。ここは一応僕の家だから、荒らさないでねバルカちゃん。」
こうして、性悪角女バルカも計画に加わることになった。
「さて、今日はもう遅いから細かいことは明日詰めるとしよう。2人とも行く宛ては無いだろう、外は危ないからウチに泊まりなさい。」
「は?アタシがアンタ達と同じ家に泊まる?そんなの危なさで言えば外と大して変わらないわよ。」
「……このトリオンボットの防犯機能を使うといい。設定に反して近づくものがあるとサイレンを鳴らしながら攻撃するから。」
「ま、これなら良いわ。それで、お風呂はどこ?アタシ捕まってたから何日も入ってないのよ。」
「そっちの角を曲がると浴室だよ。」
「ああ、俺も風呂には入れてないから入りたい。」
「……何さらっと一緒に入ろうとしてんのよ、ぶっ殺されたいの?」
「……誰が一緒に入ろうなんて言ったんだよ自信過剰クソ角女。ホントにへし折ってやろうか。」
そういって俺はバルカの額の角を掴み上下に揺する。
「わあー!わぁわぁわぁ!角掴むなクソヤロウ!次やったらアンタの土手っ腹にこの自慢の角で風穴空けてやるからな!」
角を掴まれると、バルカは角を掴む俺の腕をポカポカ殴りながらジタバタと暴れだした。仕方がないので手を離してやる。
「ふぅ、ちょっと、マオサって言ったっけ?着替えの服を貰えない?アタシこれしかないから。」
「悪いけど僕の服しかないから、全部男物になっちゃうけど、構わないかい?」
「そんなのイヤに決まってるじゃない。誰がアンタみたいなオッサンのお古が良いってのよ。」
「オッサンって、僕はまだ27だぞ!オッサンでは無いはずだ!」
こいつ俺より一回りも歳上だったのか、驚いたな。
「ハイハイ、オッサンはみんなそう言うの。それに14のアタシからしたら27なんて十分オッサンですー。ほら、アタシがお風呂入ってるうちにこれで服買ってきて。」
そう言うとバルカは重そうな小袋を投げつけてきた。中にはコインがたくさん入っている。金だろうか、この角女ホント何様だよ。
「お、お金がこんなに!バルカちゃん一体どうしたんだこれ!」
「逃げ出す時、どさくさに紛れてあのアタシを追ってた男の財布スっといたの。結構な額があるでしょ?他の入り用にも使っていいから買ってきて。」
「どれくらいあるんだコレ?」
「お、重さ的に…8000…いや10000あるのかな…?ちょっと僕が見たことも触ったこともない金額だからわからないよ。」
「よろしくね〜。」
そう言うと、バルカは浴室の方へ消えていった。
翌朝、といっても、ここは地下都市だから景色が寝る前と全く変わっていなくて俺には朝晩の感覚がわからない。だがマオサ曰く今は朝なんだそうだ。
俺達はマオサの家の居間に集まっていた。マオサが用意してくれた朝食を囲みながら、作戦会議を始める。
「まず、改めて俺の計画を言う。
始めにこの地下都市の中央にある建物を登る。マオサ曰く、その建物以外は地上の王都に繋がっていないそうだから、これは決定だ。」
「あんまり作戦会議を止めたくないんだけど、時間をかけて他の地上への通路を探そうとは思わないのかい?ミライ君。」
「何言ってんのよ。そんなメンドーなことナシナシ!アタシは反対だから!」
「俺もだ。時間をかけて探すのはともかく、この街を仕切ってるとかいうやつらに足取りを勘付かれるのはイヤだ。」
嘘だ。本当のところは俺も時間がかかることの方がイヤだが、バルカと同じ意見なのが気に食わんから、マオサには悪いが嘘をついた。
「そ、そう。ごめんね話を止めて。続けて。」
「地上への建物とその周辺は、地下都市全体を仕切ってる悪徳組織のニーネとかいう奴らが居て、地上に上がるのには奴らが邪魔になる。それで合ってるな?マオサ。」
「うん。バルカちゃんには言っていなかったから説明を足すけど、ニーネの連中は違法に戦闘用トリガーを持っているし、普通に使うだろう。あいつらには、いやこの街では人殺しなんて日常茶飯事だから。
僕達は奴らには見つからないようにして、隠れながら建物を登り地上の王都を目指す。」
「はいはーい!ちょっとそれ、アタシ無理だと思うんだけど。都市の中央の建物ってあの1番大きいやつでしょ?あの中をどれだけのニーネって人達がいるのよ。確実に見つかって戦闘になるわ、目に見えてる。」
