やはり俺の現実逃避はまちがっている。 作:ソロ
時は遡って、、
3月末、総武高校入学が待ち遠しい時期。
家事も終わり、手持ち無沙汰な状態。ソファに身体を預けて、クッションを腕に抱え込む。
お兄ちゃんや伊月さんは、お友達の和人さんと一緒にバイクの免許のために教習所に通っている。
たしかに、伊月さんの後ろに乗せてもらうのは楽しみだけど、一緒に過ごす時間が減っているのは確かなんだよねー。
最近友達になった珪子ちゃんからラ〇ン電話が来る。
『あ、小町さん?』
「そですよー。」
「あのですねっ、新アインクラッドのクエストに行きませんか?」
「はーい。ちょうど暇なんでログインしますよー。」
階段を登り、少し狭くなった部屋に入る。
綺麗に畳まれた敷き布団、あまり多くない伊月さんの荷物があって、難しそうな理科の本が机の上に開いたままである。
アミュスフィアを被り、わたしは旅立つ。
「リンクスタート」
クエスト《天使の指輪》
天使の試練を乗り越えるとリングが与えられる、らしい。
交換し合ったもの同士に永遠の絆を与えるというもので、効果として一ヶ月に一度だけ声を送り合える、らしい。
SAO生還者であるリズベットさんとシリカちゃん、そしてALOから始めたリーファちゃんと一緒に冒険に来た。
フィールドを乗り越え辿り着いたのはバラの花園、そして煌びやかな天使さんがいる。
「なんということでしょう。本当に乗り越えてきちゃったんですか。うざーい。まさかこれくらいで『絆』なんて不確かなもの信じて貰えるなんて思ってないよね?はい次ー、《打ち捨てられし塔》に住まう魔獣を倒してきて。そしてさっさとあたしに『絆』とやらを見せつけてみせなさいよ。はーりあーっぷ」
細くて白い美脚を組んで、さらに肩肘をつく姿勢であって、棒読みだった。
「やっぱり何度見ても私の想像してた天使様と違う!」
「だよねだよね!もっと慈愛溢れてるよね!」
「やっぱそう思うよねー。」
シリカちゃんとリズベットさんは懐かしむ顔をする。相変わらずな天使様で、2度目だから、耐性ついてるんだろうね。
クエストに向かおうとするわたしたちに声がかかる。
「おい、気をつけて…行ってくるがいい。っとか!言うと思ったかばーか!」
すっごい捻くれてるツンデレさんだった!
《打ち捨てられし塔》に住まう魔獣はウサギさんだと聞いていたんです。羽のついたかわいいウサギさんで、4人なら余裕だと。
残念、5つも目のある、二足歩行の大きな狼さんでしたー!
伊月さんやお兄ちゃんも、新生アインクラッドはところどころ強化されているとのこと。
「プレイヤー!? 先に誰か戦って……」
「「「え!?キリト(さん)!」」」
付き合いの短いわたしよりも、3人の方が驚きが大きいみたい。
黒い髪で黒い服のスプリガン、そして二本の剣を持つ彼?は、わたしたちを守るように剣を構えた。
『爪』を左手の片手剣で弾き、右手の片手剣で追撃する。
魔獣はポリゴンと化した。
「あの、ありがとうございました。」
「いえいえ。お怪我はありませんでしたか?」
男性にしては高い声。顔立ちはカッコいい系の美人さん。
まさか、戸塚さんのように、男の娘なのでは!
「…やっぱり別人みたいですね。」
「まぁ、普段は二刀流使わないし、戦い方もちょっと違ったものね。」
「えっと?」
彼が首を傾げているので、教えることにする。
「わたしたちの知り合いに似てたんですよー。」
「うん。キリト君かと思っちゃった。」
「まさか、あなたは《キリト様》を知っているのですか!それにSAO生還者でしょうか?」
「あなたもなんですね!じゃその恰好は意図的に?」
「あっ、いえ俺のこれはその…歩きながら話しますよ。」
天使様のところへ戻る途中、話してくれた。
新アインクラッドが実装されてからALOにログインしたこと。ランダム生成で英雄の1人《キリト様》と似た姿になったこと。彼の強さに憧れを持っていたこと。
彼女の二刀流は『偽物』で、もっと強くなりたいこと。1人ですべてを守りきる力が欲しいこと。
そんな女の子の名はクロ。
話しているうちに、戻ってきた花園は、荒れていた。
散ったバラ、壊れされた庭園、そして巨人の足跡。
さらわれた天使様は……
「きっとこの巨人の足跡の先ね。ツンデレ天使を助けてデレさせましょうか!」
「「「賛成!」」」
「そうだ。これもなにかの縁ですよ!クロさんも一緒に……」
「悪いが、私はここから1人で行く。元々このゲームで誰ともパーティーを組む気はなかったし。――それに、たかが『ゲーム』、どうせ死んだって、死なないんだから。」
彼女は背を向け、’独りで’足跡を追うように向かって行った。
昔のお兄ちゃんみたいで、ちょっと前の伊月さんみたいで、放っておけないよね!
