萌え声クソザコ装者の話【and after】 作:ゆめうつろ
「えっ!カリオストロ倒しちゃったんですか!?私がボケ老人の相手をしているうちに!?」
『そーだよ、アタシとマリアがぶっとばした』
「……はぁ……私いっつも肝心な時に仕事できてませんね……」
『気にすんなよ、お前のおかげできちんと向き合えたからな』
「……ソーニャさんとステファンくんの話ですか」
『そうだ、で……そっちは何してんだ?』
「聞いてくださいよクリスさん!あのボケ老人、つかえもしないガラクタばっかり持ち出してきて!」
詩織が鎌倉に呼び出されて既に4日、連日様々な「訓練」を受けながらも休み休みにクリスや翼とは連絡を取っている。
その中でどうやらクリスの「問題」が解決した事や、錬金術師の一人「カリオストロ」を倒したなど、明るい報告が詩織の心を癒す。
「機密保持の問題とやらで話せないんですけど、本当にゴミみたいな聖遺物を私に押し付けようとしたり、やれ国防やらと変な説教ばかり……一応訓練は、いいものを受けられてるんですけど……その対価がジジイの話し相手ってのがもう……」
『そりゃぁ……大変だな、つーか変な事されてねえか?本当に大丈夫なのかよ』
「あんまり大丈夫じゃないですね、早くかえりてーです」
腐っても「真の防人」を名乗る風鳴訃堂の人脈は広く、詩織にも「実践出来る」訓練を出来る人員が次々とやってくる、それは武術だけでなく学問的なものも含まれている。
そして呪術的なものも。
『……とにかく、なんかあったら直ぐにアタシらに言ってくれよな。「怪物」だかなんだかしらねーが詩織に手出ししようものならぶっとばしてやるからよ』
「そうですね、でも相手は老人なのでそれでお陀仏になったらマズイんで程々にお願いします」
通信を切り、詩織は溜息を吐く。
近頃の疲労が蓄積して、それは確実に詩織の負担になっていた。
訓練もだが、訃堂との会話やこの慣れない環境も着実に体力と精神を削っている。
「加賀美くん、大丈夫かね?」
「八紘さん……!お久しぶりです!」
「……話には聞いていたが、本当にこの鎌倉に呼び出されていたとは……」
「ええ、まあ……あんまり前線では活躍できてない上に広報としての仕事も出来てなかったので……少し説教を受けまして……」
「そんなことは無い、弟から君の活躍は聞いている。他の者からもな」
詩織は良くも悪くも目立つ存在だ、よく思われない事も多くあるが、比較的「良い」方向に目立つ詩織はそれこそ居るだけである程度の評価は得られる。
民衆の為に戦う、親しみやすい正義の味方。
言ってしまえば『優良広告』としての地位を持っているのである。
「ありがとうございます」
「……それで「呼び出された」件についてだが、大丈夫なのかね?「アレ」は……私もかつて一度だけ見たが、とてもではないが……」
八紘は目の前の少女に対してとても申し訳なさげな表情で問う。
彼の人脈や権力を以っても「父」に唱えた異を実行するのは困難だ。
だがその「力」は最悪、現状調査している中で錬金術師の求める「神の力」に対抗する為に必要になる可能性もある。
彼の問いかけに詩織は、真剣な表情で答えた。
「使いこなしてみせます」
「……そうか、だが……何かあれば言ってくれ、私の出来る限りを尽くす」
それが父として「娘」と「その友」の為に、出来る事を成すという意志を強くあらせる。
「背負う覚悟は……あります。今までそうしてきたように」
「君一人が背負うものではない」
「だとしても、です」
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彼女が貸し与えられたそれは一本の杖だった。
20センチ程の精密な彫刻の施された「人骨」の杖だ。
