萌え声クソザコ装者の話【and after】   作:ゆめうつろ

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感情の距離

 

 いつも通り教室から逃亡して屋上で休んでいたはずなのに。

 

 何故か翼さんに壁ドンされている、誰か助けて欲しい。

 

「だから翼さん、そういう事をされると貧弱な私は消滅してしまうのでやめてくださいって」

「むぅ、小日向に教えてもらった本にはこうする事でもっと距離を詰められると書いていたのに」

 またあのリア充の片割れか!翼さんになんてもの見せてるんですか!

 

「いやいやいや、どうして距離を詰める必要があるんですか!?今まで通り程々の距離でいましょうよ!」

「詩織が歩み寄って来ない限り、私達が歩み寄っていくしかないじゃない」

「いやそれとこれの関係性がですね!?」

「それもあるけど、こういう事されて嬉しいんじゃない?」

「う…………うれしいですけど!!!」

 

 本当に私は翼さんの全てを拒めないクソザコである……。

 けれど!!

 

「でもそれよりも静かに一緒に居るほうがもっと嬉しいです!!」

 

「っ!!」

 

 翼さんが怯んだ!

 やった!初めて翼さんに勝った!!!

 

「触れ合うだけが幸せの距離じゃないんです。近すぎちゃ見えるものも見えないじゃないですか」

 

 ははっ!勝てている!勝てている今こそ言ってやります!

 

「私は翼さんの全部が好きです、だから翼さんの一面だけしか見えない距離は嫌……」

 

 …………私何言ってるの?

 

 翼さん、顔真っ赤にして俯いてどうしたの?

 

 …………。

 

 アワッ……アワワワワワ…………!!!

 

 わ、私余計な事を言って……

 

「詩織、ごめんね……」

 

 あ……翼さんを謝らせてしまった、私は。

 

 私は……そんなつもりじゃ……!

 

 

 えっ?

 

 あれ?なんで圧迫感?

 どうしてまた私抱きしめられてるの。

 

 翼さんに。

 

 …………。

 

 耐えろ、加賀美詩織、もう何回目だ?

 やばですね。

 

「でもたまにはこうやって距離を詰めさせて欲しいわ、私だって詩織の事好きだもの」

 

 えっ。

 えっ。

 

「詩織といると落ち着く、言うなれば私にとっての日陰、時には貴女の側で休ませて欲しいと思う」

 

 あ……アアアアア……!!

 

「く……口説くのは……ひ、卑怯です!」

 

「そんなつもりじゃなくて、私の本心、一人は寂しいもの」

 

 あああああああ!!

 やば、やばですって!!!

 

「く……くぅ……ホントに!翼さんはずるいです!勝てっこないですから!」

「詩織が弱すぎるだけよ」

「小日向さんとかにもやってみてください、絶対私みたいになりますから」

「しないわ、やっていい相手とダメな相手ぐらい弁えてるわ」

「私はいいって言うんですか!?」

「そうね」

 

 本当に、本当にいいんですか。

 私が、こんなに幸せでいいんですか。

 

 誰かの幸せを奪ってたりしませんか。

 

 なんだかとても怖くなってしまいます。

 

 翼さんの「ひだまり」あるいは「日陰」に入っていても。

 

「詩織は分かりやすいわね、そうやって不安になったりすると黙り込む癖」

「なっ……なにをいいますか!」

「安心して、詩織を知る人は皆気付いてるから、そういう癖」

 

 は、初耳です……。

 

 今度から気をつけてみよう……。

 

 

 

 

 

 森の中、気配に意識を向ける、気配がばらける、その一つ一つを追うのではなく、一番大きな気配を追う。

 

「21番の方向!」

「惜しいですね、19番の方向です」

「ダメかぁ~」

「でも大分良くなって来てますよ」

 

 19と書かれた木の後ろから緒川さんが現れる、不正解だったか~。

 

 最近、私は緒川さんから訓練を受けている。

 私のイカロスの戦闘スタイルを活かすには司令より緒川さんの技術の方が向いていると判断された為だ。

 

「次は加賀美さん、実際に分身を自分流に「再現」してみてください。ギアの機能を使っても大丈夫ですよ」

「はい、では行きます」

 

 まず意識を集中する、イカロスの表面の蝋を薄く、全身に纏う様なイメージ。

 

 そしてそれを崩さないまま、後ろに静かに急加速!

 

「これは……!」

 

 緒川さんの驚く声が聞こえる。

 私達の目の前には灰銀色の人型、一瞬風が吹いた事ですぐに崩れてしまったが。

 

「どうです?」

「分身というか空蝉ですね」

 

 そりゃそうです、セミの抜け殻をイメージしてやったんですから。

 

「分身作って動かすのはちょっと無理そうですね、でもこれなら連続でやれそうです」

 

「そうですね、それにこれなら若干の質量や熱量もある為、視界だけではなくレーダーやセンサーを誤魔化す事も出来そうですね」

 崩れた分身の残骸を二人で触ってみたりして使い方について考える。

 

「問題点としてはやっぱりすぐ崩れる事でしょうか?」

「そうですね、後は移動方向の「面」は形成しなくていいでしょう、そうすればもう少し早く形成できる上に持続時間も長くなるのではないでしょうか?」

「やってみます」

 

 二度目のチャレンジ、今度は反復横跳び、それぞれ進行方向の側の蝋を形成せずに、跳ぶ!跳ぶ!

