萌え声クソザコ装者の話【and after】   作:ゆめうつろ

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ブレイズ&フェニックス

 

 

「……争った痕跡もなく、靴もそのまま、それに彼女の枕元にはイカロスのペンダントも置きっぱなし、まるで寝ている間にそのまま消えたような状態だった」

「ンな縁起でもねえ事を言うんじゃねえよ!オッサン!!どうせ前に詩織に手え出した奴に決まってる!」

「クリスちゃん!落ち着いて!」

「……確かにその可能性もある……警護を増員したとはいえ、その件が解決するまでの間は翼かクリスの側を離れない様に指示すべきだったのかもしれない……」

「師匠……」

「わりぃ……気が気ではないのはオッサンもだよな……それよりも……」

「ああ……翼には緒川がついている、この状況で一人になるのは得策ではないからな」

 

 

 

 

「詩織、無事でいてくれよ……」

 

 

 

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 「平行世界」へと迷い込み一日、詩織は貸し与えられたセーフハウスの窓から月を見上げる

 ここは自分の知らない世界、自分を知らない世界。

 

 今日得た情報は三つ。

 

 一つ、「この世界の加賀美詩織」は割と早死にしたらしく、6年前に両親からのネグレクトが原因の餓死。

 故に平行世界の自分と会う事はなかったが、複雑な気持ちでもあった。

 

 二つ、今の所「他の世界を繋ぐ」聖遺物は日本政府の記録にはない。

 

 三つ、カルマノイズという黒い特異体はライブの惨劇、風鳴翼が戦死した時のみ観測されている。

 

 対して詩織が開示した情報は二つ。

 

 一つはフェニックスギアの基本的な稼動データの開示。

 

 もう一つは向こうの世界では天羽奏が生存せず、風鳴翼が生存した事だけで、他の装者の存在はまだ明かしていない。

 

 それには理由があった、櫻井了子……フィーネの存在である。

 

 もしもこの世界にもマリア達が居るとして、フィーネの手駒として操られる可能性があり、現状において二課側の装者が奏と自分しかいない所を力押しで攻められると非常にまずい。

 おまけに居るかどうかは不明だがクリスもフィーネの手駒として居る、と想定しておくと。

 

 仲間にもなりえるが敵にもなりえる存在は出来るだけ増やさない方向がいいと、詩織は判断した。

 当然、仲間になる可能性、ノイズと戦える者が増えるという可能性を摘む事にもなりかねないが、ただでさえ知らない世界なので不安要素はできるだけ削りたい。

 

 詩織の目的はあくまで「元の世界に帰る事」だ。

 

――でも、そんな薄情な事は……したくないですね

 

 しかし可能性があるなら、出来るだけの事はやるべきだ。

 可能な限りの幾つかの情報は明かすべきだ、とも考える。

 

 

 だが一にしても二にしてもまず警戒すべきはフィーネ、次にこの世界だけの未知の事象「カルマノイズ」。

 

 

 

「ままならないものですね……」

 

 頼れる仲間は、誰もいない。

 リスナーも、装者も、大人達も。

 

 一人になってしまえば、自分の非力さを余計に思い知らされる。

 戦力としてもイマイチ、かといって頭もいうほどキレない。

 

 現実に抗うには、程遠い。

 

 

 この世界で新しく借りた端末から電子音が鳴り響く。

 

『加賀美くん、ノイズが現れた』

 

 どうにも悲観に暮れている時間もないようだ。

 

「わかりました、任せてください」

 

 誰かが助けを呼んでいる、ならば手を差し伸べる。

――きっと皆だってそうする。

 戦う理由はそれで十分。

 

 詩織は炎のギアを纏い、飛び立つ。

 

 

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 位相差障壁だけではなく、ノイズ自体も多少は再生する。

 それこそただの炎であればノイズは平気で突っ込んでくるだろう。

 

 だけれど、この炎は別だ。

 

 歌を炎に変えて、全てを焼き尽くす暴力と化す。

 避難誘導は順調でノイズ達は全て詩織めがけて迫ってくる、巻き込む者も居なければ安易に広範囲攻撃が出来るわけである。

 大気が揺らめき、火の粉が舞う、意志によってその流れをコントロールされた劫火がノイズを呑み込み、塵すら残さずに消していく。

 

――久しぶりですね、こうして一人で戦うのは

 

 仲間が居ないなら、仲間が居ないなりに戦えばいい。

 当然命までは燃やさないし、守るべきは力の無い人々。

 余計な所まで焼き尽くさない様には気をつける。

 

 殲滅だけを考えて力を振るうのは如何に楽な事か。

 

 今までフェニックスギアでの戦闘はたったの二回、一度目はアルカノイズ相手、二度目は全力のキャロル、故にその性能をまともに出す事が出来無かった。

 

 だがこうして落ち着いて制御して使えば――

 

「強い――」

 

 同じく飛べるイカロスよりも出力は高く、意志のまま動く炎はノイズを大小問わず纏めて焼き尽くす。

 そのリスク故にこれまで無理に使わない様にしていたが、最初からこの力を使いこなす方向こそが正しかったのではないだろうかと詩織は思わざるをえなかった。

 

――けれど過ぎた事は仕方がありません、これから慣らしていけばいいのです

 

 目の前に居るノイズの一団を消し去り、見える限りの殲滅を終える。

 

『こちら加賀美詩織、目標を排除しました。次の指示を』

『よくやってくれた、悪いがまだ奏の方が終わっていない。援護を頼む』

『わかりました』

 

 詩織はビル群よりも高く飛翔し、奏の戦闘する区域へ向けて飛ぶ。

 

――そういえば、奏さんの戦い方は……まあ邪魔にならなければいいでしょう

 

 奏が戦っている姿を詩織は見た事がない、故にかつてマリアがガングニールを纏っていた頃の戦い方を思い出すが、ノイズ相手ではなく装者相手に戦っている姿しか思い出せず諦めた。

 

 

 空を飛ぶノイズを通り過ぎざまに焼き払いながら、巨大なノイズを熱線で焼却処分する。

 ガングニールは一撃に特化している、と響を思い出し、ならばと小型のノイズの群を炎で包む。

 

「……ッ!なんだッ!」

「小物は受け持ちます、大型のノイズの始末をお願いします」

「いきなり来て上から指図かよ!」

 

――まあ、予想は……してましたけど

 

 奏は詩織と違ってずっと一人で戦って来た。

 よくよく考えればフォーメーションもコンビネーションもない。

 

 あったとして、それは今は亡きこの世界の翼とのもの。

 

 ゆっくりと地面に

 

「言い方が悪かったですね、互いに知らない事が多い、だから少し測り合いましょう――という事で」

「っ!言ってくれるな」

 

 煽るような形になってしまったが、詩織は一先ずノイズを倒す事だけを優先する為の提案をする。

 

――うまくはいかないものですね……

 

 ここに翼や響達が居たのならもっとうまくやれたのだろうか、と叶わないもしもを考えながら詩織は目の前の現実(ノイズ)を赤い炎で照らした。


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