夕日というものは実に不思議だ。ここからだと色のない太陽がこの時間帯だけ色づいて見えるのだから興味を示すに値すると思う。そんなオレンジ色の、自分のソウルジェムと同じ色の光を浴びながらさやかと巧人はショッピングモールhと足を踏み入れる。ここはある意味いろんなモノを含んだ場所なので訪れる度になんだか懐かしい気持ちになる。
「さやか、これなんてどうだ」
「どれどれ・・・・・熱でもあるの?」
巧人が見せたのはクラシックの、至ってまともなCD。いや、まともという言い方は失礼か。ではこう言いかえよう。巧人が選らんだのはごく一般的な、クラシックが好きな人なら聴きそうな代物だった。それにさやかは露骨に心配そうな顔をして此方を覗き込んでくる辺り彼女の中で自分がどういう位置づけであるかを把握する。
「失敬な、俺だって真面目になる時ぐらいあるっての」
「ごめんごめん、ジョーダン」
此奴絶対半分以上本気だ・・・・あとでキッツイOSIOKIをしなければと心の中で黒い笑いを浮かべる。
「でも珍しいね。巧人から一緒に行きたいなんて言いだしてさ?今まで誘っても行かなかったのに」
「いくらなんでも空気の読めないようなロクデナシにはなりたくないんでな」
なるほど、と少々照れる辺り図星かとめどをつける。恋する乙女は無敵とはよく聞くがここまでわかりやすいものかと経験のない巧人は不思議に思う。
まどかは・・・・まあ、なんだ。アレは我ながら酷いと思う。今でもあの淫乱ピンクがネットで何かしらを見つけて悶えている姿が容易に想像できてしまうあたり彼女も出逢った当初と比べるとかなりブレたと昔を懐かしんでみる。
「・・・・あの頃は、ハッ!」
「わっ!?」
いきなり大声をだしたことにビックリして素っ頓狂な声をあげてさやかがビクリと震える。してやったりと笑う巧人の顔面にまたしてもどこからともなく出てきたハリセンが振り抜かれた。乾いたいい音が響き、周囲から「おお~」と拍手が起こる。店員さえ注意せずにその音に酔いしれ拍手喝采ときたものだ。働け社会人と一応心中でツッコミを入れる巧人はヒリヒリする顔をものともせず起き上がり、こう言う。
「さすがさやか。だが俺を倒しても第二第三の俺が――――」
「バットでいっていいかな?」
「おまえのバッグは四次元か何かか」
◆
見滝原大学病院。この街で一番大きな病院なその白い建物は以前魔女の卵であるグリーフシードが刺さっていた場所でもある。その時のことを少し思い出してゾッとするさやかだが自分の前を歩く巧人の後姿を見てホッと息をつく。
まあ、頼りないけど此奴がいれば安心・・・・かな。
「おねーさん、オラとお茶しない?」
「前言撤回」
上条恭介の病室は受付のある一階から約5階。いつ来てもこの病院、無駄にでかい気がするのは多分気のせいじゃないはずとエレベーターの強化ガラスから見える帰宅ラッシュの人ごみを見て巧人がおもむろにこう叫んだ。
「見ろ人がゴミのようだ!!!」
「あんたがゴミだ」
「いや塵だ」
「そこツッコむとこ!?」
チン、と音を鳴らして指定した階についたことを知らせるベルが鳴り二人はエレベーターを降りる。さすがに病棟の内部で漫才をする気はないらしく珍しく静かな相方を振り返ると――――
「・・・・ふむ、Dカップ」
「・・・・わかっちゃいるけど一応聞くわ。何やってんだこの変態」
「何を言うか。俺は変態ではなく紳士だ」
「全世界のジェントルマンに謝れ。そしてあんたが連れだと思われたアタシに心の底から詫びて土下座しろ」
通りすぎる看護師の胸囲を目測で測る巧人(ヘンタイ)にツッコミをいれながら恭介の病室の前にやってくる。個室のドアに手をかけるさやかだが、一歩後ろに後ずさった巧人に「なんで?」という意味を込めて振り返る。巧人はばつが悪そうに笑い、それが意味することを理解したさやかは言葉にせず口で「ありがとう」と形を作り中へと入る。ここで自分が入るよりは女の子がお見舞いに来てくれたという事実の方が入院患者の少年にとっては萌える展開に違いないと半ば邪な発想にもとづくものだが、それでも空気を読んだことにはかわりない。
何をして時間をつぶそうか。そう考えた時、中から怒鳴り声とさやかの悲痛な声が聞こえたことに慌てて中へと入る。ドアを開いた巧人が見た光景は粉砕されたCDプレイヤーとベッドに散る赤い斑点、打ったのは左腕らしくそれを身を覆いかぶせるようにして止めるさやかの姿だ。
「・・・・どういうことか説明はしてくれるんだろうな?」
少し、おふざけは自重しなければ。重い空気の中、巧人の普段より低い声が落ちた。
