やはり俺の現実逃避はまちがっている。 作:ソロ
小町√ネタバレ注意。
あのゲームはエピローグが最高なんですよね。
3月も半ばというところ。
服装に気を遣い、たどり着いたのは水族館。
土曜日ということもあり、多くのカップルを見かける。
水色のポロシャツに灰色のカーディガン。ゆったりとした長ズボン。
普段黒色か藍色の無地のパーカーで確定されている俺としては珍しいだろう。
小町とは、買い物やお出かけには何度か行ったものの、デートというものはしていない。
言うなれば、ちゃんとエスコートしたいというやつだ。
わざわざ家を別々に出て、別々のルートで来た。
「お待たせしました~」
白いシャツの上に黄緑色の薄手のカーディガンを羽織り、白のふわっとしたスカートを身に着ける美少女だ。
普段見るより、背伸びしている気もした。
「いや、さっき着いたばかりだ。」
ギャルゲーとアニメの知識しかない俺は必死に言葉を探す。
「似合っているし可愛いぞ。ちょっと大人っぽく見える。」
「ありがとうございますー!伊月さんもカッコいいよ! 今日は1日エスコートしてくださいね。」
音符マークがつきそうな声と笑顔はとても眩しかった。
***
水族館に続く長いエスカレーター。
少しずつ暗く幻想的な世界へと向かっていくことは高揚感を感じる。
降りた先でまず目につくのは大水槽。 サメやエイ、名が出てこないような小魚の大群。
小町は、すごいすごい!と大はしゃぎしている。
かくいう俺もスマートフォンのカメラを片手に興奮している。
ロマンチックなクラゲの水槽、脚の長いカニ、優雅に泳ぐウミガメに俺たちの会話は尽きない。
小町は八幡に自慢するかのようにメッセージや写真を送っている。
淡水魚エリアにて、
「いつきさん、サクラマスだって!」
「ふむふむ。」
サケのように銀色に輝く鱗を持っていて、どこが桜なのか分からない。
学術的解説は読むと、
『名前の由来は桜の花の咲く頃に漁獲されることから』『海水で暮らす場合と淡水で暮らす場合がある。』『成熟した魚体に現れる桜色の婚姻色からつけられた』などとある。
「こういうの、ロマンチックな魚って言えばいいのかな。」
俺の隣に立ち、手を握ってくれた。
「ほへぇ…桜色の婚姻色って、ステキ!」
結婚、ね。
近くの1つの水槽でまた立ち止まる。
暗くて地味な水槽に、とぼけたような灰色の魚がいた。
ナーサリーフィッシュなんて初めて見た。『泥で濁った川の中であまり動かない。』『餌を捕まえるときだけ、素早く動く。』
「うわぁ、なんだか昔のお兄ちゃんみたい。」
嫌悪するような顔でも寂しそうな顔でもなく、懐かしむような顔だ。
SAOで成長したことが嬉しいのだろうか。
「そういえば、あいつ元気出てきたよな。」
3月に入ってからだろうか、徐々に思い詰め始めていた。
あるモノを求めるように、あるモノを探すように、しかしあるモノを諦めるようになっていた。ALOにもあまりログインしなくなっていたこともあり心配していた。
それが数日前から、SAO開始直後のような顔になった。
悩んで、あがいて、生きることを決意した頃だ。
「そうだね。なにか良いことあったのかなー?」
「どうだろうな。でも、良かったよ。」
あいつも、また成長し始めた。
インドア派のあいつが図書館にも通うようになったし。
まあ、俺と似たような目的だろうな。
俺たちはあの《世界》で、《生きること》を学んだ。
***
すでに日は暮れ、月と星が瞬く時間だ。
噴水広場は見事にライトアップされていて輝いていた。
「うわーすごーい!綺麗だねー」
噴水の前で、踊るように元気にはしゃぐ小町。
子どもっぽくて、眩しい笑顔だった。
「はは、やっぱり、小町はこうでなきゃな。」
彼女は、
幸せそうな笑顔が一番似合う女の子。
