萌え声クソザコ装者の話【and after】   作:ゆめうつろ

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「詩織」の心

 サンドイッチを食べる、――の味がする。

 コーヒーを飲む、――の味と香りがする。

 

 テレビを見る、動く映像と光の形が見える。

 窓から景色を見る、きちんと青い空と、灰色の街と、白黒の木が見える。

 

「大丈夫、もう無くすものは、ない」

 

 広報としての活動も、しばらく休み。

 

 せっかく広報用に用意した持ち運び用のカメラ付きのパソコンも出番はしばらく無し。

 

 

 …………。

 

 適合率100%、侵食率100%、私は名実共にイカロスと一つになった。

 もはや頭を悩ませていたリスクは何処へ消えたのやら。

 

 自由自在に蝋は溶けたり固まったりを繰り返し、血や肉の様に動く。

 融点も自由に変えれるから前みたいに熱いモノを飲んでも勝手に蝋が剥がれたりしない。

 

 体は不調にならなくなったし、心も変な「万能感」に支配されなくなった。

 

 これ以上の事はない。

 

 

 

 私はこれ以上なく「完全」、いいえ「完成」した。

 もう成長する事も体重の事で頭を悩ます事も、肌のケアなんかを気にする事もなくなった。

 

 ある意味、永遠の若さみたいなものを手に入れた。

 

 パソコンだって、自由自在に操作出来る様になった。

 絵心はなかったけれど、マウスを動かす事なく絵を描くことも出来た。

 

 

 何もかも満ち足りているのに、この空虚さは。

 

「謹慎かぁー」

 

 何もする事がない、それ即ち暇である。

 まさか生涯のうちで謹慎を味わう日が来るとは思わなかった。

 

 

 …………。

 私が悪い事をしたのは事実。

 でもじっとしているのもまた苦痛。

 

「しますか、配信」

 

 有線カメラを接続、一部操作はやっぱり体でやった方が早い。

 

 体は大丈夫か、変な事になってないかも鏡でチェック。

 

「ゲームは、どうしましょうかね」

 

 せっかくなんだから、人間の限界を超えたプレイをしたい。

 

 この体で出来る事を確認しておくのも大事です。

 

『はぁい、ゲーム配信です。ゲリラです』

 「告知しないなんて珍しい!」「うわ!おりんだ!」「しばらくぶりのおりんだ!」「大丈夫?」休日の昼間だというのにリスナー数が瞬く間に5000を超える。

 

『今日はストライクファイターのネット対戦やります、パスはかけません、好きにどうぞ』

 

 ストライクファイターは格闘ゲーム、そんなに難しい操作はないが相手の動きをいかに見切れるかが鍵になる。

 

 さすがにイカロスの蝋とはいえネットワークの中にまでは進入できないので、進入先はコントローラーまで。

 今とても悪い事をしている気分だ。

 

『じゃあキャラはザンで行きます』

 

 投げ技の得意な重量級ファイターだ、すると対戦相手が入ってくる。

 

『なんで的確にメタりに来るんですか!』

 「イキりん失敗」「おまたせ」「20年変わらぬ戦術」「伝統芸能」

 

 相手はガイ、技の出が早い上に飛び道具の無いザンの天敵だ。

 

『ええい、やってやりますよ。今日の私は阿修羅すら凌駕しますから見ててくださいよ!』

 

 コントローラーを掌握、このメタりに来た奴をボコボコにして格ゲーうま配信者の名を手にいれてやります。

 

 レディ、ファイト。の文字が映った瞬間に距離を詰める様に入力する。

 

 画面を移動するザン、しゃがむガイ、遅い、このスピードなら技を出されるよりも速く……

 

『なんでぇ!今技出たじゃん!』

 「判定負け」「やっぱりな」「キャラ相性の差は……」「イキり失敗配信者」うるせぇです!スタートダッシュは失敗しましたが、今度はイカロスの能力使って見切ってやりますからn……

 

『飛び道具やめえや!起き上がりに重ねてくるな!』

 「入力遅すぎィ!」「あっ(察し)」「そら(起き上がるのが遅いと)そうなるわ」あっクソ起き上がり狩られてラウンド落とした!

 

『ぐっ……ストライクファイターやめてドンパチやります』

 「えぇ…(困惑)」「諦めが肝心」「格闘で勝てないから射撃で勝とうとする女」「CPUにしかマウントを取れない女」ええい、格ゲーはやめです!相手の読みに勝てません!

 

『ドンパチ2周目指します』

 「果たしてイキれるのかおりん」「おりんの腕なら二周は出来るでしょう」「ノーミスで一周はいくと見た」一応STGは得意です、やってみましょう。

 

 再びコントローラーに意識で操作するが……。

 

 これ、普通に体で操作したほうが、普通に反応いいですね……。

 

『はい、一周目アイテム取得、1ミスでクリアです』

 「イキりん」「序盤の動きが悪かった様だが」「慣れてなかったんでしょう」さすがにイカロスの能力で操作してたとはバレませんでしたね、というか能力より体使ったほうがマシって……。

 

『え、二周目こんなに弾幕濃いの?』

 「即堕ちイキり配信者」「あっ(察し)」「これは……ダメみたいですね」クソァ!!

