魔法界と奇妙な世界の融合   作:穂月碧

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おはようございます。
今回は模擬戦闘から始まります。ピキューリアのこどもたちが自分の能力を利用し、自分なりに戦う姿を見せてくれる事でしょう。
それでは、第11話をどうぞ!


第11話 意味

外軍も庭に出てきて、内軍対外軍で戦う練習をすることになった。ミス・ペレグリン、ダンブルドア、謎の男ササッキーがアドバイスしてくれるそう。マドレーヌたち八人は外軍と向かい合って立っていた。

「始め!」

ダンブルドアの杖先から爆竹が飛び出し、練習が始まった。

まずはティナがニュートに呪詛をかける。ニュートはやり返した。二人の閃光が衝突し、火花が舞い散る。強力な呪文をかけ合っているにもかかわらず、ティナは余裕の表情だ。それに、ニュートもにっこりしている。どうやら、いつも味方どうしであるお互いと戦うのが新鮮でおもしろいようだ。

ティナが自分自身に杖を向けたかと思うと、ふわりと空に浮き上がった。ニュートもティナに並ぶ。オリーヴが2人から少し離れたところを漂い、面白そうに見物し始める。

ティナが更に高く舞い上がり、有利な位置からニュートに呪文を放つ。ニュートがすれすれで姿くらましし、ティナの背後から呪詛を投げつける。ティナは全身に盾の呪文を纏ってやり返す。と、オリーヴがティナの視界を遮るべく猛突進してきて、2人の空中戦は打ち切りとなった。ティナとニュートはほっとした顔をしている。空中浮遊は単純なようで大変に違いない。難なく移動しているオリーヴを羨ましそうな目で見ている。

地上に降り立った瞬間、ニュートが片手を振りかざした。エメラルドグリーンの閃光がひらめき、ティナに襲いかかる。

「杖なしで呪文を行使したのね?腕が上がったじゃない、ニュート・スキャマンダー !」

「君も杖なし呪文を使ったのか」

ニュートが、ティナが跳ね返してきた呪詛を避けながら言った。

「ええそうよ。でも杖を使うと安心感が段違いね」とティナ。杖なし呪文はやめ、また杖を使っている。ニュートが笑って同意し、俊敏に姿をくらます。

ニュートの視界を遮ろうと、姿現しした彼の前に飛び出したのはヒューだ。負けじとオリーヴがニュートを守ろうとする。ヒューが吐き出す大量の蜂をオリーヴが吹き飛ばしている。

マドレーヌはこの時とばかりベスと組んだ。もしも戦いの時に組むことになっても対応できるようにという理由付けだが、実は単に一緒に組みたかったというだけだ。

イーノックは不気味な臓物をボールでも投げるかのように放ってくる。それをベスが防御してくれた。顔を歪めて必死のベスを守ろうと、マドレーヌは辺りを見回していた。

フィオナが作る植物の壁をクレアが後ろの口で噛みちぎる。フィオナの目は充血し、全力で壁を作っている。それを破壊するクレアもまた、必死の表情だ。

イーノックはベスに臓物を全て跳ね返されて諦め、今度はオリーヴを標的にした。しかし、オリーヴはふわりふわりと浮いてイーノックの攻撃を交わし、挙げ句の果てには息を吐き出してイーノックを庭の反対側まで吹き飛ばしてしまった。

イーノックの仇討ちをしようとやってきたのはティナだ。いくらオリーヴでも、ティナが浴びせる強力な呪詛の数々にはかなわない。最初こそ耐えていたオリーヴだが、やがて疲れてくると、たくさんの閃光を受けて庭に倒れ込んでしまった。

「オリーヴをかわいそうな目に合わせるなんて、私が許さない!」

クイニーがオリーヴの世話をしている間、ブロンウィンがかんかんに怒って進み出た。手にはたくさんの盾。重い金属製だが、ブロンウィンにはへっちゃらなのだ。体を覆うようにして盾を構え、ティナに突進していく。ティナはさすがに怖がり、いくつも防御の呪文を自分の周りに張り巡らす。それを突破できなくなったブロンウィンは、ベスに「槍を貸して!」と頼んだ。

「ちょっと待ってて!」

ベスはマドレーヌのそばを離れ、建物の中にある槍を取りに行った。マドレーヌはブロンウィンが防御の壁を壊そうと叩きのめすのを見ていたが、不意に彼女の大声が降りかかってきて驚いた。

