萌え声クソザコ装者の話【and after】 作:ゆめうつろ
神の力によって塗りつぶされていた世界は元に戻り、星空が広がる。
ロードフェニックスは力なく地に墜ちていく、再生こそしたものの、もはや戦う気力も残っていない。
ただただ悔しかった、ただただ羨ましかった、ただただ虚しかった。
自分がしてきた事も、犠牲にした世界も、この感情も全て無駄でしかなかった。
消えてなくなりたい、それ以外にもはやロードフェニックスにはなかった。
だが死んで終わる事さえもできない。
「……詩織!」
翼が加賀美詩織の名を呼ぶ、ああ「この世界の加賀美詩織」は本当に羨ましい。
愛する人が自分を愛してくれる、それがどれほど幸福なことか。
「詩織!!」
再び翼の声が聞こえる。
よろこべ、お前達は立ちはだかる敵を倒して未来を掴んだ。
よろこべ、世界を滅ぼす怪物をこうして殺せたのだから。
ロードフェニックスは目を閉じたまま、落ちる。
「詩織!目を開けろ!」
三度目、それはとても近く聞こえ、違和感にロードフェニックスは目を開く。
そこには手を差し伸ばす翼の姿があった。
「……私は、もう詩織じゃないのに」
ロードフェニックスは笑ってそう呟く、それに何もかもを壊した自分にこの手を取る資格はない。
『また諦めるのですか!!そうやって逃げるのですか!!そうですねぇ!それもまた加賀美詩織でしょう!ですけど!!』
それはこの世界の詩織の声だった。
「そうだ……!私達は手を伸ばす事を諦めない!!もう何も失うものか!!奪わせるものか!!」
ギアのブーストを吹かし、翼が加速する。
『私はあなたになれないし、ならない……だけどあなたは私になれる!』
そして無理矢理に、翼がロードフェニックスの、加賀美詩織の手を取り、そのままに抱きしめて、海面への衝突の衝撃から守った。
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どこまでも広がる青い空の下、草原が広がり、虹色の結晶の破片が転がっている。
「ここは……」
ロードフェニックスが目を開くと、そこには知らない景色が広がっていた。
「ここは私の、加賀美詩織の心の中だよ」
「そうですか、私の景色とは大違いです。どこまで行っても灰色の砂漠しかない私の世界とは」
結晶の一つを拾い上げ見つめれば、詩織が経験してきた記憶が流れ込んでくる。
「私が間違えた場所で、間違えなかった……それが貴女を加賀美詩織として生かし続けたのですね」
寂しげに少女が笑う、もし間違えなかったら、もしも自分もそれを選べたなら、どれほどよかったのだろうかと。
「そうよ、貴女は間違えた」
そこに現れたのは翼、この世界の翼だった。
詩織とユナイトしている以上、ここに来る事が出来るのもまた当然だった。
「私は……どうすれば……どうすればよかったのかな」
「皆を、響さんやクリスさん、マリアさん、切歌ちゃん、調ちゃん、エルフナインちゃん、司令に緒川さん、藤尭さん友里さん、八紘さん……まああと……そう訃堂の爺さんも……皆を信じれたなら結果は違ったかもしれません……でもあなたはここまで来ました」
「そっかぁ……そうだよね、もう全部……終わった事だよ、ね」
死んだ者は戻らない、終わったものは巻き戻せない。
「でもまだ貴女は生きているわ、詩織」
不死の少女を翼が優しく抱く。
「私は……ロード……」
「向こう見ずなくせに考えすぎ、それで変になんでもかんでも背負ってしまう……あなたはどうしようもなく加賀美詩織よ」
翼が少女を、もう一人の詩織の存在を肯定する。
「あ……ああぁ……あああああああっ!!!」
時間も場所もなくなってしまった世界で、色を失った世界に再び青色が輝く。
欲しかったものが、ようやく手に入る。
「でも……でもっ!!あなたはっ!翼さんはこの世界の私のものだから……っ!」
「違いますね、そもそもそれがおかしいと私は思います!!!あくまで私が翼さんのものであって!翼さんを私が独占するのは違いますねぇ!!!なんですか!カプの左右もわからなくなりましたか!」
「あっ……」
思い出せばそうだった、いつだって翼に心を動かされていたのは自分の方だった。
自分の世界の中心は翼だった。
