やはり俺の現実逃避はまちがっている。 作:ソロ
※比企谷八幡、総武中2年生
青春とは嘘であり、悪である。
時にすれ違い、常に行き違い、埒外にまちがい続け、そして気づけば遠く過ぎ去るものだ。
***
11月も終わりに近づき、日の出の時間も遅くなってきた。
すでに朝方はかなり寒い。
そんな寒空の一晩を俺は過ごしていた。
マッ缶がさらに好きになった。
毛布と、人の温かさを知った。
そして、材木座と絶交したくなった。
「……ようやく、か。」
「長い、戦いであった。」
シャッターが自動で開き、初老の男性が姿を見せる。
「よくぞ、ここまでたどりついたな。」
「この裏路地に隠れた店の、3つの宝。」
「さぁ、受け取るがよい。」
前置きはいい。早くしろ。寒いんだ。
***
俺の名前は比企谷八幡。
千葉の総武中2年生だ。
信条とかポリシーとかモットーとか、
そういうのはわざわざ宣言するものじゃなく、
自分の中で秘めているべきもの、という信条を持つ。
春から奉仕部に強制入部させられて以来、なんだか多忙な日々を送ってきたが、最近暇になった。
距離をおいたともいえるだろう。
文化祭や修学旅行の一件で、なにかと目立ってしまい、立場が悪くなったからだ。
リアルは、ボッチには厳しいものだ。
材木座に誘われたこともあり、そんなリアルから抜け出すことのできるものを買ったわけだ。
俺に異世界転生は起こりそうにないしな。
24時間並んで買ったものは、ナーヴギアとソードアート・オンライン。
時間はともかく、俺の貯金はすべて消えた。
昨日の朝、千葉県から秋葉原に向かったときは、騒然とした。
東京都内各所にて、計10000台のみ販売されたのだが、やはり秋葉原に数が集まったわけだ。
駅から、列ができていた。
街中も列だらけで、俺の中では諦めかけていたが、
昼なのに閉まっている店の多い裏路地で、店の前に大荷物で座り込む中学生がいたわけだ。
初対面の人に話しかけるようなコミュ力は持っていない俺だが、彼がなぜか気になった。
どこか違和感を感じたんだ。まあ、めちゃくちゃ親切なやつだったんだが。
話しかけたところ、いわゆる穴場の店で、この店の店長から買う約束を取り付けたらしい。
‘3台’すでに仕入れていたそうだが、欲しかったら24時間待ってみろとか言われたらしい。
腕は確かだが、ロクでもない店員だな。そして彼も了承しちゃうのかよ。
俺たちも便乗させてもらったわけだが、彼からおもてなしを受けた。
徹夜慣れしているのか、登山に行くような恰好と荷物を持ってきていた。
まだまだ自分たちが軽装だったことを恥じた。
「ふむ、これで我々は戦友だな、伊月」
「うむ。日本の夜明けぜよ、義輝」
「・・・まだ買っただけだろ。ログインしてから言え。」
材木座の病気に自然に乗ってくれる月村って、ほんと良いやつだな。
本人曰く、仲の良い友達は《今》はいないらしいが。
引っ越しでもしたのだろうか。
「おっと、駅か。連絡先交換したし、慣れてきた頃にでも一狩りしようぜ。」
「もちろんぞ。ともに天下を握らんとしようではないか。」
「おう。またな。」
「比企谷もありがとうな。1人で夜を過ごすのはキツかっただろうし。」
「そ、そうか。こっちもお前のおかげで買えたしな。あ、ありがとう。」
「どういたしまして!」
人懐っこい笑顔で、月村は言った。
ゲームで会えたら、まじでお礼しよう。
真剣な顔をする。
「・・・SAOになにかあるかもしれない。」
「もし、仮想世界に求めるものがないなら、ログインは待っていてほしい。」
最後にそう言われた。
それでも、俺は・・・
***
あれから数日後、徹夜のダメージも癒えた。
そして、今日、SAOが始まる。
全国約10000名が、口に出すだろう言葉。
「リンクスタート」
***
浮遊城アインクラッド。
全100層からなる鋼鉄の城をプレイヤーたちは登っていく。
それぞれ層には広大なフィールドがあり、街も存在する。
剣や槍、斧といった武器を持って、モンスターと《戦い》、経験値を得る。
NPC(人)と交流し、《生活》する。
まさに仮想現実である。
ログインした俺―Eight―は周囲を見渡す。
石でできた建物が多く、中世の街を思わせる。
多くのイケメンや美少女が《世界》に驚き、歓喜している。
中には急に走り出す者がいる。おそらく、βテスターという者だろう。
すでにこの《世界》を経験したものであり、戻ってきた者であり、すでにこの《世界》の住人なのである。
マ〇オやドラ〇エ、ポケ〇ンといったゲームくらいしか経験のない俺だ。
別に最前線へ加わる気はない。
とりあえず、《世界》を見て回ることにした。
***
はじまりの街と呼ばれる最初の街はマサラタ〇ンよりはるかに広く、すでに日が暮れてきた。
しかし、多くの者がどこかざわついている。
妹の小町に怒られるし、そろそろログアウトしようかしら。