「マドレーヌ、後ろ!」

マドレーヌは何が起きるのか悟る前に、素早く姿をくらましていた。アダムのトピアリーの目の前に姿を現して現場を見ると、ジェイコブが勢いよく拳を突き出し、「悪いなダンナぁぁぁ!」と怒声を上げてマドレーヌがいた場所を殴っていた。空振りした彼は「あ?」と素っ頓狂な声を上げる。

ベスが戻ってきて、離れているブロンウィンに向かって槍を投げた。見事な槍投げだが、ベスとブロンウィンの間には距離がある。すかさずオリーヴが空中を飛んできて息を吹きかけ、ブロンウィンの手元までまっすぐ飛ばした。マドレーヌが振り向くと、ニュートが片手で紐を握っている。オリーヴは体重が軽いので、腰に紐を巻きつけておかないと浮いていってしまうのだ。そのため、普段は鉛の靴を履いている。

「オリーヴ、調子は良くなったの?」と心配そうなベスが聞く。

「もう大丈夫!」とオリーヴはにっこりし、みんなの援助に向かった。

ブロンウィンが鋭い槍で見えないバリアを突くと、ついに結界が壊れた。奇声を上げるブロンウィンは「悪いなダンナぁぁぁ!」とジェイコブの真似をして突進する。

「あっ、意外とこれいい」とブロンウィンの小さな声が聞こえた。

ティナとブロンウィンが激突している間に、マドレーヌの下の地面が突如光った。稲妻だろうか?

いや、ホレースだ。予知夢を見るという能力を持つホレースは、それをスクリーンに投影できるのだ。特に予知夢がない時でも、眩い光は武器になる。

マドレーヌは顔を覆いながら退散した。と、ブロンウィンがよそ見している。ヒューがオリーヴにハチで攻撃しているのだ。オリーヴはハチを吹き飛ばしているが、今にも刺されそうな状況。素晴らしい闇祓いであるティナはその一瞬を捉え、ブロンウィンに向かって杖を振りかざした!

マドレーヌは一秒もかけずに瞬間移動し、気がつけばブロンウィンの目の前にいた。彼女の手から盾を取り、ブロンウィンが「え?」と言うのも聞かずに、ティナの前にかざす。間一髪で閃光を受け止めた。

「ありがとう!」とブロンウィンが言い、慌ててオリーヴの助けに向かっていった。

「ほら、逃げて!」

エマに突き飛ばされたマドレーヌは驚愕し、すぐさま大木の後ろに瞬間移動した。ジェイクとジェイコブがマドレーヌの後ろで拳を振りかざしていた。

「悪いなダンナぁぁぁ!byダブルジェイコブ!」

二人は決めポーズを取ったが、エマに「何やってるのよ、あなたたち」と一蹴され、炎を突きつけられた。マドレーヌは声を上げて笑いながら、自分の持つ能力を存分に生かし、仲間の援助をするために飛び回った。奇妙なこどもたちと魔法使いたちが戦っている様子を、ミス・ペレグリンは微笑んで見つめていた。

 

「はい、そろそろ終わり!」

ダンブルドアの声が響き渡り、みんなは動きを止めた。

「皆さんの戦いっぷりは素晴らしかったですよ。この調子で本番でも力を尽くしてくださいね」とミス・ペレグリン。みんなは「はい!」と答え、心地よい疲れに浸った。ダンブルドアが冷たいクランベリージュース入りのグラスを人数分出現させて配っている間に、ササッキーがアドバイスする。

「ニュートとティナの一騎打ちは素晴らしいものでした。2人とも互角だからこその戦いでしたね。しかし、視界を遮られただけで中止するとは何とも情けない!」

「味方のオリーヴを巻き込みたくなかったんです」

ニュートが弁解する。

「その気持ちは分かります、ニュート。ですが本番はその一瞬の躊躇が隙を生みます。君ほどの魔法使いなら、オリーヴと協力して戦う事も出来たはずです」

「そうですね。気をつけます」とササッキーが微笑み、今度はブロンウィンの元へ歩み寄る。彼は全員に直接話しかけ、戦いで役立つアドバイスをして回っていた。そのどれもが役立つものだ。

しばらくしてササッキーが話し終えると、ミス・ペレグリンが口を開いた。

「0時まであと一時間を切りました。そこで、皆さんは屋敷に戻り、万全の準備をしてください。内軍はループを守るために防御を施すこと。えー、アルバス?あなたは強力な呪文を無数知っているわね?内軍メンバーと共にバリアを張っていただけたら助かるわ」

