お楽しみいただければ幸いです。ちなみに亀更新です。
懐かしい夢を見た。
あの頃は、まだ小さな子供で、世界の事も、自分を取り巻く環境の事も、生まれた系譜についても、ほとんど何も知らなかった無知で、単純で、それでも純粋だった。
小さな自分がいる。もう一人、そんな自分に手を引かれ庭をかける少女がいる。
やんちゃで怪我の絶えなかった、ついでに不運続きの自分と違い、その少女は控えめで大人しく、ついでに人見知りも激しかったから友達らしい友達もいなかった。
ちょっとした仲のいい兄妹みたいな感じだっただろう。自分が来ると、いつも嬉しそうにしていた。
そんな情景に、彼、土御門春虎は笑みをこぼす。ああ、懐かしいなと。
この頃だろうか。彼女、土御門夏目が自分と違う事を知ったのは。
彼女と遊んでいると、急に夏目は怖がり始め、春虎の背中に隠れる事があった。それも一度ではなく、何度も。泣きそうな顔でしがみついてくる。
彼女は言う。何かいる。私のことを見ていると。
けど言われた方を見ても、春虎には何も見えなかった。でも春虎はそれが嘘だとは思わなかったし、ただの怖がりだとも思わなかった。
春虎は確かに見ることが出来なかった。でも夏目とは違い、聞くことができたから。夏目には聞こえない声が。
「うん、信じるよ。じゃあ別のところに行こう」
そう言って、また夏目の手を引き違う場所へと向かう。夏目は自分の言葉を信じてくれた春虎に満面の笑顔を浮かべながら、うんと答えると嬉しそうに後ろを付いて行った。
その後も、何回も夏目が春虎に泣きついてきたが、そのたびに春虎は彼女に怖い思いをさせないように場所を変えた。
春虎が夏目が『見える子』だと知ったのは、後になって両親から聞いてからだ。その時、彼は両親に一つだけ聞き返した。
「僕ね、見えないんだけど声が聞こえるの。僕を呼んでる声が・・・・・・」
その時の両親の驚いた顔を春虎は今でも覚えている。しばらくは何かよく無いモノが憑いているのではないか。近くに危険なものがあるのではないかと、両親に心配され、お守りの護符をいくつも持たされた。結界や祈祷などあらゆる事を試されたが、一向に声が聞こえなくなる事は無かった。
両親はその後も原因を探ったが、その原因は終にわからなかった。春虎も両親を心配させまいと、それ以降、声が聞こえると言った事はない。それに声は不快ではなかったし、自分を害するようなものではないと春虎は思っていた。
そしてそれは間違いではなかった。その声は、後に彼を手助けしてくれる大切な友とも言える存在達のものだったのだから。
―――ねえ、春虎君。わたしのシキガミになってくれる?―――
遠い日にした約束が蘇る。あの日、不安そうな顔で夏目が春虎に言った言葉。
しきたりと、彼女は言った。当時の春虎はそれがどんなものなのか良く知らなかった。多分、夏目自身も詳しくはわかっていなかっただろう。
その証拠に、彼女に問い返した時、良く知らないと答えていたから。
わたしのことを守ってくれる存在とおばあちゃんから聞かされたと、夏目は言った。
不安げな表情を浮かべる少女。身体も若干震えているように見えた。でもその目は真っ直ぐに春虎を見ていた。いつもすぐに泣いていて、今も泣きそうな顔をしているのに、その目は真剣で、どこか強さを感じさせた。
だから春虎はこう答えた。
―――いいよ、ぼく、なつめちゃんのシキガミになる。そしてずっと一緒にいて・・・・・―――
言いながら、春虎は右手の小指を差し出す。それを見て夏目も慌てて右手を出し小指を立てる。
―――なつめちゃんを護ってあげる―――
そういった春虎を見る夏目の笑顔は今まで以上に輝いて見えた。
もう何年にも前になる約束。そして、果たす事が出来なかった約束・・・・・・。
「おい、いつまで寝ておる。早々に起きるがよい」
