萌え声クソザコ装者の話【and after】   作:ゆめうつろ

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せっかくなのでいつもと違う書き方をさせていただく!


番外編:終着点/フェネクス/風鳴翼から見た加賀美詩織

 

――終着点――

 

 その男は、まともではなかった。

 その女は、善良とはいえなかった。

 

 そんな二人の間に生まれた娘は、愛を知らず、いずれ全てに絶望して死ぬ運命にあった。

 

 だけどそうはならなかった。

 「世界で一番綺麗な歌」が、彼女に生きる意志を与えた。

 

 

 

 興味すら持たなかった娘がいつの間にか、大きな存在となっていた。

 世界にその姿を晒し、世界に真実を示し、世界を少しずつ変えていく存在となった。

 

 だがそれでも父には娘などどうでもよかった。

 彼の愛するものは娘でも妻でもない、そして己でもない。

 過去に失った憧れの人に未だ囚われ、今日にも未来にも生きていない。

 

 想い出に縋り、ただ無気力に存在しているだけでしかない。

 

 

 女にとって、娘は正直疎ましい存在だった。

 それは自分を捨てて逃げた母を思い出すから、孤児院で疎まれながら育って、無価値だと思い知らされたから。

 娘が命を懸けて、戦っている事も知っていた。

 それが余計に疎ましく思えた、自分に何の価値もないと余計に思わされるから。

 

 彼女は自分に価値を見出せなかった。

 

 

 加賀美詩織の両親は、どちらも生きている振りをしただけの死人であった。

 

 過去に囚われて、何も見なくなってしまった、亡霊でしかなかった。

 

 

 

 詩織と違って、二人はもう前に進む事もできない。

 

 

 

「まさか、こんなに早く両親の墓を見る事になるなんて思いませんでした」

 

 6月の雨の日、一人で詩織は両親の墓の前に立っていた。

 二人が失踪して一週間、車で練炭自殺していた所を山中で警察に発見された。

 それを政府関係者経由で知った詩織が二人の墓を建てた、無縁塚に送られる事だけは避けたかった。

 

 葬儀は行えなかったけれど、それでも自分をこの世に生み出した両親だったから。

 すくなくとも、生存させてくれた両親だから。

 

 大切な友と出会う理由をくれた両親だから。

 

 愛はなかった、ただ惰性で生かされていた、だけど。

 

「恨みますよ、本当に」

 

 胸が痛くなった、両親に愛する事を教えたかった、生きる事はこんなに嬉しいんだと教えたかった。

 

 だけど、それはもう叶わない。

 

 生きている振りをしていた亡霊達は静かに居なくなっていた。

 本当の意味で死んでしまったのだ。

 

 自分の生まれた日に、一人で両親の墓参りに来る虚しさに詩織は溜息をついた。

 涙は流れなかった、両親の死は一生、ただ一人覚えていればいいと思ったから。

 

「私は、生きます……あなた達と違って、死んでる様には生きませんから」

 

 それが彼女が決めた両親への、唯一の恨みの晴らし方。

 ――最期の時も笑顔でいてやる。

 

 そう心に決めて、彼女は墓場を後にした。

 

 

 

 

 

――フェネクス――

 

 喉が痛い。

 ひどい声が出る。

 自分のいつもの「可愛らしい声」が出せない。

 

 歌声もひどいもので、誰もが耳を塞ぐ。

 

 

 ひどい夢をみた。

 フェニックスについて調べていた詩織がふと見つけた項目に「悪魔」の文字があった。

 

 ――序列37番の大いなる侯爵、詩作に優れ、話す言葉も自然に詩になるが、人間の姿を取った時は、耳を塞ぎたくなるほど聞き苦しい声で喋るという。

 

 

 「まったくもって嫌なモノを見た」と詩織は思った。

 自分をここまで生かしてくれた「この声」を奪われるのはかなり堪える。

 

 それが3度の死を覆してくれた対価であっても、少しばかりキツさが違う。

 仮にフェネクスの概要どおりになるとして、人間の姿を捨てるか、声を奪われるか、まるで人魚姫の選択だ。

 

 でも声を奪われるのは勘弁願いたい、姿ばかりが人間じゃない、「私の心」を届けたる声だけはこのままでありたい。

 もしも、異形の姿になってしまっても皆は私を受け入れてくれるだろうか、いや……受け入れてくれるだろう。

 たとえ、世界からバケモノだといわれようと皆は受け入れてくれる。

 そんな確信が詩織にはあった。

 

