萌え声クソザコ装者の話【and after】 作:ゆめうつろ
体を壊した、文字通り無理が祟って高熱を発している。
このザマでは配信もままならないので今日は大人しく休む事にする。
こうして一人で静かにしているのは久しぶりな気がする。
配信をしているとはいえ、私は一人、生まれてこの方友達なんていないし、両親も私を見ている余裕はあんまりない、でもそれでいい、それで落ち着く。
首を動かして部屋の中を見れば、翼さんのCDが目に入る、今の私と翼さんとの関係って何だろう?
学校での後輩、装者としての後輩、それだけだろうか。
翼さんの「立花さん関係の愚痴」を聞いていた頃があったけれど、私は翼さんのプライベートなんかをあんまり知らないし、あの頃は更に愚痴の原因たる立花さんにも絡まれててそれ所じゃなかった。
立花さんに関してもそう、彼女が親友と仲違いしたり悩んだりしているのは知ってるがその親友が誰かは知らないし、立花さんが今までどういう生き方をして来たかも知らない、そしてどうして装者になったかも知らない。
結局、会話する事は出来ても、相手の事を深く知る事はない。
私に友達が居ない理由。
無駄に知りすぎて幻滅したくない、知られすぎて幻滅されたくない。
例え私の全てを曝け出しても受け入れてくれたとして、私が相手を受け入れられないかもしれない。
こうやって言い訳を考えてるが結局の所、一人で傍観している時が一番落ち着くのだ。
一人では生きられないけれど一人でありたい、という矛盾。
そういえば、自分を変えてみようと人付き合いをしていた頃もあったなと思い出す、結局あの時もクラスの委員の仕事なんかを抱え込んで最終的に潰れてやめたんだった。
私の許容量はそんなに多くない、だから今している事もキャパオーバーなんだろう。
この仕事、もう少ししたらやめよう。
そして配信に専念しよう、そうしよう。
そうと決まれば体を治すに限る、早く治して、やめる事を伝えよう、確か一ヶ月前までにやめる事を伝える必要があるんだっけ、機密保持の契約とかもあるから色々大変そうだけどやめるべきときはキチンとやめるべきだ。
私は仕事の為に生きているのではない、生きるために仕事をしているに過ぎない。
自由に生き、自由に死ぬのだ。
ならばとりあえず退職願だけは書いておこう、結構ふらつくが起きられない程ではない。
パソコンを立ち上げ、退職願のフォーマットを探してテキストを打ち込んでいく。
肉体的、精神的に限界である事を告げれば問題ないだろう。
簡単に書き上げた文章を印刷し、封筒に「退職願」の文字を書く。
これで過労生活から脱却する為の準備は整ったと布団に戻ろうとした時、滅多にならない筈のインターホンが鳴る。
居留守を使う。
またインターホンが鳴る。
居留守。
インターホンが鳴る。
居留守。
…………もう鳴らない、帰ったか。
と二課で支給された端末に着信が来た、相手は……翼さんだ。
「はい……?」
『加賀美……良かった呼び鈴を押しても出ないから心配したわ』
「へ?」
は?なんで?なんで翼さんがウチを知ってるの?というかウチに何の用?
「すいません、何の用事ですか?」
『見舞いよ、体調を崩したって聞いて』
見舞い……?翼さんが?……なんで?
「すみません、今扉を開けに行きます」
とりあえず翼さんを外に待たせたままにする訳にはいかない、体に力を入れて玄関へと向かう。
しかし何故、突然翼さんが見舞いに来たのだろう?翼さんが入院した時はこちらから見舞いに行く事もなかったのに。
陽の者の考える事はわからない、まったくわからない。
「すまないな、休んでるところを」
「いえ、少し起きてましたから」
「む……その割りには呼んでも出なかったわね?」
「来客の予定はなかったので」
とりあえず翼さんに家に上がって貰って……は?
……あの、あの、風鳴翼が私の家に……?
とりあえず落ち着け、体調が悪いのに「素」に戻るのは危険だ。
今までもそうしてきただろう?翼さんの愚痴を聞いているときも「雑」に振舞って乗り切っただろう?
雑に対応しろ、加賀美詩織、認めてしまえばお前は死ぬぞ。
「私はやっぱ装者には向いてないみたいですね、これぐらいでもう音を上げてしまって」
「そんな事はない、加賀美は……」
「いいんです、翼さん……私は装者を辞めようと思ってるんです、もう退職願も用意しているんです」
「どうして……」
「私はあなた達についていけません、戦えなくて足手まといになるくらいなら自分から離れるべきなんです」
そうだ、今は謎の敵対者もいる。
争い事に巻き込まれるのは御免被る。
そういう事にしておこう。
「加賀美」
「なんですか?」
ん?体が動きませんね?
なんか圧迫感ありません?
なんかホットな感じがしませんか?
翼さんに抱きしめられてませんか。
「ちょ……っと……はな……はなしてください」
「加賀美は全部一人で背負い込もうとしてる、少し前の私みたいに」
「ちがっ……ちがいます!無理なんてしてません!ただ私は私の身の丈にあった行動をですね!?」
は……やば、翼さんめっちゃあったかい、それにやわらかさと力強さが合わさってこれは……天国かな?
しかも翼さん背高いから胸に当たって……いけない……これ以上は。
「加賀美…?加賀美!?」
鼻から熱いモノが出た。
間違いない、鼻血だ。
「かひゅ………つ…つばさ…さんちょっと……離れて……おちつかせて……」
うぐはぁ……私の汚い血ならぬ地がつい露出してしまった……。
今間違いなく私は「欲情」していた、このクソナメクジめは翼さんの抱擁で達しかけていました。
「大丈夫!?すぐに病院……いや二課の医療施設に!?」
「大丈夫です……あんまり大丈夫じゃないですけどそこまでじゃあありません、体温高まりすぎると鼻の血管が破れやすい体質なんですよ」
「そ……そうなの!?本当にそれだけなの!?」
「そうです、そうです」
くそう、認めたくないけど、認めたくないけど……慌てる翼さんかわいいし……甘えたい……でもダメなものはダメだ、このナメクジ以下の私で翼さんの手を汚させるわけにはいかない……。
はぁ、今すぐ蒸発してしまいたい……。
なんとか落ち着いて止血、鼻に保冷剤を乗っけて翼さんに膝枕をしてもらう私。
さっきと状況あんまり変わってなくないですか?死にますよ私これ。
「加賀美は私の愚痴を嫌な顔もせず聞いてくれた、それに本来私が支えるべきだった立花を支えてくれた。感謝してもしきれない」
「私に出来るのはそれくらいです、共に並んで戦えるのは立花さんですからそっちの方を気にしてあげてください」
「そんな寂しい事を言わないで欲しい」
「はぁ……はぁ。とにかくお礼は受け取りました、明日には体調を戻しておきたいのでそろそろ休ませてくれますか」
とにかくまた脳味噌が沸騰して爆裂する前に身を起こし、翼さんにはお引取り願う事にした。
これ以上居られたら寿命はいくらあっても足りない。
「すまない、でも忘れないで欲しい。助けが必要なら私はいつだって駆けつけるから」
助け、助けか……今すぐにでも欲しい、この現実から助けて欲しい。
ドアを開けると、夕陽が逆光になる。
翼さんが私に振り返って微笑みかける。
「だからまた明日」
「ええ、また明日」
ドアが閉まるのを見届け、私は崩れ落ちる。
「やば……やば……ですね」
陰の者があまりに美しき陽の者に近づきすぎると「やば」しか言えなくなるのは本当の様だった、やば。
結局、休みをとったのにまったく休まった気がしなかった。