やはり俺の現実逃避はまちがっている。 作:ソロ
静かな道を、虫の声が優しく響いている。
『これが終わりじゃない。終わらせる力は、お前にはない。すぐにお前も、それに気付かされる。そしてお前のことはやはり嫌いだ。また殺し合おう。『It’s show time.』』
メモを握りつぶす。
たしかに、俺1人なら、無理だろうな。
それにしても、相変わらず捻くれている奴で、やはり嫌いだ。
「大丈夫?」
詩乃が少し一緒に歩きたいと言ったので、先に家にバイクを停めてから送っている最中である。家からそう遠くはないのだが。
「大丈夫じゃねぇよ。1人の美少女侍らせてるから内心バクバクだ。」
「そ、そう。」
自然と口に出た、でまかせで彼女は赤くなる。
つまり本音なわけで、かくいう俺も真っ赤だ。
出会った公園までたどり着くと、言葉を交わさずともベンチに向かい、2人で座る。
ちなみに詩乃は俺の左隣に必ず座るわけで、右手を握ってやる。
その距離は少しずつ近くなっていたが、今では密着している。
街灯に照らされる公園で、たった2人だけの静寂は、今は心地よかった。
俺は携帯を取り出し、慣れない手つきでビデオ電話をかけ、詩乃に手渡す。かけたのは大澤さんとその娘さん。《あの事件》で、詩乃が救った人。
携帯の画面の上に溜まっていく水滴が、月に照らされ輝いている。
大切なモノを扱うようにゆっくりと頭を撫でてやる。
慣れていなくて不器用だけど、それでも。
震える携帯を持つ手を優しく包み込んでやる。
心臓の鼓動が彼女に聞こえないか心配だけど、それでも。
彼女に温もりを与えたい。
***
詩乃の家の前で別れる直前で、俺たちは見つめ合う。
「詩乃、好きだ。付き合ってくれ。」
前振りもないような告白。ロマンチックなセリフもないストレートなモノ。彼女が疲れているのにも関わらず、口に出してしまった。
俺の心が彼女に届いているから、彼女の心が俺に届いているから、そして彼女が待っているから、踏み出せた。
「…本当に私なんかで良いの?私、きっと付き合ったら絶対に面倒な女だよ。本当はもっとわがままで、子どもみたいに妬いちゃって。それでも、それでも本当にいいの?」
「ああ、俺はお前が良い。その、お前じゃなきゃダメなんだ。落ち着いていて俺が守ってあげたい詩乃も、凛としていて俺を救ってくれたシノンも。……俺はこれからもっとお前の全部を知りたいんだ。」
「ありがとう。それじゃあ返事するわね。……今日から、私をあなたの、あなただけの彼女にしてください」
俺の手を取ってくれる。
喜びに満ち溢れている温もりを感じる。
「なんだかすごく恥ずかしいな。」
「私も一緒よ。」
告白して、お互いすっきりした後しばらく無言になる。
でも嫌な感じはしない。
むしろこのままずっと見つめ合っていたいくらいだ。
「でももう夜も遅いし今日は帰るぞ?」
「え?」
「お前、今日はいろいろあって疲れてるだろ。本当はこのままお持ち帰りしたいところだけど、今日はちゃんとぐっすり寝た方が良い」
「な、何言ってるの」
「お、おれ、なに言ってるんだろう…」
理性の化け物じゃなかったのか。
告白した後だからだろうか。失言が多い。
「手、汗かいてるわね。」
今俺の目の前にいるのは正真正銘俺の彼女。
離したくなくて離してほしくない。
彼女がいる実感を、俺がいる実感を味わっていたい。
この余韻を引きずっていたい。
夜の10時過ぎ。
正直もっと一緒にいたかったが、さすがにそろそろ戻らないと心配されるだろう。
「そ、それじゃあ、俺は帰るから。……手を離すぞ?」
そう言って、ゆっくり離した俺の左手をすぐに握ってくる。
詩乃はぎゅっと掴んで離さない。
「ど、どうした?」
「も、もう少し……もう少しだけ一緒にいたい」
俯いて顔を赤くする。
俺は軽く頷き、携帯を取り出して、小町と伊月にメッセージを送る。
あと2、3時間は遅くなる って。
「さ、さいしょのわがまま言って良い?」
「いいぞ?俺にできることならなんでも言ってくれ。」
「それじゃあ、あの、よかったらこのまま家に上がっていかない?」
この時間に? という言葉は口から出なかった。
「だ、だめ?」
「えっと、少しだけ邪魔するぞ?」
そのように不安そうな顔をされると弱る。
あざといなんてものではない、確定的に断れない。
初めて入る詩乃の部屋は、どこか寂しかった。
女の子っぽい可愛いものは少なく、必要なものしか置いていないような部屋。
「気軽に座ってて。」
すぐにキッチンに立ってお茶を淹れ始める。
俺はキョロキョロしながらゆっくり腰を下ろす。
気軽に座れるわけないだろう。体に力が入りっぱなしである。
背すじピーン!である。
カップの一つを俺に渡し、彼女はベッドに腰掛ける。
お茶を飲んだら少しは落ち着くか?なんて思ったけど、緊張は解けない。
「今日はありがとう。いつもありがとう。助けてもらってばかりだわ。」
「俺がやりたいからやってるだけだ。気にすんなよ。」
「……だめだ私彼氏に気を使わせてばっかり。」
俺の左隣に来て、右手をそっと握ってくる。
おいおい、さすがにこの雰囲気はマズいだろう。
俺たちまだキスだってしてないし、付き合い始めたのもついさっきだし!!