バシャッと顔面に勢いよく水がかけられた。その冷たさに春虎の意識は急速に覚醒していく。
「ふん。情けないのぉぅ。この程度で終わりか」
意識を覚醒させた春虎は、今の自分の状況を把握する。身体のあちこちに痛みを感じる。今の体勢は仰向けになり大の字になっている。
「・・・・・・・・俺、どれくらい意識を飛ばしてました?」
春虎は声のする方を見る。そこにはファンシーなぬいぐるみのような白い動物がいた。この世のどんな生物にも似て似つかない存在。二頭身の可愛らしい存在だった。
「およそ五分程度って所か。最初に比べりゃ、まあマシじゃの。回復も早い」
「そりゃ毎日毎日ボロボロにされてたらそうなるでしょ。少しでも回復術を高めないと、俺が死ぬし」
春虎は言いながらゆっくりと起き上がる。まだ身体のだるさは完全に取れてないが、痛みはほとんど退いてきた。それほど酷いダメージでもなかったのだ。回復に専念して意識を集中させれば、立ち上がるくらいの体力は回復させられる。
「しかしまあ・・・・・・これだけやってもまだ一撃も入れられないとか」
周囲の惨状を見渡して春虎は呟く。地面は抉れ、木々は倒れ、まるで爆弾でも落ちたかのように所どころで火がくすぶっている。
「きちんと元通りにしとけ」
「いや、地面の抉れたのとか鎮火とかはできるけど、木とかの再生はちょっと・・・・・」
春虎は頭をかきながら、ぬいぐるみに話しかける。
「かぁー。情けない。土御門と言う一流の陰陽師の大家に生まれて、陰陽術がまともに使えんとは」
「元々俺は分家の生まれで、さらには落ちこぼれで才能ないですから」
春虎は苦笑しながら答える。
土御門春虎は陰陽道宗家たる土御門に生を受けた人間である。かの安倍晴明の末裔と言われる一族であり、名門中の名門である。
春虎は分家とは言え、今尚その力と血を色濃く残す一族の一員だったのだが、彼には陰陽師に必要なある才能が欠けていた。
『見鬼』と呼ばれる霊気を見る霊視能力である。これが陰陽師と一般人を隔てる一つ目の、そして最大の要因であった。
春虎には生まれつき、この能力が備わっていなかった。ゆえに落ちこぼれであり、出来損ないでもあった。
その代わり、春虎には他の誰にも無い、彼だけの才能を有していたわけだが・・・・・・。
「で、師匠。俺はそろそろ合格をもらえるんですか?」
後始末をしながら、春虎はぬいぐるみにそう問いかける。ぬいぐるみを師匠と言うのもどうかと最初は思ったが、数年前から続けていればそれもなれてくる。
数年前、突然春虎の前に現れ、鍛えてやると言った謎のぬいぐるみ。最初は何を馬鹿なと笑ったが、その直後にぼこぼこにされて文句も言えなくなった。
それに春虎自身が今まで疑問に思っていた『声』についても教えてくれた。
だから今では師匠とぬいぐるみを呼ぶことにしていた。
「・・・・・・・さあのう。制御自体はそれなりになってきたが、まだまだ青臭いからのう」
その言葉に春虎はむっとする。確かにまだまだ師であるこのぬいぐるみから一本を取ることは出来ない。確かに青二才と言われても文句は言えない。
だがこの数年の修行で、春虎は自分がそれなりにできるようになってきたと思っていた。
「まっ、もう少しで修行を終えてもいいかのう」
不意にこぼれる言葉に春虎はガバッと顔を上げ、師匠の方を見る。
「気が早いぞ、春虎よ。もう少しと言ったであろう。そうだのう。この夏休みいっぱいは我慢せい。そこで一区切りだ」
その言葉に内心ガッツポーズを取る。認められたと、春虎は喜んだ。
「まあ、最終試験は出すがのう。それを終えればよかろう」
「最終試験って?」
「ワシから一本取る」
「げっ・・・・・・・」
今までも一度も勝ったことのない相手から勝利をもぎ取る・・・・。いや、確かにこのままなめられっぱなしと言うか、ぬいぐるみ相手に一度も勝てないとか男が廃る。
いいだろう。その試験受けて立つ!
