萌え声クソザコ装者の話【and after】 作:ゆめうつろ
日本にS.O.N.G.のメンバーが戻ってきて一週間が経つ、現在シェム・ハが無理矢理に詩織を眠らせて、本部の医務室で休ませている為にカメリアの面倒は装者達やノーブルレッドの三人などが交代で見ている。
今日は授業を終えてリディアンの制服を着たままのクリスとミラアルクが当番で、帰宅するカメリアの側についていた。
「まさかウチらも学校に通わせてもらえるとは思わなかったぜ」
「先輩んとこに増えたの妹のアオとルリもだけど、保護してそれで終わりって訳にはいかねえ、明日を生きていくのに必要なものを与えてこそ福祉だって先輩の親父さんが言ってたからな。それにたのしいだろ?学校はよ」
「……文句無しだぜ」
カメリア、エルザ、ミラアルク、訃堂に仕えていた二人のホムンクルス「アオ」と「ルリ」は、リディアンに通う事となった。
政府の目が届きやすく、装者達もいる為にサポートしやすい事もあり、結社の被害者の社会復帰へのテストケースとしての面もあった。
今日はその初登校日、特に大人気だったのは分かりやすい特徴のあるエルザ、次いで翼そっくりのアオとルリ。
エルザは直ぐにクラスメイトと打ち解ける事が出来たし、クールで天然気味のアオとルリのペアは早くもファンを獲得しつつあった。
とはいえ全部が全部上手く行ったとは言えない、ミラアルクやカメリアに対して気まずい対応をしてしまった生徒達もいたし、やはり「違う」という事でまだ距離を測りかねている者も多かった。
だが、それはきっと時間と交流がいずれ解決してくれる。
「それでカメリアはどうだった?何か困った事はなかったか?」
また別問題であるがしばらくただ一人の家族と離れる事となっているカメリアに対してクリスは特に気をかけていた。
浮かない、いや険しい表情をして、先ほどから黙っているカメリアもやはり何かあったのだろうとの発言だった。
しばらく沈黙を置いた後にカメリアは真剣な表情でクリスに顔を向けた。
「強い敵意を感じる、おねえさまを消したがってる」
「何だと?」
カメリアもまた、パナケイア流体を持ち怪物を宿す存在だ。
なんの怪物かまではわからない、だけれどその力の一端が「敵意」を感じた。
それを聞くと、クリスとミラアルクは即座に臨戦態勢に入り周囲を警戒するが、目立つ限り敵はいないように感じる。
「今ここに居るわけじゃない、まだ遠い場所にいる、でも……とても強い力と憎しみを感じる」
その言葉に即座に警戒を解く、が聞き捨てならない言葉でもあった。
「そいつが何なのか詳しくわかるか?」
「……私と同じ怪物だけど桁違いに強い、まだこの星にはいない……時間は……一週間も残ってない」
突然の敵襲の察知、それは根拠の薄い、カメリアが感じるだけの敵意。
だが二人には間違いなくそれは「来る」と感じ取れた。
「と、とにかくウチはこの事を本部に連絡するべきだと思うぜ」
「そうだな、なんにしろあのバカ2号を消しにくるっていうだけの力だ……ありがとうなカメリア」
クリスがカメリアの頭を撫でる、がカメリアの表情はまだ硬いままだった。
カメリアは二人に伝えていない。
来る敵が、自分と同じ存在である事……つまりは「自分自身」そのものだという事。
そこに到るまでどんな理由があったのかはわからない。
だが家族を苦しめ、大切な人達を苦しめている存在を許すつもりはない。
―あなたがおねえさまを消すのなら、私があなたを消す。
彼方からこちらへ向かってくる敵意に対してカメリアは同じく「憎しみ」の感情を送りつける。
「今度は、ウチらがあんたを助ける番だぜ」
「……詩織、今度こそアタシはあんたを守るよ……」
それぞれが願う事は大切な存在を守る事、だから、それ故に直ぐ側にいる者の決意に気付かなかった。
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訃堂が逮捕された事で使う者のいなくなった機材や風鳴機関のネットワーク、それをシェム・ハが掌握する。
『セッティング完了、エシュロンとやらも大した物だ。これならかつて我らがつかった環境改造システム「ユグドラシル」も時間をかければ使えるが……出番がない事を祈る』
「という訳だ、我はネットワークジャマーさえなければこうして個であり全とあれる訳だ、かつてはこれで人類の意志を統合しようと企てたが、まあ……エンキに邪魔をされ、今に到る訳だ」
ベッドに横たわりながらもシェム・ハはネットワーク越しに、自分の記憶や知識を次々と本部のデータベースに登録していく。
それはまさに「神の叡智」、圧倒的なデータ量に思わず藤尭は絶句した。
「本当にあなたの協力を得られた事に感謝する」
「とはいえ、これは所詮「情報」にすぎん。きちんと理解して使えよ」
これもまた神からの贈り物、だがそれは使い方次第では毒にもなる、それをしっかり理解しなければいけない。
故に今はS.O.N.G.の本部と日本政府の管理できる量だけで抑えてもらっている。
「そうだな……それと、今の詩織くんの体はどういった状況に」
「四六時中変わらず痛みばかりだ、我ですらお前達の言うストレスで心も体も病む様な痛みにこの娘はずっと耐えていた。それぐらいにお前達を愛しているのだとしっかり覚えておけよ」
本人が黙っていた事をぺらぺらと喋ってしまう、まさに母みたいなお節介、藤尭はそう感じてしまい、若干いたたまれなかった。
「それはわかっている……私も、今は敵を斬る剣ではなく執刀医であれればと思ってしまう程に、自分の在り方を否定してしまう程に」
小声でボソリと呟いた翼の弱音、その場に居た者達は皆それに反応しようとしたが、一番早かったのはやはりシェム・ハだった。
『私の憧れを間違いなんて言わないでくださいよ翼さん』
声音を詩織のモノに限りなく近づけた言葉に思わず翼は目を見開く。
「絶対にそう言うだろう、この娘は」
「だろうな」
「でしょうね」
弦十郎と藤尭もそれに便乗する。
「お前もこの娘を愛するなら、強くあれよ?神ですら手を焼くやっかいものだぞこいつは」
「確かに、ね」
そうだ、いつまでもくよくよしている訳にもいかない、翼は自分の胸につっかえていた何かがとれた様な気がした。
この手にする剣は何の為、防る為だ。