◆
怒られるのも無理はない。
それは自分のせいだから。
怒ってしまうのも無理はない。
その原因は自分なのだから。
上条恭介は決して女の子を悲しませるようなことを平気でやるような男じゃない。そう巧人は彼のことを信頼し、同じ男として彼のことは多少なりとも尊敬もしていた。自分とは違い器用で、楽器を使わせたら―――――というか音楽のことに関してはかなりの才能を発揮させる彼は本当に輝いていて一種の憧れすら抱いていたほどである。
だが、それも今の光景を見れば崩れるのも無理はない。せっかくお見舞いに来てくれた幼馴染の少女を、しかも美樹さやかは自分の知る限り美少女の部類に入ると思うからなおさらこの光景が許せない。性格のせいであまり陽が当たらないが彼女は気が利くし、それなりに空気も読める。ただ、ちょっと思い込みが激しく最近のツッコミがエグいことがるも、でも巧人にとっては彼女はそういう評価に値する女の子だ。それを、彼女の好意をこのバカは踏みにじったと苛立ちを募らせる。
わかっている。彼の気持ちは理解できる。だが、それだけに許せない。
「見損なったぜ上条恭介。いくらなんでもこれはやりすぎだ」
「巧人になにがわかるのさ。僕は生きがいを失ったんだ。もう生きてくのが辛い・・・・この苦しみがわかるのか!?」
「わかるわけねーだろ。アホかおまえ」
恭介の言葉をバッサリと切り捨てる巧人。それに反抗したのは言われた恭介ではなく、さやかであった。涙を目じりに浮かべる。
「やめて!恭介はずっと苦しんでたんだよ。それなのに、アタシが来る度にいつも笑顔で出迎えてくれた・・・・」
「だからお前のことを責めてもいいと?罵ってもいいと?寝言は寝て言えよ。それに、今俺がむかついてんのはおまえじゃなくてこの馬鹿だ。そこをどけ、出なけりゃ力づくで通らせてもらう。この意味、わかるよな・・・・?」
巧人は魔法使い、魔法少女と同じ。つまり、人の理から外れている存在であり身体能力もその気を出せばなんの力も持たない普通の人間であるさやかを殺すことさえ容易だ。普段ネタに走り、笑い取って場を引っ掻き回す巧人しか知らないからこそ、さやかはこの巧人に恐怖を感じずにはいられなかった。
だが、さやかは退かない。ガクガクと身体を小刻みに震わせながら睨んでくる巧人の前に果敢に立ちはだかる。ああ、なんと勇敢だろう。なんという愛情だろう。だが―――――無意味だ。
そう言わんばかりにさやかを素通りする巧人。何もできずに振り返ると恭介の胸倉をつかんで怒りをあらわにした顔を恭介に向ける。
「テメーが悲観するのは勝手だ。それをどうこう言う気はねーし、俺はお前じゃないから気持ちだってわからない。けどな、いい加減気づけよ。そうやってへこんでふさぎ込んでるおまえ相手に、家族以上に親身になっておまえの笑顔をだれよりも望んだ奴がいることを。知るべきだ、お前の幸福をだれよりも強く望んでいる奴がすぐ近くにいることを。それに気づかずに素通りでもしてみろ、その時は俺はお前をブッ飛ばす。その子の代わりに俺がお前を殴り倒してやる。気持ちなんて知ったこっちゃねぇ。俺が俺である為におまえをブッ飛ばす。たとてえ恨まれようとも、絶交されようとも、なにされようともな」
ようやく掴んでいた胸倉を離して鞄を乱暴に肩に担ぐ。部屋を出れば騒ぎを聴きつけてやってきた医師や看護師達が廊下に静かに佇んでいた。何この人達、空気読みすぎだろ。巧人はその人たちに深々と頭を下げ、病院を出る。
「あなたでもそんな顔するのね。結構意外だったわ」
メインの出入り口から出るといつものクールな顔で小バカにしたような言葉を言うという器用な芸当を披露する暁美ほむらと出くわした。・・・・・いや、待っていたと言った方がいいだろう。今日はこれからパトロールの約束をしていたのを思い出してため息をつく。
「やん、見られてたなんてたくちゃんマイッチン――――」
「ありがとう」
「・・・・は?」
笑われることはあってもお礼を言われるような覚えはない巧人はハトが豆鉄砲を喰らったような顔でほむらを見る。
「美樹さやかの契約は、上条恭介が原因。彼を抑えれば彼女が魔法少女として戦うこともない。あなたの言葉を借りるのであれば“フラグをへし折った”、ね」
珍しく薄く笑みを浮かべるほむらにつたないながらも反応する。本当はただ気まぐれで、ただ言いたいことを全て言っただけなんだけどとは口が裂けても言えない。
まあ、何はともあれ今回学んだことは一つ。
「男と女のあれこれはメンドクサイことこの上ないな」