「もちろんじゃ、アルマ。ササッキー、君も一緒に?」

「ええ」

そういうわけで、内軍メンバーは早々に引き上げ、ループの入り口に結界を張り巡らしに行った。ミラードは役目を仰せつかり、敵軍の企みを盗み聞きしに行った。マドレーヌたち外軍も時間があれば手伝うように頼まれたため、自分たちの準備を早めに終わらせようと屋敷に戻った。

マドレーヌは自分とティナの寝室に入った。すでにティナの荷物は片付けられ、彼女が生活していた証拠は何もなくなっている。よそよそしく寂しい部屋。マドレーヌはへたりこんだ。

もうすぐ始まる戦いで、自分は戦えるのだろうか?最善を尽くし、仲間とループを守れるのだろうか?最年少のオリーヴも頑張っている中で、自分は活躍が少ないように思えてならない。みんなが自分を必要としていないようにも思えてしまう…。

もうだめだった。今まで必死に我慢してきたものが涙となり、押し留められなくなった。声を上げて泣きながら、自分の荷物をリュックサックに詰める。中身を確認していると、硬い本が手に触れた。

信じられない…これを忘れていたなんて!マドレーヌの心はたちまち安心で満たされた。母がくれた本。挫けそうな時に見るように言われていた。

表紙をめくろうとしたが、母がベスと一緒に見るように、と言っていたことを思い出した。真っ黒の分厚い本を手にしたマドレーヌはリュックサックを肩にかけ、寝室を引き払った。もう二度とここに入れないかもしれない。このループが壊され、この寝室を目にすることはないかもしれない。だが、そうならないように最善を尽くそう!前向きな気持ちになり、階段を下りて行った。

大広間にはベスがいて、ヒューと二人で話している。マドレーヌは幸せをぶち壊さないように、二人から少し離れたところに腰を下ろした。会話は嫌でも耳に入ってくる。

「君は外軍で、僕は内軍。もう会えないかもしれない」とヒューがベスに語りかける。

「確かに…。今まではそんなこと考えなかったけど、お別れの可能性だってあるね…」

ベスはうつむつつ、ちらりとヒューの顔を見た。ヒューがベスを引き寄せ、ベスが笑顔になる。次の瞬間——。

「マドレーヌ!」

ベスが声を上げてヒューの腕から飛び出し、駆けてきた。マドレーヌは苦笑し「ヒューといて良かったのに!」と言った。

「あのね、ベス。これ、覚えている?私たちがお母さん達と別れた時に、私のお母さんにわたされたんだけどね…」

ベスはしきりに考えていたが、晴れ晴れとうなずき「うん!」と言った。

「これなんだけど…私たちで一緒に見るように、お母さんから言われたの。挫けそうな時に見るように、ってね。今、見ない?」

マドレーヌが提案すると、ベスは嬉しげに笑い「そうだね!」と言った。二人は名残惜しそうなヒューに断り、近くの空き部屋に入った。

「実はね」

ベスが真面目な顔つきで切り出した。

「私、ここを出ていこうかって考えていたの」

マドレーヌは驚いた。

「えっ?」

ベスは真剣にうなずいた。

「私は何の役にも立てないし、かえってみんなを困らせているんじゃないか、って思ってたの…」

「そんなことない!私のほうが役立たずだと思うよ」

ベスは微笑んで首を振った。

「私は臆病で気が弱い。だから、実は戦いが嫌で嫌でたまらなかったの!それで、こっそり逃げようとした。ループの入り口には内軍のみんながいるから、戦いが始まるまでは出ていけない。でも、戦いが始まれば…」

「逃げられる」

マドレーヌは言葉を引き取った。

「敵を倒すふりをして、敵軍の間をぬって逃げていく。街のはずれまで行き、お母さん達がいるホテルに逃げ込む。そう本気で考えていたの。でも、そんな時、クイニーが来た」

「クイニー?」

マドレーヌは有り得ない展開に驚き通しだが、ふと思い当たった。

「あっ、クイニーは…開心術士!」

「その通りなの。クイニーは私の顔を見るなり『そんなことはやめて。みんな、あなたを必要としているのよ』と言った。『挫けそうな時に自分を見つめ直せるのは、あなただけなのだから』と、心のこもった助言をしてくれた。そのおかげで私は戦う決心がついたの!」

