萌え声クソザコ装者の話【and after】 作:青川トーン
「けほっ」
詩織の咳には血が混じる。
ついに体の方も耐えられない程にダメージが蓄積し始めていた。
いなくなる事を受け入れる事はまだしない、まだ全ては解決していない。
あの虚無の世界で見た少女は、間違いなく自分を殺す為にこちら側へ来る。
根拠はない、だけどその確信はあった。
『過ぎた時間は我らでも戻せない』
「それは私の考えに対してですか?それとも残った命に対してですか?」
『両方だ、だが……もしもお前は時間が巻き戻してやりなおせるとしたら何を願う』
シェム・ハの言葉に対して詩織は少し考える。
もしもこうやって神の力も神殺しの力も受け入れる事がなければ、とは思うけれど。
「無いですね、それこそ巻き戻したら今が消えてしまう。だから多分もう一度同じ事を選ぶしかないと思います」
誰かを犠牲にしてきたから、誰かから奪ってきたから、誰かから貰ってきたから、誰かから受け継いできたから。
そういった言葉ばかりしか浮かばない。
詩織が既に「望む事」を諦めはじめている事を、シェム・ハは感じ取った。
生きる事は諦めていない、だけどそれはあくまで肉体の……器の命を永らえさせる事で、周囲を安心させる事。
詩織自身は、全ての為に自分を捨てようとしている。
「もしも私が消えてしまったら、少しの間だけでも代わりに私を演じてくれますか」
『ッ!ふざけた事を言うな、誰もが誰もの代わりにはなれない!お前とてそれを知っているだろう!!」
覗き込む筈が、逆に覗き込まれる。
思わず語気を強めてしまったが詩織はまるでそれを最初からわかっていたかのように笑う。
いなくなる、短い時間しか共に存在していない筈の少女が消えてなくなろうとしている。
どうしようもなくそれが理解できてしまう。
『消えたくないと言ったのはお前であろう!皆と共に居たいとそう願った!ならば叶えて見せろ!さもなくば!』
「……それ以上は、言わないでください。あなたを否定したくない」
詩織は「力」で無理矢理シェム・ハを黙らせた、それ自体が否定である事さえも理解できない程に彼女は弱っている。
まだ全ての断章が集まっていないとはいえ神さえも黙らせてしまう力が、そこにはあった。
―ただ一人の命であるというのに、何故これ程に世界はこの少女に残酷を背負わせるのか
力で強引に押さえつけられながらもシェム・ハは押し返し、自らの意志を伝える。
『お前がよくとも、我はそれを許さない』
「黙ってください!!」
詩織は思わず医務室の壁を殴る、それは停泊していた本部を揺らし、警報を鳴らし、壁を突き破るが同時に自分自身の右手さえも潰すという結果となった。
なのに痛みを感じるのは心だけ、血に塗れ、砕けた拳も、折れた骨もまるで痛まない。
『存在する事を否定したくないと望んだのはお前であるというのに!何を折れている!何を砕けている!神さえも知らない光を見せてくれたのはお前達だ!』
心の揺らぎに付け込み、シェム・ハは詩織の心を縛り、今までしてこなかった禁じ手を使う。
腕輪と大半の断章を取り戻した今だから出来る事、強引な体の主導権の乗っ取りだ。
『何を……何をするのですか!!』
「お前が望まなくても、我が望むのだ!」
これまでその意志を尊重した相手に対する強引な手段だが、今の状態ではそのままにしておく方が危ういというもの、そう自分に言い聞かせながら自力で行動できない程に詩織の意志を力で縛り付ける。
とはいえ、体の主導権を奪った代償は重く付く。
「う゛っ……」
神殺しの呪いが、神であるシェム・ハに容赦なく襲い掛かる。
滅茶苦茶にダメージを受けた腕の痛みよりも激しい痛みにシェム・ハは膝をつき、壁にもたれかかる。
「我の膝を折らせたのはお前で二人目だ、よく覚えておけ」
返答は聞かない、これは神である自分のワガママだ。
「大丈夫か!」
そこへやってくるのは弦十郎、そして本部に居たエルフナインと翼、そしてマリア。
よく詩織を見ている面子だからこそ、その異常に即座に気付いた。
「あなたは……!」
「この馬鹿者の姿で話すのは初めて……でもないな、まあこのワガママ娘を少しばかり休ませたくて強引に体を乗っ取らせてもらった」
今は体を持つが故に言葉にしなければ伝わらない、繋がる事で意志をやりとりするのもいいが、こうして言葉にしなければいけない不自由も悪くは無い。
ガラにも無くそう思ってしまう。
「そうね……本当に貴方には感謝しかない」
痛々しいダメージを受けた右腕にマリアは気付く、こんな向こう見ずな事をするのは詩織しかいないと。
翼としては詩織と言葉を交わせない事がショックであった。
だが、この方が今はいいと理解できるし、シェム・ハがこうしなければ破局は加速していただろうと感じた。
「さっそくだが、腕を治すついでにお前達のネットワークに我の断片を繋げて欲しい。やはりバラルの呪詛がある故に我の本領も発揮できんのでな」
「それは貴方の負担になるのでは……」
「舐めるでない、錬金術師の子よ。我は「言葉」故に無限に伝わる事が出来る」
決して無限、絶対というものはない、だが地球全土を繋げるネットワークに一滴の欠片を混ぜるぐらいでシェム・ハの力は薄まるものではない。
「……俺が直ぐに許可を出せるのは本部のネットワーク内だが……」
「神にその程度の縛りが効くとでも思っているのか、気付かれん様にうまくやる」
人間の組織の権限など神には通用しない、目の前にいるのはそういう存在だ。
だがその強さが今は頼もしい、弦十郎はそう感じた。
「俺からも頼む、どうか詩織くんを助けてくれ」
「言われずとも」
そう言うと弦十郎の手をとり、シェム・ハは力を入れて立ち上がった。
「心配するなとはあえて言わん……だが、お前達の「親」としての務めは果たしてみせるさ」
神の紫色の瞳は、どこまでも「愛」に溢れていた。