「そう、それだ。俺昨日思ったんだが、バルカが奴隷主の男からスった金あったろ。アレ、かなりたくさんあるんだろ?マオサ、お前が昨日話した通行料ってアレで払えないのか?」
「いや、無理だね。ニーネの連中が課す通行料っていうのは、通す気が無い通行料だ。僕達3人が通るなら、奴隷換算で6人買えるくらいだろうけど、昨日のバルカちゃんが持っていた袋の現金じゃ一人分が限度だ。」
「そうか…なら、もう1つ考えがあるんだ。ニーネの連中は違法でもトリガーを使ってくるんだろ?なら、こっちも使っていいんじゃないか?」
「そうは言っても、戦闘用トリガーが無…あ、そうか!こいつを使うのか!」
そう言ってマオサは上着の内ポケットから長方形の板状トリガーを出す。厚みは消しゴムほど、大きさは単行本サイズくらいだろうか。
「マオサ!アンタ、戦闘用トリガーなんて持ってたの⁉︎なら始めっから戦う方で話を進めなさいよ!」
「い、いや、この街に来てからも使う機会が無くて、実はまだ一度も使ってなかったから存在自体をすっかり忘れてた……。でも、僕達は3人いるんだから、1つだけあっても戦闘になった時に1人が他2人を守らなくちゃならない。出来るかな。」
「それならそのトリガー、アタシが使ってあげるわ!神の国アフトクラトルで最新鋭の訓練とトリガー適正審査をこなしてきたアタシなら、2人を守りながら敵を蹴散らすのなんて余裕よヨユー。」
「1つじゃないぞ、俺も持ってる。言ったろ、ある国の遠征部隊の所属だって。」
そう言って俺のトリガーを出す。中身は両手にスコーピオンとシールドがあるだけだが。
「これだけあれば十分ね!マオサ、アンタはアタシ達で守ってやるから大船に乗った気でいなさい!」
「いや、僕からして見れば自分が戦闘用トリガーを持ってない時点で半分は泥舟だよ……。」
「それなんだが、バルカがスった金を使って闇の連中からトリガーを調達できないか?そうすれば3人ともトリガーを持って万全の状態で行けるだろう。」
「それは名案だよミライ君!是非そうしよう!よーし建物内のニーネをコテンパンにしてやるぞ!」
「じゃあ、建物内のニーネ達は遭遇したらトリガーで倒すで決定だな。トリガーは後で買いに行こう。」
「アンタ戦う時に役に立つの?訓練とかしてないのに。」
「うーん、まあ、僕もあんまり自信無いけど、頑張ってみるよ。」
「取り敢えず、次に移ろう。地上、つまり王都に出れたとして、その後の道案内はマオサ、頼んでもいいんだな?」
「そこは心配いらないよ。地下都市から地上のどこに出るかも把握してる。」
「なら、今日は俺とバルカの分の地図を作ってもらってもいいか?どうせなら、みんな知っていた方が良い。後でお前が地図を作っている間に必要になりそうな物は買ってくるから。」
「了解した。それでいこう。」
「それで、6日に一度の定期周期が次の問題だな…最長でも6日間の潜伏先が無ければならないわけだが、どうする。」
「王都ってどんな所か知らないけど、安宿とかに泊まればいいんじゃないの?」
「僕もそれで良いと思う。通貨は地下都市も王都も同じだ。」
「よし、じゃあ安宿に泊まることにしよう。次に移動艇発着場への潜入と、どうやって荷物に紛れ込むかだ。」
「僕に考えがある。王都には色々な店があるんだが、その中には王室御用達の認可を受けた店もある。そこが王城に商品を送る際の梱包時から中身と僕らがすり替わるんだ。荷物は王城内の保管庫に一度全てまとめられてから王城内の各施設へ配送される、だからその時に今度は定期便に載せられる宛先の荷物とすり替わるんだ。そうすれば、後はいずれ定期便に積載されて、マールスに到着だよ。」
「待て、その話だと国王軍の定期便発着場は王城の中ってことか?」
「そうだけど、僕言ってなかったっけ?」
「初耳だぜ、こりゃより一層しっかり偽装しなくちゃだな。」
「貨物の係は下働きの子供だから、大丈夫だと思うけどな。」
「ま、定期便に乗るまでの計画はそれでいこう。明日には出発したい。各自、今日中には必要なものを集めよう!それも含めて、今この時間より作戦開始だ!」
「えいえい、おー!」「よし、頑張るぞぉ!」「イェーイ!やったろうじゃん!」
……掛け声はバラバラだったが、心の中は団結していると俺は信じたい。
お読みいただきありがとうございます。
いつまで経っても作戦を始められない自分の構成力の無さが辛いですが、今後はもっとスムーズに話を進められるようにしていきたいです。