やはり俺の現実逃避はまちがっている。 作:ソロ
ケガもないし、病院から退院できた俺は居候しているという比企谷家に来た。アニメやゲームではリビングくらいしか描写なかったよなー。
まして、小町さんの部屋なんて見たこともない。しかし、俺の荷物はそこにあるわけで、ある大学の赤本が目に入った。転生したあとも、きっとそこに……
「こ、ここで、一緒に寝泊まりしていたのか?」
「うん、そう! もしかして、ダメ?」
上目遣いで聞いてくる小町さんの言うことには逆らえない。
「えっと、小町さんがよければ?」
「もう堅いよー。ほら、添い寝してみよ!」
「ちょっ!」
ドサッ
引っ張られて横たわった俺の目の前には満開の笑顔。
顔が熱くなるのがわかる。
「葉月さん、無理に笑顔につくらなくていいよ。」
えっ。
胸の中で抱きしめられる。
記憶はないけど、この温もりは知っている。
「不安だよね。知らない世界に来たんだもんね。」
目覚めてから、探り探り生きていた。
「お父さんやお母さんのことずっと考えていたんだよね。」
故郷がよく夢に出てくる。
「ほんとうに優しくて、痛みを隠す人。そんな人だから、好きになっちゃたんだけどね。」
よわさまで好きになってくれて、愛してくれる。
「……すき。俺も愛しているよ、小町さん。」
閉ざされていた気持ちが溢れる。
「うん。ありがと。ねぇ、葉月さんは、ここにいるよ。この世界で生きているよ。」
「君にとっては、伊月のほうが大事なんじゃないのか?」
「だって、『心』は同じだもの。どっちでも好きになるよ。……もっと好きになってもらえるように頑張るから。ゆっくり大人の女性になっていくよ。だから、、」
―――ずっと、愛してね。
愛が『心』に響く。
記憶を心意が守っていた。
記憶を心意が呼び覚ます。
「いいよ…きて…」
***
高級そうな家が立ち並ぶ街、一軒の家の前に立つ。
何度来ても緊張するよな。
「お、おじゃまします。」
「そんなにかしこまらなくても大丈夫だよ。今は誰もいないし。」
部屋へ上がる途中に、もう口を開いてしまう。
「ある人に、すべての生還者は恐ろしい過去を忘れたいんじゃないかって言われた。それは正しいのかもしれないって……」
クラインも記憶を失ったことを仕方がないと言っていた。
「たしかに怖いこと、悲しいことがたくさんあったかもしれない。でもあの2年間の記憶は、今の私たちを創る大切な思い出だよ。」
そして、初めて入る彼女の部屋。
壁は白くて、女の子らしくて、落ち着いている。
このドキドキは2度目だ。
まるで、
「セルムブルグにあった、アスナの部屋を思い出すよ…あっ。」
「ちょっと飲み物持ってくるよ。その辺に座ってて。」
気にしてないという風に微笑んだ後、下の階に降りていく。
しかし落ち着かない。
ウロウロしていると、日記を見つけてしまう。
『明日の私へ。最近はサボり気味だった日記だけど。現実世界に戻ってきたことも忘れてしまうかもしれないから、今の気持ちを書き留めておきます。キリト君と出会って、もう4年も経つんだね。キリト君との思い出はどれも全部宝石のように輝いているよ。……』
俺のプレゼントのために、ポイントを稼ぐために、あれだけ張り切っていて……
―――どうか明日の私が今のこの気持ちを失くしてしまいませんように
ティーセットを置いた明日奈に駆け寄る。
ドサッ
衝動のまま、押し倒す。
「明日奈、ごめん、ごめん。」
俺は記憶を取り戻すばかり気にしていて、明日奈の気持ちを考えていなかった。明日奈に孤独を感じさせていた。あのとき覚悟を決めたはずなのに、まだ最後まで踏み出せなかった。彼女はとっくに心の準備ができているというのに……。
「好き、大好きだよ、和人君。この気持ちだけはずっと変わらないから。」
彼女の胸に抱きしめられる。
柔らかくて、温かくて、甘い。