「今日はここまでだのう。ほれ、さっさと帰れ」
しっしっとされると腹が立つ。しかも見た目ぬいぐるみなんだから余計に。
とは言え、今日は用事もあるのだからさっさと帰るとしよう。
「んじゃ、師匠、また明日」
「うむ。気をつけてな」
挨拶をすると、春虎はふわりと浮き上がり、そのまま空へと舞い上がっていった。
「ふむ。やはり才能はあるのう。しかし陰陽師の名門の一族の生まれの癖になんつう能力をもっとるんだ」
ぬいぐるみは春虎が去った空を見ながら、顎に手を当てて考え込む。
確かに特異体質や隔世遺伝、突発的にその家系では生まれるはずの無い能力者が生まれると言う話はよく聞く。
春虎もまた、その一人なのだが、彼の場合は些か事情が複雑である。
「己の出自も知らず、過去も知らず、力も知らずか。いやはや、奴はどこまで行こうと言うのかのう」
声が聞こえる。春虎のことを知り、それをこのぬいぐるみが聞きつけたのはもう何年も前の話だった。自分自身、陰陽師ではないが裏の世界の人間だ。
過去にも土御門の偉人とそれなりに交流がある。
「実に面白い。これだから人間と言うのは見ていて飽きん。夜光、お主のもくろみは知らぬが、次代の器は実に面白いぞ」
春虎の顔を思い出し、くつくつと笑う。
「さあ、新しい土御門の歴史、ワシに存分に見せてくれ」
ミーンミーンとセミの声がせわしく聞こえる夏の最中、土御門春虎は友人との約束の場所へと向かい歩いていた。
某県某町。春虎の実家であり、土御門の宗家の屋敷がある街である。寂れた田舎だが、それなりに人口はある。春虎自体もこの街は気に入っており、平和な街であると思っている。
不意に春虎は電気屋の軒先を見る。そこでは販売用のモニターに中継が映し出されていた。
東京・丸の内と画面に表示され、そこでは数人の黒い服を身にまとった男達が手に札を持ち、目の前で巨大に成長を続ける樹と相対していた。
霊災と呼ばれる一緒の自然災害である。いや、違う。確かに霊災は自然災害のようにも思われるが、これは人災とも言えるのだ。
今から約半世紀前、太平洋戦争末期の日本において、一人の陰陽師がいた。名を土御門夜光。彼は天才であり、希代の陰陽師だった。数多の功績を残し、現在陰陽術の基礎を作り上げた人物だった。
しかし彼はそんな輝かしい功績を全て消し去ってしまう、最悪の失敗を起こしてしまった。
戦争末期、当時彼を支援していた帝国軍部が、敗戦濃厚現状を覆す為、夜光にある儀式を行うように命じた。
夜光が主導し執り行われたとある『儀式』。成功すれば彼の名はさらに高められたに違いないだろう。
しかし結果は失敗に終わった。
術者である夜光の死亡だけに留まらず、その余波は帝都東京を包み込んだ。地脈や龍脈、霊的守護が狂い、あるいは崩壊した事により東京は記録的な大霊災に見舞われた。それは五十年以上経った現代でもその影響は色濃く残っている。
東京において、今尚霊災は続発する。
この画面の向こうで起こっているのがそれだ。樹がまるで生き物のようにうねりながら、周囲に影響を与えている。放っておけば大変な事になるだろう。
いや、現時点でもかなりの瘴気を放ち、影響を与えている。
だがそれらを未然に防ぐ、あるいは沈静化させる存在がいた。それがかつて夜光が率いた陰陽寮の後継たる陰陽庁であり、陰陽法に従い霊災を修祓する者達。主に捜査に当たる呪捜官。そして魔を打ち払う祓魔官。現在の陰陽師達である。
画面の向こうでは送れて到着した一人の若い男が剣を抜き、祝詞を唱える。
『五行の理を以って――鋭なる金気。沌せし木気を滅さん。金剋木―――魔瘴退散!』
一刀の元に斬り伏される巨大な樹は瞬く間に消滅していく。
画面に映る男は十二神将と呼ばれる国家の中でも十二人しか名乗ることのできない称号を受ける、エリート中のエリートである。
「……すげぇな」
