やはり俺の現実逃避はまちがっている。 作:ソロ
現実に帰還して、時はあっという間に過ぎた。
4月から、SAOから帰還した中高生向けの臨時校に通っている。
今は6月にはいったばかりである。
高2相当であるとはいえ、俺の知識は中2で止まっていた。
居候な家庭教師である《未来の義弟》による勉強漬けの毎日のおかげで、俺の成績は飛躍的に上昇した。
それに、合格ラインギリギリだった小町も、安心安全に総武高に合格できた。
……代償として大切な妹の心が盗まれた。
相棒として認めたいが、義兄としては認められないというジレンマに俺は陥っていた。
相棒である伊月は、実家より臨時校が近いこともあって居候を続けている。
「いや、まだ小町は渡さんぞ。認めていないぞ。」
「比企谷、いきなりどうした? ところで、なぜ私は結婚できないか考えてくれ。」
2年間あっても、まだ結婚してないのかよ。
中学時代の恩師であり、奉仕部の顧問でもあった、平塚先生はこの学校に勤務している。
「この学校で職場恋愛してみたらいいんじゃないですか?」
「ふむ。しかし、この学校は定年退職したような教師が多くてな。まあ、若い女教師も必要だからと私は呼ばれたわけだが。」
あ、はい、そうですか。
誇らしげな顔をする教師に対して、心の中で呟く。
「そういえば君には、進路相談をできなかったよな。なにか決まったか?」
昔の俺って専業主夫って伝えてたよなぁ。
「小説家、ですかね。」
***
放課後となり、俺はすぐに家に向かった。
相棒は、小町を迎えに行った。
兄離れって、儚いものだ……
駅から自転車に乗り換えた俺は、アパートの多い住宅街を通りがかる。
東京までバイクで通うことは諦めている。
朝方は交通量が多すぎる。
「嫌、あなたにお金を貸す気はない。」
顔の横で髪を結わえていて、短めの黒髪の、1人の女の子を俺は見た。
水色の髪の、1人の女の子の姿が重なった。
***
私は東北のほうから千葉に出てきて、1人暮らしを始めた。
2月半ばにあった受験にも無事合格して4月から総武高校に通っている。
もともと、中学卒業後に働くか専門学校に行くつもりだったけど、祖父母にはいい学校に行けって言われた。
できるだけ、早く、『あの場所』から離れたかったから都合がよかった。
総武高校は悪い学校ではないけれど、都心に近い私立高校ということもあるのだろうか、不良が一定数存在する。髪を染めている人も多い。
地味で根暗な私は目をつけられたわけだ。
そして、『あの事件』すら噂になり始めた最悪な状況だ。
やはり私は過去に囚われ続ける。
たった1人だけできた友人は、どう思っているのだろうか。
軽蔑するだろうか、同情するだろうか。
学校帰りにいつも通りスーパーに寄ろうとしたところを絡まれた。
カラオケでお金使い切ったからと言って、電車代に1万円を要求されたのだ。
「嫌、あなたにお金を貸す気はない。」
「手前ェ、ナメてんじゃねぇぞ。」
女の子は3人の不良JKに囲まれる。
「……もう行くから、そこをどいて。」
その態度に応えるかのように、リーダーらしき不良JKは不敵に笑う。
…タバコは未成年ダメだろ。
不良JKは、右手で拳銃を模す。
…ガンドか?
