萌え声クソザコ装者の話【and after】   作:ゆめうつろ

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しっとりダークネス

 闇はウェットティッシュの様にしっとりとしたものだ。

 

 ぴったりと肌にへばりつくような感覚、視線を下に落とせば、そこには制服越しに私に絡みつく「ノイズ」。

 

 黒く闇と同じように染まっていく私の体、そして。

 

 

 

 最悪な夢だった。

 

 これは装者をやめるなという警告なのだろうか。

 

 肌身離さず持っているイカロスのペンダントを手に取る。

 

 はぁ。

 

 

 バーカ!!滅びろノイズ!!!

 

 

 最悪な目覚めだ。

 

 退職願をゴミ箱に叩き込み、着替えて身支度を始める。

 

 退職はやめだ、ノイズに遭遇して死ぬのはやはり怖い、シンフォギアがあればノイズと遭遇しても生き残れる。

 何事も結局生きてこそだ、私はまだ死にたくない。

 例え体調を崩しても無様さらしても生きる為ならば必要経費だ。

 

 

 決めた、この「イカロス」は絶対に手放さない、これが在る限り私はノイズという恐怖から逃れ続けられる。

 

 生きる為に強くなろう、程々に。

 

 朝食の片付けを済ませ、制服に袖を通す。

 

 いつも通り誰もいない家から学校へ向かう。

 

 

 

 いつも通りが一番だ、いつも通りの授業、いつも通りの孤独、いつも通りの二課への出勤。

 

「詩織さん!」

 

 うわ……いつも通りの陽キャだ、しかもめっちゃウッキウッキだし……。

 

「なんですか立花さん」

 

「私、詩織さんのおかげで大事な親友と仲直りできました!」

 

「……それはよかったですね」

 

「はい!だから詩織さんにも紹介したいと思うのですけど!今度のお休み大丈夫ですか!」

 

 やめろ!3人とか絶対私があぶれて気まずい奴だ!!!

 

「ごめんなさい、その日はちょっと用事があるの。それに私はしばらく自己鍛錬が必要なの、特訓で力不足を思い知らされたから」

 

「そ……そうなんですか……」

 

 めっちゃしょぼれくれてやがるけど知ったことか!陽キャの集まりになんて出られるか!私はデータ取りに行かせてもらう!

 

「ごめんなさいそういう事だから……ってあっ司令」

 

 ナイスタイミングだ司令、今日は久しぶりにデータ取りだ!

 

「ああ加賀美くん、丁度よかった、今日のデータ取りは中止だ。了子くんが来てないのでな」

 

 なんてタイミングだ指令、おのれ櫻井了子!なぜ仕事をサボった!

 

「じゃあ!詩織さん!今からなら大丈夫ですか!?」

「司令、訓練つけてもらっていいですか」

 

 お断りだ!!!陽だまりに引きずりだされるくらいなら私は特訓を選ぶぞ!!!

 

「むっ、随分積極的だな加賀美くん、立花くん」

「えっ」

「はい、力不足を思い知らされたので」

 

 オラッ!お前も来るんだよ!アホ面晒しやがって!立花響!貴様も一緒に連れて行く!

 

「叔父さ……司令、立花と加賀美も……訓練ですか?」

 

 トレーニングルームへ向かうとそこには翼さんが居た、熱心だなぁ。

 

「ええ、翼さん。私も弱いままでは……ダメだと思ったので……」

 ウソではない。

 

「加賀美……貴女は……」

「昨日は弱気になってしまいましたけど、私も私に出来る事をしようと思いまして」

 

 これで表面上は完璧だ、これで表面上は私の評価も上がる!筈!

 

「……なら私が手取り足取り、しっかり教えるから!それでもいいでしょうか司令!」

「うむ、やる気十分だな!」

 

 ウッ!……なんかめっちゃ特訓つく事になってるが……仕方ない、生きる為……。

 

「まずはどれだけやれるか、模擬戦でその力を見せてもらいます」

 

 模擬戦……組み手……投げられ……ウッ頭が……。

 

「はい……詩織、胸をお借りする気で行きます……」

 

 この後滅茶苦茶ボコボコにされた。

 

 

 

『辛い時~辛い時~何故か、何故かもっと辛い事がやってくる~辛い時~辛い時~3人でお出かけを提案された時~あぶれる私~』

 「おりんの謎歌だ!」「世知辛い」「余りん」おりんラジオは悲しみに満ちた歌から始まる。

 

『辛い時~辛い時~陽キャにめっちゃ絡まれる時~めっちゃ逃げたい私~辛い時~辛い時~疲れている時に限ってかかってくる職場の先輩からの電話~』

 「つらい」「つらい」「わかる」「つらい」最近あった事を歌にする、久しぶりにまともな配信が出来る気がする!

