萌え声クソザコ装者の話【and after】 作:青川トーン
「これこそが……私が、加賀美詩織が存在してはいけない理由!世界を滅ぼす力!」
赤い塵、赤い空、赤い瞳、支配者(ロードフェニックス)は憎しみに満ちた叫びを上げる。
「違う!」
だがそれを否定するものが居た。
半壊したシャトーから身を乗り出す少女一人。
赤に対になるような青を纏うのは風鳴翼。
「……翼……さん」
その姿を認めるなりロードフェニックスは震える声で、彼女の名を呼ぶ。
世界一つを滅ぼしても、かつての仲間を裏切ってでも、全てを無くしてでも欲しかった存在が目の前にあった。
だけど、それはロードフェニックスの知っている風鳴翼ではない。
何故なら、彼女が知っている翼はロードフェニックス自身が死なせてしまったのだから。
「翼さん……あなたとは戦いたくない……私はこの世界に残ったフェニックスの残滓を滅ぼし、加賀美詩織を殺して消えたいだけ……だから邪魔をしないで」
「それはできない、私は詩織が好きだ。詩織を愛している。だからそれを奪うというのならお前を倒すしかできない」
その言葉に、ロードフェニックスは目を見開いた。
どうして自分は加賀美詩織じゃなくなってしまったんだろう、どうして自分は加賀美詩織である事を捨ててしまったんだろう。
どうして自分はあの日、その言葉をかけてもらえなかったんだろう。
「いいなぁ……ここの私は……翼さんに愛してもらえたんだぁ……へぇ……」
流れるのは、血の涙。
嫉妬、憎悪、切望、絶望。
全てがない交ぜになった感情があふれ出してくる。
「……どうして私じゃない!!どうして私には「愛してる」って言ってくれなかった!!貴女のその言葉さえあれば!私は一緒に死ねたのに!!どうして!!」
「やっぱり、お前は私の知っている「詩織」じゃないんだな」
「そうだよ……その通りだよ!!!私は加賀美詩織だった「モノ」でしかない!!シンフォギア「イカロス」との完全融合体!あなたから引き剥がされて!深淵の竜宮に閉じ込められた聖遺物の一つ!」
これは分岐した世界の詩織だ。
人である事を捨て、自分さえも捨てた詩織のもしもだ。
かつてフロンティア事変の際に、加賀美詩織がイカロスと融合した時に本来の加賀美詩織としての心を捨てた末路。
イカロスの「呪い」で理性のタガが外れ、自分を抑える事が出来なくなった末路だ。
加賀美詩織は「私はあなたになりえない」と言ったのは正しい、何故ならもう詩織はイカロスとの融合症例ではなかった。
そして「この」ロードフェニックスに到る分岐は既に通り過ぎていたのだから。
「私のせいで作られた人造融合症例との戦いで貴女は死んだ!!だから世界をやりなおそうとした!チフォージュ・シャトー、神の力、あらゆる完全聖遺物!そのどれを使ってもあの日には戻れなかった!全部を犠牲にして!最後は世界も焼き尽くした!でも!あなただけは手に入らなかった!それは当然だよね!もう死んでるんだから!!」
「だから、八つ当たりで……詩織を殺したいのか!」
「そうだよ!私は……加賀美詩織は貴女が思っているより嫉妬深かった!貴女を越えたくて配信を始めたんだよ!?あわよくば貴女と関わりが欲しかったからリディアンに通った!そして貴女が欲しいから!シンフォギアの装者になった!!あなたが好きだから死にたくないって思った!なのに貴女は私のものになってくれなかった!!」
矢継ぎ早に放たれる言葉は絶叫、ズタズタに砕けた加賀美詩織の「外面」からあふれ出す感情の全て。
「私はねっ!!全部全部全部我慢したんだよ!?なのにっ!なのに!!本当に欲しかったものに気づいた時には手遅れだった!だから許せないんですよねぇ!!!せっかく貴女が手に入るというのに!神様になってどっかにいこうなんて!だったら私が貴女を貰っちゃってもいいんじゃないですかねぇ!!」
このロードフェニックスの真の「願い」、それは「風鳴翼を奪う事」。
「他にも、貴女を愛してくれる人はいただろう!!」
「でも貴女の代わりは誰にも出来ない!風鳴翼はあなたしかいない!たとえ70億の人間が私を愛しても風鳴翼の居ない世界なんて「無価値」なんですよ!ゴミですよゴミ!はははっ!」
完全に狂気に呑まれている、愛が重すぎて器が完全に歪み果てている。
そのやり取りを聞いていた者達は一様にそう感じた。
「私はねぇ……あなたの片翼になりたかったんですよ……失った天羽奏の代わりに隣に立ちたいって……でも、そこにはマリアさんや響さんが立って……私はそこに立てなかった、ああ……やっぱり許せないなぁ……!皆も消してしまおうかな……私と翼さんさえ居ればそれでいい、この通り、私は世界を渡れるんですよ!だから一緒に平行世界でやりなおしましょう?なんだったら新しい世界を作って二人で神様になっちゃいます?」
怖気が走るほど媚に媚びた声でロードフェニックスは笑いかける。
「ねぇ!お願いしますよっ!翼さん!私のものになってくださいよ!そしてツヴァイウィングになって、アイドルの神様になりましょっ!」
