萌え声クソザコ装者の話【and after】   作:ゆめうつろ

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ユナイト・フェニックス

 風鳴翼は、戦場に立っていた。

「馬鹿な!バビロニアの宝物庫は閉じられた筈では!」

 

 剣を煌かせ、群がる「ノイズ」を蹴散らす。

 そう、ネフィリムの爆発、ソロモンの杖の消失により完全に封印されたと思われたノイズが街に溢れる。

 

「何が、何が起きている!!」

 

 更に異常事態は重なる。

 ノイズを前にして人々は逃げ惑う事なく、まるで暴動の様に理性を失い、人間同士で傷つけあう。

 

 翼はノイズと戦いながら緒川と共に暴徒と化した人々を影縫いで止めていくが、それでも限度がある。

 

「翼さん!」

 

 故にそのノイズの接近に気付くのに遅れた。

 

「なッ!!」

 

 黒い「少女型」のノイズの腕の半ばで一閃が防がれ、噴出した炎がギアの一部を焦がすが、翼は間一髪直撃を避ける。

 

「なんだこれは!!」

 

 暗闇の様に黒い、顔の無い少女の形、今まで見た事のない敵はバリアコーティングをも突破してくる炎を操る。

 

 そして、そのシルエットは。

 

 

 

 

 彼女(加賀美詩織)の姿によく似ている――。

 

 倒されたノイズの炭が燃え、白い灰が立ち上がり、新たなノイズを形成する。 

 

 

「一体……何が起きている……ッッ!」

 

 

 

 

---------------------------

 

 

 詩織がこの世界に来て5日が経った。

 ノイズが新たに現れる気配もなく、同時に帰る見通しも手がかりも新たに得るモノもなかった。

 

「やっぱり世界が違うと街も細かい所は違いますね、あの電気屋、向こうだと潰れてました」

「そうなのか、というか何で電気屋ばっかりに詳しいんだ」

「そりゃ私のパソコンの機材を買い揃えたりゲームしてましたし」

「通販は使わないのか?」

「ある程度使い慣れてるモノの予備を買うときなんかは使いますけど実際足を運んでみると新しい発見があって楽しいものですよ」

 

 故に時間も余るというもので、持て余した時間を有効活用しようという事で詩織は奏と行動を共にしていた。

 だがどちらかというと、何もせずにいれば元の世界の事ばかり考えてしまうので何かで気を紛らわせようという方が正しかった。

 

 故に少し遠出をして買い物に出かける事にしたのだ。

 ちなみに詩織の小遣いは司令が出してくれた。

 

「そういや広報としてだけじゃなく配信もやってるって言ってたな」

「はい、私だけじゃなく翼さんもネットラジオの配信をやったりしてましたよ」

「マジかよ……」

「ちなみに私の配信中に突然電話で凸して来たりもしましたね」

「……そうか」

 

 奏が少し寂しそうに笑う、それに詩織はしまったと思った。

 この世界では翼は死んでいるのだ、それも奏の目の前で。

 

 いくら別の世界の可能性だとはいえ、生きている可能性を嬉々と語られればどうなるか。

 同じ様な事を自分がやられたらどう思うか、と考え詩織の表情が曇った。

 

「……すみませ」

 最後まで言い切る前に詩織の頭の上にやさしく手が置かれた。

 

「別にお前は悪くないよ、むしろ翼が元気に生きてる世界があるって知れただけであたしは十分だ、それよりお前自身の事とかもっと聞かせてくれよ」

 

 と言われても、と詩織は少し困る、というのも詩織の人生は殆ど翼無しでは成立しない、どこかで翼が絡んでくるのだ。

 

「あー……そうですね私の配信者としての話なんてどうですかね、向こうじゃ「おりん」なんて名乗って歌ったり、ゲームプレイ配信したり、料理作ったりもしてましたし」

「歌えるのか?」

「はい、まだ全然勉強中ですけど少しは」

 

 それこそ自信ありげ、という感じに詩織が笑い、奏は興味深いという顔をする。

 

「そうか……それは」

 

 聞いてみたいな、奏が言葉の続きを紡ごうとした時、爆発音と共に悲鳴が上がった。

 遅れて警報が鳴り出して、二人は顔を見合わせると無言で現場へと向かう。

 

 逃げ惑う人々を避け、詩織が目にしたのは人々を襲うノイズの群れと、ノイズが迫ってるにもかかわらず殴りあう人々の姿。

 

 何が起きているのかを調べるよりも、目の前に敵がいるならばやる事は一つだった。

 

 聖詠。

 体を炎が包み、赤きフェニックスのギアを纏うと詩織はノイズの群れに炎を纏わり付かせ、焼却していく。

 

「なにやってんだお前ら!こんな事をしてないでとっとと逃げろ!」

 

 同じくしてガングニールを纏った奏が避難もせずに争う人々を止めようとするが――

 

 人々は止まる様子もなく、その目も正気のものではなかった。

 

「何が起きてやがる!?」

「奏さん!ノイズは私が引き受けま――」

『気をつけろ!ノイズだけではない!何かいるぞ!』

 

 ノイズを焼き尽くす炎が、渦巻き、一点に収束すると爆発する。

 そんな操作をしていないと、詩織が驚き視線を移すと――。

 

 そこには黒い少女の様な人型の「ノイズ」が立っていた。

 

 

『波形パターン照合……カルマノイズだとォッ!!?』

 

「あれがカルマ……ノイズ!」

 

 炎が舞い瓦礫を呑み込み、白く輝く灰が降る。

 そして降り注いだ灰が白いノイズの群へと姿を変え。

 理性を失って争っていた人々へと襲い掛かる。

 