ベスは吹っ切れたように笑顔を見せた。

「私は挫けそうだった。だから、この本を見てもいいの!さっ、見よう」

マドレーヌはうなずき、本の表紙をめくった。一ページ目を開いた途端、歌声が聞こえてきた。はっとしてページを凝視すると、少しずつ写真が見えてきた。動いている!中心にいるのは母だ。その隣にはエマ。見覚えのあるこどもたちも、ミス・ペレグリンもいる。そして、ミス・ペレグリンの左側ではダンブルドアが穏やかに微笑んでいるのだ。

母は祖母が亡くなってからエマたちと会ったらしいので、その時に撮ったのだろう。ダンブルドアの魔法の力でこのような一冊の本にしたと思うと、今さらながら感服してしまう。

次のページをめくると、母からのメッセージだった。

「マドレーヌ、あなたには隠していたことがいくつかあります。それを皆さんから聞くことになるけれど、決して怒らないでね。あなたのためを思って隠してきたことです」

母の意外な言葉に、マドレーヌとベスは顔を見合わせた。動く写真の中の母が微笑んでうなずき、また口を開く。

「挫けそうになることもあるはずよ。ピキューリアとして生きるのは困難であり、苦しくて辛いこともきっとあるわ。でも、仲間と協力して強く生きてくださいね。お母さんは祈っています。最後に…」

お母さんはエマたちと視線を交わし、いたずらっぽく微笑んだ。

「マドレーヌ、ベス、あなた達には素敵な仲間がいる。それは本当に幸せなこと。仲間と助け合って成長した2人を見られる日を、心から楽しみにしています。そして、強い意志を持ってね。強大な闇の力に屈すことなく、自分の道を自分で切り拓いて…」

マドレーヌの視界がゆらいだ。母が、エマが、ダンブルドアが、ミス・ペレグリンが、大好きな仲間達が、写真の中のみんなが笑顔で手を振っている。やさしい言葉が頭の中で響き、そっと背中を押してくれる気がした。挫けそうな自分へのメッセージだ。

「感動する…」

ベスも泣いていた。

その次からは動かない写真が連なっていて、全て母のものだった。花の冠を頭にのせた美しい母が、こどもたちに囲まれて笑顔で立っている写真。ハヤブサ姿のミス・ペレグリンを肩にのせて微笑むお母さん。エマと手をつないでいる母。いくつもの写真がお母さんの楽しい思い出を語る。このループに入れるということは、もしかしてお母さんもピキューリアなのだろうか?それとも、祖母からのつながりで入れるのか…?動く写真の中の言った言葉が気にかかる。隠していたことというのは、一体…?

とにかく、零時まであと一時間を切っているのだ。今この瞬間にも、敵軍はピキューリア(ニュートたち魔法使いも含め)を滅亡させる計画を練り、味方の内軍はループを守ろうと懸命に策をめぐらせているのだ。マドレーヌとベスは視線を合わせてうなずき、どちらからともなく「行こうか」と声をかけ合って下の階に降りた。不思議なことに、マドレーヌにはもう普通の世界への未練はなく、ベスも逃げ出そうという思いがきれいさっぱり消えたように、吹っ切れた笑顔を見せている。

リュックサックを背負っている二人は屋敷の出口に着いた。ティナとニュートが赤い火花を散らせて出入口にバリアを張っている。ということは、マドレーヌとベス、ティナとニュート以外は屋敷から出たのだろう。

「二人とも、急かすわけではないんだけど、早く外に出てくれない?」

そう言いつつも、ティナは急かすように早口だ。

「ごめんね」とベス。ニュートが一時的に結界を解いてくれ、二人は急いで屋敷の外に出た。外軍の二人は二度とこの屋敷を目にできない可能性が高い。もしくは戻ってきた時には、大好きで居心地のよいここが壊されているかもしれない。だが、それも自分次第だと、二人は知らず知らず悟っていた。それも母からのメッセージが気づかせてくれたのだ。

ニュートに結界を解いてもらわなくても、マドレーヌの能力なら簡単に屋敷の外へ飛び出せる。しかし、最後はやはり自分たちの足で屋敷を出たい、と思っていたのだった。

屋敷の庭も様変わりしていた。フィオナが作り出した大きなトピアリーが立ちはだかっている。闇の魔法使いたちならば魔法で簡単に壊せるのだろうが、少しでも時間稼ぎできれば、という願いがこもっているのだ。それに、トピアリーは動いている!ダンブルドアとササッキーの魔法の賜物だ。トピアリー軍団に襲われないうちにと、マドレーヌはベスの手を取り、素早く瞬間移動した。

