萌え声クソザコ装者の話【and after】 作:ゆめうつろ
アヌンナキによる地球を実験場とした進化の為の研究は決して上手くは進んでいなかった。
何度も環境変化により多くの種を絶滅させる事も、廃棄する事もあった。
その度に心を痛める事もあった。
そして霊長であるヒトが生まれ、ようやく研究が進むと思われた時、それらはやってきた。
異星の種族、精神体、そして邪悪な神。
地球という立地のいい星を求めて、あるいはヒトの存在を求めてやってきたそれらはアヌンナキと対立する事になった。
さすがに星の世界を渡ってくるだけあり、一筋縄ではいかない存在、地球で生まれた強力な「命」との協力で多くの損害を受けたもののそれらを駆逐する事に成功。
再び地球はアヌンナキとヒトのものとなった。
だがあるとき、シェム・ハが反旗を翻し、地球上の生命を統一ようと目論んだ。
少なくない血が流れ、バラルによるシェム・ハの封印、そしてエンキの死によって戦いは終わった
度重なる戦いに疲弊したアヌンナキ達は地球を維持していくだけの体力を残しておらず、いくつかの遺産を残し星の彼方へ去った。
それが今日まで続く、この世界の歴史だった。
その歴史の裏で、侵略者の一体がずっと息を潜め、復活の時を待っていた。
神無き世界を恐怖と絶望で支配するために。
だが封じていたバラルの呪詛はフィーネにより欠け、マリアのウタにより覚醒し、さらには詩織へと断章が想像以上に集まってしまった事でシェム・ハは不完全も不完全であるがここに居た。
『……加賀美詩織、少しお前の口を借りる。この気配に心当たりがあるのだ』
「聞け、風鳴翼、立花響……我が名はシェム・ハ、今この者に許可を得て話している……あの霧の中に潜むものは邪神だ、奴を完全に復活させるわけにはいかない。協力して奴を再び永劫の彼方に打ち滅ぼす必要がある」
翼達はあっけにとられた、だがフィーネという前例が居た事が幸いして、とりあえず詩織自身も納得しているという事で話を聞く。
「奴は混沌と恐怖、そして絶望を何より好む……そしてなにより悪辣で、邪悪な存在だ、対話しようなどと思うなよ?とにかく叩きのめし、この二つの神殺しのどちらかが奴にトドメを刺す。それ以外に解決策はない」
シェム・ハが装者達と協力する気になったのは、気まぐれなどではない。
近く復活する「南極」の自分の計画の妨げになるからであり……自身が夢見た、分かり合えぬ者同士を繋げ、一つとなる事で痛みを消す「祝福」をよもやこんな醜い形で見せ付けられたのがたまらなく許せなかったからだ。
「ひとつ……いいですか?街の人達は……どうなってるかわかりますか?」
「……死んではいない、が心を完全に恐怖と絶望に呑まれて動く事もままならんだろう……」
「……助けられますか」
響の問いかけに詩織の中のシェム・ハはどう答え様ものか考えた。
「できなくはない、だが。それは難しい、生贄となったもの達の精神は完全に混沌によって支配されている。こちらから呼びかけても正気に戻すのは無理だ」
できなくはないと言った、それに響と翼の表情が明るいものとなり、シェム・ハは次の句を紡ぐの躊躇う、それは「詩織」へ掛かる負担が大きいからだ。
『いいんです、言ってください』
シェム・ハの背中を押すように詩織の意志が告げる。
「可能性があるとしたなら一つ、支配権を簒奪して、呼びかける事……我の力を増幅し、奴に叩き込む事……加賀美詩織の「絶唱」を必要とする。それに加えて、奴自体も有る程度弱らせる必要もある……危険すぎる賭けだ……だが……」
シェム・ハは詩織の記憶を見て、心を見て、理解していた。
「やるのだろう、お前達は」
こんな子らを置いて逃げ出していったアヌンナキ共よ、見ているか。
我らが子らはこんなにも強く進化していたぞ。
ヒトを信じて、可能性を見てみたいとシェム・ハは思った。
「当然です!シェム・ハさん!」
「まったく、詩織め……また知らない間に抱えてるではないか」
真っ直ぐな響の笑みと、翼の呆れるような笑み、ならばよし、手を貸してやろうという気持ちがシェム・ハを突き動かした。
------------------------------
そして、神と神が対峙するに至る。
混沌は集めた「フォニックゲイン」と「恐怖と絶望」により巨大なエネルギーを秘めている。
お世辞にも今のこの三人だけでどうにかなるモノとはいえない。
だが、七人でならどうだ?
放たれた矢が暗黒のイカロスに突き立ち、銀の刃の雨が邪悪を焼く、そしてザババの刃が殺意マシマシの連携で飛び出した。
「ほう、装者全員勢ぞろいか!ならばいいだろう!世界に知らしめてやろうではないか!」
混沌が手をかざすと街頭テレビが次々とこの戦場の光景を映し出す。
「さあ見るがいい人類!我こそは這い寄る混沌、お前達を絶望に叩き落す存在だ!そしてそれに抗うのはお前達の守護者「シンフォギア」!今よりお前達の希望をヘシ折り、蹂躙してあげるさ!」
『相変わらず悪趣味で、無粋で、下劣なものよ、いいか詩織……一度だ、一度しかお前は絶唱を使えない。それ以上はお前の命が尽きる事と知れ』
「……はい!」
今の詩織の心にあるのは目の前の敵を倒し、人々を救う事。
それはかつてライドネーだった、翼をモチーフにしたホムンクルスであり、自分の分け身であったイカロスを纏ったもの、だが今は邪神だと何よりもその気配が感じさせた。
それは他の者とて同じだった、絶対に分かり合えない、というよりもわかり合うつもりが微塵もない相手だというのはすぐに感じ取れた。
出来の悪い惨劇の舞台でクルクルと踊る道化、それが混沌。
フランクの屍を見て、それはなおはっきり判る。
何を考えてテレーヌとライドネーを生み出したのかはわからない、何を考えてアルカノイズをばら撒いたのかは知らない。
だがテレーヌは最後まで「父」と「先生」に殉じた。
その手で殺めた詩織が、その場に居たマリアとクリスがそれを良く知っていた。
だからそれすらも玩具としか思っていない混沌を許しはできなかった。
『さあ戦闘開始だ!各員、自分の得意な事(ウタ)で行くがいい!』
シェム・ハが思念を装者達に送り、戦端が開いた。