萌え声クソザコ装者の話【and after】 作:青川トーン
白い雪の世界に轟音が遠く響いた。
衝撃波が天を覆う雲を吹き飛ばす。
七人の歌と、神の力の前では所詮は棺、あっけなくその機能は停止した。
抉じ開けられた蓋の中身である聖躯を詩織が同化し、黄金の腕輪を装着する。
詩織の中のエネルギーによりその力を取り戻したのは「シェム・ハの腕輪」。
数千年の時の果て、腕輪は持つべきものの腕に収まった。
「これで……解決という訳か?詩織」
『ああ、我が断章も回収できた。これでさしあたっての危機は無くなり……我に出来る事も増えたという訳だ』
翼の言葉に応えたのは詩織ではなく、声だけのシェム・ハ。
心なしかその調子はよさそうだが、逆に詩織の様子が少しおかしかった。
それもその筈、埒外の力を得ようも戦闘に続き、聖躯の同化や腕輪の起動、そして一瞬であるが、シェム・ハの断片同士の結合にもエネルギーを使った。
さらに言えば神の力と神殺しの反発がさらに強くなり、苦痛は悪化していた。
「詩織さん、大丈夫ですか……?」
響に差し出された手を取ろうと手を伸ばす。
「大丈夫です、響さん……まだ、まだ大丈ッッ!!!」
だがその手が触れた瞬間、詩織はこれまでに無い程の痛みを感じて、その手を離して後ろに倒れる。
「詩織さん!」
『近づくな立花響!』
倒れた詩織を抱き起こそうとする響をシェム・ハが止める。
原因は響の纏うガングニールだった、ガングニールはロンギネス、つまりは神殺しだ。
そのつもりが無くとも、神に等しい詩織にとっては死毒となる。
「そうか、立花も同じガングニール故か」
『その通り、我が力を取り込んでいるが故に今のこの娘にはお前の「ギア」は毒になり痛みになる。手を握りたいならギアを解くべきと先に言っておくべきだった』
響の代わりに倒れた詩織を翼が抱き上げる、その体は信じられないぐらい重く感じられた。
「つば……ささん……」
「いいから休んでいろ、詩織」
これ以上、背負って欲しくはない。
だけど現実はそうもいかない。
こうして南極の棺を停止させたはいいが、まだ大きな問題が残っている。
詩織自身の問題だ。
------------------------------
気がつけば光無き砂漠の上に、詩織は居た。
南極よりも遥かに寒く、あの棺の氷よりも冷たい場所。
この場所の名を詩織は知っている。
「無」だ。
文字通り何も無く、あくまで認識する者が存在するが故に形式的に砂漠という地面が形成されているだけの何も無い場所。
妙な事にこの「無」は詩織の意識の中にもある、人間は本物の無を認識する事はできないというのに、この光景を詩織は何度も見た気がした。
とはいえ意識の中であればシェム・ハがそのうち迎えに来るだろうと、詩織は楽観的に考える。
「ここには誰も来ないよ、もう誰も」
だけれどそこに響いたのは、聞きなれた自分自身の声だった。
その姿は自分自身、だけど決定的に違ったのは赤い目。
「あなたは……」
「加賀美詩織」
「いいえ、違いますね」
「何が違う」
絶望に堕ちた赤い目を少女を詩織は自分ではないと否定する。
そこに見たのは決定的な違い。
「貴方は……私の見たものを見ていないから」
詩織との距離を詰め、憤怒の表情で少女はその首に手をかけた。
「私は……加賀美詩織だ!」
その姿を炎の様に赤く変え、怒りのあまり詩織を灰の砂漠に押し倒す。
「……あなたは、私じゃない。未来の私でも、違う世界の私でも……ない」
フェニックスギアを纏った少女に対して詩織は何の抵抗もしない、ギアを纏う事も、手を伸ばす事も。
絞め殺すどころか首をへし折らんと力を入れるが、決して詩織が死ぬ事はない。
「なんで……」
少女の頬に涙が伝う。
いつのまにかその殺意に満ちた顔は泣顔になっていた。
「なんで死んでくれないの!あなたが死んでくれないと!私も消えられないのに!」
少女が詩織を殺そうとするのは自分が存在する未来に到る可能性を消す為、というのは詩織自身も理解している。
だが同時にある疑念、いや確信があった。
「なら、何故はあなたはフェニックスの力を選んだのですか?何故「死ぬ」選択が出来なかったのですか?」
「えっ……」
詩織が優しげに微笑む、加賀美詩織は……フェニックスの力で永遠の命を得る選択を「捨てた」。
「私の中にはもうフェニックスは居ない、私自身がフェニックスになる為には後一度、フェニックスの力で生き返る必要がある。だけど私はそれを選ばない、その為に「フェニックスのファウストローブ」を翼さんのお父さん、八紘さんに引き取ってもらった」
だからありえないのだ、仮に八紘が、多くの者が詩織の蘇生を願っても詩織自身がそれを選ばない。
詩織がロードフェニックスとして、永遠の存在となる可能性は既に摘み取った。
なら目の前の少女は詩織ではない。
「あなたは誰なのですか?何の為に、ここにいるのですか?」
「うるさい……うるさいのですっ!!!『■■■■■』!!」
聞き取れない程に取り乱し、叫んだ少女が詩織に向けて炎の剣を振り下ろす。
だが、それが詩織を切り裂く事はなかった。
その姿自体が消えてしまったからだ。
「私はあなたを……私を殺して!この未来を否定する!それしか、それしかないんです!!」
鮮血の様な赤は色を失い灰色となる、だがその殺意は消えていない。
「そうじゃないとみんないなくなる……!だからッ!!」
確固たる信念と愛を以って、灰色の少女は叫んだ。
「力をよこせ!!ロードフェニックス!!」
虚無そのものと化した世界を焼き尽くし、少女は自らを縛る牢獄を脱した。
--------------------
神殺しと神の力の対消滅、それは超次元的な現象を引き起こす様だ。
『間に合ってよかった、お前が無と消えてしまう前に気付いてよかった』
詩織が次に目を開いた時にはそこにはいつも通りの虹色の結晶の大地、自分の心の中だった。
「私はどうなってましたか」
『我らアヌンナキも知らぬ場所に向けて意識体が「放出」されつつあった、必死に引き寄せてこちら側に繋いだが……そちらこそ何か見たのではないか?』
シェム・ハの言うとおり、詩織が見たものはおそらく幻や自分の妄想なんかではない。
「何も無くなった世界で泣いてる少女が、居ました。私と同じ姿をしていたけれど、あれは私じゃない」
『姿を真似た他人、そして何も無い世界か……お前の因果の原因か』
「ええ、前に話した私の成れの果て……あれも私自身じゃなかったのかもしれませんね」
根本的な解決とまではいかない、だがそれでも、一歩ずつ「結末」に向かって、その因果は繋がっていた。