かたい地面に足がついた。ループの出入口では、内軍メンバーと外軍メンバーがそろって防御を施している。ミス・ペレグリンは汗をぬぐいながらあれこれ指示し、ダンブルドアとササッキーはループの入口で素晴らしく強力な結界を張り巡らしている。フィオナは蔓をトンネル出口に巻き付け、クイニーがそれに魔法をかけて敵に襲いかかる仕組みにしている。二人はブロンウィンが運んできた大きな岩を避けて移動した。

「エマ!何か手伝えることはない?」

マドレーヌはエマを見つけて駆け寄った。

「マドレーヌ!ちょうどいいわ。そこの袋に入っている瓶を取ってくれる?」

エマに言われた通り、くたびれた袋に手を伸ばして瓶をいくつか取った。

「ありがとう!」

エマは受け取ると、片手で瓶を支え、もう片方の手で瓶の蓋を開けると、中にあかあかと燃える炎を入れた。

「なにに使うの?」とベスが聞くと、いつの間にか隣に来ていたティナが「この瓶に入れたエマの炎に魔法をかけ、私たちが敵を感知するのと同時に炎の罠が発動する仕組みよ」と誇らしげに説明してくれた。

「ワァー、すごーい!」

「ティナもエマも、さすが!」

ベスとマドレーヌは感服して褒めたたえた。

「誰か、庭の端にある植木鉢を運んできてくれる?」

ニュートが向こうから大声で呼ぶと、エマは頬を赤らめ、嬉しそうに「ニュート、私が行く!」と持ち場を小走りに後にした。マドレーヌたちはティナと顔を見合わせて笑い合う。

その後、マドレーヌとベスは敵軍を妨げる手伝いをした。ベスはブロンウィン、フィオナ、クイニー、ミス・ペレグリン、ジェイコブと協力して岩や植木鉢などを持ってき、トンネルの出口や庭、屋敷の前にたくさんの障害物を置いた。マドレーヌはというと、ティナとニュートが作った紐状の網を持って空中を移動し、屋敷やトンネルの上に設置するオリーヴの手伝いを積極的にした。また、外軍メンバーに属しているため、瞬間移動でバリアが張ってある入り口を楽々通過し、屋敷の中から食料を持ってきて、ジェイクとホレース、クレアたちと共に袋詰めしていた。

午前零時三十分前。マドレーヌとクイニーたちはそれぞれ仲間を連れて瞬間移動し、結局、また屋敷の中に戻った。そして食堂で、クイニーとティナが作ってくれた料理の数々を堪能しながら、迫り来る戦いに備えて最終確認をした。

「まず、外軍から計画を説明しなさい!」

ミス・ペレグリンがテーブルの反対側から指す。マドレーヌ、フィオナ、クイニー、エマの四人組とベス、ニュート、ブロンウィン、オリーヴのチームはそれぞれうなずき合った。先ほど完璧に作戦を練り終えたところだ。

「私たち外軍は、午前零時の五分前にループの外に出ます。そして、一人でも多く敵を倒します。また、敵軍に追われ始めたら二手に分かれ、後に敵の目から逃れるために四手に分かれることになりました」

エマがきちんと順序立てて説明した。続いてベスが立ち上がる。

「まず、チームですが…四人組は、私、ブロンウィン、オリーヴ、ニュートと、フィオナ、クイニー、エマ、マドレーヌです。二人組は、私とブロンウィン、フィオナとクイニー、エマとマドレーヌ、オリーヴとニュートです。それぞれの特性を生かせるチームを作りました」

二人が座り、内軍の皆が拍手をくれた。続いて立ち上がったのは、内軍代表のティナとホレースだ。

「僕たちの役目は二つあります。一つは、このループを守り抜くことです。ペレグリン院長が作り上げたこのループは、僕たちにとってなくてはならない場所であり、ピキューリアという世間から外れた存在の僕たちの最後のシェルターでもあります。このループを敵に壊されてはなりません。内軍は死力を尽くしてここを守ります」とホレース。少年紳士はいつにも増して真剣だ。

「もう一つの役目は言うまでもありませんね。外軍、内軍。皆を守ることです。命より大切なものはありませんから、内軍はループを守る軍と言っても、何か危険がさし迫ればすぐに外軍の援助に向かいます。そこで、外軍メンバーにこれを渡します」

