やはり俺の現実逃避はまちがっている。 作:ソロ
いつも通り、総武高の門をくぐる。
サッカー部が朝練をしていて、たくさんの女子が見物をしている。
「はやませんぱーい!」
とてつもない甘い声が聞こえた。
なるほど、人気者の葉山先輩の応援といったところか。
学年を問わず、女子の黄色い声援が響いている。
教室に入り、席に着く前にはいつも、自分の椅子や机を確認してしまう。
綺麗な状態であることに違和感を覚えてしまう私は、ずいぶん情けないなって思ってしまった。
まだ、『あの事件』の噂は広がりきっていないのだろうか。
席に着き、小説を開き、目立たないようにする。
こんなんじゃ、いつまで経っても強くなれないんだろうな…
「おはよーっ、詩乃ちゃん!」
元気よくかけられた声に少し驚いてしまう。
「…えっと、比企谷さん、おはよう。」
比企谷小町さん、私の唯一の友達だ。
***
本格的に高校の内容に入っていく時期で、中学の頃とは一味違う数学に苦戦した。
今では、昼休みである。
晴れている日は、こうして手を引かれて、いつも外のベンチに連れていかれる。
「いやー、今日もいい天気でよかったねー」
満面の笑みでそう言いながら、膝の上に置いたお弁当を食べ始める。
彩りが良く女の子らしさがあって、栄養バランスも考えられている。
友達と学校生活を味わえることに嬉しさを感じつつ、どこか後ろめたさを感じる。
「詩乃ちゃん、なんかあった?」
「え、えと、他の友達とは一緒に食べないのかなって。」
彼女は社交性が高く、クラスでは人気者だ。
「あー、どっちかというと、静かなところが好きなんで。お兄ちゃん曰く、次世代型ハイブリッドボッチって! あ、でも詩乃ちゃんは迷惑?」
「そんなことないわよ。」
彼女が良いというのなら、私も文句はない。
むしろ、孤立していないことが、はるかにマシだ。
「そっか! うんうん、今日も美味しい。」
返事に喜んでくれた後、お弁当を食べながら満足そうに頷いている。
「えっと、小町さんも自分でお弁当作ってるの?」
「中学の頃は朝昼晩作ってたけど、最近は交代制になったかな。」
「そうなんだ。今日は、お兄さん?」
彼女の顔がさらに笑顔になる。
「ううん、お兄ちゃんじゃなくて、居候の人! 小町の勉強も見てくれてるんだ。もし勉強教えてくれなかったら、合格も危うかったなー。」
彼女はクラスの中でも成績優秀なのだが、元々は違ったのか。
「どんな人?」
「つよくて優しくて、わたしがついていないとダメダメな人だよ!」
強いけど、弱い人。
強いけど、情けない彼。
その矛盾に、私は今日も悩む。
「あー、お兄ちゃんも早く誰か娶ってくれないかなー。」
ため息をついて別の話題を始めた彼女に、その矛盾を聞くことはできなかった。
***
放課後。
駅に近い喫茶店の前に、俺と伊月はバイクを停め、ヘルメットを脱ぎながら降りる。
3月中に、俺と伊月とキリトは同時に免許を取った。
キリトはエギルの伝手でオンボロバイクを買ったらしいな。俺と伊月も中古であるのは確かだが、高校生でバイクに乗るとは思わなかった。
SAOで俺は良くも悪くも変わったと思う。
ちなみに交通事故経験者である俺たちは、極度の安全運転をする。
喫茶店に入った後、ウェイターさんに、待ち合わせです って相棒が答えてくれる。
もの静かな店内を見回していると、大声で呼ばれる。
こっちこっちって叫ぶスーツの男を睨みながら席に向かう。
わざわざ千葉まで場所を変えてもらったことは感謝するがな。
「遅かったな。」
キリトはすでに座っており、机には数々のデザート類を食べた形跡があった。
「ちょっとな。」
「八幡の中学の頃からの友達に会いに行ってた。」
「友達じゃねぇよ。単なる親しい知り合いだ。」
へぇーって言いながら、キリトがメニュー表を渡してくると、菊岡は焦る。
なるほど奢りか、4桁の額のデザートを奢りとは嬉しい。
とはいっても、帰れば小町の作る夕飯があるわけで、残念ながら多くを食べるわけにはいかない。
マッ缶は残念ながらメニューにないため、俺たちはコーヒーだけ頼んだ。
菊岡がホッとする姿はなんだかムカついた。
「エイト君も、オーガス君もご足労願って悪いね。そして遠慮してくれてありがとう。」
「なら現金をよこせ。」
「カツアゲ!?」
この妙にいじりがいのあるスーツの男は菊岡誠二郎で、総務省の仮想課のお役人様だ。
まだ法規制ができていないVR世界においての諸問題に対応するお仕事とかなんとか。
俺たち3人からすると、人使いの荒いやつだ。その分、稼がせてもらっているがな。
「で、どこまで話は進んだ?」
菊岡が事件資料を朗読しようとするのを見て、資料を奪い取って俺たちで黙読する。