 

『えっあっあっ……終わった……』

 「クソザコナメクジ」「やっぱりおりん」「所詮はおりん」「機械にもマウントを取られる女」

 

 難易度があまりに高すぎてあっけなく終わった、これは痛い……。

 

 時間もまだまだダダあまり。

 

 何か少し――そうだ。

 

『じゃあ残った時間、空中散歩と行きましょうか』

 「えっ」「えっ」「マ!?」「まさか!」

 カメラ付きPC一つを手に、私は窓に足をかける。

 

 なんだか、少し悪い事をしたい気分です。

 

 

 背中には蝋で出来た羽、超常の揚力と推力によって飛行を可能とする、人にはないモノ。

 シンフォギアシステムとしての展開ではないので波形で特定される事もない筈。

 

 流石に人に見られても大丈夫な様にキチンと「外装」はシンフォギアのモノへと変え。

 

 いざ行かん、空中遊覧配信。

 

『そーらはきれいだなー皆さんもそう思いますよね』

 「いかんいかん危ない危ない……」「やばいて!」「高所はやめてクレメンス…」はっはっは見てください、高所から望む絶景。

 

 カメラとパソコンをイカロスで繋いでやっているおかげで両手はあいてるので、指差したり、曲芸飛行したり。

 いい気分です。

 

 いい気分……本当に。

 

 …………。

 

 わかってる、この空虚さも、胸の苦しさも、全部知っている。

 

 翼さんに泣かれた、立花さんに泣かれた、クリスさんも俯いて泣いてた。

 「私の心は死んでないよ」と言っても、皆泣いていた。

 

 早まったかなぁ、それとも、結末は変わらなかったのかなぁ。

 

 その時だった。

 

 「おりん!スカイタワーから煙でてる!」「マジだ!」「仕事の時間だぞ!」

 コメントが流れてきたので、私はスカイタワーの方を向く。

 

 確かに、黒い煙が上がっているのが見える。

 

 これは、見過ごす訳には行きませんね。

 

『報告ありがとう、今すぐ向かいます』

 

 そのまま、私は聖詠無しでイカロスを「シンフォギア」形態に移行する。

 

 以前にも増したスピード、安定した出力なら40秒もかからない。

 センサーでまずは周囲を様子を窺い……ノイズですか!

 

 タワーの周囲を囲うノイズの群、カメラと放送は……切ってる場合じゃないですね。

 つけたままでいいでしょう。

 

 ロックオン、レーザー開放。

 

 これで外側のは大方、やれた筈。

 しかしタワーの中にもノイズが居るのが見えますね。

 

 そのまま突入します、破壊された外壁から進入、ノイズに機関銃を撃ち込む。

 やはり適合率が100%となった事で威力は上がっています。

 秒間発射数も、貫通力も!

 

 っと、上からノイズがすり抜けて来まし……

 

「ハァッ!!」

 

 黒い風がノイズを切り裂いた?

 いやアレは……。

 

「マリア……いやフィーネ!!」

 

 あれはフィーネの筈、だけど何故ノイズを攻撃した?

 それに抱えている女性は誰だ?

 

「貴女は……加賀美詩織!」

「警告します、速やかに投降してください。そうすれば命の保証は……」

 

 

「きゃあ!助けて!!」

 人の悲鳴、私はすぐさま全方位視界に変更し、後ろを確認する――がそれよりも早くフィーネが動いた。

 

 その槍の一撃は、寸分の狂い無くノイズを貫く、何故?

 

 どうしてノイズと戦っている?

 

「早く避難しなさい!」

 

 それに、人を守ってる?どういう事?

 

「フィーネ、どういうつもりですか」

「………どうもこうも無いわ、ただ私は私の……」

 

 

「居たぞ!撃て!」

 っと!次から次へと訳の分からない事態が襲ってきますね!!

 今度はどこの奴らですか!

 

 しかも私ごと、撃って来ました!

 イカロスのフェザークロークを防御モードで展開、目の前のフィーネもマントでそれを防ぐ。

 

「うわぁああ!」

 

 だが逃げ遅れていたであろう人が、撃たれた?

 

 こいつらは、敵という事でいいのですか?

 

 なら。

 

「そこの集団、私は日本政府の――」

「構わん撃て!!」

 

 腹に5発、頭に2発、胸に4発、当たってしまいましたね。

 

 随分殺意満々じゃないですか……!

 

「おかげで蝋が垂れてきちゃったじゃあないですか……!」

 一部は肉を突き破って刺さったが、私を殺すには至りません。

 

「バ……バケモノだ!!」

 

「あなた達よりは人らしいですよ!!」

 

 久しぶりのマルチランチャーを展開「ネット」で謎の武装集団まとめて捕まえる。

 

 さて、残るは……。

 

「私の……私のせいだ……」

 ……撃たれて倒れた人を見てそんな事を呟くフィーネ……違いますね。

 

 フィーネならそんな事はしないでしょう。

 

「マリア・カデンツァヴナ・イヴ、どういう状況か。教えてもらいましょうか」

 

「……マリア、屋上から脱出を」

 その時、マリアに担がれていた女性が初めて言葉を発した。

 彼女もまたマリアの仲間なのだろうか。

 

「待ってくださ……!」

 止めようとした瞬間、目の前の床が盛り上がり、崩れ始めた。

 

 マリアは放って置いても大丈夫そうですが、目の前の確保した「テロリスト」をみすみす死なせる訳には行きません。

 

「くそったれですね」

 とりあえずネットで纏められたテロリストどもを回収して、突入した場所と同じように脱出する。

 

 するとスカイタワー上部が爆発、本当に……。

 

 まったく、訳の分からない事ばかりおきまs……。

 

 しまった……。

 

 配信続けたままでした。

 

 

 ……これはお叱りで済みますかね……。


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