やはり俺の現実逃避はまちがっている。 作:ソロ
破竹の勢いで攻略組、第65層到達。
レッドギルド《ラフィン・コフィン》のリーダーPoH及び一部メンバーはいまだ逃走中。
2つの見出しが情報誌の中でも、特に目を引く。
巨大な水車がゆるやかに回転する心地よい音、そして剣を研ぐ音をBGMに、それを読んでいた。
彼が、いや2人が戻ってきてくれたことおかげだろう。
前衛としてボスに立ち向かっていく彼らの姿は、どこか勢いをなくしていた攻略組に追い風をくれた。
「アスナ終わったわよ。」
この世界で数少ない女の子の親友であるリズから、研がれた細剣を受け取る。この《ランベントライト》も彼女が鍛えてくれた。
「いつもありがとう!」
「どういたしまして。今日は攻略休みなの?」
「えっと、ギルドの方から無理やり休まされて…」
一時期は寝る間も惜しんで、攻略に参加してたなって思って、乾いた笑みがこぼれる。
「アスナったら、最近はマシになったようだけど、完全にワーカーホリックだったからねぇ。」
「アハハ...。」
額に手を当て、呆れたような仕草をされる。
その言葉には、ぐうの音も出ない。
「うーん、アスナとは遊びに行きたいんだけど、今仕事が溜まってるの。」
彼女は中層プレイヤーでも、腕利きの鍛冶師でよく依頼を受けている。
「そうなんだ。邪魔してごめんね。」
「いいのいいの。気分転換にもなったし。」
「今日もメンテありがとう。またよろしくね。」
「どうぞご贔屓に!」
***
手持ち無沙汰になった私は、店を出た後、第48層主街区をぶらつく。水車や用水路があちこちに見られ、のどかで落ち着いた場所である。
フレンドリストを開き、彼の居場所を確認する。
70層を示していて、どうやら攻略中のようだ。
そのことに寂しさを覚えたとき、見覚えのある2人組を見かける。
いつもの鎧や仮面を身に着けておらず、革のコートでフィールドに出ようとしている。もちろん軽装といっても、最前線でも通用するような防御力を持つだろう。
近づいていくと、私に気づいたようでこちらを向く。
「ああ、ほんとうにアスナなのか。なんでこんなところに?」
「クエストとか?」
攻略組は、クエストや素材集めで下層に降りてくることがよくある。
「武器のメンテをしてもらった帰りだよ。エイト君とオーガス君は、どうして?」
オーガス君は一時期犯罪者狩りをしていたことはあるけど、軽装だからそれは違うだろう。
「俺たちは、ここにラーメンを求めてやってきた。」
その言葉に苦笑いが浮かぶ。
キリト君もだけど、この2人も突拍子のないことするなぁ…
***
リンダースから近い森に入っていく。
川が流れ、巨大な樹木や洞窟が存在しているのどかな場所だ。
《料理》スキルを持っているプレイヤーの1人として気になったので、ついてきてみた。
この《世界》にはラーメンはあったんだけど、なんだかね…
たしか醤油を作ろうとしたきっかけだっただろうか。
それにしても、ラーメンがこの森にあるって、どういうことなんだろう。
おもむろに立ち止まった2人に聞いてみる。
「ところで、そのラーメンって収集品なの?」
「ドロップアイテムだぞ。」
「情報屋によると、《ヘルボロス》っていう植物型モンスターなんだけど、厄介でねぇ。」
この層を攻略したときには聞いたことのないモンスターだ。クエストやキーアイテムといった条件が必要なのだろうか。
「そういえば、アスナその装備で大丈夫なのか?」
「耐久度がっつり持ってかれると思うけど?」
その言葉にムッとする。
リズに鍛えてもらった愛剣を馬鹿にされた気がした。
「大丈夫です!問題ありません!」
「「ひゃ、ひゃい!」」
「え、えっと、この芽に栄養剤を与えたら、そのモンスターが育つ…です。」
オーガス君がおそるおそる解説を始める。
《ぐんぐんグリーン》、《おおきクナーレ》、《すばやくノビール》
肥料や栄養剤を撒いていくと、茎が生えてくる。
それはもう階層ボスほどの大きさまで、伸びた。そして、それぞれの茎から口が開く。
植物の茎でできた八岐大蛇といったところか。
植物型モンスターに慣れているといっても、気持ち悪い。いや、アストラル系モンスターよりは、ずっとマシだろう。
1つの首が口を一度閉じ、開くのを見て本能的にその場を離れる。自分のいた地面が腐食液によって溶け、煙をあげていた。
「ちょっと、こういうことはあらかじめ説明しなさいよ!」
「え、防具そのままで大丈夫って言わなかった!?」
剣を構えるオーガス君が驚いたように言う。
剣じゃなくて防具のことだったんだ。2人の防具が普段と違うのは、このためだったんだ。
予備の防具に変える暇もない。
まあ、当たらなければどうということはない!