すでに隣のおば……お姉さん2人に睨まれているのだ。
話をする場所がまちがっている。
アミュスフィアを被ってゲームをしていたとされる人の、心不全による変死が2件。
そして、その2人のプレイヤーは、GGOの有力プレイヤー。
2人はゲーム内で銃に撃たれたあと、苦しみながらログアウトしたっていう情報から、仮想課に事件が回されたのだろう。
「……デスガンか。あれってマジだったんだな。」
「知っているのか?」
俺の呟きにキリトがそう聞いてくる。
「そりゃGGOにログインしているからな。会ったことはないが噂にはなっていたぞ?」
「それは都合が良いね。エイト君は、ゲーム内で撃たれたプレイヤーが《現実》の身体に影響を及ぼすと思うかい?」
「ないな。GGOもペインアブソーバがある。ショック死で心不全の可能性もあるがそれもないだろう。それにHPが0になっていないよな?」
俺の発言に3人は納得する。
あのデスゲームでもHPが0にならなければ、死ぬことはなかった。
圏内においても、威力的にも、ハンドガンで即死することはありえない。
「俺が思うに、GGOで殺したと同時に、現実でも殺したんじゃないか? 手口については知らんけど。」
警察でも他殺とは分からず、VRMMOに関連した殺人をわざわざ選ぶやつらは……
あいつらしかいないだろう。
「エイト、止まるか?」
思いつめていた俺に、真剣な表情の相棒が聞いてくる。
「止まらねぇよ。けじめはつけないとな。新しい情報が入ったらメールで送ってくれ。」
俺は席を立つ。
相棒、もしもの時は小町のことは任せた。
***
基本的に放課後、小町さんとは一緒に帰らず、私は1人で帰っている。
彼女は部活をしていることもあるし、彼女を巻き込みたくない。
警戒しながら帰路についたものの、不良グループとは会わなかったことにホッとした。
アパートの近くまでたどり着くと、GGOを紹介してくれた新川君の姿が見えた。
「朝田さん、待ってたよ。ちょっと公園で話をしない?」
「…いいけど。」
アパートの横の、ヒト気のない公園のブランコに座る。
ベンチは、なんとなくだが避けたかった。
「昨日の大暴れの話、聞かせてよ。あのベヒモスに《シノン》が勝ったって噂になってるよ?」
「辛勝って言ったところだけどね。彼ってそんな有名人だったんだ。」
「うん、大会には一度も参加してないんだけどね。ほら、ミニガン持ちながら走れないし。」
なんとなくだけれど、次のBoBではリベンジに来そうな予感もする。
「明日から始まるBoBには、もちろん参加するんだよね?」
「ええ、そうね。」
全てのプレイヤーの頂点に立てば、彼に勝つことができれば、私はきっと・・・
「そっかぁ……AGI型でレア武器もない僕じゃ、どうしようもないな。ステ振り間違ったなぁ。」
彼は眩しそうに私を見て呟いたあと、愚痴を漏らす。
着弾予測円の安定速度や回避力を重視するのが、AGI型である。レアな実弾銃を持てるだけの筋力値が足りないことと、銃の命中力向上によって、現在は主流ではない。
また、プレイヤースキルが重要な型である。
彼の愚痴に、私は納得いかなかった。
あの《世界》で《生きる》シュピーゲルを、彼自身が否定していることになるのだ。
ステ―タスやレア銃がないことを言い訳にして、彼は逃げている。
そして、AGI型で最強のエイトのことを、彼は否定したようにも思えた。
「レア銃じゃなくても、カスタム銃を使うAGI型の人で十分強い人はいるわよ? それに、プレイヤースキルを磨けば……」
「……それは、そのカスタム銃を持てるようにSTRを調整しているからだよ。」
苦虫を嚙み潰したような表情で、彼は自分を誤魔化す。
これ以上は言っても無駄だろう。
「じゃあ、新川君は次のBoBには参加しないの?」
「…うん、出ても、無駄だからさ。」
「そう。まあ、勉強もあるもんね。予備校の方はどう?」
千葉から東京の進学校に通っていた彼は4月の終わりから不登校を続けている。医者である父親とも相当やり合ったらしい。
大学入学資格検定を受けたのち、有名私立大学の医学部への受験のために、今から受験勉強を始めていると聞く。
「あ…うん。大丈夫。成績は高いまま維持してるよ。」
頷きながら、笑った。
医学部の受験はとても厳しいものなんだろうな。
そろそろ話を切り上げることにする。
「ごめん、そろそろ私帰るね。」
「あ、そっか。ご飯も自分で作ってるんだったね。いつかご馳走になりたいな。」
「う、うん、いいわよ。そのうち……もうちょっと腕が上がったらね。」
不良グループのこともあったし、男の人を部屋に入れるのはまだ気が進まない。
背後から嫌な空気を受けながら、家まで戻った。
GGOに行きたくて、彼に会いたくて、足早になった。