ティナは説明しながら外軍のみんなにブレスレットのようものを渡してくれた。中心には石がはまっている。

「これはリングです。私がつけているマクーザの闇祓い用のネックレスを見てください。これは緊急事態に赤く光ります。それからヒントを得て作ったこれは、緊急事態にこの石を握りしめると、内軍メンバーが一、二人駆けつけます。居場所やなぜ危険なのかも、内軍メンバーのブレスレットに通知されます」

「ティナ、すごいわ!」とオリーヴ。

「ありがとう!」とマドレーヌやベス。みんなは内軍に拍手を送った。

「さて、ミスター・ポートマンたち!先ほど詰めた食料を皆に配ってくれますか?…ミス・クイニー・ゴールドスタインは着替え用の洋服を配ってください!あと二十分で外軍が出発ですから」

いけない、そうだった!マドレーヌはジェイク、ホレース、クレアと共に袋詰めした食料を配った。腐らずいつでも食べられる魔法の食料で、シュトルーデル五つ、ビスケット十枚、小さめのトースト三枚、クロワッサン二つの詰め合わせだ。飲むたびに水がきれいになる魔法の水筒もあり、永遠にたっぷりの水を飲める。

クイニーが配ってくれたのは、彼女が作ってくれた着替え用の洋服で、女性用は動きやすいシャツとパンツ、男性用は戦いに適している素晴らしいスーツ。それらをリュックサックに詰め込み終えると、外軍出発まであと十五分になった。今まではその感情を無視していたが、深夜ともなると眠気が増す。しかし、緊張でそれどころではなかった。マドレーヌは死への恐怖を感じていた。ホローガストに追われた時に続き、これは二回目に感じる気持ちだ。亡き祖母のように勇敢に戦うと決意していたが、やはり無理だろう。こんなに臆病で気の弱い自分は、仲間を守るのは愚か、自分をすら守れないかもしれない。相手は熟練の魔法使いやワイトたち、それにホローガストだ。自分が太刀打ちできるわけがない…。そう思っていた矢先、エマが声を弾ませたのだ。

「マドレーヌと一緒に戦うなんて、夢のよう!かつてミイナと戦ったのと同じね。だって、マドレーヌはミイナの若い頃に生き写しですのもの!ミイナとよく似た話し方だし、やさしさも勇敢さもミイナそっくり。そんなマドレーヌと戦えるなんて幸運だわ!まるでミイナと一緒にいるみたい!」

マドレーヌが崇拝していた祖母と自分が似ているという、祖母ミイナの親友だったエマの言葉。嬉しいはずだったが、マドレーヌは苛立ちを抑えられなかった。もちろん、エマが親友を亡くして悲しいのは分かる。それに、その孫であるマドレーヌが仲間なのだから、嬉しく思うのも分かっているはずだった。しかし、マドレーヌは激しい怒りを感じている。自分はいくら孫だと言っても、ミイナ本人ではない。自分と祖母を同じに思われても困る。マドレーヌは、自分は自分だと強く感じている…。気がつくと、マドレーヌはこう口に出していた。

「ごめんなさい…私、やっぱり、戦いになんて参加できない」

自分でも驚くほどきっぱりとした口調だった。にぎやかだったみんなが一瞬で静かになり、痛いほどの沈黙がマドレーヌを包む。

「え?」

オリーヴがきょとんとして聞き返す。

「マドレーヌ?」

ベスが理解できないというように首を傾げた。

「今更か?」と怒り心頭のイーノック。続いてホレースが「今まではそんな態度、微塵も出さなかったじゃないか!」と声を詰まらせた。

「マドレーヌ、そう思うのも無理はないわ。でも、参加してみない?」

クイニーの優しい言葉。

「仲間とループを守りましょうよ!」とティナ。

「君ならできる!」

「大丈夫だよ」

ジェイコブとニュートにも励まされたが、マドレーヌは首を振った。

「本当にごめんなさい!私には無理なの。私は…」

持て余すほどの感情に困り果てた。

「私は…祖母じゃない」

そう言い、素早く食堂を出ると、一目散に自分とティナの部屋だった場所に向かった。

馴染みのあるそこで膝を抱えて座っていると、大きな足音が聞こえてきた。ちらりと目をやると、今、一番会いたくない女の子、エマが足音高く歩いてきた。マドレーヌは慌てて目をそらす。

「私はマドレーヌとミイナを混同したわけじゃない!」

エマは唐突に叫んだ。

「でも、嬉しいじゃない!かつての大親友の孫と一緒に戦えるなんて、信じられないほどの喜びじゃない!」

マドレーヌは「だから、私は祖母じゃないんだから、彼女の孫とばかり言わないでほしいの!」と言い返そうとしたが、エマの顔を見た瞬間、言いかけた言葉をのみ込んだ。気の強い彼女は目に涙をためていたのだ——。

