やはり俺の現実逃避はまちがっている。 作:ソロ
《虹の谷》は高く険しい山を上へと登っていく山道のフィールドだ。
俺たちプレイヤーには飛行制限がある。山を飛んで越えることはできず、飛行型Mobが多いこともあって、その山道を使うしかない。
登るにつれて、岩場や滝が目立ってきた。
ちなみにウンディーネとして勇ましく滝登りをしたプレイヤーは領からリスタートとなった。
…もう2度としない。
「マチ、戦闘準備。」
「はい!」
ローブを着て長杖を持っている女の子が、元気よく返事をしてくれる。
岩がつらなって蛇のような、どこからどうみてもイ〇ークだ。ハンマーや根のような打撃武器が有効で、俺の両手剣は効果が薄いだろう。
だがこのALOには魔法が存在する。
俺が剣を構えると、マチが呪文を唱え始める。
無属性魔法《ソーンバインドホステージ》
瑠璃色に輝く茨が岩にまとわりつくが、ダメージはない。設置型魔法だ。
地面を勢いよく蹴り、岩蛇に向かっていく。
ソードスキルはないが、身体は勝手に動いてくれる。
茨を断ち切るように斬っていくと、連動して魔法ダメージを与えていく。
HPが0となり、ガラスのように飛び散った。
取得した経験値やアイテムが分かるウィンドウが表示される。剣を腰の鞘に納め、後ろを向く。
「サンキュ、マチ。」
もし俺だけだったなら、両手剣が刃こぼれするほど斬りつけていただろう。
「いえいえー。サポートできてなによりです!」
SAOには魔法がなかったため、こういうサポートは新鮮な気持ちだ。
「じゃ、行くぞ。」
謙遜する彼女に兜の下で笑いかけ、引き続き登っていく。
***
山道を登っていく道のりで、たくさんのモンスターさんと戦った。
岩の蛇だったり、巨大な鳥さんだったり。
ファンタジー世界を生きている気もちになって、なんだかワクワクした。
まぁー、わたしが倒したわけじゃないんだけどね。
恐れず、まっすぐ立ち向かっていくミカヅキさんはかっこいいなぁ。それに、戦いが終わるたびに、私を労ってくれる。
お兄ちゃんも、彼のように勇敢に戦っていたのかなって思うと、なんだか寂しくなった。
お兄ちゃんが囚われて、家に1人でご飯を食べていた時に味わったような気持ちになる。
「ちょっと、休憩するか。」
その声にわたしは顔を上げる。
登山道の途中にあるような一軒の民宿があった。
中はかなり広く、個室まで用意されている。
広い部屋のソファーに向き合って座る。
「今日は、この辺りにしておくか。3時間くらい入りっぱなしだったし。」
もうそんなに経っていたんだ。
時間を忘れるくらい、冒険を楽しんでいたのかな。でも、ミカヅキさんもお兄ちゃんは、もっとずっと長く冒険していたんだろうな。
急に頭に手を乗せられ、
わしゃわしゃって頭を撫でられたことに私は驚く。
「まーた、しょんぼりしてる。マチと冒険できて嬉しいぞ、俺は。」
お母さんやお兄ちゃん以外に撫でられるのは初めて。
ハラスメント防止コードを発動しますか ってウィンドウが出る。
「これなんだろう?」
「え、これでも出るの! やめっ、やめろー!」
その慌てる姿がなんだかおもしろくて、笑みがこぼれる。
《No》をこっそり押した後、意地悪をしたくなった。
「どうしよっかなー」
「うっ、なんでもしますから許して」
「今、なんでもって言いましたねー」
「……公序良俗に反しない範囲なら。」
「ミカヅキさんのこと教えてください!」
***
小悪魔のような女の子と民宿のソファに向かいあって座る。
しかし、どこまで話すべきか。女の子の髪を触った代償は大きいだろう。それに、相棒の妹である彼女には本名を明かしてもいいか。
「えっと、前世は21歳で死んで転生したわけだから計24歳くらいで、今は高1。本名は月村伊月っていう。」
俺の発言にポカーンとしている。
「SAOでは最前線に立っていて、英雄だとか《狂戦士》って呼ばれて…ました。」
マチの反応がないことに疑問を覚え、語尾がおかしくなってしまった。
「冗談はともかく、嘘をつける人じゃないよね…。」
ボソッと呟かれる。
さすがに自分で英雄って言うのはマズかったか。
気を取り直したように、笑みを浮かべ話し始める。