ゲームは1日1時間なんて、足りない。ずっとこの世界にいたい。
それほど、俺はこの仮想現実が気に入っていた。
ただ、現実世界にはマイシスターがいるわけでそういうわけにもいかない。
たしかメニューを開いてっと。
「・・・ない。」
おかしい。違ったか。
まさかこのままこの世界に閉じ込められるのか。
鐘の音とともに、俺は青い光に包まれる。
気づけば、中央の広場に俺はいた。
10000人が入れるような広大な場所に次々に人が現れる。
これは、いったい。
「比企谷か?」
急に耳元で囁かれたので、身構えてしまう。
「あ、すみません。知り合いかと思ったんで。」
イケメンや美少女だらけのこの世界で見覚えのある顔。
「あ、ああ、月村か。」
「Augusな。待てって言ったのに。」
それ鉄血のオ〇フェンズじゃねぇか。
ともかくこの状況について聞いてみる。
「なあ、これってなに?」
月村は答えない。
なにかを必死に思い出しているようだった。
空が紅く染まり、
上空に真紅のフード付きローブの巨人が現れる。
ここで、まさか100層ボス?魔王?
『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ。』
『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ。』
「量子物理学者で、このゲームの開発者な。ちなみにナーヴギアの設計者でもある。」
・・・ありがとう。知らなかった。
『プレイヤー諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気付いていると思う。しかしゲームの不具合ではない。繰り返す。これは不具合ではなく、《ソードアート・オンライン》本来の仕様である。』
『諸君は今後、この城の頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトすることはできない。』
『・・・また、外部の人間の手による、ナーヴギアの停止あるいは解除もあり得ない。もしそれが試みられた場合』
『ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる。』
『より具体的には・・・』
もう、俺には茅場の声は届かなかった。
何を言っているのか分からなかった。
分かりたくなかった。
なによりも《死》を恐れた。
今まで俺は、依頼を解決するために、自分を危機にさらしてきた。
だが、《命》をかけることが、怖い。
知らない間に《現実》の俺が死ぬことが、怖い。
『偽物』の《死》で、『本物』の俺が死ぬのが、何よりも、怖い。
揺れる瞳で映し出されたスクリーンの1つに、泣いている黒髪の女の子を見た。
小町を、思い出した。
広場から走って逃げた。
俺は《仮想現実》からも逃避した。
***
気づけば、路地裏にいた。
「どうする、比企谷。」
「Eightだ。どうするって、ここに座っていればいいだろ。どうせ意識高い系のやつがいつかクリアしてくれるに決まってる。」
「そうすれば、俺は死なずに済む。……そうすれば、生きていられる。」
それが、生きることへの欺瞞だとしても。
「そうか。エイト、俺の話聞いてくれるか。」
「俺さ。元々、大学3年だったんだ。転生ってやつだ。事故で死んでから、いつのまにか中学生に転生していた。だけど、現実とは思えない世界で、空虚な日々を過ごしてきたんだ。」
「そんなとき、前世の記憶を引き継いでいるはずの俺が、《SAO》のCMを見た時に靄がかかったような感じがした。ここに、空虚な《現実》を変えてくれる何かがあると思って、俺はログインした。」
「ごめん。まさかこんなことになるとは思わなかった。」
知るかよ、お前の過去のことなんて。
ほんとこいつは、
良いやつで、自分を傷つけていく。
由比ヶ浜と、雪ノ下の姿が頭をよぎった。
あの『場所』が頭に浮かんだ。
俺は、立ち上がれた。
困っているやつに救いの手を差し伸べる。だったはず。
「知るかよ。俺は《現実》が嫌だったから、ログインしたんだ。仮想現実。最高だ。」
死ぬのは怖い。
でも、もう逃げる道を選びたくない。
「《今》のお前は、1人のSAOプレイヤーだろうが。俺は進むぞ。どうする、月村。」
月村伊月から感じていた違和感が少しは消えた気がした。
「Augusだ。どうするって、’上’に進むしかないだろ。ひとっ走り付き合えよ。」
笑顔を取り戻す。
こいつとは'友達'じゃない。
ボッチ2人旅だ。
でも、背中を預ける'仲間'がいるだけで、
ちょっとは死の恐怖が和らぐ気がする。
そして、俺たちは、
前を走る黒髪のやつを追いかけた。
俺たちにこの《世界》の知識はない。
でも、あがいて、考えて、何をしてでも、俺は《現実》に帰る。
やはり《現実逃避》なんてまちがっている。
俺たちは、この《世界》を、『生きる』