萌え声クソザコ装者の話【and after】   作:ゆめうつろ

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バベル

 世界解剖の為の巨城は姿を変え、まるで天を貫く塔の形状……奇しくもカ・ディンギルと似たものへと生まれ変わっていた。

 

 多くの人々が協力し作られたその塔はさながら現代のバベル、それは言葉を分かたれたとて人は繋がれるという証明でもあった。

 

 

『これより、オペレーション「バベル」を開始する!』

 

 弦十郎の宣言により、近隣施設およびシャトー内部に運び込まれた多数の設備の制限が解除され、演算を開始する。

 失われたシャトーの機能を再建するには、多くの聖遺物や設備が足りず、それを「製造」するには資源も時間も足りないが故の代用。

 

 だがシェム・ハと接続したネットワークを利用する事で十全に機能を発揮する事が可能となった。

 

 

「キャロルちゃん!!」

「遅いぞ、立花響」

「本当にキャロルちゃんなんだね!?」

「果たして最初のキャロル・マールス・ディーンハイムと同じ存在と定義できるかは疑問だがな」

「その変な言い方は間違いなくキャロルちゃんだ!」

「なんだその定義は!?」

 

 最初にコントロールルームに駆け込んできたのは響だった、キャロルの記憶が戻った事を知ってからずっと会いたいとは願っていたが状況がそれを許してはくれなかった。

 ガングニールに適合した未来のサポートやシャトー起動の為の「特訓」などがあり、ここで会うまで通信越し、だからエルフナインがキャロルの記憶を取り戻しただけかもしれないと思っていた。

 

 だけどこうして直接会って、話してようやく、キャロルだと確信する。

 

「もう、会えないって思ってた。もうこの手をとれないって思ってた……!でも……!」

 

 キャロルの手を掴み、顔を俯ける。

 その表情を見る事が出来たのは目の前のキャロルだけ。

 

「……まったく、お前は本当にお人よしのバカで……本当にワガママな奴だ。死んだ者ともう一度で会えるなどありえない話だというのにな……感謝しろよ立花響、この「奇跡」に」

「うん、本当にうれしいよ……もう一度キャロルちゃんと出会えた事」

 

 優しげに微笑み、キャロルは響の頭を撫でる。

 

 だが強い嫉妬の視線にハッと気付く。

 

 入り口から半身だけ覗かせる小日向未来の姿があった。

 

「んん……それよりもだ、先にあの雲をどうにかせねばならん。生きていればまた後でも話はできるだろう」

 

「そうだね、今は……そっちが大事だね」

「そうだね響?」

「み……未来?どうかした?」

「べーつにーあまりにあんまりで……ちょっとお餅が焼けただけだよ?」

 

 まあ別に本気で嫉妬しているわけではない、でもあまりに熱烈なアプローチを見の前でやられるとやっぱり少し思う事はある。

 

「まったく、そういうのは家でやれ!」

 

 思わずボヤくキャロル、釣られて二人は笑う。

 そうしている間にも装者達が全員揃い、この場にはキャロルと7人の装者、そしてネットワークに接続しているシェム・ハの9人が集まった。

 他の作業員はシャトー起動の際に邪魔にならない様に全員退避、オートスコアラーおよび、ノーブルレッドは現在カメリアと共に、シャトー下にある仮設本部で詩織の警護についている。

 

「なあキャロル、このシャトーは真上に向いてるんだが、どうやって太平洋上の雲をぶち抜くんだ?」

「簡単な事だ、テレポートジェムの応用で砲口は太平洋沖に繋がっている」

「……それって色々とマズくねぇか?」

 

 クリスの疑念は最もだった、砲口がありとあらゆる場所に出現させる事が可能で、世界一つ滅ぼすだけの力が突然出てくるのだ。

 安全保障もクソもないとんでもない兵器にもなりうる。

 

「安心しろ、急造だから一度しか撃てん。逆に言えば一度しかチャンスはない……もし失敗した場合はオレ達で雲の中に直接飛び込む事になるから覚悟はしておけよ?」

 

 あまりにあんまり、身も蓋も無い答えにクリスは苦笑いした。

 

「そうならないように信じているデスよ!?」

「そうなったら……未来さんは居残りです」

「わかってるよ調ちゃん、でも勝手に足が動いちゃうかもしれないかもね」

「未来ぅ!?それは本当にダメだからね!?未来になんかあったら私も生きていけないから!」

「これがずっと響に対して私がしてた心配だよ?わかった?」

「なんかイチャイチャのダシに使われた気がするデス」

「そうだね、切ちゃん……」

 

 決戦を前に緊張はしている、だが気負いすぎても良い事はない。

 かつて戦った強大な敵であり、共に戦う仲間を信じる事、今はそれだけだ。

 

 談笑する装者達から翼だけを連れ出し、キャロルには作戦前に一つだけ伝えるべき事があった。

 

「おい、風鳴翼。お前だけに先に一つ話しておく……おそらく、この作戦が運命の分かれ道だ……というのも作戦の成否ではなく……奴の、加賀美詩織が何を「選ぶ」か、その分かれ道でもある」

「……どういう事だ」

「奴が神になるか、死ぬか、それともまた別の何かになるか、それが今日決まる」

「っ!!それで私にどうしろというのだ」

「どんな選択を選んだとしてお前はそれを見届ける義務がある、だから覚悟はしておけ」

 

 どこまでも残酷な言葉だが、キャロルが重要な仕事を前にこんな心を揺らすだけの無駄な事がするわけが無いというのは十分に理解した。

 

「そいつは、聞けない相談ね」

「盗み聞きはよくないぞ、マリア・カデンツァヴナ・イヴ」

「マリア……」

 

 だが、それに待ったをかけたのはマリアだった。

 

「翼、人に「定め」なんて無いわ。この世界に絶対なんてないわ、残酷に屈しなければいけない理由も、少なくとも私は諦めないわ、あなたはどう?」

 

 それはつまり、詩織が何を選んだとしても、その選択を否定してでも、自分のワガママを押し通せという発破だ。

 

「バカを言うな、選べるのは奴だけだ。オレ達に出来るのは奴が選んだ結果を見届ける事」

「あの子は瞬間瞬間を思いつきとその場のノリ、そして勢いだけで乗り切って生き残ってきた。それこそ考え無しに世界に身を晒すぐらいに考え無しよ、でもそれが今を作った。逆に言えばノリと勢いでおせば、あの子は間違いなく堕ちるチョロい子よ」

 

 なんという物言いか、そんなんでいいのか世界の運命、思わず翼は閉口し、考え込む。

 

「翼、詩織は間違いなく響の同類のバカよ、だからちょっと言い包めれば絶対上手くやれるわ」

 

 何もこれは思いつきではない、マリアなりに裏付けを取った上での発言、そして仲間を絶対に手放さないという意思表示。

 

「……そう、かも」

 

 翼としても思い当たる節は……無数にあった、それこそまだ出会ったばかりの頃から彼女は強引にいけば押しきれる感じがあった。

 

 

「あなたも詩織も考えすぎるのよ、だからバカになりなさい、翼。自分の想いを貫けるバカに」

 

 チェスト、知恵捨てとも呼ばれるソレが翼の頭に浮かんだ。

 

「いいのか、その……愚かになっても」

「いいのよ」

 

 結果として、翼はマリアの言葉に乗せられる。

 

「バカか、それもいいかもな」

 

 過労と寝不足気味のキャロルはそれを見て笑う。

 

 決意は定まった。


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