エマはついに、地団駄を踏み、泣きながら怒鳴った。

「マドレーヌは私のかけがえのない親友なんだから!」

その言葉を聞いた瞬間、怒りがスーッとおさまっていくのを感じた。頭が冴え、自分はなぜ怒っていたのだろうかと不思議に思えてくる。気がつけば、マドレーヌは口を開いていた。

「エマは私にとって、無二の親友よ」

エマはちょっと涙ぐみ、「そんなのとっくに知ってるわよ、おバカさん」とマドレーヌをぶつ真似をした。そして、不意にマドレーヌの隣に座り、そっと肩をもたせかけてきた。

マドレーヌは動揺したが、エマの背中をやさしくたたいた。エマは気恥ずかしげに微笑み、「マドレーヌが一番好きな友達だよ」と言った。マドレーヌはからかいたくなり、「ほんと?」と聞いてみる。

きょとんとしているエマに、マドレーヌは笑いながら「一番好きなのは私じゃなくて、ニュートじゃないの?」と言った。マドレーヌには妙な確信があったのだ。図星だったようで、エマは顔を真っ赤に染めて「そ、そんなわけないわよ!ニュートなんか…」とつぶやいた。

マドレーヌは笑いながら、エマと連れ立って下の階に降りた。心配そうなこどもたちと魔法使いたちに「ご迷惑をおかけしてごめんなさい」と謝る。隣にはまだ顔を赤らめているエマがいるので、余計に注目を浴びる。

「ミス・ブルーム、先日、私が言ったことを覚えていますか?マドレーヌはミイナではありませんから」とミス・ペレグリンが注意すると、エマは「ごめんなさい、ペレグリン院長」と素直に頭を下げている。

ニュートがエマに歩み寄り、「あれ、エマ?顔が赤いね」と言い、手を伸ばしてエマの額に触れようとした。マドレーヌだけでなく皆が見ているので、エマはさらに顔を赤らめ「私は平気だから!」とニュートの手を振り払った。ニュートは不思議そうだ。みんなは事情は分かっていると言いたげに笑った。

場の空気が和やかになったとき、ササッキーが「外軍出発まであと十分を切りましたよ!」と皆に教えた。大変だ!マドレーヌたち外軍は集まり、内軍メンバーにも手伝ってもらい、どこに瞬間移動するか決めた。最初はみんなで敵の前に現れ、敵をできる限り倒してすぐに二手に分かれる。ベス、ブロンウィン、オリーヴ、ニュートは沼地の方向に逃げ、フィオナ、クイニー、エマ、マドレーヌは海の方向に逃げる。それでも敵から追われてしまったら、各グループともループの前まで戻り、そこで敵を打ち倒そうと決めた。

外の様子を見てきたミラードが「闇の魔法使いとワイトたちは、僕たちのことをすぐには殺さないらしい!後でまとめて殺すそうだ。だから、戦い中はこちら側の死者が出ない!」と報告した。皆は安堵のため息をついた。マドレーヌも内心、「戦いで仲間や自分が死んでしまうのは絶対に嫌だ!」と思っていたので安心した。簡単な呪詛ならば、クイニー達がすぐに対応してくれるだろう。

「戦いで弱らせて、後でまとめて餌食にするパターンだな」とジェイク。

「そうなれば敵軍は、体力を奪う呪文を頻繁に使うだろうね。だからこそ僕たちは呪文を避け、敵をできる限り倒すんだ」

ニュートが真剣な面持ちで言うと、エマがうっとりと微笑んだ。マドレーヌは微笑ましく思いながら、すば抜けてかわいい親友を見つめていた。マドレーヌはエマに対し、他の友達とは違う友情を感じている。彼女が怒りっぽくてもイライラしないのはそのためだ。エマは誰よりもやさしくて、誰よりも正義感が強い。大切な大切な大親友だ。

そうこうするうちに、外軍出発まであと五分を切った。零時五分前のマドレーヌたちの道しるべは月だけだ。そこで、すばらしく簡易的なライトを装着して戦うことにした。そうでないとこの暗闇の中では何も見えないだろう。

必死に深呼吸する事で緊張を和らげようとしているマドレーヌの手を誰かが握り、誰かが背中を撫でた。目をやると、ティナとクイニーがにっこり微笑んでいる。クイニーの金髪が風でなびき、ティナの瞳は爛々と輝いている。普段通りに振る舞っている2人を見、マドレーヌは実感した。2人が立派な大人であるという事を。