ポツリと春虎は呟く。映像から伝わってくる情報だけでは、どれだけのものか計り知れない。今の自分の力はどれだけのものだろうか。師との戦いだけでは、一体自分がどれだけ強くなったのかわからない。
知らず知らずのうちに拳を硬く握り締めていた。
「なにこんな所で油売ってんだ、お前」
「ん、あっ、冬児」
テレビを見ていた春虎に声をかける一人の男。阿刀冬児。頭に巻いたヘアバンドがトレードマークの春虎の友人である。
「あっ、じゃねえよ。 何やってんだ、このくそ暑いのに道の真ん中で」
「いや、テレビ見てた」
「お前も暇人だな」
呆れたように呟く友人にうっせぇと軽口を叩く。
「っと……」
不意に春虎は体を横にずらす。次の瞬間、彼のいた場所に空から鳥のフンが落ちてきた。
「相変わらず、運がいいのか悪いのかわからないな」
「運がいいなら、今月になって二十回も車に引かれそうになったり、十五回も鳥にふんをかけられそうになったり、八回も財布を落としそうになったり、何もしてないのに十回も不良に絡まれたり、警察に職質されたりしねぇっつうの」
「これだけ聞いてりゃ、お前ってとことんついてないよな」
「言うなよ。土御門の呪いって言われても反論できないから」
土御門。安倍晴明の血を受け継ぐ、名門中の名門。
呪いやら、なんやらとはやたらと縁が深そうな血筋であり、自分のご先祖かはたまた前世が何かやらかしたのかと、疑いたくなる運の無さである。
「それでも、お前の場合悪運はあるだろ」
「さあな。悪運よりも、普通の運が欲しい。……はぁ」
と、いきなり春虎はため息をついた。冬児は何事かと思ったが、すぐに何があるのか理解し、不敵な笑みを浮かべる。
「春虎ぁー!」
ひょいと後ろから迫る声を聴きながら、春虎は振り向かないまま、華麗に横にずれ、突撃してきた人影をよける。
「あー! また避けた!」
「後ろから突撃してきたら、避けるだろ、普通」
避けたことに文句を言う人物に至極まっとうな意見を述べる。
「むぅ…。バカ虎の癖に生意気な」
頬を膨らませて起こるショートカットの少女。名前を北斗と言う。春虎、冬児とは仲の良い異性の友人である。
「バカ虎の癖には余計だ」
「罰としてボクにかき氷を奢って」
「なんでそういう話になるんだよ!?」
やいややいや言い合う二人だが、いつもの日常である。そんな二人を冬児は呆れながらも楽しそうに眺めるのであった。
かき氷を強制的に奢らされる羽目になった春虎だが、なんだかんだ言って北斗には甘いよなと冬児は春虎に言う。
「うっせぇな。あいつには言うなよ。調子に乗るから」
「春虎、春虎。ボク、春虎の味も食べたい!」
「奢らせておいて、これ以上俺から奪うか、お前は!?」
と、盛大に文句を言いながらも、ほらよと言いながら自分のスプーンにそれなりに取り、北斗の口元に持っていく。
「……って、何顔を赤くしてんだよ、お前?」
若干固まり、顔を真っ赤にしている北斗に春虎は怪訝な顔をする。
「うっ、ば、バカ虎! 少しは察しろよ!」
「はっ? 欲しいって言ったのはお前だろうが」
北斗としてみれば、春虎にあーんとしてもらっているように思っているのだが、本人にはその自覚はない。
そんな姿に冬児はまたため息をつく。
「いらないんだったら、俺が食うぞ」
「わっ! 待って待って! もらうよ!」
恐る恐る北斗は春虎のスプーンからかき氷を食べる。どこか幸せそうな表情を浮かべる北斗に春虎はかき氷くらいで大げさな奴と思いながら、自分の分を掬い口に運ぶ。
それを見た北斗は、「か、間接キス……」とさらに顔を真っ赤にするのだった。
「で、今日もまた俺に説教に来たのか、北斗?」
いつも以上にトリップした北斗にかき氷を食べ終わった春虎が尋ねる。
「……なんでボクばっかりこんなにドキドキしてるのに、春虎は普通なんだよ。不公平だ、理不尽だ」
などとぶつぶつつぶやき続ける。だが彼女もここに来た目的を見失うわけにはいかない。気持ちを切り替え、話を切り出す。
「春虎もさっきのテレビ中継見てたでしょ」