「それに、あなたは私が持ってないものも持っています。その翼さんを自分のものにしたいっていう欲望!私はぶっちゃけ受け力高すぎて勝てる気がしないので、その攻め力が欲しいものです」
「……何を言っているんだ詩織は」
「つまり私と私、一つになればちょうどいいぐらいになるんじゃないですかね」
ロードフェニックスは死なない、死ねない。
となればもし和解したとしてもまた永遠に置き去りにされる。
だから、それを解決する為に詩織が考えたのは「同化」する事だった。
「私はあなたになれない、けどあなたは私になれるといった言葉の意味です。私はみんなを信じているから、一人で背負わない。あなたはこの世界でもう一度みんなを信じられる加賀美詩織になれる」
それは加賀美詩織が選んだ「祝福」だ。
「でもそんなことしたらあなたもっ!私みたいに死ねなくなって……!」
「絶対なんてないですよ、フェニックスはね……命を世界に還す事が出来る」
それはかつて人柱の神、そして出会ったフェニックス達が教えてくれた事。
レイラインを通じて、星に命を還す方法だ。
「そんなこと……できたの……」
「私一人じゃ知りえなかった事ですよ、私は選びました。次はあなたが選ぶ番です「加賀美詩織」」
これが最後の選択であり、最後の祝福。
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最後のカルマノイズが崩れ落ち、塵芥と化す。
「これで終わりか、向こうも終わったようだが随分と遅い」
ダウルダブラを纏うキャロルは空が元に戻るのを見て、既に決着は付いていると理解していた。
「随分遠くまで行ってるんじゃないかしら」
「じゃあ迎えにいくデスよ!」
「でもすれ違いになるかも」
マリア達は翼と詩織が向かった方角を向く、既に地平線が白み、夜明けが迫っていた。
「大丈夫かな、詩織さんも翼さんも」
「大丈夫だよ未来、二人なんだから」
「ったりめえだろ、どうせイチャつきながら来るさ……ほら見えてきた」
誰よりも最初に気付いたのは一番視力のいいクリスだった。
手を繋ぎ、日の出を背にして飛んでくる翼と詩織の姿だった。
エクスドライブした赤と白のフェニックスギアと青と白の天羽々斬、揃って夜明けの空を翔けて、二人は無事に帰ってきた。
「どうやら、抱えていたものもどうにか解決できたようだな」
「はい、その節は色々皆さんに助けていただき、本当に感謝しています。当然キャロル、あなたにも」
「気にするな、俺に得があったからやった事だ。ずっと探していた答えが見つかった……それだけで俺は十分に貰った」
仮設本部の前に降り立った詩織がまず最初に話しかけたのはキャロル、詩織の状態をよく理解していた者。
きちんとお墨付きをいただけたように、神の力も、神殺しの力も、不死の力も残っていない、普通の人間に戻れていた事に詩織は安堵する。
自分を苛む三つの宿命はフェニックスギアの力で全て焼却して力と変えた、若干の神の力も今は外したシェム・ハの腕輪に残るのみ。
「詩織さん、翼さん……もう一人の詩織さんはどうなったのですか」
次に話しかけてきたのは響だった。
帰ってきたのはあくまで詩織と翼の二人だけだったからだ。
詩織は握っていたペンダントを見せる。
「これは、彼女と融合していたイカロスのギアです」
「……そう……ですよね」
「立花……彼女はここにいる、この世界に命を還す事を選んだ」
もう一人の、ロードとなった加賀美詩織はその命を世界に還す事を望んだ。
あまりに奪ったものが多すぎた、あまりに重ねた罪が重すぎた、この世界の加賀美詩織と一つになる事はその「業」を背負わせる事にもなると、同化する事を拒んだ。
最後に言い残したのは「もう十分に救われた」の一言、奪ってきたものを還す、それが彼女の答えだった。
再び、いつの日か生まれ変われる日を信じて、その命を終えた。
「おねえさまっ!!!」
詩織が帰ってきた事を知ると一直線に駆けて来たのはカメリアだ、その勢いのままジャンプして詩織に飛びつく。
ギアを纏っているが故に簡単にそれを受け止めたが、普段なら詩織は勢いで吹き飛ばされていただろう。
「おねえさまっ!!おねえさま!!本当に本当に帰ってきてよかった!!」
「そうですね、ただいま……カメリア」
「おかえりなさいっ!!おねえさま!!」
こうして、加賀美詩織と世界の運命を決める為の戦いは終わりを告げた。