萌え声クソザコ装者の話【and after】 作:ゆめうつろ
現実とはいつだって「こんな筈ではなかった」に溢れている。
加賀美詩織と立花響が夏休みだというのに学校に来なければならなかった。
世界を救ったというのに、少女達の手には重い「荷物」があった。
追加課題が出されたのだ。
「ありえません……まさか歴史まで……」
「あはは……出席日数免除じゃなかったんだ……」
テストで数字こそ出したものの、二人は「欠席」があまりに多すぎた。
それが「仕事」の都合でも、免除される事はなかった。
響達は元から課題の免除自体がなかったが、詩織は一度「広報」の仕事を降りる事となった為、免除が取り消しとなったのだ。
「というか響さん、休みましょう、暑すぎます……」
「詩織さん……大丈夫?」
「あんまり大丈夫じゃないです……そもそも今日朝から呼び出しが来るとは思ってなくて寝てないんですよ」
「徹夜はダメだよぉ!いくら夏休みでも!」
「オンラインマッチ立てたら思ったよりリスナーの集まりがよくて、なかなかゲームを終われなかったんですよぉ」
詩織は入院中に配信を出来なかった憂さを晴らす様に毎日夜遅くまで配信を続けていた、その内容はゲーム、ゲーム、ゲームひたすらゲーム、オンライン対応で視聴者参加型にしてプレイするのはメックフォール2、発売から2年経ち国内プレイヤーが減ってきた所にやってきた70%オフセールで907円、詩織はこれをチャンスとメックフォール2の布教を開始。
そのおかげでいつもプレイするには人数が少ないルールまでプレイが出来ると、張り切りすぎた結果がこの徹夜明けである。
徹夜明けというのは想像以上に少女の体には負担が大きい、かつて詩織が徹夜配信中に嘔吐したのも体に掛かる負担と脳に掛かる負担の両方が限界を迎えた結果だ。
「いいですか響さん、徹夜は結果なんです。寝るだとか、起きるだとか、そういう結果の為に徹夜するんじゃないんですよ」
「詩織さんが何言ってるのか全然わかりません!」
「……脳が限界そうです、とりあえず栄養補給しながら休憩しましょう」
夏の暑さと増える課題、そして徹夜明けという現実に加賀美詩織の脳は限界だった。
リディアンに通う生徒がよく利用するハンバーガー店も、夏休みという事で人は少なかった、二人はレジでメニューを見て朝食を選ぶ。
「ハンバーガーセット2個、アップルパイ4個ください、飲み物は両方アイスコーヒーで」
「えっ!詩織さん?私自分で」
「懐には余裕があるので、響さんも好きなものを頼んでください」
「え……」
響は気付いてしまった、ここのハンバーガーセットはそこそこボリュームがあり、よく食べると自負している響ですら1個で十分だというのに、詩織は二つも頼んでいる。
「詩織さん……二つも食べるんですか……?」
「当然でしょう、後3セットは入りますよ。それより早く選ばないと他のお客さんが並んでしまうでしょう」
「……じゃ……じゃあ私もハンバーガーセットで、飲み物はコーラで……」
「ちゃんと食べてるのですか?夏バテ気味ではありませんか?」
「あ、朝はちゃんと食べてるので!」
「そうですか、ならいいです」
詩織から見ると、ハンバーガーセットの一つなど軽食にも入らない、おやつみたいなモノだ。
だから「好きなものはごはん&ごはん」と言っていた響はもっと食べると思っていた。
だが、そうではなかったので「調子が悪いのかな」と詩織は心配になったが、きちんと朝食を食べてきたという言葉に納得して、追加注文はしない事にした。
詩織はかなりの健啖家である。
それこそ一ヶ月で米を一袋消費するレベルの。
育ちの影響もあるが、彼女の胃の許容量の大きさが最大の原因である。
おまけに栄養吸収効率が悪いのかふとらない。
「とまぁ、課題増えましたけど。響さんはどの程度進みました?」
「2……2割……」
「私は配信中にもやってるので今4割ですね……そういえば切歌ちゃんと調ちゃんはもう課題終わらせてましたね……」
「はぁあ……気分が重いですよぉ」
「正直、響さんより課題量が多いので……ぶっちゃけ私は終わる気がしませんよ」
「詩織さんって勉強できるイメージがありましたけど」
「得意教科は得意ですよ?ダメな奴が多いだけで」
「あっ……」
響は授業中に上の空になったり、寝てしまう事が多いだけで、頑張れば出来ない事もない。
けれど詩織は違う、興味の薄い事は頭に入ってこないし、すぐに忘れるのだ、おまけに出席数も少ない。