「よく知ってるな。いや、昔からだけど、お前、ちょっとストーカーすぎないか? 気を付けないと警察に通報されるぞ」
「人を変質者みたいに言うな! ついでにメンヘラでもないぞ!」
「おっ、北斗が横文字を使った。えらいえらい」
「子ども扱いするな! ボクは馬鹿じゃないぞ! それに頭を撫でるな!」
「いや、ちょうど良い所に頭があったから」
顔を真っ赤にして怒る北斗に、春虎はいつもの事とニヤニヤしながら頭を撫でる。冬児は春虎に鈍感なのかわかっててやってるのか、どっちだよと突っ込みたくなる。
いや、こいつの場合無意識でやっているだろうなと思う。学校で一緒につるんでいるが、天然ジゴロみたいな所は確かにある。
(狙ってやってないから性質が悪いよな。まっ、お互いに満更じゃないからいいか。見てて面白いし)
と傍観を決め込むことにした。
「ごほん! それで春虎は立派な陰陽師になりたいと思わないの? 思わないわけないよね? 春虎は土御門家の人間なんだから」
真剣な表情の北斗に春虎は先ほどまでの笑みを消す。
それは純然たる事実。それは覆しようもない真実。分家であるからなどと言う言葉に意味はない。安倍晴明の血脈は確かに春虎の中にも流れている。
だが……。
「あー、確かにお前の言うとおりだよ。でも俺は見鬼じゃない。霊気を『視』ることができないからな」
見鬼。これが陰陽師と一般人を隔てる一つの、そして大きな壁である。確かに春虎には生まれながらにこの才能がなかった。もし宗家に生まれていたのなら、出来そこないや無能者と蔑まれていたかもしれない。
「だったら術で見えるようにしてもらえれば? 春虎のお父さんて陰陽医だしねえ、冬児」
「……まああの人ならお手の物だろ」
北斗の言葉に冬児も同意する。
春虎もそれを考えなかったわけではない。見鬼、これさえ得ることができれば、自分でも陰陽師になれる可能性はある。
だがそれは一時的なもの。一生見鬼であり続けることは不可能だ。優れた術者が施したなら、年単位で見鬼で居続けることができるが、それでも数年が限界だ。
それに頼り続ける者が、果たして立派な陰陽師でいられるのか?
もっとも春虎には『視』えなくとも、『聞』くことは可能である。完全に見鬼をカバーすることはできないが、そん色なく『識』ることはできる。
だから陰陽師の真似事は、実を言えば今でもできるのだ。
しかし北斗が望むのは、立派な『陰陽師』であり、決して『陰陽師もどき』ではないはずだ。
陰陽師ではない。霊災を払うことはできるだろう。真似事とはいえ、並みの陰陽師と同じようなことはできるだろう。
それでも陰陽師とは違う、似て非なる術者でしかない。
今さら陰陽師を目指そうにも、自分はずいぶんと遅れている。その時間は別の事に当てていた。
師匠に出会い、この力の使い方を学んだ。
それは陰陽師になると言う目的を捨て、大切な人を守ることを決めたから。
幼馴染との約束を守るために……。
―――うそつき――――
ドクンと一瞬、心臓が跳ね上がった。
だが結局、自分は約束を守れなかった。ほんの数か月前、彼女と一緒に東京に行かなかった、行けなかったことで、それは崩れ去った。
「春虎?」
今、自分はどんな顔をしていたのだろう。ハッと北斗の声で我に返る。
「あ、ああ悪い。少しぼーっとしてた」
「もう! ちゃんと聞いてよ、春虎。そんなんじゃ立派な陰陽師になれないぞ!」
「立派な陰陽師に、ね。今さら目指してなれるもんか? 俺の幼馴染は昔からすげぇ勉強して才能もあったけど、俺はそのどっちもダメだからな」
この春から東京のエリート陰陽塾に通い始めた同い年の少女。土御門の次期当主になることも決まっている。
「春虎は悔しくないの!?」
「比べるのが間違ってる。俺は別にあいつが羨ましいとか思ったことはないし、悔しいとも思ったことはない。それに……」
本心だった。幼い頃から一緒だった少女。嫉妬や敵愾心は一切なかった。それどころか守ってあげたいと思っていた。
