やはり俺の現実逃避はまちがっている。 作:ソロ
夜空の下、たった独りの公園。
雪が降っていることよりも、あふれ出る涙が悔しくて。
親に逆らえない自分、そして彼に甘えられない自分が悔しくて。
「会いたいよぉ、《キリト》君。」
「よう、家出少女。」
降ってきていた雪が、傘で遮られる。
普段はどこかやる気のないような眼をしていて、今は優しい笑顔を見せるようになった、私の友達で、彼の親友の1人。
「《エイト》君、どうして?」
「携帯のGPS機能を使えって言われた。ああ、今からジャミングでもかけてみるか。」
なぜここにいるのか を聞いたんだけどな。たぶん小町ちゃんから聞いたんだろう。
たまに天然な反応を見せる彼に、クスっと小さく笑みが漏れる。顔を難しくして、携帯とは別の端末を取り出して操作している。いつもの顔に戻ったことで、終わったことが分かる。
「よし、行くぞ。」
「…どこに?」
「夜食と言えば、ラーメンだろう。」
「それ、身体に悪いんじゃ……」
「美味いからな。しょうがないだろうな。」
「そうなんだ。じゃあ、一緒に行ってみる。」
『24時間経営』という看板を出している小さなラーメン屋。
あっさりとした醤油ラーメンは、まるで彼らと食べた《醤油ラーメン》のようだった。
そのままバイクに乗せられ、千葉県の八幡君の家まで連れて行かれる。玄関を開けると3人が出迎えてくれる。
「八幡、おかえり。」
「「いらっしゃい、明日奈。(さん!)」」
「お、お邪魔します。」
ソファにゆっくりと座る。
通されたリビングは私の家より小さくて、温かった。
それは彼女たちが手に入れたモノ。
「あ、さっきは小町ちゃんいきなりごめんね?」
「全然気にしてませんよ~」
「そ、そう?」
「それにそれに、明日奈さんとは一度お泊まり会やってみたかったんですよ!」
現実世界で、
夜中にラーメンを食べて、誰かとテレビを見て、パジャマで恋バナをして、こんな楽しい夜更かしをしたことなんて、なかったな。
気づけば、久しぶりに気持ちの良い朝を迎えられた。
***
2つの頭と、4本の腕で4つのハンマーを持つ巨人。
その強さは破格で、偵察は完敗でした。
「いやー、敗けた敗けた~」
「反省会しましょうか。」
一度目のボス戦は偵察だった。みんな目標の難しさを再確認したけれども、冒険の楽しさを感じたことで敗けたのに笑顔。
しかし、わたしやアスナさんは違っていて、
「みんな、早く戻ろう!」
「どうして?」
「ボスの扉の前に3人いたよね?あれは大規模ギルドのメンバーだと思う。そして、戦っているときに『見られている』感じがあったと思う。あれは、私たちの戦い……ボスの攻撃パターンを視ていたんだろうね。闇魔法の《ピーピング》、いわゆる盗み見かな。」
「たぶん25層と26層でも視られていて、その後すぐに攻略されちゃったんじゃない?」
わたしたちの推理に驚愕したメンバーはがっくりと肩を落とす。次の層のボスに意識が切り替わっているみたい。
「でも、まだ間に合う。大規模なギルドでも、フルメンバーを集めるのは時間がかかると思う。それに情報はすでにある。」
アスナさんがわたしに視線を向けてきたので、頷く。
気づいたボスの情報を話し合い、わたしが解決策を提示し、アスナさんがそれを踏まえて各々の役割を決めていく。21層攻略のときの1度しか見たことはないけど、《閃光》の輝きを取り戻したように思える。
その凛とした《英雄》の姿は、わたしたちに勇気をくれる。
「どうして、そこまで?」
「みんなが頑張ってくれるから、私は頑張れる。」
そのときユウキに伝えた《アスナ》さんは、大人びた笑顔。
***
ボス部屋の前、立ちふさがる大規模ギルドの1パーティー。
でも、まだ集まっていないようだ。
そのパーティーリーダーらしき人に話しかける。
「ごめんなさい。わたしたちボスに挑戦したいの。そこを通してくれる?」
「悪いな、ここは閉鎖中だ。これから俺たちが挑戦するんだ。そうだな、1時間くらい待っていてくれ。文句なら、上に言ってくれや。」
「は~、そう言って、勝てる可能性のあるわたしたちを通したくないんだよね。」
「うん、そうだね。なら、戦おう。せっかく《剣》で意志を示せる世界なんだからね!」
「なっ……」
「ユウキ…」
今度はユウキがアスナに伝える。
「アスナ、ぶつからなきゃ分からないことだってあるよ。例えば自分がどれくらい『真剣』なのか、そして『本気』なのかということ。」
「そっか、そうなんだね。……うん、もういろいろ、吹っ切れた!」
アスナさんは、さっきまでの笑顔とまた違った笑顔だった。
わたしたちの気迫に、あちらのパーティーは後ずさりをする。そして、わたしたちの後ろを見て、ニヤリとした。たぶん残りの5パーティーが向かってきている。
これで、8人に対して、48人。
「ごめんね、2人とも。ボクの短気に巻き込んじゃって。でも、アスナの最高の笑顔が見れたから後悔はしていないよ。」
「まだ終わってないわよ、ユウキ。」
―――大好きな彼が駆けつけてくれるから。
―――速く、もっと速く、もっと先へ『加速』する!
