萌え声クソザコ装者の話【and after】 作:ゆめうつろ
鉤爪のついた肉の触手を切り落とし、マリアが駆ける。
だが次の瞬間には切り落とされた触手が蛇へと形を変えて襲い掛かってくる。
「くっ……!なんて再生力なの……!!」
アガートラーム、銀の腕は多種多様な攻撃が出来るが、切断や刺突攻撃が多いのも事実、そして気軽な火力が少ないことも。
「でも引き受けた手前、弱音は吐けないわね……なんとかッ!しないと……!」
思案しながらも攻撃の手は緩めない、ノイズと違って位相差障壁がない分、攻撃こそは当たるが元の防御力も「人間」が素材とは思えないぐらいには高い肉のキメラは強敵だった。
さらに残っていたアルカノイズの始末も片手間にするが、自分の隙をつくらないように気をつけながら、敵の攻略法をマリアは探す。
銃声と金属音、火花とマズルフラッシュ。
二挺の拳銃が火を噴き、放たれる弾丸。
しかしそれが敵であるテレーヌを貫く事はない。
「……これがシンフォギア装者……でも全然脅威でもない、やはりあれはまぐれ」
テレーヌの装甲の隙間から出ている6本の触手が尽く弾丸を防御する。
「クソッタレ!こいつじゃ手数は足りねえか!だったらこいつはどうだ!」
威力の高い攻撃では周囲の建物を崩壊させて自身の視界を封じかねないが為に精密射撃のできる二挺拳銃を使用していたが、それでは埒が明かないとアームドギアを変形させ、使い慣れたガトリングの形へと変化させる。
「……無駄な事」
一気に弾幕量が6倍以上となるがそれも装甲を纏った触手を新たに追加する事でテレーヌは防御しながら、フライトユニットの装甲を展開させる。
その隙間から輝くのはエネルギーの収束光。
-OVER RAY LAIN-
湾曲する無数のレーザーがクリスめがけてとめどなく発射される。
その全てが逃げ場を塞ぎ、退路を断つ攻撃だ。
射撃を中断し、回避を選択するクリス。
そのおかげかレーザーがクリス自身に当たる事はなく、全て地面をえぐるだけ。
「ヘタクソがよ!どこを狙ってんだ!」
「ならば返す、どこを見ている」
「ッ!?」
だが攻撃の手を止めたのがよくなかった、弾丸を防いでいた触手が全て自由となっていた。
気がついた時には既に蜘蛛の糸の様に周囲に張り巡らされていて、クリスへと先端が向いていた。
「ぐあっ!!」
そしてプロテクターとガトリングを触手が貫き、絡まり、クリスの身動きを止める。
「捕まえた、雪音クリス」
獲物を捕らえたテレーヌは妖美な笑みを浮かべながらクリスの方へと向かいながらもマリアと肉のキメラに視線をやる。
アルカノイズは全滅していたが、肉のキメラは4体まで分裂しており、元気にマリアを追いかけている。
肉のキメラの弱点である「火力」を出す攻撃がチャージを必要とするが故の不利だった。
「とはいえ、さすがの防御機能……私の「同化」を拒むなんて」
突き刺さった触手から「イカロス」の「同化機能」がイチイバルとクリスを侵食しようと根を伸ばす、だがサンジェルマン達錬金術師の置き土産で、エルフナインが調整した「賢者の石」がそれを防御し、取り込まれることを防ぐ。
「まあ……生かしてお友達にできないなら……殺してお友達にするだけ……さぁ!お友達になりましょう!」
テレーヌは右手からクローを展開し、クリスの心臓めがけて、突きを放つ――が。
「待ってたぜ!この距離をよ!!」
イチイバルのアーマーをパージして炸裂させる事で触手ごと拘束を吹き飛ばしながら「アマルガム」が起動する。
「アマルガム・コクーン」防御に全ての出力を割り振った金色のバリアフィールドがテレーヌのクローをへし折り砕く、そして一瞬の間にクリスはリボルバー型拳銃型アームドギアを装備した「アマルガム・イマージュ」へとフォームをチェンジした。
「知らない輝き!?こんなの知らないッ!?」
