萌え声クソザコ装者の話【and after】   作:ゆめうつろ

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祝福の対価

 二千年の呪いを祝福と上書きしたとて、その因果と反動は消えるわけではない。

 私の中の神である部分と、私の中の神殺しである部分がぶつかりあって生まれるのは「痛み」と「苦しみ」。

 

『我に意識をあずけろ、痛みを引き受けてやる……お前の聞くに堪えない呻きもそうすれば楽になろう』

 

 どちらか片方を捨てられればこの痛みは消える。

 けれど神の力を捨てれば、私は「神殺し」によって私の中にいるシェム・ハさんを消してしまう上に「内容量」が足りなくなり人間のまま死ぬ。

 神殺しの力を捨てれば、私は「神そのもの」へと変わってしまう。

 

 この痛みは私の存在証明。

 

「どうということは……ありません、皆誰しもが望む明日の為に痛みを背負う選択をして来たのです。私もそうしたいから」

 

 それにこの痛みももうすぐ私の一部となる。

 

 

 訃堂の爺さんとの決戦の後始末は全て八紘さんに丸投げしてしまいましたが、おかげで体自体は動く様になりました。

 当然ながら私は勝つ為に無理をしました、無理をしなければ……手心を加えられていたとはいえ勝てない相手でしたので。

 

 人の身でありながら神の力を行使した「高次予測」、自身の状態から「勝つ為」の道筋を導き出すそれを以ってしても「詰み」となる場面だらけ……そういう時は「あえて間違えた選択」を選ぶ事でダメージを受けて道を切り拓く。

 

 神の力ですらどうにもならないとかあのジジイ本当に何なのでしょうね……。

 

 とにかく、後ろから刺してくる憂いの一つは断てました。

 後、私達が直近でどうにかしなければいけないのは南極から上がってくるシェム・ハさんの腕輪と聖躯の中の断片と防衛機能つきの棺と……強いて言うなら結社残党ぐらいでしょうか。

 

 私の問題は、そう……今はまだその時じゃない。

 私の選択の時はまだです。

 

 

 そーれーよーりーも。

 

「エルフナインちゃーん?」

「うぅ……うぇっ!?」

 

 病室の扉を開けるとそこには私とシェム・ハさんのやりとり(ほぼ私の独り言を)立ち聞きしていたエルフナインちゃん。

 神の感覚から逃れられるとは思わない事ですね。

 

 

「立ち聞きはよくないですよ、どうせ皆には話す事ではありましたが」

 

 混沌、もとい羽黒の収容から訃堂の爺さんの逮捕まで私は皆に会っていない。

 それはあくまで私の「最悪の場合」が起きた場合に憂いを残しておきたくなかったが故の後回し。

 

 この力の説明や、私の現状、それを多分一番理解できるエルフナインちゃんが最初の相談相手でよかったと思います。

 

「……最初に、詩織さんはどうしたいのですか」

「皆といたい、それだけです。だけど、その為にはまだやるべき事があるし……選択する必要もある」

 

 私はまだ、この世界でやりたい事がたくさんある。

 やるべき事ではなく、私自身が持つ明日の夢。

 

 だから決してこの星を去りたいとは思わないし、死んでいなくなりたいとも思わない。

 

 私はここに居たい。

 

「それを聞けて僕はよかったと思います……もし、もしも詩織さんが許してくれるならより正確な状況把握の為に「Beatrice」で意識の中を覗かせてもらえませんか」

 

 Beatrice、それは確か前にマリアさんの記憶を覗く為に使ったアレであり、エルフナインちゃんが休みがてらに自分の中のキャロルの記憶を探す為に利用しているアレの事。

 

 確かに今の私なら意識が融合してしまう事もないだろうし、エルフナインちゃんも使い方に大分慣れてきているのなら。

 見せても構わないかもしれない……それにシェム・ハさんの事を上手く「言葉」で伝えるのは私には難しい。

 

「確かに、私の中の問題すぎて簡単に言葉には出来ませんからね……ですが」

 

 でも、だからこそ、簡単に見せていいものか迷う。

 エルフナインちゃんを信じている、だからこそ、本当に大丈夫なのかと迷う。

 

『心配するな、意識の中の案内なら我が手馴れている。暇であったからお前の記憶を少しばかり歩き回っていたからな』

 

 ……そんな近所の街を散策するぐらいのノリで言うのホントスケールが違いますね……本物の神は。

 

「……いいでしょう、内なる神様もなんかやる気らしいので……準備が出来たらいつでもお声かけください」

「……?はい!」

 

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 寒い、暗い、どこまでも虚無。

 そこから白い輝きが世界の形を段々と形成していく。

 

 どこまでも灰色の世界が現れる。

 

『少しの間、目を瞑って貰っていいですか?』

「は……はい!」

 

 詩織の声に答え、目を閉じるエルフナイン、すると目蓋を通しても分かるほどの眩しい光が広がり、それは何度も色を変え、熱を持ち、まるで身を焦がす様な熱風となり襲い掛かってくる。

 

 目を開いてそれを見てみたいという気持ちもあるが、これほどの輝きに目が潰れかねないというのもわかる、故に今は見ない事に努める。

 

「もう大丈夫です」

 

 許可が下りたことで目を開いたエルフナインが見たのは、虹色の結晶の柱が星空へ向けて聳え立つ幻想的な光景。

 

「綺麗……」

「ええ、これが私の想い出そのものです」

 

 声に振り返るとそこに居たのは詩織と、白い肌の女神……シェム・ハ。

 

「はじめましてだな、真理の探究者よ。我が名はシェム・ハ……かつて星に神と君臨した者の一人だ」

 

「あなたが……この間の戦いで皆さんを助けてくれた……」

「我がした事など殆どない、全ては人の子らが自らの歴史と積み重ねて来た力で成した事だ。気にするな……それよりも目的があってここに来たのだろう?」

 

 シェム・ハに言われたとおり、エルフナインは頷き、天へと伸びる「記憶の結晶」へと近づく。

 

「そうです、僕は詩織さんの身に起こっている事を正しく理解し、詩織さんが望む「明日」を掴む為の手助けがしたいから……ここに来ました」

 

 詩織の身に起きている現象は「埒外」、あきらかに起きている事象に対してのエネルギー量が見合っていない。

 今、詩織の状況の真実に近づけるのはエルフナインの錬金術だけなのだ。

 

「これは僕にしかできない事、そして僕が今一番やりたい事」

 

 出会ったあの夜、その身に赤き輝きを纏う背中。

 皆と共にある為に頑張る事を選び続けるその姿。

 時に錬金術ばかりで根を詰める自分を皆の居る場所へ引っ張りだそうとしてくれるその手。

 

 彼女がそう変わった様に、エルフナインもまた加賀美詩織や多くの者達に変えられた一人。

 だから多くの者達が悲しまない様に、自分が悲しみたくないが為に、ワガママで手を伸ばす。

 

 

 結晶の柱に触れた手がパキパキと音を立て、同じ結晶に覆われていく。

 流れ込んでくる大量の情報と「痛み」にエルフナインが悲鳴をあげた。

 

『何をしている大馬鹿が!』

 

 その時、「残響」が聞こえた。


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