根元に向かって駆けていく。
私が最も得意とする《リニア―》で突くと、太い茎をも貫通する。
抜けないッ
この短時間で傷口が修復されたのだろう。
いくつかの茎の口がこちらを向いている。
でも、この《剣》を、置いていくなんて、もうできない。
焦る私の両隣を、風が通っていった。
《サイクロン》と《トレブル・サイズ》の回転斬りが根元を断ち切る。
ポリゴンとなって消滅していくとともに、私の細剣も解放された。
ドロップアイテムを確認している、ホクホク顔の2人に声をかける。
「えっと、2人ともごめんね。迷惑かけちゃって」
「別に気にすることでもねぇよ、相棒のせいだし。」
「うっ、いやランクの高い栄養剤のほうが効くかなーって、ね…」
「は? そのせいで攻撃力だけはたぶん60層クラスだったぞ、あれ。」
「その分、たくさん麺が手に入ったじゃないか。」
2人のやりとりを見ていると、頬がゆるむ。
ほんとう、仲が良いな。
「ともかく、これで麺は手に入ったな。あとは汁だ。」
「それに料理人も必要だな。」
「2人とも。」
声をかける。
「作ってあげるよ、ラーメン」
***
第50層の主街区《アルゲード》は、かなり雑然とした作りで迷路のように入り組んでいる。その迷路を彼らはいとも簡単に進んでいくと、2人のホームにたどり着いた。
ここって、キリト君と団長と一緒に食べた店の上だよね…
あの、《醤油抜きの東京風しょうゆラーメン》の店だ。2人がラーメン好きということを物語っている。
この《世界》での調理は簡略化されていて、キッチンを借りてから10分程度でできた。3種類の調味料を使って作った醤油をベースにしたスープ。
それに、あのモンスタードロップとは思いたくはないけど、麺もコシがあって美味しい。
志した醤油ラーメンの完成になんだか感慨深いものがあった。
「「「ごちそうさまでした。」」」
「美味かったよ。ありがとう。」
「あとで材料を教えてくれると嬉しいな。かき集めてくる。」
「時間がいつ取れるか分からないけど、また作ってあげるわよ。」
私の言葉に彼らは目をキラキラさせる。
どこか大人びている2人だけど、たまに子どもっぽくておもしろい。
「あ、でもキリトに悪いよな。」
「そういえば、まだコクってないのか? あれだけ恋愛相談...惚気話に付き合ってやったのに。」
2人の呟くような発言に、顔が熱くなる。
き、キリト君が恋愛相談…
私は机に両手を置き、身を乗り出す
「ちょ、ちょっと待って!キリト君って誰が好きなの!?」
「おやおや、これは両片想いみたいだな。」
「鈍感すぎるだろ、2人とも。」
「えっと、キリト君って、私のこと好きなの?」
「うん。」
「おい、なんか煙出てないか?」
顔が焼けるように熱い。
キリト君から告白されることを想うと……
でも…
「でもキリト君ってなんだか私の誘いを断ることが多くなったというか…」
えぇ…って言いながら、2人とも呆れた顔をしている。
「それは、あれだ。料理作ってあげるとかでいいんじゃねぇの?」
「キリトって美味しい料理によく金使ってるよね。胃袋掴むとか?」
私は勢いよく立ち上がる。
「ありがとう2人とも!」
外に出た後、フレンドリストからキリト君の名前をタッチする。
震える手で、メッセージを打った。
***
なんでキリトとアスナが俺たちのホームにいるんだろうか。
なんで醬油ラーメンを俺たちと一緒に食べているんだろうか。
やはりこの2人はよく似ている。