萌え声クソザコ装者の話【and after】 作:ゆめうつろ
「這い寄る混沌」彼方よりこの星を狙いやってきた侵略者の分体、腐っても「神」邪悪でも「神」、当然ながら「埒外」の力を持つ。
コウモリの様な羽を生やし、赤く瞳を光らせる、漆黒の戦姫の姿で降臨した混沌は降り注ぐイチイバルの矢をまるで塵の様に弾き、天羽々斬の天ノ落涙を散らす。
だが7人の装者の歌、7つの音階、7つの惑星に対応させるそれがもたらす効果は想定外の効果をもたらしていた。
「……再生が働かないとは……それにこれはアヌンナキの力ではない……人間はやはり面白い……!最高の玩具だ!」
本来なら傷つける事さえも敵わぬ、高次元存在である混沌にわずかとはいえ傷をつける、神殺しでもないのにだ。
シェム・ハもまたその力に驚嘆する。
『我が寝ていたうちにも人は好き勝手に繁栄していたようだ』
地に満ち、地を征し、やがて宇宙へと踏み出すであろう子らの成長に喜ぶのは創造主としてか、それとも親である故か。
己が望む様に繋ぎ、一つとすればこの種はさらなる強固な存在となりうる。
だからこそ、ここであの混沌の邪神のいいようにはされたくない。
「白く輝く勇気を抱いて!」
「熱く咲け、花の様に!」
マリアのアガートラームが舞わせる銀の輝きのリボンを足場とし、一振りの黄金の神殺したるガングニールの立花響が翔ける。
正義を貫く右手、それを混沌が闇の波動を放ち打ち消して弾き返す。
「ぐぅっ!力がっ!」
「面白い!だがそれだけだ!」
バランスを崩して墜落する響をまず始末せんと、無数の触手を突き出す混沌。
「守り、剣(つる)ぐ事が!己が正義!」
「弓に番うは貰った愛と温かさ!」
青い刃と赤い矢の天が光線の様に触手を迎撃し、響を、仲間を守る。
翼とクリスの連携によって攻撃を止められた混沌が次に標的としたのは、マリアだった。
「……それにしても「また」僕の道を阻むのはキミか、エンキ……!」
この中で指揮、あるいは連携の要となるのがマリア、あるいは響、そして詩織である事を見抜いた混沌は優先してこの三人を討たんとするが、個人的な恨み、数千年前の古代にその野望を砕いたエンキの左腕と血を持つマリアを優先して狙う。
触手と暗黒の雨がマリアへ襲い掛かる、先ほどの反省からそれに加えて「ノイズ」を追加で呼び出す。
これはバビロニアの宝物庫からではなく、即興で作り出したノイズの模倣品、しかしてアルカノイズにも迫る分解能力を持つ改良品。
「これで防ぎきれま――」
「防ぎますよ、私達の歌は―!」
混沌の攻撃の間に割って入ったのは詩織、その手にした二振りのガングニールは二重螺旋に回転して嵐となる。
そしてシェム・ハの神性を宿した破壊の嵐「クアドラブル・ストーム」が攻撃諸共に混沌を飲み込む。
『神殺し、と忌避したいそれも、神の力……そして手を繋ぐ想いから生まれたもの、ならば我の力も乗せる事が出来るというわけだ』
神殺しと神の力が相乗可能だった理由はただ一つ、神殺しでありながらもそれでも手を繋ぐという本質によって生まれたからだった。
エクスドライブに加え、神の力まで得た混沌に対してもダメージが入る程の一撃だった。
だが、光の中から出てきたのは混沌に言うほどにダメージは入っていなかった。
「……なるほど、それがキミ達の力、手を繋ぐ力、一つとなる力……面白い、面白すぎて楽しいよ!最高だ!人間こそがこの宇宙で最も面白い生き物だと僕は確信してたけど、間違ってなかった!!」
これまでその場から動く事すらしていなかった混沌がその姿を変える。
「何を……するデース!」
触手とイカロスの装甲、そして闇を収束させ、取り込んでいく。
そして紡ぎ始めたのは……「ウタ」だ。
「……これって歌……!」
それだけでは終わらない、眼下に広がる街から「崇め讃える声」が聞こえてくる。
絶望に囚われ、混沌に心を掌握された人々が、恐怖のあまりひれ伏し、混沌を讃える歌を歌っているのだ。
当然、混沌の差し金、彼が心の底からの恐怖で支配して行っている事だ。
「そうさ、歌は宇宙のどこにでもあるけど!まさか人間は歌を神と戦える兵器にまで仕立てあげるなんて!僕は本当にキミ達に驚かされっぱなしだ!」
周囲に満ちていたフォニックゲインを吸収し、強引な調律、恐怖と力による支配、悲鳴と苦悶を一つと束ね、混沌は更なる進化を遂げる。
「見るがいい!これがキミ達の進化の軌跡!キミ達の希望!それによってキミ達は滅ぶ!」
黒と白の混ざりあった女神、その体からは機械仕掛けがあちらこちらから不自然に突き出していた。
-カオス・イカロス―デウス・エクス・マキナ―エクスドライブ形態-
絶叫の様な不協和音が鳴り響く、ガラスが砕け、調律が乱され、装者達は衝撃波で花びらの如く吹き散らされる。
混沌は不完全で、弱体化していた、だがこうして人間を蹴散らすだけの力は持っていた。