「させるか!!」

 

 奏はガングニールのアームドギアである槍を振るい、白いノイズを切り裂く。

 詩織も負けじと炎で通常のノイズを焼き尽くしていくが――

 

「――」

 

 カルマノイズが一気に詩織に距離を詰めて、炎を纏った鉤爪を振るい、炎のプロテクターを引き裂く。

 

「ぐぅーッ!?」

 

 強化されていないとはいえバリアコーティングを貫通分解し詩織の腕から血が噴き出す。

 

「詩織ッ!」

 

 次から次へと灰から生まれるノイズは数を減らす事はなく、さらには暴徒と化した者達が次々と倒れ出す。

 それは肉体の限界を超えた為であり、つまり。

 

「また……またあたしの前で人が死んでいくッ……!!!」

 

 失血、全身の打撲、さらにはノイズにまで向かって飛びかかるなど、次々と人が死んでいく。

 

 そしてその瞬間にも、詩織を狙ってカルマノイズが猛攻を続ける。

 

「焼いても焼いてもッ!!」

 

 バリアコーティングさえも貫通する攻撃を紙一重で回避しながら、炎を纏った掌でカルマノイズを焼き尽くそうとするが、ダメージを与えるそばから回復され、決定打にはならない。

 

 更に。

 

――死ね、加賀美詩織

 

 自分の声で、詩織の中に「何か」の怨嗟が聞こえる。

 

――いなくなれ いなくなれ 消えてなくなれ

 

「消えるのは……お前だッッ!!!」

 

 

 このままでは「死ぬ」。

 死ぬよりは、良いと詩織は禁じ手を使う。

 

 

――命を、燃やせ!

 

 フェニックスの力によって「命」を焼却し、力へと変える。

 

 輝く右手でカルマノイズの胴を貫き、命の炎によってカルマノイズを焼き尽くす筈だった。

 だがカルマノイズの姿は炎と掻き消え、詩織の後ろに回りこんでいた。

 

「な……ッ!」

 

 振り返るよりも早く、鉤爪が振り下ろされ、詩織の胸から脇腹に掛けて右から左へと一閃。

 一瞬遅れて、血が噴き出す。

 

「てめぇえええええ!!!!」

 

 奏が怒りのまま投擲したアームドギアがカルマノイズの左肩を抉り、吹き飛ばす。

 

 カルマノイズも片腕を破壊された事によりバランスを崩して後退り、後ろに倒れる詩織を奏が抱きとめる。

 

「詩織ッ!!!」

 

 血に染まった胸はまだ上下している、か細いながら詩織はまだ息をしていた。

 

 夕焼けに照らされるその光景はまるでいつかのフラッシュバックの様で。

 

「ダメだ、生きるのを諦めるなッッ!」

 

 必死に語りかける奏の手に弱々しく、詩織の手が重ねられる。

 

「かな、でさんは……にげ……て」

 

 詩織の視線は奏ではなく、左腕を欠損しながらもまだ健在なカルマノイズに向けられていた。

 

「出来るかよ……ッ!そんなことッ!!もう……もう何も奪わせるものか!!」

 

 片腕に詩織を抱きながら、奏はもう片手にアームドギアを構えて、カルマノイズ向けて駆け――。

 カルマノイズから放たれた炎を切り払おうとした。

 

 だが無双の一振りである筈の槍は脆く砕け、奏はかろうじて身を捩った事で致命傷を逃れたもののプロテクターを抉られて大きなダメージを負った。

 

「あたしは……ッ!あたしには何も出来ねえのかよ!あたしには何も守れないのかよ!!」

 それでも、詩織を離す事はしなかった。

 

――死にたくない、ここで終わりたくない

 

 詩織はぼやける視界で奏の顔を見る。

 

――私も、まだ死にたくないよ

 

―――生きる事を諦めないで

 

 

 ここに居ない仲間の声が聞こえた気がした。

 

――そうだ、私達はまだ、まだ終われない

 

――まだ何も始めてない!

 

 

 詩織の胸のギアが輝きを放ち二人を包む。

 

 

 そして光が止んだ時、そこにはガングニールの上から更に炎の鎧を纏った奏が立っていた。

 

「これは……まさか!」

 

――奏さん、まだやれますか

 

 詩織が、かつて響相手にやった様にその姿をアームドギアへと変えたのだ。

 

「ああ、なんとか……な!」

 

 受けたダメージがなくなった訳ではない、けれど立つだけの力は再び得た。

 

「いくぞ、詩織!」

――はい!

 

 二人で一人となり、カルマノイズが率いる白いノイズの群へ向かって奏達は炎の槍を振るう。

 

 先程まで倒しても倒しても灰から再生したノイズ達が、今度は塵も残さずに蒸発していく。

 

 それに対してカルマノイズは巻き込まれまいと、後ろに飛び、姿を消した。

 

 それまで無数に居た筈の白いノイズはたったの一撃で一体残らず燃え尽き、消え去る。

 

「やった……のか?」

 

 再びギアが輝き、二人のギアが解除され、光から詩織の体が再構築されて現れる。

 

「ッ!詩織!」

 

 力なく倒れる詩織の体を支える奏は、その呼吸と心拍から生きていると確かめるが、詩織の意識はなく、また先程まであった大きな傷も、流れた血も消えていた。

 

「生きてる……よかった……」

 

 それは詩織に向けたモノだけではなかった。

 

 奏は、自分がまだ生きている事に安堵した。

 

 

 日が没して、月が昇り、二人を静かに照らしていた。


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