一度決めたら目標に向かって人一倍頑張る女の子。
お兄ちゃんのことが大好きな女の子。
背伸びして大人になろうとする女の子。
隠れて涙を見せようとしない女の子。
いろんな小町も好きだけど、自然体の小町がやはり一番好きだ。
ゆっくりと成長していく小町をずっと見ていたい。
「小町、いいかな。」
俺の前に立ってくれる。
「正直に言うと、惹かれたきっかけは山ほどあって、ただ1つだけ言いたいことは、楽しそうに笑っているあなたが好きです。もしよかったら今日から俺と付き合ってください。」
差し出した手が震える。
また失うかもしれない。俺が彼女から離れてしまうかもしれない。彼女が俺から離れてしまうかもしれない。
「私きっとひどいこといっぱい言っちゃうよ?迷惑もいっぱいかけちゃう自信あるし、たぶんわがままばっかり言うし。」
「それでも良い。むしろ俺に真っすぐに向き合ってくれる君が良い。」
「そっか。今の告白、喜んでお受けします。そして、大丈夫。私はここにいる。―――ずっとそばにいる。」
小さな手で、大きな手を握ってくれる。
痛くないようにそうっと。だけど離すまいと離したくないと、今の気持ちを籠めるように俺も握った。
「キス、していい?」
そう尋ねた相手は、がちがちに緊張している小町。
「大丈夫、俺も同じだ。前世を合わせてもファーストキスなんだ。上手くなくても勘弁してくれよ?」
安心して嬉しそうに、スッと目を閉じると、軽く触れあう程度のキス。
真っ赤に火照った顔で、ぎゅっと目を閉じると、少し長めのキス。
香りと温もりと味を共有した。
俺がここにいることを、彼女がここにいることを、確かめられた気がした。
***
次の日の朝。
八幡の部屋に住んでいたのが、小町の部屋に住むようになったくらいだ。
別に大人の階段を登ったわけじゃない、まだ学生の身分だ。
比企谷母はかなり乗り気だったし、比企谷父からは嫁として連れていかないことを条件として許された。
婿養子になることを言うと、逆に乗り気になられた。千葉で就職が決定された瞬間だったな。
2人とも孫の名前を考え始めたことは気が早すぎると思う。
「おっ。」
リビングに降りてきた小町を見て声が漏れる。
「じゃーん。どう?似合う?」
少し大きめに作ってある制服と、まだ着慣れていない感じがかなり初々しい。
「すげぇ可愛いマジ可愛い世界一可愛い」
「それ似合うかどうかじゃないしほめ過ぎでキモいから」
先に感想を述べた八幡に対して、小町は照れる。
「似合ってるよ、小町。」
「ありがと!わたしずっとこの制服着たかったんだー。4月が楽しみ!」
制服を見せるように舞うと、スカートが揺れる。
「高校入ったら、なにがしたい?」
兄として感傷的になっている八幡が口を開く。
「奉仕部―!雪乃さんや結衣さんと一緒に部活したい!」
八幡がかつて中学で入っていたという部活。いや、場所だ。
八幡の帰還と同時に、高校でも雪ノ下さんと由比ヶ浜さんは作ったらしい。
「他の部活は?」
一応聞いてみた。
「わたしはね、やりたいことしかやらないの。だからもっといろんなこと教えてね。」
「勉強のことか?」
思わずドキリとしながら問い返すと、彼女は柔らかく微笑んだ。
「勉強もそうだけど、もっと好きになってもらえるように頑張るから! ゆっくり大人の女性になっていくよ! だから、、」
―――ずっと、愛してね。
その言葉と愛が、心に響く。
転生者って、前世に未練がある場合は苦しさを感じるときがあると思う。
家族や友達や知り合い、人間関係をすべてリセットされるわけです。
さらに、リセットされた経験は一種のトラウマにもなる可能性もある。
サブ主人公である伊月はPTSDだったわけです。
繋がりを得ることを恐れていて、そして比企谷兄妹によって救われました。