・abmarsch (出発)
「小学生の体になった」ということが夢であれば良かったのに。
「お姉ちゃんが死んだ」ということが夢であれば良かったのに。
こんな世界から救ってくれるお助けキャラが出てくるといいのに。
「……新人、ですか」
はぁ、と小さく溜息をついたのは本庁の刑事部の高木渉だった。
彼の前でどっしりと構えているのは目暮警部と、ほんの少し楽しそうな白鳥警部。
「これでやっと高木くんにも後輩ができたな」
「…そうですね、少し可哀想ですが」
白鳥はにやにやとした笑みを浮かべながら目の前に立つ男をじっと見上げる。
思わず高木は目を逸らし再び溜息をついた。
「そういきなり言われましても…うまくできるかどうか…」
「バカもん!できるできないじゃなくてやってこい!」
「は、はい!」
目暮警部に一喝された高木は、どうやら今日やって来る新人についての資料を受け取るとさっとその場を逃げるように離れた。
いくらなんでも急すぎますよ、警部…。
ここにやって来てしばらく経ったが、やっと仕事にも慣れたもののまだまだ叱られることだってある。
そんな僕に新人…いや、後輩がつくなんて…。想像するだけで身震いした。
自分のデスクに戻りもらった資料へ目を落とすと、ふと後ろに気配を感じた。
「高木くんおめでとう!ついに先輩になるのね!」
なんて嬉しそうに声を掛けるのは、彼の先輩である佐藤刑事。
「あ、ああ~…、ありがとうございますー、はぁ…」
「ちょっと高木くん、なに溜息ついてんのよ?」
「いやー…だって僕に後輩ができるんですよ…?どうしよう、頼りない先輩だなぁなんて思われたら…」
「それはあるかもねー」
くすくすおかしそうに笑う佐藤さんに僕は困ったような拗ねたような表情を向ける。
「…でも、可愛い女の子だったらどうするの?」
「ど、どうするって…!別にどうも…」
「若くて可愛い女刑事に“高木先輩”って言われるのよ?好きになっちゃうんじゃない?」
「そんなことないですってば!」
「あらそう?」
けらけらとからかってくる佐藤さんをかわしながら、改めて資料へと視線を移す。
なになに、配属されるのは……24歳…女性……いやぁ若いなぁ……。
そして名前は……北条聖…聖って書いて“みずき”と読むのか…お洒落な名前だなぁ…。
あっ、写真も見て置こう、べ、べつに若い女性だから気になる訳じゃないけど…。
「すみません、配属された北条ですが…高木さんはいらっしゃいますか?」
「うぇぇ、あ、はい!」
勢いよく立ち上がったせいか持っていた資料がバサバサとデスクから落ちる。側にいた佐藤さんは不思議そうな顔をしていたのが見えた。
「貴方が、高木さん?」
デスクの下に落ちている写真と同じ顔の人物が、僕の目の前に立つ。
「は、はい…そうです……」
彼女は緩い笑みを浮かべると、よろしくお願いしますと会釈をした。
焦げ茶色のウェーブのかかった髪をまとめ、睫が長く目がぱっちりとした、賢そうな女性。
佐藤さんの冗談が、冗談にならないような気がしてきた。
***
「ええっと、北条さん…ですね」
「はい、北条です」
彼女のデスクは僕の真横。僕らは向かい合っていた。
姿勢よく椅子に座っている彼女から出ている雰囲気は…どこかで感じたことのあるような気がしていた。
なんというか、ミステリアスというか、誰にも言えない大きな秘密を持っているような感じ。
そう、メガネをかけた小学生とは思えない推理力を持ったあの少年…。
「あの、高木さん」
「……あ、はい!」
「目暮警部が呼んでます」
北条さんは視線を僕から目暮警部に移した。どうやら事件が起こったらしい。
「通報があったみたいだね…」
「私はどうすればいいでしょうか、着いていけばいいですか?」
新入りさんをここに放置していくのもアレだし、経験のために連れて行った方がいいだろう。
彼女の問いに頷くと、いそいそと出て行く目暮警部の後に僕たちも着いて行った。