「俺もだよ、明日奈。愛している。これまでも、これからも。」
口づける。
言葉は要らない。
記憶よりも大切なモノがある。
この高鳴る鼓動が変わらない気持ちを伝えてくれる。
あの頃よりも成長した、大切な彼女を……
***
バイクから俺と詩乃は降りる。
明治神宮。
すでに日も暮れていて、誰もいない。
サクッサクッ
聞こえるのは砂利の道を歩く、2つの音のみ。
―――景色が変わる
服装はオーディナル・スケールのもの。
石畳の上に立っていて、既視感のある夕日。
「ここって…?」
「SAOだな。そして、《紅玉宮》。」
のどかな庭園にそびえ立つ赤い花のような建物。
茅場しか見たことはない、第100層。
「あなたが悠那? ここって、夢?それとも仮想世界?」
「どっちも同じみたいなもの。目が覚めれば何もかも泡沫の記憶になるだけ。もしかしたら、全部夢かもしれないよ。デスゲームをクリアしたのも、現実世界に戻ったのも夢。目が覚めたらアインクラッドに囚われたままなのかも。そう思ったことはない?」
「そう思っていた頃もあるな。この手に《盾》がないのが落ち着かない、この手で《剣》を振るいたい、とかな。」
戻りたいとさえ思っていた。
それでも、
手を繋いでいてくれる。
温もりを確かめ合って、俺がいる証明をくれる。
「さて、こっちの質問に答えてもらおうか。」
返事は、かつて聞いたことのある歌。
「私は歌っていたいだけ。それが私の望み。」
「どういうこと?」
「真実を知りたいのなら、今のあなたたちのランキングじゃまるで足りないわ。さあ、もうすぐ時間よ、起きて……」
―――もし、望むことが許されるのなら、エーくんを助けて
景色が変わる。
いや、戻ってきたとも言えるか。
軽く頭を掻く。
「「「やるか。」」」
本物の依頼を聞いてしまったからにはもう引けないよな。
彼らの繋がりを取り戻してあげたいから。
歌っていた彼女の想いを思い出したから。
目つきが、変わる。
***
ホリゾンタル・スクエア
鉄の巨人を、舞うような4連撃で、斬り裂く。
「昨日と同じように、現在20層から30層のモンスターが次々と出現しています!」
「これで3体目!最短ルートで、あと1体倒す!」
間髪入れず、バイクに乗り込み、夜の街を走る。
アバランシュ
すでにHPの少ない狼を、叩きつけるように、斬り裂く。
「はぁ・・・はぁ・・・」
息切れが、激しい。
ソードスキルを生身の身体で行うのはやっぱりキツいな。
「ようやくこのゲームの戦い方を覚えたようですね、《黒の剣士》さん。」
こいつこそ、かつて《血盟騎士団》に所属していたという《ノーチラス》、いやエイジだ。
明日奈の記憶を奪って、明日奈を傷つけた!!
「おまえぇ!」
「落ち着け。」
肩を持たれて、止められる。
「あなたもお見事ですよ、《盾戦士》さん。」
「久しぶりだな。」
「直接会ったことがありましたか?」
「《ショーグン》って、言った方が早いか?」
「まさか本当に……」
絶句。
その言葉があてはまるだろう。
「お前、復讐のためにラフコフにいたんだったな。」
「ええ、そうでしたよ。でも今は、そんなことどうでもいいんですよ。彼女を助けられる道が見つかったから、あと少しなんです。だから……邪魔しないでください。」
「邪魔するもなにも。この現実で立派な犯罪者だよ。記憶を奪い傷つけた。それに、骨を折ったやつもいたな……その少女も浮かばれないな。それに、仮に助けられたとしても、どうせ『偽物』だろう。」
「うるさい!なにがわかるというんだ!お前らみたいな!強いやつに!弱いやつのなにがわかる!」
八幡は何を狙っている?
なぜ悪役に徹してようとしている?
「つよくなったんじゃなかったのか?」
「そうさ、俺はこのゲームで最強なんだ!明日、俺の『本気』の力で、決着をつけてやる!」
どこか生きることを諦めかけていた青年は、覚悟を決めた剣士の風貌と化していた。