「その、わかってるのか?こんな遅くに男を部屋に連れ込んで、あまり良くない状況だぞ…」
それに、あのアイテムすらない状況だ。
歯止めが効かないよ?階段登っちゃうよ?
「よ、よくないって何が?」
「そ、その……」
答えづらい質問を聞いてくる。
さすがに俺の言いたいことは分かっているはずなのにそれをあえて口に出させる意図は何だ? 冷静じゃないから、いつも通り考えることができない。
「別にいいわよ?」
「え?」
俺の側へと、さらににじり寄ってくる。
お、おいおい、マジかよ。物事には順序ってもんがあるだろう。
そこまで言われたら俺でも我慢できる自信はない。
「い、いいのかよ。その、俺たちまだキスだって……」
「それじゃあ今からしてみる?」
すっ と俺の腕を引いて顔を近づけてくる。
そして静かに目を閉じる。
人生で初めてのキス。
どうやってやればいいのか分からない。
軽く唇に触れてみる。
柔らかくて、なんだか甘くて、夢中になれそうだった。
「キスしちゃったわね。……ねぇ、このあとはどうするの?」
潤んだ瞳で聞いてくる。
口に出さなくてもわかる質問をされる。
気づけば彼女をベッドに押し倒していた。
「汗かいちゃってるしシャワーを……」
キスで黙らせる。
電気を消し、月明りの下、まじまじと見つめてしまう。
染まる頬、潤んだ瞳、優しい香り、なめらかな黒髪、柔らかそうな唇、華奢な身体。
すぐにでも抱きしめて、すぐにでもそのすべてを感じたい。
「いいよ、好きにして」
返す言葉すら忘れて、思考も緊張も、そして理性までも吹き飛びそうになる。
しかし、
彼女の『心』をみたとき、ようやく大事な彼女の異常に気が付く。
「おまえ……震えて?」
「う、ううん。大丈夫、大丈夫だから。」
恐怖や不安を明らかに感じている
一生懸命に体を許そうとしてくれたけど、心の準備はまだだったみたいである。
「だ、だからつづけていいよ。平気だから。だから…」
必死に彼女は訴える。
俺は彼女を優しく抱き起こす。
恐怖で震える身体を包んでやる。
もう少しで、俺自身が大切な女性を傷つけるところだった。
「今日はやめておこう」
「え?」
「別に焦る必要はない。怖がるお前を無視して、自分の都合だけを一方的におしつけたくない。」
「ご、ごめん。本当にごめん。わたしがよわいばかりに。」
俺にしがみつき、涙を流し始める。
「わたし嫌われたくないの。あなたが離れていくのが、なんだか怖くて。夜ここで1人でいるのがすごく寂しくなって、怖くなって。……今夜はずっとそばにいてほしくて。でも、なにか理由がないと、泊まってもらえそうになかったから。」
「お前、そこまで。そのために?」
「……うん。」
一緒にいたいからがんばって気を引いたのか。
覚悟もできていないのだから、恐怖していたんだ。
事件からまだ日も経ってないこともあるのだろう。
この部屋で1人で過ごす夜は、きっと俺がラフコフにいたときのように……
「泊まっていくぞ?」
「え?」
目を見開く彼女から視線を一度外し、ケータイでメッセージを送ろうとする。
彼女の身体も、そして彼女の『心』も大事にしろよ っていう返信が来ていた。
まったく、その通りだ。
そんな伊月になら、いや相棒にだけは小町のことを任せられる。
「俺に泊まってほしいなら素直にそう言えよ。」
「め、迷惑じゃ、ない?」
嫌われたくないという不安を持っている。
「これからは甘えたくなったらすぐに言ってこい。なんだってやってやる。いや言わなくてもやってやる。」
それくらいできる繋がりがある。
「好き、本当に大好き。誰かを好きって言うのも初めて、キスをするのも初めて。だから、私以外にこういうことしないで、お願い。」
不安そうに見つめてくる。それはまるで仔猫のようで。
「大丈夫。最初で最後の彼女だ。――― ずっと、離さない。」
それがプロポーズになるのならそれでもいい。それでも彼女を不安にさせたくない。
俺から嫌われたくないという不安ばかり口にしていた彼女は、俺の腕の中で安心して眠りについた。
***
見慣れない天井、見慣れない部屋
詩乃の部屋に泊まったと言う自覚をする。
めちゃくちゃ美味そうな匂いがしていることに気づく。
「あ、おきたの?おはよう。」
すでに制服を着ていて、エプロンを上から身に着けている彼女を見て悶えそうになる。
小町が朝ごはんを作ってくれる姿くらい、いやそれ以上に嬉しい姿である。
「あ、1人で朝ごはん用意させてごめんな?」
「ふふっ、どういたしまして。」
上機嫌で料理を再開する。
腰掛けているベッドをなぞってしまう。
ここで、詩乃と寝たんだよなぁ。
俺の腕は痺れたままであるが、それは不快ではない。
机に並べられた、湯気を立てる朝食は温かかった。
「ごめんね、トーストと目玉焼きくらいしかできなくて。今日の夕方買い出ししておくから。」
優しく微笑む彼女に動揺しつつ、素直に感謝述べた。
「あ、ありがとうな。……いただきます。」
そしてまるで俺が今日からここに住むみたいな言い方だったな。
専業主夫になりたいという過去の欲望が叶う気がする。
動揺を隠すように、トーストをほおばる。ただトースターで焼いてマーガリンを塗っただけなのに、味も風味も増している気がする。
まるで隠し味が入っているようで、、
今までで一番気持ちのいい朝だ。
「詩乃、一緒に住まないか?」
ちゃんと言葉にできた。