萌え声クソザコ装者の話【and after】 作:ゆめうつろ
最後まで戦う、私の成すべきはそれだけ。
ソロモンの杖を取り込んだカルマノイズにより、バビロニアの宝物庫は開かれ、無尽蔵に溢れ出すノイズを前に世界は破滅の危機を迎えていた。
「座標はまだ出ないのかぁ!?このままじゃ人類平等に全滅だ!」
「やれるだけはやっている!黙して見ていろ!」
位相空間の狭間にある居城「チフォージュシャトー」そこにいたのはウェルと詩織、そして金髪の錬金術師少女キャロル。
かつて非道な研究さえも良しとした二課も既に壊滅し、残っているのは持ち出せるだけ持ち出したリンカーと除染用の道具一式、そして天羽々斬の欠片の予備だけだ。
崩れた壁から外の様子を伺いながら、詩織は静かに胸の傷跡をなぞる。
――きっと、これが私が生かされてきた理由なのかもしれない
このままいけば、後3日も経たずに人類は死に絶え、世界は滅ぶだろう。
その前にソロモンの杖をカルマノイズから奪還し、バビロニアの宝物庫を閉ざす。
この世界で今、カルマノイズと戦えるのはただ一人、
「加賀美詩織、お前も休んでおけ、これが正真正銘最後の休息になるだろうからな」
「……最後ですか」
「……ああ、勝つにしろ、負けるにしろお前は生きて帰れない」
そして、カルマノイズの居るのは別次元にある「宝物庫の中」だ。
キャロルが立案した作戦はただ一つ「テレポートジェム」の応用によって不安定な場所から宝物庫の内部へと「チフォージュシャトー」で突入する、そして内部に隠れているカルマノイズを始末する。
その後、取り戻したソロモンの杖で内側からゲートを閉じた上でチフォージュシャトーの「解剖装置」としての機能を暴走させ、宝物庫を破壊するのだ。
あらかじめシャトーの暴走は定められており、タイムリミットは15分、失敗すればシャトーの暴走に巻き込まれてこの世界も甚大な被害を受け、恐らく滅ぶ。
制御装置としてヤントラサルヴァスパを使用する為、ゾアテックスモジュールも使用できない。
だから、リンカーを持ち出してきた。
作戦開始と同時に詩織に12本のリンカーを投与、融合症例を進行させて無理矢理に出力を上げて、カルマノイズに立ち向かう。
いくら負荷を抑えたリンカーとはいえ過剰投与の結果として待つのは確実な死、そうでなくとも融合症例としての侵食の悪化でも間違いなく死ぬ。
「文句一つ言わないのだな」
「別に死ぬ事は怖くない……それよりも、私が居なくなった後の世界を頼みます」
「当たり前だ!滅びかけの世界を復興するのも英雄の役目だからなァ!」
この危機を前にまったくもって元気な二人の姿を見てキャロルは呆れた。
かつて父を奪ったこの世界への復讐などどうでもよくなる程に世界は壊れてしまった。
世界を分解するつもりが、世界を救うハメになるとは。
「ああ、任せろとも……しっかりとお前の死に様を伝え語りついでやる」
作戦の成功率は1割を切っている、はっきり言ってしまえば詩織は無駄死に、シャトーの自爆で世界も滅ぶ。
それが一番ありえる可能性。
――奇跡でも起こらない限り、この世界は終わる
「オレが奇跡なんぞに頼るなど……」
「それは取り消してもらいましょうか、奇跡なんかではなく、この意志でやり遂げて見せるので」
「そうとも、英雄に不可能はーッ!無い!」
「やかましい、それにウェル、お前は何もしてないだろう!」
「失礼な!」
――釣り橋効果か、それともヤケになったか、少しばかり面白いじゃないか
思わずキャロルは笑った。
-----
半日かけ、ようやく「座標を設定した」シャトーが動き出す。
詩織の体内の聖遺物の量も限界まで除去し、活動可能時間を増やす施術も完了。
つまりは全ての準備が整った訳であった。
「さぁ、世界最後のショーのはじまりだぁ!」
この後、ウェルとキャロルはテレポートジェムで別の拠点に退避し、シャトーと共に宝物庫に突入する詩織だけが残る。
「……最後ですし、せっかくですが言っておきますか……これまでありがとうございましたウェル司令」
「はぁっ!?」
「あなたが居なければ、私はここまで来れなかった……一足先に地獄で待ってますのでごゆっくり」
「急に殊勝な態度になるんじゃない気持ち悪い!いつも通り生意気な態度でいろよ!」
「そうは言われましても、最後ですので」
たった2年程度の付き合いだが、少なくとも詩織にとっては理解者であり、恩人であり。
ただ一人の友だと思っていた。
「……ならキチンと成し遂げろ、そしたらお前も英雄だよ」
はぁ、と溜息をつき、ウェルはこれまでに無い程真面目な顔をしてそう言い放った。
「はい、必ず」
「悪いけどお先に避難先に行かせて貰う」
それだけ言うと、ウェルは背を向けて振り返る事もなくテレポートジェムで先に避難した。
「まったく、素直でない……偏屈な男だな」
「同感です、だから最後まで信じられた」
その様子を見てキャロルは呆れながら笑った。
「そうだ、これは餞別だ……少し身をかがめろ」
「なんですか……?」
言われるがままに身を屈める詩織、するとキャロルが近づき。
その唇にキスをした。
「な……なにをなさるのですか!?私にそういう趣味はありませんて!?」
「馬鹿者、頭に「術式を思い浮かべてみろ」」
「……!?」
キャロルが今の一瞬に施したのは「記憶の転写」だ。
完全な転写にはかなりの時間がかかるし、精度も荒くなる、だが、ほんの一部だけならば容易い事だ。
「そいつは「焼却」だ、生命・想い出、お前の全てを力に変える為のモノだ、これで勝率は少しは上がるはずだ」
「もっとマシなやり方がなかったのですか!」
「うるさい!そういうものなのだから仕方ないだろう!」
二人して顔を真っ赤にして、言い合う様は他人から見れば微笑ましいものだったろう。
「……ですが、ありがとうございます。キャロルさんもここまで協力してくれて」
「世界を解き明かす、それが錬金術師であるオレの命題……それをこんな事で潰されたくなかった、それだけだ」
短い時間、世界の危機だったが故に共に手を取り合えた。
平時なら決して交わる事のない道だった。
「だから世界を救って見せろ、お前の歌で」
それだけ言うとキャロルもテレポートジェムでシャトーを去る、残ったのは詩織一人。
「……これが最後、私は少しでも……あなたに近づけた、でしょうか?」
手を血で汚し、無数の犠牲の上でも、それでも人を守りたいと、彼女の様に人を守る者になりたいと願った。
シャトーの音叉が「終わりの始まり」を告げ、床や壁をすり抜けてノイズ達が侵入してくる。
「さぁ、行きましょう天羽々斬……私達の最後の戦いです」
12本のリンカーを注射し、聖詠を唱える。
眩暈も吐き気も、全て押し殺し、詩織は駆け出した。
-----
世界を脅かしていたノイズの大群は、突如として姿を消した。
生き残った者達はその静けさに困惑しつつも、助かったのかと安堵する。
これからも多くの困難がこの世界を襲うかもしれない。
しかし、どうやらこの世界はまだ続くようだ。