 

「思ったとおりです、やっぱり移動の際に引っかかって崩れていた部分が無くなった事で加賀美さんの移動速度も上がってますし、これを基準として訓練していきましょう」

 

 

 フィーネという敵が居なくなってもこうして訓練を続けるのはノイズと戦う為、だけではない。

 ……この先、もしかしたら一生、この「イカロス」とは付き合っていく事になる。

 おまけに私は「検体」としても重要らしいので、ガードこそ付いているが。

 いざという時に自分の身を守れるだけの力を持っておく事に越したことはない。

 

 しかし。

 

「これで後は最低でも「影縫い」と「雲隠れ」だけですね。特に影縫いは加賀美さんにピッタリな技なので」

「いつも気になるんですけど、あれ一体どういう理屈で相手の動き止めてるんですか」

「それは加賀美さん自身の目で確かめ、自分で再現してください」

 

 司令の特訓もそうですけど緒川さんの特訓も大概難易度高いんですよ。

 

 本物の忍術の深遠を覗く様な訓練に、まるで私の闇はタンスの上の埃ですよ。

 

 

 

 

 緒川さんの特訓を終え、くたくたになって家に戻る。

 今日で終わりではない、たった一日で忍術が身につけば「耐え忍ぶ」みたいな言葉はない。

 これからしばらくこれが続くのだ。

 

 おまけに宿題として出された寝る前の筋肉トレーニングもある。

 

 若干げんなりしながらもパソコンを立ち上げる。

 

 配信だ、配信こそ私の安らぎだ。

 

『ドゥードゥやります』

 「おりんの声がし……死んでる……」「萌え声を出せ」「萌え声で殺意をばらまけ」うるせぇ!今日も今日とて滅茶苦茶疲れてんだ!好きにさせろ!

 

 ゲームを立ち上げデータをロード、即座にチャプター再開で走り出す。

 ドゥードゥは爽快系FPS、銃!敵!射殺!だけだ、難しい事は何も無い。

 

『オラッ顔面粉砕させろ!死ね!』

 「死ねとかいっちゃいけない……」「おりんのリミッターが外れている」「敵の顔面を的確に破壊しながらスライドホップする様はまごうこと無き変態」暴力はいいぞぉ、全てを解決してくれる。

 

『なぁにが地獄のデーモンですか!こちとら闇そのものだぞ!』

 「デーモン相手にイキるな」「やっちまえ!」「闇(ただの陰キャ)」うるせぇぞ!

 

『はぁ、ステージクリアまで14分34秒、これならまだまだ進めそうですね』

 「キルスコア相変わらず頭おかしくて草」「片っ端から殺してたからな……」「おりんはパリピデーモンを生かしてはおけないからな……」そうですね、人肉パーティするデーモンを許す理由はない。

 

 ……実際この世界にデーモンみたいな怪物が侵略してきたらどうなんでしょう、やっぱり私達の出番になるんでしょうか、ノイズを相手にするみたいに。

 

 有り得ない話ではない、月が欠けたり、先史文明があったり、何万年も転生する女がいたり、もう何が起きてもおかしくはない。

 それこそ次は月が落ちて来る、なんていうのもあるかもしれない。

 

 そうなったらどうするんだろう。

 

『もし月が落ちて来るとしたらどうしたらいいんだろうねー』

 「地球外脱出」「月を破壊!」「月にブースターをつけて軌道を戻す」「何?月が綺麗だねって?(難聴)」誰が愛の告白じゃい、とはいえどれも現実的じゃないなぁ。

 

『脱出って、やっぱりあれだよねぇ、脱出船に乗れるのは選ばれた民だけだとか……』

 「おりんも俺達も乗れない奴だな」「俺達はおりんと運命を共にするよ」「世界最後の日を配信しろ」そうだよねー、私は乗りたいとは思わないかな。

 でも翼さんには脱出船に乗ってて欲しいと思う。

 

 私のいなくなった後でも、翼さんに生きていて欲しいと思う。

 

 あーなんか湿っぽい事考えてしまうなー。

 

 やっぱりこの体のせいかなぁ。

 

『ちなみに話変わるけど、おりんとて永遠の命を持っている訳ではないのでいつか死ぬ日が来るだろうけど、その時皆はどう思う?』

 「おりんより先に死んでるだろうから関係ない」「先にあの世で待ってる」「あの世でも配信しろ」配信しろ兄貴はそれしか言えんのか!まったく!

 

 「ぶっちゃけおりんが死ぬビジョンが見えない」「おりんならゴキブリよりしぶとく生き残るよ……」「死にそうなら助けを求めろよ」全く、無責任な事を言ってくれる。

 

 

 少し気が楽になった。

 

 


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