圧倒的な威圧感、世界を滅ぼしただけの力を持つ存在が放つ「プレッシャー」に翼は思わず怯む。
「じゃないと、みんな消しちゃうよ?」
それは脅迫、実行できるだけの力があるロードフェニックスの脅しは決してブラフではない。
だが、その時。
ロードフェニックスの肩に手が置かれた。
「おい、そのクソみたいな媚びた声で私の翼さんに話しかけるな」
ロードフェニックスの威圧感が完全に消滅する、それは同じだけの力を持った「存在」がその場に現れたからだ。
「詩織……っ!!」
翼がその名を呼ぶ。
神でも神殺しでもなく、そこには加賀美詩織である事を選んだ「少女」が浮かんでいた。
その身に纏うのはフェニックスのファウストローブではなく、シンフォギアを模した「フェニックスギア」だ。
かつてアダムとの戦いで消滅した筈のフェニックスギアがそこに存在した。
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少し時間を遡る、翼とロードフェニックスが対面した頃。
仮設本部で一人の少女が詩織の側に居た。
少女の名はシャロン。
「ヤントラ・サルヴァスパ」のシンフォギアを纏う装者であり、アメリカ政府から派遣されてきた少女だ。
カメリアがロードフェニックスとの戦いに出ている間、守りを任された者だ。
彼女は本来チフォージュ・シャトー起動の手伝いをする為の「補助」として派遣されてきたが、シェム・ハとキャロルの存在により特に仕事がなくてがっかりしながらも「ファン」として「おりん」の寝顔を満喫していた。
ついでに写真も取っていた。
「何をしているんだ小娘よ……」
「インスタ栄えするかなって……」
シャッター音に詩織の体に宿るシェム・ハが目を覚ます、一応シャロンもまた説明は受けていたが喋り方から自分の慕うおりんではないと一瞬で見抜いている。
そこへ、駆け込んできたのはカメリアだ。
あわててシャロンは端末を隠すが、それを気にしない様子でファウストローブを纏ったカメリアがシェム・ハの元へ寄る。
「私を完全な怪物にしてください、アレに立ち向かうにはそれしかない」
あの全ての攻撃を無力とするロードフェニックスに立ち向かうにはそれこそ埒外の力でもなければ無理だとカメリアは悟った、だからその埒外の力を持つ者の元へと来た。
シェム・ハだけが今、勝ちえる為の力を与えてくれると。
だがシェム・ハは渋る、それはきっと……いや間違いなく詩織の望む所ではない。
しかしカメリアとフェニックスのファウストローブでは力不足なのは間違いない。
ネットワークを経由して装者達をキャロルが治療しているのはなんとか理解した。
翼がロードフェニックスと会話をして情報を聞き出しつつも時間を稼いでいるのも聞こえていた。
その上でどうするか、シェム・ハは悩む。
『――だったら私が貴女を貰っちゃってもいいんじゃないですかねぇ!』
だが、ロードフェニックスのその一言を聞き取った瞬間、封じていた詩織が急に動き出した。
「ころすぞ、くそあま」
この世の何よりも深い怨嗟の声が詩織の口から零れ。
場が凍りつく。
愛、人を動かすその意志は神の束縛を粉砕し、詩織を突き動かした。
とはいえ、今この場に詩織が纏えるシンフォギアはない。
ガングニールは未来が使っている、イカロスは消えた、フェニックスも。
だがフェニックスのファウストローブは目の前のカメリアが手にしている……そして人の手によって再現された「ヤントラ・サルヴァスパ」のシンフォギアも。
「ねぇ……カメリア……そのファウストローブ、お姉ちゃんに渡してほしいなぁ」
「だめ……だめですおねえさまはじっとしてないと……」
「お姉ちゃん命令だよ」
地獄の底から響くような低い声で笑顔を見せる詩織、だが目はまるで笑っていない。
「はい……」
圧倒的な暴君的な姉妹のやり取りを見たシャロンは思わずこれをネットに流したいと他人事としてみていた。
「それとそこの……確かシャロンちゃんだよね?アメリカの?」
「ふぁっい!?」
だから自分に飛び火してくるとは一ミリも考えていなかった。
「それもちょっと貸してほしいなぁ~~~~~~」
媚びの満ちた萌え声、だがこっちも顔が笑って無い。
「はいあの、その……これはアメリカ政府ので……私個人のじゃ……」
「大丈夫大丈夫、後で返すからね?」
「……はい」
父におねだりして作ってもらったギアをしぶしぶとシャロンは詩織に渡す。
「ふん!!!」
神の力、それはシェム・ハの腕輪の力でもあり、改造執刀医として「創造」する力を使った強引な「合体」。
「わぉ……ゴッデス……」
思わずシャロンがそう呟く程の力技、パワーしかない。
詩織が適合できるギアは三つ。
イカロス、ガングニール……そしてフェニックスギア。
ちょうどよく「材料」はあった、だから作れた。
「ちょっと、あのカスをぶちのめしてきますから」
身を起こした詩織は聖詠を口にし、その瞬間に姿を消した。