萌え声クソザコ装者の話【and after】   作:ゆめうつろ

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堕ちた誇り

 青みのかかった灰色・白・黒のインナーに灰色の装甲。

 フライトユニットは無骨なシルエット。

 

 イカロスウィング、シンフォギア4号。

 失われたそれが目の前にあるという現実。

 

 そして敵の手にあるという現実。

 向き合うべきはその事実だけ。

 

「……シンフォギアシステムを、再現したとでもいうのですか」

「いいや、俺達にだってそれはできていない。だが君の「蝋」と「歌」があれば、再びギアの形を形成する事が出来る……そうだろう?」

 

 かつて融合症例であった加賀美詩織から摘出された生体化合聖遺物の破片、それはかつてガングニールの欠片を立花響を融合症例装者とした様に、それ自体がギアとして機能する。

 

 故に目の前の少女が融合症例だと理解できた。

 

 融合症例であった詩織だからこそ、それは理解できた。

 理解できたが、許す事は出来ない。

 とはいえ、非常に有用である事も事実。

 感情を押し殺し、詩織はアームドギアの切っ先を地に下ろす。

 

「投降してください、今ならその技術で司法取引もできましょう……」

「ほう、君なら一二もなく殺しにくると思ったがね」

「ぶち殺したい気持ちはありますね、ですが仮にも私は法の側に立つ人間です。そう簡単に人は殺せません」

「配信の時よりは知性的じゃないか、君ぐらいの年頃ならもっとヤンチャなぐらいがいいと思うが」

「それで投降はするのですか」

 

 詩織の読みではこの手の輩が投降する事はまずない、戦闘になると推測する。

 目の前のイカロスの性能はどの程度か、冷静に判断する必要がある。

 そして、可能なら目の前の融合症例の少女は生け捕りが望ましい。

 

 錬金術師特有のテレポートジェムによる逃走を考慮して、最悪錬金術師の方は始末する事も考える。

 

「答えはまあNOだな」

 

 ベルの返答にノータイムで詩織は切っ先を向けて発砲する。

 だがテレーヌが展開したブレードで射撃を切り払い、ベルへの攻撃を防ぐ。

 

 それによって少なくともガングニールの攻撃力と同等以上のパワーがある事が伺える。

 

「当然、ただ蝋を入れて簡単に融合症例を作れれば何処もかしこも融合症例だらけだ、テレーヌは生まれながらに適合する様に調整された戦闘用の融合症例ホムンクルス……いや症例というのは間違いだな、人造装者兵器「シンフォノイド」とでも呼ぼうか」

「……どうでもいいです、その技術もここで途絶えるので」

 

 詩織はブースターで踏み込み、テレーヌに向けて右手のランスを突き出す。

 それをテレーヌは穂先をブレードで打ち上げ、防御しつつもその場で回転して斬撃を繰り出す。

 

 翼やマリアの戦闘技術にも劣らぬ一撃を紙一重で回避して詩織は一度距離を取る。

 

「何故、と言いたそうな顔だね。まあ簡単な事だ、このテレーヌは達人と呼ばれる人種の動きをトレースしているだけなのだから」

 

 簡単に言ってのけるベル、生半可な事ではないそれを可能としたのが結社の錬金術の蓄積、多少の誤差や負担こそ強いて個体寿命を削るがそんな事は問題ではない。

 所詮はホムンクルス、新たにまたつくればいいだけなのだ。

 

「行け、テレーヌ」

 

 イカロスのブースターを吹かし、テレーヌが舞い上がり歌が響く。

 攻撃的で、排他的、退廃的、そして盲目の愛の歌。

 

-せんの らくらい-

 

 他人に対してどこまでも無慈悲に降り注ぐ刃、それを詩織はガングニールの一撃でいなし、もう一度距離を詰める。

 

「それでいいのですか、貴女は」

「いいのです、私は先生の道具なのですから」

 

 風鳴翼とよく似た姿をした少女から放たれる道具としての在り方、そして狂気としか思えない信頼。

 どことなく詩織は、そこにカメリアと自分自身の姿を思い重ねる。

 

「……あなただってそうでしょう?仲間の為なら死ぬ事だって出来る。それが加賀美詩織だと」

 

-RAY RAIN-

 

 フライトユニットから放たれるのはホーミングレーザー、それを回避しきる事は詩織には難しい。

 故にガングニールの刀身を回転させて正面から打ち消す事に専念する。

 

 だが次々と放たれる正確無慈悲な光線はガングニールを迂回し、詩織の体へとぶつかり光線は爆発となる。

 

「さすがだぁテレーヌ!風鳴翼の強き個としての血!加賀美詩織の愛のイカロス!そして俺達錬金術師達の技術が合わさった三位一体!未完成としてもこれは申し分無い!」

 

 当然だが、これで終わったとはベルもテレーヌも全く考えていない。

 だが詩織を圧倒したという事実は彼らを上機嫌にするには申し分なかった。

 