だからあんな約束をしたのに……。
「ほんと、ダメなやつだな、俺」
悲しそうに笑う春虎に北斗は何も言えなくなった。
どこか暗くなった雰囲気だったが、春虎は何とか場の空気を換えるために咳払いをした。
「まっ、とにかく、俺は今のところ陰陽師になる気は無いし、将来を決めるのは早すぎるってこと」
「それに春虎の場合、陰陽師になるための勉強で躓くだろ」
「こら、冬児! 俺が勉強ができないダメな子みたいに言うな! こう見えても赤点は少ないぞ!」
「でもあるんだよね、春虎の場合!」
「うっせぇ! 明日も補習だ、このやろう!」
あはははとそれまでの重い空気はどこかへ行く。
「それよりも明日はどうするんだ?」
「ああ、夏祭りか。集合場所と時間決めとくか」
明日はこの近くの神社の夏祭りである。去年と一昨年は春虎は北斗と一緒だった。
今回は春にこっちに引っ越してきた冬児を交えて三人で行こうと言う話になった。
「それよりいいのか? ほんとに邪魔して。去年も一昨年も二人で行ったんだろ?」
「二人より三人の方が楽しいだろ? それに冬児も田舎の祭りの楽しさを知るべきだ。なあ、北斗?」
話を振られた北斗は何とも言えない顔をしている。北斗としてはせっかく春虎と二人でとか、でも冬児も友達だし、でも春虎が冬児もって言うのは分かるし、でもボクはまた二人で、でもでもと一人ループに陥っている。
「ほら、北斗も冬児も大切なダチだし」
「ダチ、ねぇ」
春虎の呟きにだめだ、こりゃと冬児は思う。ちらりとどこか不機嫌そうな顔の北斗を見ながら、もう一度冬児は春虎を見る。
「バカ虎って言うのは妥当なネーミングだ」
と言うのだった。
「じゃあ、また明日~」
元気よく手を振り、二人と別れる北斗を見送りながら、春虎と冬児は帰路につく。
「しかし北斗の奴、なんであんなにお前に陰陽師になれって言い出したのかね」
「さあな。今年あたりから急にだ。何がきっかけだったのかもわからん」
春虎としてはお手上げだと肩をすくめる。
「あいつ、本当に何もんだ?」
「……さあな」
冬児の言葉に春虎は若干はぐらかしながら答える。
北斗との付き合いはそれなりに長い。しかし春先にこっちに引っ越してきた冬児はとにかく、春虎でさえ彼女の事は北斗と言う名前以外ほとんど何も知らなかった。
二人の認識は『謎多き女』である。
苗字は、家族は、どこに住んでいるのか、どこの学校なのか、それら当たり前の事さえ春虎は何も知らない。
以前に聞こうとしたが、はぐらかされてしまった。何度か力を使い追跡しようともしたが、すべて空振りに終わった。
昔は力の制御もお粗末で、あまり使いこなせていなかったとはいえ、ある意味異常であった。
北斗がただの少女ではない。それは鋭い冬児はもちろん、春虎も薄々気が付いていた。
だがそれでも……。
「あいつは俺の、俺達の大切なダチだよ」
当たり前のように春虎は言い放つ。長い付き合いだからこそ、わかることもある。北斗は悪い奴ではない。自分達に対して何かをたくらんだり、何かをしようとしてるわけではない。
だからこそ、春虎ははっきり言い放つことができる。教えてくれるまで春虎は待つつもりだった。いつかきっと、北斗が全部打ち明けてくれると信じて。
「愛されてるな、北斗の奴」
「バカ。違うっての。あいつとは、その、そう言う関係じゃ……」
「おっ、珍しい反応。ははーん、お前、結構北斗に気があるんだな」
「だから違うっての!」
青春してるなと、春虎をからかう冬児にむきになって反論する。
「それでお前は陰陽師になる気はあるのか?」
「……昔は、な。憧れもあったし、家の『しきたり』もあった。そうなるのが当然、当たり前ってな」
少しだけ昔を振り返り、春虎は告げる。
「でも俺には見鬼がなかったし、俺自身が立派な陰陽師になる必要はないって思ってた」