そのおかげで響より詩織の方が課題量が多い。
力のバカ1号「立花響」技のバカ2号「加賀美詩織」雪音クリスが彼女等の成績を評価する時に思い浮かんだ言葉だ。
「それにくらべて翼さんもクリスちゃんもすごいね……」
「翼さんはアーティスト活動と装者としての活動も両立してましたし、クリスさんはてっきり勉強は苦手だと私も思ってましたよ」
「それがまさか裏切られるなんてぇ……」
「裏切ったのはクリスさんじゃありません……私達の努力の足りなさです……」
「まぁそうですよね」
詩織は話しながらも凄い勢いでテーブルの上のハンバーガーを処理しつつ、ポテトを摘む。
その速度に若干引きながらも、響も頼んだセットを食べ進める、正直朝食を食べてきているのでキツさがあるのは秘密だ。
「とはいえ、ちゃんとわからない所とか小日向さんには聞けてます?」
「あ、あはは……やる時は聞いてるかなぁ」
「私はリスナーに解かせてますね」
「それズルいよ!?」
「いいんですよ、課題なんてそんなので。頼れるものは頼る!それが人間ですよ」
「詩織さん……」
いい話風にまとめているが普通にダメである。
ゲーム配信を開始する前にごく自然にリスナーに問題を解かせる詩織、当然ながらこの事を学校は把握している。
学期が始まれば今以上の課題と補習が詩織に降りかかる事を、彼女はまだ知らない。
「結局卒業できりゃいいんですよ!それより先の事なんて今考えても仕方ありませんて」
「それもそ……いえいえいえ、将来の夢だとかはないんですか詩織さん!?」
「ありゃしませんよ、まぁ何も無いといえばウソですが」
「その夢の為に努力するとかないんですか!?」
「じゃあ聞きますけど響さんの夢には勉強いります?」
「た……多分!要る!と思う!」
少しブーメランが刺さった感じの響であったが詩織のあまりもの適当さに「将来的に勉強はやはり必要になるのでは?」と少し考え直し、課題はきちんとやろうと決意した。
「ふーん、そうですか……ちなみに私は必要になったらやると思います」
「……詩織さんの夢、聞いてもいいですか?」
「まず夢を見つけるって夢ですね、それで翼さんにいの一番にその夢を聞いてもらう事、それが私の今の夢です。まぁ……まだまだ何がしたい、だとか決めてはないんですけどね」
「いいと思います、夢を見つける事が夢っていうのも」
かつての詩織には何もなかった、夢も、明日も、考える事すらなかった。
けれど今は違う、何が出来るか、何がやりたいか、そんな事を考えるようになった。
「まぁ、その為にもまずは一にも二にも課題を終わらせて無事進級する事ですね、留年しようものなら目も当てられません。私なんか世界に留年がバレますからね」
「ひぇ……恐ろしいですね……」
「恐ろしいですよ「世界の明日の為に留年した女」なんて呼ばれたりしようものなら傷ついちゃいますよ」
「……詩織さんは怖くないんですか?そうやって世界に何もかもを知られる事って」
いつも響は思っていた、配信をやる事、それは世界に自分の事を知られるという事で、かつて自分達に心無い言葉なんかを投げつけてきた者達の様な悪意にも触れる事になるのではと。
「ええ、ぶっちゃけ麻痺してる、というのに近いんですけどね……ある程度大きくなると一定数の「悪意」はいつだって感じます、でも今は「それで?」ってなってしまうんですよね。「私にはそれ以上の味方がついてるぞ、もし味方がいなくても私は皆の為戦うぞ」ってなるんです。響さんも戦ってればそう思う事ありません?」
「……あるかも」
「はっきりいって、参考になるかわかりませんけど。自分の為だけじゃなくなったから怖くなくなった……みたいな所はありますね、大義名分という奴です」
詩織はただの配信者であった頃はやはり、あまりに多くの目に触れる事は怖かった。
けれどこうして「戦い」である事を意識する様になってきて、それ以上のやりがいを感じてきた。
「だからでしょうか、今は怖くない、怖くはないんですよ」
だから今日も笑って配信できる、ただ配信する前にちゃんと寝て体力回復しよう。と思う詩織であった。
「うっ……」
「どうかしました詩織さん?」
「やばいです、詰め込みすぎて気分が……」
「えっえっえ……もしかして……」
「吐きそう……」
徹夜明けに胃にモノを詰め込むのは、危ないのでやめよう。
さもなくば地獄を見る事となる。
詩織さんの様に。
一つ学んだ響であった。