「マドレーヌ、心配する必要なんてない。友達をみすみす死なせるはずがないでしょう?私達が必ずあなたを守るわ」

ティナが力強く言った。それは、マドレーヌだけでなく周囲にいるこどもたちにも勇気を与える言葉だった。

普段は見せない好戦的な笑みを浮かべるティナは、不思議と皆を安心させた。マドレーヌは「ありがとう」とささやいた。感謝の言葉を述べる事で、溢れるほどの気持ちを全て伝えたかった。

「マドレーヌ。意味を考えるの」

クイニーが優しく諭すように言う。

「意味?何の意味?」

「あなたが今ここにいる意味を。あなたがピキューリアである意味を。そして、あなたがこの世に生を享けた意味を。それはね、マドレーヌ・ウェントワースという存在が世界を構成する一部である事を示しているの。世界は闇の魔法使いやワイトのような悪人で占められている訳ではない。一人一人が集まって、初めて世界というものが確立する。そして、このループも立派な世界なの」

「クイニーの言う通りよ。世界は広い。でも、ピキューリア達にとってはこのループが世界そのものよ。この小さな世界を守り切りましょう」

クイニーとティナの言葉に励まされ、気づくとマドレーヌはうなずいていた。

零時二分前。外軍と内軍は石垣に集まり、円になって手を重ねた。この時マドレーヌは、ここにいるみんなは年齢や性別、能力など関係なしに自分の仲間なのだと改めて感じ取った。ここにこうして集まれた、共通の性質を持つ自分たち。かけがえのない仲間だ。

「私達は一心同体です。全員で精一杯戦いましょう。何が起こっても、私はすぐに皆さんのもとへ駆けつけると約束します」とミス・ペレグリン。

「このようにして一致団結している君たちは実に立派じゃ。わしが君たちをやすやすと失わせるような真似をすると思うかね?答えはノーじゃ」とダンブルドア。

そして、最後にササッキーが「私たちならば絶対に負けない。私たちは人数こそ少ないけれど、団結力と友情はどんな悪人にも負けませんから!安心して戦いましょう。ここにいる一人ひとりの健闘を祈ります」と心のこもったメッセージを送ってくれた。ササッキーとは知り合ってまだ少しだが、彼の溢れるほどのやさしさと勇気を知ることができた。

「外軍出発まで、あと三十秒…」

時計を手にしているミス・ペレグリンが宣言し、外軍は石垣の前で構えた。内軍のみんながカウントダウンする中で、マドレーヌたち外軍メンバーは手をつないだ。最初の大仕事はマドレーヌが任されている。ループの外、つまりは敵軍が待ち構えている場所に姿を現し、みんなでいっせいに戦いを開始するのだ。自分の能力の見せ場の一つでもある。マドレーヌの胸板が激しく波打つ。ああ、あと十秒だ!マドレーヌは思わず隣のエマとベスの手をぎゅっと握った。二人はやさしく握り返してくれる。

「五、四、三、二、一…」

マドレーヌは心の中で「ループの外、ループの外」と念じた。信頼のおける仲間たちが一緒だと思うと、自然に恐怖が薄れたのだ。瞬間移動しているマドレーヌの耳に、「ゼロ!」という声が遠く聞こえた。




今回は、模擬戦闘、マドレーヌの不安、マドレーヌ’s motherから手渡された本、屋敷に施した防御、マドレーヌの怒り、ゴールドスタイン姉妹の激励の言葉、ループ外への瞬間移動という内容でお送りしました。
マドレーヌはかなり複雑なキャラクターです。エマとは親友同士の間柄ですが、彼女が何かにつけて祖母と混同するのを嫌がっています。エマもこの事に関してはミス・ペレグリンから注意されていました。また、マドレーヌには勇敢な面や協調性もあります。そういう意味では主人公にふさわしいキャラクターかも知れませんね。
皆さんお気づきかも知れませんが、このSSのキャラクターの多くが複雑な心境を抱えています。人間の性格は単純ではないので、時には悩みながらも自分を成長させていきます。そこが人間の魅力だと私は思っています。なので、私のSSのキャラクターはかなり複雑な心境を抱えているのです。
次話からは闇の魔法使い&ワイトvsピキューリア&魔女・魔法使いの戦いとなります。お楽しみに!
ここまでお読みいただきありがとうございました。それでは第12話でお会いしましょう!

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