「……まったく、最悪です……」

 

 煙の中、詩織は無傷とはいえないがまだ飛んでいた。

 ガングニールの形状は「シールドウィング」。

 爆発の威力全てを殺す程ではないが十分にその防御力は発揮された。

 

「イカロスを、翼さんの血を、シンフォギアをこんな風に使われるなんて、本当に最悪ですよ」

 

 この少女、テレーヌの姿を見てからずっと詩織はたった一つの感情を抑えていた。

 ベルの聞いてもない解説を一語一句逃さずに聞き取っていた時も、こうして戦っていた時も。

 

 テレーヌの表面しか見ていない加賀美詩織への評価も、自分自身の現状分析も全部、どうだってよかった。

 

 ずっと詩織の意識はたった一つのソレを抑える事だけに向いていた。

 

 だが、「翼の誇り」と「イカロス」を汚した事を宣言したベルに対してついに鎖は切れて断たれた。

 

 

「死ね!今此処で!!!」

 

 今まで誰も聞いた事のないような聞き苦しい叫びが轟いた。

 ずっと淑女らしく、冷静に、立場を弁えた行動を心掛けようとしていた努力は粉砕された。

 もはや目の前の敵をぶちのめし、錬金術師の首をもぐ以外の思考はない。

 

「ハハ、やはり怒るか……そろそろ逃げるか、おいでテレー……」

 さすがにまずいと思ったベルがテレポートジェムを手にする、だがそれは次の瞬間撃ち抜かれた。

 

「逃がすとでも思うかよッ!!!」

 

 拳銃の形となったガングニール、それは瞬間的な怒りによるギアの変化と強化が引き起こされた結果だ。

 

「テレーヌ!」

 

 ベルの合図と共にテレーヌが再び光の雨を降らせる為に構える、がそれよりも早く引き金が引かれ弾丸(ガングニール)は砲口に必中し、誘爆を引き起こす。

 

「おまえはころさない、だけどそいつはここでころしてやる」

 

 地に落ち、這いつくばるテレーヌを蹴飛ばし、詩織は情けなく逃げようとするベルへと向かっていく。

 

 アームドギアを格納し、素手でその首を引き千切らんと手を伸ばす。

 だが後少しという所で詩織の動きが止まった。

 

 正確には止められた。

 

「よすんだ、詩織」

 翼が急いで駆けつけ、影縫いで止めたのだ。

 

「こいつは……ころす」

「やめてくれ、お前が血に染まる姿なんてみたくないんだ」

「アタシからも頼む、このクソを殺したくなるのはやまやまだ。だがそれじゃお前は戻れなくなる」

 

 クリスも翼と共に詩織の説得に加わりながらも、その銃口はテレーヌに向けている。

 当然、不穏な動きをさせない為だ。

 

「……そうですね、法の裁きを受けさせましょう……」

 

 少しの沈黙の後に詩織が冷静さを取り戻し、その声音を元に戻す。

 それに怒り心頭だったとはいえ、翼と似た姿をした少女を傷つけようだなんて振り返ってみればどうにかしていた。

 殺して解決する問題じゃない、と詩織は自分に言い聞かせる。

 

「……よかった、間に合って」

 その姿に翼は安堵の溜息をつく。

 

 だがその一瞬、気を抜いた事を直ぐに後悔する事となった。

 

「まったく、帰ってこないと思えばなにをしているんだよ、姉貴」

 

 詩織と翼のすぐ側に突然一人の少女が現れた。

 その少女はフルスイングでブースターで二人を殴り飛ばし、続けてクリスに向けて発射したロケットをぶつけてテレーヌから引き剥がす。

 

 肥大化した手足のアーマーとコウモリの様な羽根の形をしたフライトユニット、「二人目」の歌が響く。

 

「遅い、ライドネー」

「親父が心配して私を迎えによこさなきゃ捕まってたとかダメすぎんだろ姉貴」

「仕方ない、先生が人質に取られていたんだから」

「はぁ……まあいいや、無事ですかい?先生も」

「助かったよライドネー」

 

 結構な威力で殴りつけられたが翼と詩織は立ち上がり、クリスも咄嗟に防御した為に負傷は避けられたがダメージは負っていた。

 

「もう一人……ですか」

「当たり前だろう?数は多いほど良いに決まっている」

 

 先ほどまで不利だったとは思わせないベルの余裕げな表情に静まっていた殺意が再び詩織の中で熱を持ち始める。

 

「今日の所は痛み分け、次は必ず倒す」

 ライドネーと呼ばれた少女が持ってきた新たなテレポートジェムが割れる。

 

 光と共にその姿が掻き消え、詩織は喉元まで来た叫びを止める。

 

 

 

 

『セイレーン事件』

 後にそう呼ばれる新たな戦いの幕が開く音がした。


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