――まずい、だが……
そう感じたのはシェム・ハであり、解決の可能性を思いついたのもシェム・ハだ。
混沌はガスの影響を受けた20万の人間を繋げた事で莫大なフォニックゲインを引き出す事が出来る。
なによりも厄介なのは混沌が「バラルの呪詛」に関係なく「恐怖」という原始感情で支配している事。
恐れを知らぬ命はない、神も獣も人も、心のどこかで恐怖する何かがある。
恐怖と呪いによってこの混沌は無限に膨張していく、これ以上強化されればたとえ最盛期の自分を含むアヌンナキでもどうにもならなくなる。
いや、既にこの星にアヌンナキはいない、ただ一人残された断章のシェム・ハを残して皆去った。
この状態を解決する方法は混沌へのエネルギー供給を断ち、それ以上のパワーで混沌に神殺しの力を叩き込む事。
供給を断つ事、それはつまり20万の人間を皆殺しにするしかない。
だが厄介かな、この少女達がそれを許す訳がない。
そして仮に皆殺しにしたとして、それで彼女等の心が折れてしまえばそれまで。
更に言えば混沌の持つエネルギー量は既に簡単には超えられないレベルまで増幅している。
シンフォギアだけではどうにもならない程に……。
大量のフォニックゲインがあれば、エクスドライブもできようが。
心を繋ぐ相手は此処には7人と断章の一柱だけ。
詰み、かとシェム・ハが諦めかけたその時、街頭のテレビの映像が一斉に切り変わった。
『がんばれ!!!お姉さま!』
『がんばってください!加賀美准尉!皆さん!!』
それはカメリア、蛇喰補佐官。
『私達を一人にしないって言ってくれたのは!』
『うちらはウソじゃないと信じてるぜ!』
『だからそんな奴やっつけてやるであります!』
ヴァネッサ、ミラアルク、エルザの三人。
『立て!翼!夢を諦めるな!お前の夢はこれからだろう!』
「お父様!」
翼に語りかけるのは風鳴八紘。
『クリスくん、歌はまだ歌えるか!』
「ったりめえよ!おっさん!」
クリスに発破をかけるのは弦十郎。
『マリアさん!まだ僕達はがんばれるでしょう!』
「ありがとうエルフナイン!」
マリアを支えるのはエルフナイン。
『切歌ちゃん!調ちゃん!二人ともいけるわね?』
『確率なんてクソくらえだろ!』
「そうデース!」
「そうだね!」
切歌と調を立たせるのは友里と藤尭の応援。
『響は絶対に負けない、私はいつだって信じてる!』
「未来……そうだね、帰るよ!勝って必ず!」
帰るべき場所、唯一絶対の陽だまりである未来の信頼に響は応える。
響を、翼を、クリスを、マリアを、切歌を、調を、そして詩織を信じてる者達がいる。
だからまだ立てる、まだ戦える、まだ歌える。
膨大なフォニックゲインの高まり、それは装者の胸の内から溢れ出るもの。
しかしそれをもってしても、まだ混沌に勝つには遠いとシェム・ハは確信していた。
『がんばれー!!!おりん!!』
『負けるなシンフォギアー!!!』
『そんな奴やっつけちまえ!!』
『俺も歌うぜー!!』
街頭テレビから見ず知らずの誰かの声が次々と聞こえてきた。
「なんだ……どういうことだ?……まさか……!!!」
混沌はこの戦場の外から聞こえてくる装者達への声援に驚愕する。
そして降り注ぐフォニックゲインは混沌が奪い、吸収しきれる量ではなくなっていく。
「まさかお前か!!加賀美詩織!!」
「そうですよ、そのまさかです!!!」
詩織の「能力」によって、この戦場を世界に向けて中継していたのだ。
故に世界中の人々が繋がる事が出来た。
インターネット、遠くの人と人を繋げる文明と科学もまた人類の進化の一つ。
電子の光が、再び星と人を歌と繋いだ。
「歌……だ」
「光が……見える」
「そうだ俺達もまだ……まだ信じる……」
「乗り越えるんだ……恐怖を……」
その輝きは混沌により心を踏みにじられた人々にも届いた、一人一人が、その恐怖から立ち上がる。
恐怖を乗り越える事は容易い事では決してない、だが戦う者がいる、応援する者がいる、共に明日を背負う者がいる、同じ恐怖を知るものがいる。
それが人々に立ち上がるだけの勇気を与えた。
「馬鹿な!!人間が!神の力から逃れうるのか!!!恐怖を乗り越えるのか!!」
混沌は激しくその顔を歪め、不快と叫び散らす。
「ならば死んでしまえ!僕を楽しませない玩具など!!!」
制御を離れた人々から流れ込んでくる「希望」「勇気」それは混沌にとって何よりも苦痛だった、故に纏めて消し飛ばさんと漆黒の闇を放出する。
「させるものですかっ!!!」
詩織の叫びと共に7つの光がその闇をかき消し、人々を守り、「世界を調律」する。
『これが我の知らない……新しい光か……!』
シェム・ハ、そして這い寄る混沌さえも知らない力で紡がれる未来。
エクスドライブモードへとパワーアップした7人の装者が光を纏った。