漆黒の片手剣《エリュシデータ》を地に突き刺し、増援に立ちふさがる―――黒。
「な、なんだ、いつの間に?」「透明になっていたのか?」「肩のピクシーかわいい。」「あら、いい男。」
大規模ギルドのメンバーが騒然とするなか、《黒の剣士》は口を開く。
「悪いな、ここは通行止めだ。……それに、娘はやらん。」
「おいおい、
パチン!と指が鳴らされ、後方から7つの火の玉が彼に襲い掛かる。しかし、彼に当たる直前に霧散した。
「まったく動いてないぞ」「何をしたんだ?」「特別な装備か?」「そんなんチートや!」
「残念ながら、今は『本気』なんだよ。もし、退いてくれるのなら、どうともしないがな。」
もう1本の剣《聖剣エクスキャリバー》を背中から抜く。
《宝具》の輝き、《英雄》の気迫に、冷や汗をかき後ずさりしていく。
さらに、先遣隊のパーティー8人が急に倒れる。手裏剣や矢が刺さっていて、おそらく麻痺毒が塗られているのだろう。まばたきすると、突然現れて1人の背中に腰掛ける、髑髏の仮面のプレイヤー。
「エイト ダウン~」
「どうなってんだよ、一体。」
伸ばしたような声を発するニンジャの登場に、ギルドリーダーは頭を抱える。悲鳴が聞こえ始めた方向を見れば、漆黒の騎士がメンバーを長い《根》で薙ぎ払い、吹き飛ばしている。さらに後方には弓を構える射手がいて、凄まじいほどの距離から矢を《曲射》したことを理解する。
―――彼らは誰1人として《殺して》いない。
アスナさんは、大切な彼のもとへ向かう。
「キリト君。来てくれて、ありがとう。」
「いや、俺の方こそ、ごめん……。あいつらに殴られるまで、アスナが苦しんでいることに気づけなかった。」
「ううん、いいの。私もちゃんと伝えればよかった。」
「そうか。これから、明日奈ともっと向き合うよ。『言葉』で言われなくても、甘えさせてやる。」
「もちろん、私もですよ、ママ。」
「だから、その、俺ももっと甘えさせてくれ。」
「うん、うん!」
互いに甘えられる『よわさ』を見せ合う。
それも『本物』の繋がりをもっと硬くする。
「じゃ、キリトさん交代です。」
「ああ、ミカヅキにも、重ねてお礼を言っておいてくれ。」
「了解なのです。ではでは~」
中距離転移魔法で、大切な彼のもとへ向かう。
「なにがなにやら…」
ジュンたちの呆然とした声が印象的だった。
ユウキの頬はどこか赤くて、キリトさんの背中を見ていた。
***
夕暮れ時に、家の前に立つ。
震える手を彼は握ってくれる。
私の手はいっぱい汗をかいていて、
彼の手もいっぱい汗をかいていた。
それでも、
ユウキから、みんなから『勇気』を受け取ってきた。
そして、
彼が隣にいるとどんどん『勇気』が湧いてくる。
「明日奈!今までどこへ行っていた、の……」
扉を’勢いよく’開けた母さんは、隣にいる彼に視線をゆっくり向ける。
「はじめまして。桐ヶ谷和人って言います。明日奈さんとは、以前よりお付き合いさせてもらっております。」
「そう。……以前、ね。」
「母さん、聞いて。……私ね、大切な人たちを笑顔にできるような、そんな生き方をしてみたい。仕事で疲れた彼をいつでも支えてあげられるような、そんな生き方をしてみたい。―――だからね、あの学校で、あの《世界》で、もっともっといろんな経験をしてみたい。」
「はぁー、あなた、ワガママになったわね。……こうして、親離れしていくのね。」
「俺も覚悟を決めます。もちろん、まだ俺たちは学生の身分です。今までもこれからも『未来への不安』でいっぱいです。―――だから、俺たちを見守ってください。」
母さんの表情が和らぎ、私たちからちょっとだけ目線を外して、
「あなたたちの『決意』、どうか忘れないでちょうだいね。……その、明日奈をこれからもよろしく。」
握った手に力が入り、彼と喜びを伝えあう。
「そ、そうそう!今ちょうど、夫と浩一郎が帰ってきているのよ。和人君ちょっと会っていきなさい。あっ、お赤飯炊かなきゃね。」
―――お義母さんは、なんだか彼女と似ている気がした。
ここからが正念場、かなぁ。
次回、マザーズロザリオ編完結。
ユウキの運命はいかに。