 悪魔の姿でも、人の心のままで歌い続ければ、いつかは届くと信じている。

 

 人を人たらしめるのは心である、それだけは3度死んで蘇っても、捨てたくはない。

 

 

 

――風鳴翼から見た加賀美詩織――

 

 彼女が自分を見る目は、いつも輝いていた。

 二課に装者候補として連れて行く時も、立花響への愚痴を零す時も、初めて友と呼んだ時も。

 

 最初の頃は歌女としての風鳴翼に目を輝かせてるだけだと思っていた、だが長く付き合っていくと多くの事を知る。

 

 彼女は配信者だ、自分の様に少しでも誰かに幸せを与えたいと思いつつも、それによって自分自身が救われる事も知っていた。

 彼女は「風鳴翼」という人間そのものを崇拝している。

 幻滅される事を恐れ、距離を置こうとする。

 一人で全てを背負い込もうとする。

  

 だからあらゆる手段で繋ぎ止めたいと思った、そんな寂しいだけの生き方をさせたくないと思った。

 かつて天羽奏によって貰った様に、彼女にも人を信じる強さを、友がいる喜びを教えたいと想った。

 

 だから友として側に在ろうと思った。

 奏の様に彼女に多少強引だけれど距離を詰める様な事をしてみた。

 小日向未来の冗談を真に受けたフリをしてからかってみた。

 彼女の配信に姿を出して、彼女と共に配信をしてみた。

 共に歌った。

 

 

 そのおかげで、彼女は変わった。

 

 皆の為に「生きよう」と変わった。

 

 

 だけど運命は残酷だった、彼女は世界にその姿を晒した、観衆の前で装者としての姿を晒せない自分に代わり戦った。

 その結果、彼女は「広報装者」として世界と向き合っていく事になった。

 当然、二課の大人達が彼女を支えようとするけれど、悪意全てを防ぐ事は叶わない。

 でも彼女は悪意さえ受け止めようと強くあろうとした。

 

 慣れない人目に体調を崩そうと、皆の為にあろうとした。

 

 けれど重ねて残酷な現実が続く。

 立花響の融合症例の進行を防ぐ為に戦おうとして、隠していたイカロスの侵食さえ晒す、やがて人間の体さえ捨ててまで皆の為にあろうとした。

 そんな彼女の姿に心が苦しくなった。

 

 

 結果として「奇跡」に彼女は救われた、神獣鏡の光によって蝋の怪物へ変わる運命は避けられた。

 

 それでも、完全に安心は出来なかった。

 侵食したイカロスは失われたけれど、彼女の心臓には「異物」が残っていた。

 皆、それを知っていて隠していた。

 

 やがて、3度目の命の危機で彼女はそれを知る。

 「命」を対価として力を得る事が出来ると。

 

 彼女は皆の力になろうとした、皆を守ろうとした。

 シンフォギアを纏えない自分達の代わりに、限界まで戦った。

 けれどそれは、自分達が必ず助けてくれると信じてたから出来た事だと彼女は語った。

 

 いつの間にか、守るべき存在と思っていた彼女は自分達と共にある存在に変わっていた。

 

 それは世界と向き合う「広報」としての彼女も同じで、彼女のおかげで世界が自分達に向ける目も変わっていた。

 ただ歌を武器としてノイズと戦うだけの存在でないと、何度も語りかけ、犠牲者を減らそうと何度も対策などを語り、時に向けられる世間の悪意を盾となって受け止める。

 

 本当に頼れる仲間になっていた。

 

 でも、同時に変わらない所だってあった。

 相変わらず風鳴翼という存在の為なら自分を投げ出しかねない危うさ。

 

 自分を大切にする事を覚えたとはいえ、やはり不安な部分は残っている。

 キャロルとの決戦においても、結局イカロスが使えなくなって「命」を燃やして対抗しようとした。

 

 結果、なんとか生き残ったがそれでも「彼女には自分を大事にして最後まで生きて欲しい」と思った。

 

 ただそれだけじゃない。

 どんなに信頼と絆を重ねても、歌女としての風鳴翼のファンの一人であり、友であり、仲間であり、夢を応援してくれる。

 

 「自分が見てないと確信している配信」の時は少しばかり恥ずかしいぐらいに語ってくれるのを知っている。

 

 

 風鳴翼にとって、加賀美詩織とは頼れる仲間であり、危なっかしい友であり、自分のファンである。

 それはこれからも変わらないと信じている。

 

 信じている。


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