「ばぁん。」
たった一言が付け加えられる。
女の子は震え始める。
「兄貴がさぁ、モデルガン何個か持ってるんだよなぁ。今度、学校で見せてやろうか。お前好きだろ、ピストル。」
しゃがみこみ、女の子は身体を抱くように縮こまってしまう。
そして、その言葉に首を振っている。
俺は自然と拳を握っていたことに驚く。
自分の怒りを久しぶりに感じた。
気配を元に戻し、女の子に近づく。
「お前ら、その辺でやめとけ。」
「あぁ、なんだ、ヒーロー気取りか?」
俺の方へ振り向いて、悪態をつかれる。
「そいつのこと教えてやろうか?」
「お前らに興味はない。失せろ。」
俺は殺気を籠める。
あの《世界》で身に着いてしまった俺の強さ。
「ヒッ! チッ、今日のところは勘弁してやる。」
リーダーである不良JKが背を向けると、取り巻きも追いかけて行った。
危機は去ったが、
女の子は呼吸を整えている最中だった。
俺は背後からの視線を警戒していた。
***
助けてくれたのは、白いワイシャツに黒いパーカーを羽織った男子だった。
顔立ちは良いが、なんというか特徴的な目をしている。
どこか思い詰めたような目をしているけど、悪い人ではないと思う。
総武高では見たことはない、上級生なのだろうか。
「えっと、本当にありがとうございました。飲み物まで買ってくれて。」
「ん。」
公園のベンチに隣り合って座り、非常に甘いコーヒーに口をつける。
その甘さと彼との距離感が、今の私には心地よかった。
無言のまま、噴水を見つめる。
「えっと、聞かないんですか? なんで絡まれていたとか…」
「じゃあ、遠慮なく。マッ缶好き?」
先ほどのこととは関係ない質問に、思考が一瞬止まる。
「えっと、苦手ではないです。」
「フッ、そうか。」
私の答えに、嬉しそうで誇らしげな顔をされる。
こんなことで喜んでくれたようで、少し笑みがこぼれた。
彼は私の方を向いてきた。
男の人に視線を向けられることは苦手なはずだけど、なんだか嫌ではなかった。
「そう言えば、総武高の1年なんだな。妹や知り合いも通ってるんだけど。」
「へぇ、そうなんですか。あなたも総武高ですか?」
「いや、東京の、たぶん私立に通ってる。」
あれ、国立か?都立か? と頭を捻っている。
彼自身分かっていないのかもしれない。
「まあ、いいか。家まで送ってやるよ。ここで置いて帰ったら妹に怒られるかもしれない。」
「えっと、ありがとうございます。」
頼りになるのかならないのか分かりづらい人。
家まで送ってくれたあと、彼は帰っていった。
そういえば、名前聞きそびれたな。
この近くに住んでいるとも言っていたから、また出会える機会があるかもしれない。
私はドアを開け、慎重に部屋に入る。
何度か遠藤にはこの部屋に押しかけられたことがあった。
私はドサッとベッドに横たわった。
アミュスフィアが視界に入る。
1人暮らしを始めた頃の3月に、知り合いの男子から紹介されたゲームGGO。
PTSDを克服するために、私は向き合い、戦っている。
今では《シノン》の名は、スナイパーとして《世界》で有名となった。
でも、
シノンは、《ヘカートⅡ》というアンチマテリアルライフルを自在に操る。
詩乃は、モデルガンすら持つことができない。
現実の私は、ほんとうに強くなれたのだろうか。
彼に、近づけたのだろうか。
「リンク・スタート」
弱弱しい声で呟いた。
***
高層ビルが立ち並ぶ都市に、シノンはいた。
どこか薄暗い空で、金属で囲まれた《世界》だ。
たくさんの屈強な傭兵や軍人が行き交いしている。
私はミラーガラスに近づき、私の姿を見る。
どことなく私に面影があるが、髪や目は水色。
小柄で華奢で、よく男性プレイヤーから不快な視線を受ける。
それでも、
この《世界》に生きるシノンは、銃を見ても発作は起きないし、詩乃よりつよい。
あいつの気配がしたため、路地裏に入る。
髑髏を模した仮面をつけ、黒い忍装束を着ている。
「こんにちは、エイト。」
「…なんでバレる?」
「勘よ。」
《アサシン》と呼ばれている人。
気配を消すことに長けていて逃げ足の速い、トッププレイヤーである。
「いや、あれがあれで、今日俺忙しいんだ。」
「はいはい。行くわよ先輩。」
逃げるべく背を向けた彼の襟首を引っ張る。
どこか情けない彼だけど、本当に強い。