萌え声クソザコ装者の話【and after】 作:ゆめうつろ
夜明前、プレラーティはS.O.N.G.に投降した。
それはアダム・ヴァイスハウプトの野望を挫き、サンジェルマンの理想を守る為。
決して裏切った訳ではない。
自分が信じたただ一つの寄る辺の為に、自分自身の意志に従っただけの事だ。
彼女が連れて来られた本部にて、月読神社で得られた情報とプレラーティの知る計画、その答え合わせが行われていた。
「まさか本当に、レイラインを使った鏡写しのオリオン座だとは」
「こちらの計画は……私が知る限りはこれが全てなワケダ、風鳴弦十郎、八紘」
『急ぎ『レイライン遮断作戦』の決議を進める、そして』
「詩織くんは今、鎌倉……少しまずいかも知れん」
『急ぎ連絡を入れている、だが……』
側に装者達がおり、なおかつ「弦十郎」が居るとはいえ、車椅子に座り病衣と包帯だけのプレラーティには拘束がなされていない。
アダムの攻撃によってほぼ瀕死、ラピスのファウストローブも機能不全、発見された時は「結界型」のアルカノイズしか従えていなかった。
だとしても錬金術師であり、詐欺師であったプレラーティを本部にまで連れてくるのはあまりに危険だ。
だが、それでもS.O.N.G.が彼女を信じたのは……ただ一つ、大切な人への想いを感じ取れたからだった。
『君の処遇についても既に鎌倉から引渡しの要請が来ている』
「全てが片付いたらこの首が刎ねられようと、吊られようと火刑に処されようと構わない。覚悟はしてきているワケダ」
命を捧げてでも、果たしたい事がある。
ここに居ない「彼女」を思わせるそれが、この場にいる者達にプレラーティの言葉を信じるという選択をさせた。
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「ふむ、そういう事か。それはよい、試し斬りにはな」
『どういう事でしょうか……』
「『神』の力を試す相手にとして夷敵などは丁度よいという意味だ」
『!』
「奴らを正面から叩き潰し、「有用性」の確認といこうではないか」
『まさか……彼女が?』
「そのまさかよ、今まさに」
八紘からの情報を得た訃堂が暗い笑みを浮かべる。
その視線の先では今まさに「継承」の儀式が行われていた。
加賀美詩織を「戦鬼」とする為の儀式が。
この鎌倉にある訃堂の屋敷も、レイラインの上にある重要施設の一つ。
儀式の祭壇としては申し分のないものであった。
「ぐ……あ……」
呪術によって白装束を纏った詩織の体に「血」の刻印が刻まれていく。
痛みを噛み殺し、力を受け入れる為に体を作り変える。
「ただの小娘と侮っていたが、中々気骨のある若者よ……防人としての素質は十分」
屋敷地下の祭壇の床には明らかに致死量以上の血が広がっていた。
それは全て詩織の体から抜け出たもの。
「そして……翼を真の防人として導く者としても相応しい」
『一体……一体何をしようというのですか』
「わからぬのなら、目に見て確かめるがよい。真の守護神が生まれる日をな」
訃堂は通信を切り、刻印を刻み終えた詩織へと視線を移す。
「さて、気分はどうだ?」
「最低最悪ですね……まるで内臓が煮えくり返る感じです」
「ならよい、早速だが……お前の最初の敵が決まったようだぞ、あの夷敵どものうちの一人がこちらに降った。明日に行われる奴らの儀式を潰せ、それが最初の仕事だ」
「……わかりました、とりあえず殲滅すればいいんですよね」
「そういうことだ、「神の力」は一つでよい」
流れ出た血が逆再生の様に詩織の体に纏わりつき、刻印の中へと流れ込んでいく。
白い装束は鮮血に染まり、瞳は漆黒を宿していた。
「……その前に、一つ……!」
「ぬぉっ……!」
詩織から黒い波動が放たれ、訃堂はそれを浴びて仰け反る。
「……ようやく一本取れました」
「やりおるわ……小童めが!」
さすがに殺すまではいかない、がそれでも不満があったのは事実、それも我慢できない程に。
普通に殴りかかっては軽くあしらわれる、故に詩織は手に入れた力の一端で訃堂に「一発」くれてやった。
それに対して訃堂が喜んだのは想定外な上に正直に言えば、より気を悪くした詩織だが、今はそんなことに構っている暇はない。
人柱の杖を手に取り、意識を巡らせる。
苦痛はまだ感じる、杖の中に蓄積された「呪い」も。
油断すれば命さえ奪われかねないそれに詩織が耐えられるのは、賢者の石のおかげだ。
浄化によって呪いを中和して、力だけを引き出す。
ただその為には命を削る、簡単には使えない。
「あなたのお望みどおり、こいつを使いこなして錬金術師達の野望は阻止します。ですが、あくまでこれは私のワガママの為です……もしあなたが裏切るのなら、私はあなたを殺す」
風鳴訃堂が見込んだとおり、加賀美詩織は冷酷な決断の出来る人間だ。
だが同時に激情的な人間でもある、愛故に憎しみを抱える人間でもある。
誰よりも仲間を捨てられないから、「自分自身の心」を冷酷に切り捨てられる。
他人を「別の存在」として認めるからこそ、敵と戦う事を誰よりも躊躇わないでいられる。
強く、未熟で、不完全で、不安定な心。
そんな子供の心を操る事など訃堂には簡単な事だ。
影があるからこそ光は輝く、逆もまた然り。
憎しみ、怒り、拒絶……負の感情を抱かせ、詩織自身の抱える「光(しんねん)」をより強いものとする。
そして「光(しんねん)」を強くする事で、より敵を憎むように仕向ける。
「裏切りはせんさ、ただお前が使えないとなれば切り捨てはするかもしれんがな」
これまでの態度も全てその為だったのだ。
「愛とは厄介なものよ……捨てられないからこそ人は苦しむ、防人にはそんなものはいらぬ」
祭壇を後にする詩織を見送りながら、訃堂は一人そう呟いた。