萌え声クソザコ装者の話【and after】 作:ゆめうつろ
それはかつてフロンティア事変の際、マリアが世界をappleの歌で束ねたという事を知った時からS.O.N.G.で構想していた「案」だった。
世界への呼びかけによる莫大なフォニックゲインの共鳴現象を利用したエクスドライブの安定運用。
しかしそれは「現実的」ではなかった、世界が装者をいつも応援してくれるとは限らない、そして何度もそれが繰り返されれば陳腐なものとなる。
人の心はそう簡単に一つと束ねる事はできない。
結果的に案止まりで終わったものであったが、この土壇場でそれは成された。
詩織のギアの特性による、衛星への映像通信、世界各地に装者達の戦いを見せる事。
逆に混沌にこれを利用されて、人々へ恐怖を与える可能性もあった、自分達の劣勢な姿を見せる事で人々を不安にする可能性もあった。
S.O.N.G.の本部を経由して「編集」を加える事で装者達の名前などは機密に触れる部分を切り取り、放送して問題ない部分だけを電波に乗せた。
そうした編集も不安要素の一つだった。
だが、人々は信じてくれた。
S.O.N.G.に所属する者達や政府関係者、そして加賀美詩織を知る人々や装者である事が公然の秘密となっていた風鳴翼とマリアのファンが声をあげた事でそれに共鳴する様に声援が共鳴する。
混沌に、絶望に勝つ為に、人類が真の人の力で立ち向かえると。
信じる光が、心が、繋がり一つとなったからこそ、このエクスドライブは成された。
「ハハハ……!なんだそれは?人間は醜くて、弱く、そして一つになれない!見苦しくあがく事だけがとりえのおもちゃにすぎないのに!」
「人間は確かに弱い、簡単に一つにはなれない……そして確かに醜い事もある、だが!同時に尊い光を生み出せる!だから私は……私達は防(さきも)るのだ!」
しり込みする混沌に対して翼が吠える。
かつて訃堂の道具として生み出され、父の愛に気付けなかった、ならばせめて防人と生きようとあがいた。
そしてあの惨劇で片翼である奏を失って、多くの犠牲者を出してからも考え続けた、防人としての在り方。
ノイズや超常と人は戦えないから守るのではない。
一人一人がまだ知らない明日を作る可能性を秘めているから、その可能性によって開かれる新たな未来を得て知る為に防人として戦うのだ。
それを知れたのは仲間が居たから、支えてくれる人達が居たから、導いてくれる人達が居たから、そして自分という存在に憧れて、追いかけてきてくれた詩織が居たから。
自分が奏でた歌が、誰かの希望となる。
自分が輝く事で誰かが夢を見る。
その意味を知ったから、風鳴翼は人を防る。
「防る……だ?ハハハ!キミに良い事を教えてやる、この体を生み出す為の材料を提供したのはお前の父親である風鳴訃堂だ!」
「だとして?それがどうした?」
「……もっとあるだろう!?何故狼狽もしない!」
「悪いが、詩織をこきつかってる時点であのジジイには愛想が尽きている!」
本当の愛を知ったから、愛想を尽かす事もできる様になった。
翼は、そんな事知るものかと黄金の剣を手に、一番刀と突っ込む。
「ふざけるなぁあ!!」
混沌は漆黒のドレスの黒を撒き散らして無数の空戦ノイズへと変え、さらに機械仕掛けを膨張させ、巨大な歯車の様な砲台へと変化する。
「おいおい、センパイ吹っ切れすぎだろ!」
「全く、愛は人を変えるものね!」
と続けてクリスとマリアが後ろから援護射撃をしてノイズを吹き飛ばし、翼に続く。
「たはは、こうして声援を浴びながら戦うのもいいものデス!」
「少し恥ずかしいけど、皆が私達を応援してる、だから行こう切ちゃん!」
調は二つの巨大な鋸を、切歌は残虐な鎌を竜巻の様に振り回してノイズを巻き込んでいく。
「私達は!絶対にこの手をのばす事を諦めない!」
そして響と詩織は撃ち逃しや歯車砲台の攻撃を尽く迎撃し、交戦範囲内の人々の避難救助が完了するまでの時間を稼ぐ。
「もう誰も、殺させはしないッ!!」
無数のフェザー型のビットが射出され、ノイズを突き刺し、重なる事で仲間や人々の盾となり、他の装者達のアームドギアと合体する事で性能を向上させる。