無数の人間の骨が融合した一本の「墓標」であり、「黄泉」そのものだ。
戦前から風鳴機関は様々な聖遺物を始めとした異端技術を研究していた。
その「杖」の起源は非常に古く、恐らく先史文明紀に近いと推測されているもので。
用途としては、人が神に近づく……いや「神に戻る」為に作られたものと伝えられていた。
神が人間を生み出したのなら、人間にも神の因子がある。
そう考えた誰かが作り出したのだろう。
「一柱」の神となるべく大勢の人間を「融合」させ、この「人柱」は作られた。
かつてバラルの呪詛によって分かたれた人は再び一つになれる、それをどれほど歪んだ方向に解釈すればこんなおぞましいものが出来るのだろう。
当然ながら、強引に大勢の意志を一つにしたそれはまともなものではない。
常人であれば手にするだけで自我が崩壊した上に絶命するであろう呪いの杖を詩織は手にする。
「――――ッ!!!!!」
既に4度目の挑戦、意志を砕かれそうになりながらも、必死にそれを受け止める。
悪意、呪詛、渇望、絶望……餓鬼道を真っ直ぐに進む。
重篤なダメージを受けて詩織の鼻から血が噴き出す。
体中が悲鳴をあげ、拒絶反応を起こすが、死には至らない。
それは、彼女が既にただの人間ではないから。
杖を取り落とし、膝をつき、息を荒げる。
「まだ、です」
「フン……貴様の意志はその程度か?」
「……見てるだけのあなたには言われたくないですね」
取り落とした杖を訃堂が拾い、少しうめきをあげる。
しかし、詩織の様に苦痛の悲鳴をあげる事はない。
「ワシは持てたぞ、どうだ」
「人の心がわからんからでしょう」
「国防の為にはそんなものいらぬ」
この杖は「まとも」に持とうとしてはいけない。
安全な取り扱い方はそれだけ、その秘められた力を使う為には危険を冒す必要がある。
「歌などという幻想で世界は救えん、所詮は弱者の戯言よ……」
「は…っ……?現実として既に3回は救ってますがー……?目の前の事実すら見えないのですか?」
「今の貴様がそれをいっても虚しいだけだぞ、それに貴様自体の功績ではあるまい?いつも肝心な時に立ち会えないのだろう?」
彼にとっては子供一人の心を見透かすなど容易い事だ、そして煽ることも。
詩織はそれに対して鼻で笑う。
「それくらいの挑発に乗るとでもお思いなら今すぐ隠居した方がいいですよ……」
立ち上がり、血を拭って詩織は不敵な笑みを浮かべる。
気に入らない、本気で気に入らない。
反骨心、意地、それが今の詩織を支えていた。
風鳴訃堂の言葉を全て否定する。
歌で世界は救える。
翼の歌は「私」を救い、多くの者の救いとなった。
マリアの歌は世界を一つにできた、クリスの歌は平和を繋いだ、切歌と調の歌は断てない絆を繋いだ。
そして響の歌は手を繋ぐ事を教えてくれた。
だから、己の歌で出来る事を証明して、この老いぼれの妄言を斬り捨ててやる。
その為に詩織はギアを纏う。
「貸せ、老い耄れめ……!お前の時代はもう終わっている事を教えてやる!」
暴力的な口調で、強引に人柱の杖を掴み取る。
再び激痛が全身を襲い、詩織は血を吐く。
フォニックゲインだけでない、生命力も、精神力も杖に吸い取られる、だがそれでも詩織は倒れない。
そしてついに長き時を越えて目覚めた杖が、形を変えた。
「核」である青い結晶が露出する。
しかし同時に体力を奪われすぎた詩織は気を失い倒れた。
「ようやく、目覚めさせたか……だが、今はまだ使い時ではない」
その手から起動したソレを拾い上げ、訃堂が不敵に笑う。
「運んでやれ、少なくも役には立ったから多少の褒美を取らせてやるといい」
欠けた月は不穏に輝いていた。
この「人柱」の元ネタはあるものをモチーフにしています
ヒント:破壊神ヒビキの元ネタ