慌てて距離を取ろうと触手を新たに突き出しながら飛翔しようとするテレーヌだったが、それは叶わない。
「逃がすかよ!!」
触手を掴んで力任せにクリスが引っ張った事でテレーヌはバランスを崩した。
その隙を逃す訳もなく、放たれた「金の弾丸」がフライトユニット、アームドギア、触手、テレーヌの武器を尽く粉砕していく。
「また負けるッ!!!私は……お父様の!先生の!期待にまた応えられないッ!!いやっ!!失望されたくない!!私は望まれる私であらねばならないのに!!」
全ての力を剥ぎ取られ、怪物は地に堕ちて叫ぶ。
子供の様に喚き、恐怖に顔を歪めるテレーヌ。
「……お前が何を望んで、何の為にこんな事をしようとしてるのかはわからねえ……だがやっちゃいけないことなんだよ、お前がしてることは」
もうテレーヌに戦う力はないとクリスは判断するが、油断はしない。
殺しはしないがテレポートによる逃亡をさせない様にゆっくり距離を詰める……。
まだマリアが戦っている為に早く加勢したい所だが、と一瞬意識を離した。
「……ならば……理想の私であれないなら……!!!」
「なっ!?」
その一瞬、テレーヌの腹部が裂け、触手が飛び出してクリスの体に絡みつく。
そしてテレーヌ自身も両の腕でクリスにしがみつく。
「なにしやがんだ!?」
アマルガム・イマージュは攻撃と機動力に出力のほぼ全てを割り当てている、この状態は危険だ。
更に追い討ちをかけるようにテレーヌが唱を紡ぎ出す。
「Gatrandis babel ziggurat edenal――」
それは絶唱――。
「よせ!!!やめろ!!」
「やめなさい!やめっ!!」
それに気付いたマリアが即座に優先順位を切り替え、テレーヌを引き剥がす為にクリスの元に向かう。
収束していく輝きとエネルギーは「自爆」、クリスを自分諸共に「殺そう」とするテレーヌの触手をマリアは短剣で切り裂いていくがその両腕はあらん限りの力とイカロスの強度によってクリスから少しも離れない。
「もういい!!逃げろマリア!!」
既に絶唱は最後の節に入ろうとしている、このまま逃げられないならマリアだけでも逃げろという。
だが、マリアが逃げないのはクリス自身わかっている。
――ああ、こいつが最後かよ。
どうにもならない現実に、せめて最後はと、アマルガムの全出力で飛びあがってマリアだけでも助けようと覚悟を決めたその時。
ズドンという音、凄まじい衝撃がクリスとマリアを襲い、テレーヌの声が止んだ。
静寂が訪れる。
「がっあ……」
テレーヌが口から血反吐を吐き、がくりと首を落とす。
「あ……あぁ?」
クリスはその血を浴びて、突然の事態を理解できないままテレーヌを見る。
瞳孔を開き、力なく口を開いているテレーヌは間違いなく事切れていた。
「マリア……」
クリスはマリアの方を見る、だがマリアはしりもちをついて、呆気に取られている。
そして赤い「槍」が見えた。
「詩織……貴女……」
「しお……り?」
クリスは理解できなかった、ここに詩織はいないのに、何故マリアは彼女の名を出した?
テレーヌを殺した槍の持ち主は誰だ?
わかってきた、わかってしまった。
槍のアームドギアを使うのは、一人しかいない。
「舌を噛まないでください」
聞きなれた声と共に力を失ったテレーヌの腕がするりと解け、その体が引き離される。
そして絶唱のエネルギーが暴走して爆発しようというテレーヌの体を肉のキメラ達に向け投げつけたのは知っている少女だった。
その血と命の輝きで赤く染まった少女は、クリスとマリアを抱きかかえ、高く「飛ぶ」。
一瞬遅れ、大爆発が廃墟を粉々に吹き飛ばした。
安全圏に着地し、クリスとマリアは少女を見た。
自ら汚した手を見つめ、覚悟を決めた顔で二人に微笑みかける少女。
「遅くなってごめんなさい」
彼女は穏やかな表情で涙を流しながら、謝罪した。
それは、誰に向けての謝罪だったのか。
加賀美詩織は今日、その一歩を踏み出した。