 

『というわけでおりんラジオ、開幕です。昨日は体調崩して今日は病み上がり即重労働で私の体はボロボロですよ、労働者のみなさんの気持ちよくわかりましたよ』

 「世知辛い」「やめやめろ!」「萌え声で生きていけ」等の元気な悲鳴があがる、噴出する闇の気配は最高だ。

 

『今日のテーマは、貧乳と無乳です。ちなみに職場の先輩は貧ですね、あれ。さて一通目、リバーシブルボディさん、背中かな?「私には乳がありません、乳が憎いです」凄い憎しみですね、あ、ちなみに私はあります、残念でしたね』

 「うそつけ絶対虚無だぞ」「おりんがマウント取りに来てるという事はおりんは普通にあるぞ!」鋭い、私は並にある、あの陽キャの立花さんはめっちゃデカかったが。

 

『次は……ルナーさん「私の方がおっぱい大きいわ!男だけど!」胸筋かな?贅肉かな?次、荒野のヒップさん「尻ならある」胸はないんですね』

 「なんで男なんだ」「尻は大事だぞ」「わかる」というかうちの配信、地味に女性リスナー居るのビックリだよね、少し前までダンゴムシ野郎しか居ないと思ってたけど。

 

 

 

 ってさっきからまた変なコメント見えるな~。

 

 

 うーん、翼さんかなぁ…翼さんだなぁ……。

 

 公式アカウントだよぉ……またアーカイブ残せない奴じゃん!!

 

『あのですねー翼さん、また公式アカウントになってますよ!』

 「翼さん来てるん!?」「ウェルカムトゥアンダーグラウンド」「闇の中へようこそ翼さん」「翼さんに媚を売って行け!」ええいアホダンゴムシどもめ、食いつきやがって!翼さんに無礼の無い様にしろ!

 

 

>@風鳴翼【公式チャンネル】:おりんさん、コラボ放送しませんか?

 

 は?

 

 は?

 

 なにいってんですかこの人。

 

『え、マ~?マジでいってますか翼さん、ちょっとこの石の下のダンゴムシみたいな配信者とコラボって……ちょっと私の方が炎上してしまいますよ!?』

 「炎おりん炎」「炙りおりん」「オファーキター!!」「おりんが遠くに行ってしまう…」「行かないで」コメントが阿鼻叫喚の地獄と化す、とにかく場を収拾しなければ。

 

『私はですね~皆さんの日陰なんですよ、私がひだまりになってしまったらダンゴムシさん達が焼け死んでしまいます、だからこの話はですね~』

 と思ったら「いけ、おりん!」「おりんが高みに昇れば日陰はもっと増えるはずだ!」「おりんが居る場所が日陰だよ…」うわっこのダンゴムシども面白半分で私を持ち上げてやがる!?こいつら私を翼さんとコラボさせるつもりだ!

 

『だっ……だめですよぉ!私なんて日の下出てはいけないしっとりとした闇なんですよ!』

 

>@風鳴翼【公式チャンネル】:私も、海外への挑戦を考えています、今までのファンも大事にしつつ、新しいファンを増やす。おりんさんもそういうチャレンジをしてみませんか?

 

『そんな重大情報場末のラジオで流さないでくださいよ!?私にフロンティア精神はありませんって!?』

 「おりんがクソザコと化してるぞ!」「というか翼さん海外チャレンジマジか!?」「おりんも世界に羽ばたくのか……胸が熱くなるな!」「でも今日のお題貧乳と無乳だったぞ」なんかコメントの殆どが私のコラボに乗り気になってるんですけど!?!?

 

>@風鳴翼【公式チャンネル】:おりんさん、だめですか?

 

『だっ…』

 断固拒否しようと、口を開こうとした時、一瞬「断るなんて幻滅しました、おりんのファンやめます」なんて文字が見えた気がした。

 

 幻滅されるのは、やだなぁ……。

 

『くそっ……一回だけですよ、たった一回!通話配信!それ以上は妥協しませんからね!!!!』

 「キター!!!」「おりん、ナイスガッツ!」「伝説に立ち会ってしまった」「祭りだ!祭りだ!」コメントの速度が尋常ではない、しかもよくみたらまたリスナー1万超えてる……私の許容量はどこ?ここ?

 

『とにかく日程合わせるために翼さんは後程メールフォームからメッセージください、申し訳ないですが今日のおりんラジオはここで終了です!まさかこんな事になるなんて想定してませんでしたからね!おい!ダンゴムシども!私には構わないけど翼さんに無礼なコメントするんじゃないぞ!以上!ラジオ終了!』

 「おつおりん!」「安心しろ、おりん」「おりんがこんなに大きくなって俺も鼻が高いよ」親面するな。

 

 

 

 配信を終了し、布団に倒れこむ。

 端末にメールが届く。

『楽しそうだったから、急にごめんなさいね。次の日曜日とかどうですか?』

 翼さんからだった。

 

『わかりました、翼さんも何か一つ企画持ち込んでくださいね。配信時間は二時間程予定で』

 

 即座にメールの返信をする。

 

 溜息をつく。

 

「なってしまったなぁ……とんでもない事……」

 

 私の安らぎの場が失われるような気がした。

 

 その日はまた、寝付けなかった。


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