「比企谷小町です。お兄ちゃんの妹やってます。中学3年生といいますかー、受験生といいますかー」
言いづらそうに、そう告げる。
もう10月だもんな。
「勉強のほうは?」
アハハ…って言いながら乾いた笑みをする。
なるほどだいたいわかった。
「そ、そうだ! ミカヅキさんが勉強教えてください!」
「国語以外なら教えられるけど、住んでる県が違うからなー」
「うっ、そうですか。 あ、でも、お兄ちゃんが知り合いの家庭教師紹介してくれるって言ってました!」
「そうなんだ。あいつも勉強ヤバそうだけどな。」
中2であいつの知識は止まっている。
「雪ノ下さんカー、コワイナー」
目線を逸らしながら、未来を憂いている。
予想したことを尋ねてみる。
「…スパルタ?」
「はい、お兄ちゃんの友達?の人です。とっても良い人なんですけど、厳しい人なんですよ。」
よほど絶望しているのだろう。話題を変えてくる。
「あ、そうだ。お兄ちゃんって彼女できたりしました?」
それがSAO内でのことを差すのなら、
「俺が知る限りはいないな。そもそも、女性プレイヤーは珍しかったし。」
アスナにラーメンをせがんでいた光景しか思い浮かばなかった。
「そうなんだ。妹としては、お嫁さんを早く見つけてくれないと安心できないんですよ。」
「お兄ちゃん想いなんだな。」
相棒も妹想いだった。
「いえいえ、違いますよー。専業主夫志望するようなゴ…お兄ちゃんですから! 雪乃さんか、結衣さんか、それとも静さんか、はたまた彩加さんか。」
SAOにログインする前から、4人もの女の子に好かれていたのか。
やはり自称ボッチだったか。
自己評価が低いだけであって、相棒はかっこいいところあるからな。
「お兄ちゃんがお嫁さんを貰うまでは、わたしは安心できないんですよ。あ、今の小町的にポイント高い!」
「たしかに、相棒に春が来るといいな。」
「じゃあじゃあ、ミカヅキさんも協力してくださいね!」
彼女は本当に表情豊かで、心の底から笑顔を見せてくれる。
俺は、その笑顔に見惚れていた。
でも、近づけば、また……
***
ふもとに降りてくると、ウンディーネの男の人が岩にもたれ掛かっている。
「君たちやるねぇ、ここまで来るなんて。そうだ、《アルン》まで案内してあげるよ。」
ここからは強いプレイヤーもたくさんいることだろう。
こちらこそ同行をお願いしたいくらいだ。
近づいてお願いをしようとしたら、ミカヅキさんの手が肩に掛けられる。
立ち止まり、彼の方を見た。
「残りの8人出てこいよ。いや、8種族か?」
低くて、苛立っていることが感じられる声が岩場に響く。
すると、いろんな色の妖精が姿を見せる。
粘りつくような視線が、なんだか嫌だった。
「山岳地帯を攻略して、疲れているプレイヤーを待ち伏せってところか? しかも同族で油断させる。」
---まるでゲームのように。
「へぇ、よく分かったな。それなら、金目の物を置いていけば見逃してやるよ。」
「男は殺してもいいんじゃねぇか? それで女は…」
対立するはずの9種族が、仲良く嗤う。
その矛盾がとても不快だった。
ミカヅキさんの拳が強く握られているのが見えた。
この《世界》では死亡したプレイヤーは《死亡罰則》が与えられるだけで、死ぬことはない。
でも、それでも……
「お前らにとっては所詮ゲームなんだろう。別に、それはお前らの勝手だ。でもな、そのふざけた世界を俺たちに押しつけるなよ。」
剣を抜き、構える姿は覇気を感じた。
「な、なに言ってんだよ。たかがゲームだろうが、熱くなるなよ。」
「相手は2人だ。やっちまうか。」
「お荷物の後衛職もいることだしな!」
お荷物、か。
確かに、ミカヅキさんにはまだまだ手が届かない。
前へゆっくり歩いていく背中は本当に大きい。
覇気は、わたしには心地よくて、守ってくれる感じがする。怒気を感じるのがなんだか嬉しい。
手を伸ばしたい、あがきたい、そしていつか隣に……
魔力の輝く糸が、リング上となって締め付ける。
信じてくれる彼を、わたしも信じる。
無属性魔法《アストラルバインド》
移動を制限する魔法でダメージはない。
その効果も今のレベルでは一瞬のことでしかない。
一陣の風が駆け抜け、9色の炎が生まれた。