これまでまともに出来なかった「支援」運用が、今ようやく叶い、それは力となった。
増幅を続けるフォニックゲインは戦いを激化していく、7人の纏う装者のそれこそはシンフォギアだが、同時に敵である混沌の纏うそれもまたシンフォギアだ。
だが残念な事に、混沌の纏うシンフォギアにはある哲学の「呪い」がかかっていた。
高く飛びすぎたイカロス、太陽に近づきすぎた蝋の翼は溶けて、地に堕ちる。
フォニックゲインを吸収する事でパワーアップするシンフォギアでありながら、イカロスは「許容」できる力に限界があった。
混沌の寄り代は完全融合症例、イカロスを切って離す事はできない、つまり。
「馬鹿な!!僕が……僕が力に耐えられない!?高次の存在たる僕が!!この程度の!星も焼き尽くせない程度のエネルギーを吸収しきれない!!」
他を理解して、受け入れようとしなかった混沌は「光」の重さに耐え切れない。
混沌の外装となっていたドレスが火をあげ、機械仕掛けが溶け出す。
中から現れるのは醜い触手と肉体。
そしてイカロスが完全に溶け落ちたそこにあったのは怪物の呪いを蓄積した不浄の小神。
『底が見えたな』
シェム・ハは哀れむ様に混沌を見下ろす。
あれだけ圧倒的で、自分でさえ勝てないと踏んだ相手がこんなに器量の小さく、ちっぽけな存在と化した事。
神の死とはそういうものなのだ、人の手によって倒される怪物と成り下がった侵略者。
まだ超常と神の力こそあるが、7つの音階によって完全に調律された世界においてそれはたいしたものではない。
「……僕を……僕を見るな!僕をそんな目で見るな!!」
先ほどまで脅威だったそれはもはや、ただの見た目通りの小娘に成り果てていた。
確かにこの混沌は、神代においてアヌンナキと争った存在だ。
這い寄る混沌は全にして一、全ての個体が意識を共有する。
そして侵略端末の一つであった彼は、敗北の後に「切り捨て」られた、アヌンナキ達の力で逆探知される事を避ける為に、保身の為に。
それは化身としての「価値無し」と見捨てられたという事。
混沌の記憶を持ちながらも、敗北の記憶を持ち、数千年に渡り地球の片隅で怯え、時折迷い込む人間をエサに復活を目指そうとした残りカス。
全から捨てられた、孤独な自我。
「僕は……僕は這い寄る混沌!宇宙をあざ笑うものだぞ!!それがどうしてこんな!こんな……星を渡るにも満たない知性体に勝てない……」
蘇るのはかつての敗北の記憶、その時はまだ超技術を誇っていたアヌンナキが相手だったからと言い訳出来た。
だがその被造物にすら勝てない現実、それは混沌の欠片の心を折るには十分だった。
「ああ……勝てないから僕は捨てられたんだな……」
全から個へとなった彼に必要だったのは、他人を知り認め、自分を認め生きる事。
詩織はガングニールを構え、混沌の前に降り立つ。
「さあ……殺せよ神殺し、勝負はついた」
もう全ては終わった事と、混沌は神殺しの槍の穂先を握り、自分の胸にあてる。
「私は貴方を……殺さない」
アームドギアと一体化している詩織の右腕から虹色の結晶が生える様に形成され、それは穂先、そして混沌を包み込む。
『甘いな、加賀美詩織』
シェム・ハはその現象が自分達と同じ「埒外」のものと気付く。
混沌を包み込む虹の結晶が砕け散るとそこにはかつて混沌だった「少女」が居た。
「どうして……どうして僕を消さない!!どうして僕を消してくれなかった!どうして力だけを消した!!!」
詩織は神の力を殺し、「彼女」を生まれさせた、それは詩織の答えだった。
「私はもう殺さない、殺したくない……でも私は貴方がした事を許す事は出来ない。もしかしたら解決するには殺すしかないかもしれない、それでも何も知らないまま貴方を殺す事だけは……したくない」
ここにはもう、這い寄る混沌の切り捨てられた端末はもういない。
名も無い少女がいた。
生まれながらに罪を背負った、人間がいた。
「私は、あなたかもしれなかった。あなたは私かもしれなかった。でも違う、あなたは私になれないし、私もあなたにはならない……それだけの事です」
こうして黒幕である「少女」を確保した事で「セイレーン」事件は幕を下ろした。