ただあいつを守れるようになれば。そう考えていた。その手段も考えぬまま。子供であったから仕方がないが。それでもその手段を手に入れられることを知り、それを目指した。
結果、陰陽師になることは遠のいた。挙句、約束は破られた。
「お前は才能あると思うけどな。呪符を使うのはうまいじゃねえか」
「よせよ。親父の見よう見まね。適当にやってるだけだよ」
「適当にやっててあれなら、中々だと思うがね」
などと言っているうちに冬児と別れる駅に着く。また明日と言葉を交わし、春虎もまた一人、うちへと向かう。
歩道橋をのぼりながら、春虎は今を考える。楽しい毎日だ。充実していると思う。
北斗が、冬児がいる日常。時間があれば力の制御のために修行をしている。
みんなには秘密にしている。北斗にも冬児にも、両親にも、そして幼馴染にも。
別にこの力の事が知られても、陰陽術が世の中に知れわたっている現代社会において、自分の力は珍しいが忌避される類の物ではない。
それでも春虎はまだこの力を秘密にしている。理由はいくつかあるが、一つに師匠の存在もある。自分の正体を教えることもせず、誰にもこのことは教えるなと言った。
それが鍛える条件だと。
胡散臭いぬいぐるみであるし、自分も決して尊敬しているとは口が裂けても言えない。
それでも恩義は感じている。自分の力の事を教えてくれた。鍛えてくれた。
だから今日までその約束を守ってきた。この力を使うときの条件も定められたが、それは春虎も納得できる物だった。
「でももう遅いんだろうな……」
不意に空を見上げる。夏だからまだ明るいが、ゆっくりと日が傾き、あたりを赤く染めている。
どこか一人、哀愁を漂わせる。センチになる自分なんて似合わないよなと自嘲する。
護ると約束し、そのために力をつけたはずだった。だがあの日、自分のちょっとしたミスでその約束を反故にした。
だから最近はこう思うことがある。何のためにこの力の制御を学んだのだろうと。
今のところ、修行は楽しいし、次第に制御できる力が増えてくるので面白くもある。
目下の目的は師匠に一撃入れることだ。
けれどもその後は……。
「一度約束を破って、今さら言ってもな」
ぼやきながら歩道橋をのぼり、そして向こう側から降りようとした時。
「……え」
「……あ」
一人の少女との再会を果たす。
土御門春虎と土御門夏目。
必然、偶然、奇跡、運命……。
これは様々な数奇な力に翻弄される少年少女の物語。
闇夜を駆ける闇鴉達(レイブンズ)の物語である。
東京陰陽庁舎内研究棟
東京にある陰陽師たちを統括する省庁である陰陽庁のある一角で、一人のまだ幼さの残る金髪の少女が白衣に身を包んである研究を行っていた。
彼女はある儀式の研究を行っていた。
「……いける」
少女は己の研究成果を見て笑みを浮かべる。
「あとは『祭主』と『祭壇』。条件さえ整えばきっと、『儀式』は成功する」
ぐっと拳を握りしめる。いける。自分の理論は間違っていない。
しかし足りないものがある。それさえ手に入れれば、この儀式は完成される。自分の望みが叶えられる。
「これできっと……お兄ちゃんを―――」
そう。最愛の肉親をこの手で……。
「そこまでだ! 国家一級陰陽師・大連寺鈴鹿!」
部屋の扉が勢いよく開かれる。そこから数人の男が室内に勢いよく入ってくる。
その手には銃や呪符が構えられている。
「陰陽法に基づき、禁呪行使の容疑で逮捕する!!」
それは呪捜官であった。彼らは緊張した面持ちで少女――大連寺鈴鹿を取り囲む。
「呪捜官? あたし内偵されてたわけ?」
だが大連寺鈴鹿は呪捜官とは逆に不敵な笑みを浮かべていた。
「けどあんた達ごときが、あたしを捕まえられると思ってるの?」
物語は始まる。くるりくるりと運命は回る。輪廻の輪が……。
春虎の能力公開は次回以降。まあお察しの方は多いと思いますが。
次回はVS鈴鹿ですね。原作ぞいですが、オリジナル展開も多く入れていこうと思います。
感想あればお待ちしております。