「じゃ、追いかけよっか。」
「でも追いかけたからって私たちに何ができるとも…」
渋るリズさんやリーファちゃんに、シリカがムッとしてしまう。
「まだ何もやってないじゃないですか!……私だって本当に1人を望んでいるのなら止めないですよ。でも、1人を望む人があんな風に笑わないですよ。それでも1人になるような選択をする理由があって、キリトさんに似ていることも偶然なだけじゃないかもしれなくて、だから、力になりたいんです。」
――キリトさんがわたしを助けてくれたように。
「行きましょ!」
「そうね。後悔しないために!」
わたしたちは走り出した。
が、予想以上に、女の子にとって強敵でした。
たくさんのスライムは酸を吐き、ダメージが大きく、装備の耐久値を減らしてくる。
わたしは後衛とはいえ、数が多いため、お気に入りの巫女服がっ。
「このっ!」
《アストラルヒュプノ》
敵を眠らせて無力化する特殊魔法。
《バインド》
水を操りまとわりつかせ、行動不能にする特殊魔法。
誰かを庇うように戦うクロさんがダメージが大きい、服も含めて。
とりあえず、《ヒール》で回復。
数も少なくなってきて、しかし状況はギリギリの状態であるから、焦るように彼女は飛び出る。右手の剣で敵を斬り、左手の剣は……動かなかった。
シリカちゃんがスライムから彼女を庇い、リーファちゃんとリズベットさんが全滅させる。
「なんでっ!私なんか庇ったの!? なんで!それであなたがいなくなったんじゃ意味ないじゃない!」
心の底から叫ぶ。きっと、大切な人を…
剣を離すと、静寂の部屋にカラーンと響く。
「もう二度とあんな思いは……私を1人にしないで…ロッサ」
震えて、涙を流す彼女をシリカちゃんは抱きしめる。
部屋の風景が少しずつ変わっていく。
黒い夜空にあるフィールドに立つ巨人の胸には、天使様が囚われていた。
表示されたのは5本のHPゲージ。
「ようこそ、我の間へ。さあ天使よ、お前の信じた絆が壊れるさまを見るがいい!」
「ボス部屋への強制転送装置!?」
「こんな状態で!?」
わたしたちのHPもMPも尽きかけていて、クロさんはまだ立ちあがれない。
この《世界》で死んでも、現実で死ぬわけじゃない。でも、このままだと、彼女の『心』が死ぬ。
でも、不思議とわたしに焦りはなかった。大切な彼が来てくれるのを感じたから。
漆黒の全身鎧の騎士が、巨人の片手棍を《片手棍》で弾き飛ばす。
「だ、誰なの?」
「もしかして《狂戦士》!?」
むっ、わたしの彼氏をバーサーカー呼びですか、リズベットさん。
持っているのは、耐久値が高いだけの無骨な棍であることを考えると、時間稼ぎに来てくれただけなんだろうな。
たぶんわたしたちで勝つことに、意味があるんだよね。
「シリカ!それにマチ! 君たちは早く逃げるんだ。…くそっ、なんでこんなときに体が動かない。守りたいのにっ。もう二度と失いたくないのに!1人ですべてを守れる力があれば……」
震える彼女の手を、わたしたちは握ってあげる。
「わたしたちは、ここにいますよ。」
「それに、クロさんが憧れているキリトさんは1人なんかじゃないですよ。キリトさんが言っていました。SAOを解放したのは英雄たちだけじゃない、SAOを『生きた』すべてのひとだって。下層・中層を支えてくれた人たち、最前線で一緒に戦う仲間たち、そして大切な女性、たくさんの人たちの力が合わさったんだって。―――そんな人だから、キリトさんの側にみんな集まるんです。」
「英雄は、希望で、みんなに勇気を与えていたんだと思いますよ。それでも、誰かの支えが必要なんですけどね。もちろん今戦っている彼も。」
「英雄の1人《狂戦士》もなんだね、あんなにつよいのに。」
ボスのヘイトを集めながら、武器を的確に弾いている。
わたしたちは頷き合い、シリカちゃんが代表してメニューを開く。
「パーティー申請……?」
「はい。一緒に戦いましょう!」
承諾し、彼女は踏み出せた。
「スイッチ!」
巨人を蹴りつけ、後衛のわたしの元まで彼は下がってきた。巨人のHPはほとんど減っていないままだ。
「ありがと」
彼にだけ聴こえるように小さな声で伝える。
兜の下で笑みをこぼした彼は、高価なMP回復結晶を使ってくれたあと、さらに後ろに下がっていく。
「絆などありはしない!我が力の前に屈せよ!」
「行くよ!みんな!」
消費MPが大きく、効果の大きい回復魔法《リフレッシュ》を惜しまず使う。
パーティープレイの経験が少ないクロさんはまだ連携は慣れていない。しかし、声をかけ合って、励まし合って、戦っている。
しかし巨人はかなり強力で、範囲攻撃魔法まで使用してくる。HPが減少するにつれて、使用頻度も高くなってきている。
だから、仲間を信じて、すべて使い切る。
「クロさん、よろしくお願いします!」
《インフィニティフォース》
たった15秒ほどの全体的なステータスアップ。
急激な変化についていけなかったり、代償として効果終了後に一定時間ステータスが大幅減少したり、多大なMP消費をしたりと、使いどころの難しい補助魔法。
クロさんは頷き、巨人の片手棍を左手の《片手剣》で弾き、右手の《片手剣》で追撃を加えていく。その一瞬だけは、トッププレイヤーに匹敵するものだった。他の3人も怯んでいる巨人に全力の攻撃を当てていった。
わたしたち5人で掴んだ勝利!
「よくやった天使たちよ。……別に私は助けてほしいなどとは言っていないが、まあ感謝する。ともかく、その絆はしかと見せてもらった。お前らの絆に天使の加護があらんことを。」
優しい輝きを放つのは天使ではなく、実は女神様だった。
わたしたちの手のひらに収まったのは、《天使の指輪》。
わたしたちが得たモノは、絆。
***
「おかえり。」
先に戻っていた彼が笑顔で言ってくれる。
やっぱり、おかえりって言ってくれる人がいるのは幸せなことだよね!
「わたしは伊月さんを1人にしないよ。」
「っ!どうしたんだ、急に?」
「うーん、なんとなく!」
そうだ、新しいお友達ができたことを話さないとね!