二度目の高校生活はIS学園で   作:Tokaz

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遅くなりました。
第20話を投稿します。

言い訳になりますが、5千字程書いた原稿がバックアップ諸共飛びました。

流石にしばらく何も手につかず、少しずつ思い出しながら書き直したので、こんなに時間が掛かってしまいました。

遅くなった上、過去最長となった第20話、ご覧下さい。
 


第20話 志狼の怒り

 

 

~志狼side

 

 

 1限目と2限目の間の休み時間。1年1組の教室は静まり返っていた。

 織斑一夏が凰鈴音を抱きしめると言うショッキングな状況に誰もが驚き、声を上げられないでいた。

 織斑は幼なじみと久し振りに会えた喜びを表すかのように、彼女を力一杯抱きしめ、一方の鈴はいきなりの状況について行けないのか、顔を真っ赤にして固まっていた。

 

「い、いいいい一夏────!?」

 

「え? 本物だよな。何でこんな所にいるんだよ!」

 

「え? あ、あの、その、アタシだ、代表候補生──」

 

「代表候補生になったのか!? 凄いじゃないか、鈴!」

 

「ひゃあああああーーーー!!」

 

 感極まったのか、鈴を更に強く抱きしめる織斑。鈴は耳まで真っ赤に染め、頭から湯気を出し始めると、やがてカクンと首が落ちた。いかん、そろそろ止めなければ! 俺が席を立ったその時、

 

 

 パァンッ!!

 

 

 教室に入って来た織斑先生の出席簿が唸りを上げた。

 

 

「復帰早々何をしている、馬鹿者!」

 

「痛!! ち、千冬姉・・・・」

 

 織斑先生の出席簿を食らい、織斑が手を離してしまった為、鈴がゆっくりと倒れて来る。俺は素早く近寄って、鈴を抱き止めた。

 

「大丈夫か鈴、しっかりしろ」

 

 軽く頬を叩いて見たが、鈴は実に幸せそうな顔をして気絶していた。鼻血が出てたのは見なかった事にしておこう。

 

「先生、鈴を医務室へ連れて行ってもいいですか?」

 

 俺は鈴の鼻にティッシュを詰めながら聞いた。

 

「許可する。他の者は席に着け、授業を始めるぞ!」 

 

 皆が席に着く中、織斑が声を上げた。

 

「鈴は俺が運ぶ! お前は触るな!!」

 

 俺を睨み付ける織斑を一瞥して、織斑先生に視線を向ける。先生は額に手を当てながら、

 

「織斑、お前はただでさえ授業が遅れているんだ。ここは結城に任せておけ」

 

「でも、千冬姉!」

 

「ここでは織斑先生だ! はあ、全く何が気に入らないんだ?」

 

「だって、結城の奴が鈴に手を出したりしたら・・・・」

 

「「「・・・・・・」」」

 

 また、織斑の考えなし発言が飛び出した。こいつ何も変わってない、流石に呆れたぞ。

 

「はあ、分かった。俺じゃなければいいんだな? 明日奈、セシリア、すまないが頼む」

 

「あ、うん、分かった」

 

「はい、志狼さま」

 

 2人は席を立つと、鈴の左右から肩を抱えて教室を出て行った。出る時に織斑を睨み付けながら。

 

「これで文句はないな」

 

「・・・・ああ、これでいい」

 

 織斑は俺を一睨みしてから席に戻る。俺は織斑先生に「全然変わってないじゃないか!」と非難を込めた視線を向けたが、先生は苦い顔をするだけだった。

 はあ、先が思いやられる・・・・

 

 

~side end

 

 

 

 

 

~明日奈side

 

 

 昼休み。私達はここ数日、同じメンバーで昼食を摂っている。私、兄さん、セシリア、箒、清香、静寐、本ちゃん、神楽、ナギ、ゆっこと総勢10人に増えたから席を確保するのも一苦労。でもその分、大勢で食べる食事は賑やかでとても楽しい。

 しかし、いつもなら率先して話を振って来るナギや清香も今日は黙々と食べるだけ。けどそれは私達だけではなく、食堂全体が重苦しい沈黙の中にあった。

 

 

 その原因は食堂の中央辺り、私達のテーブルから少し離れた所にいた。

 

「それでさ、その時弾の奴が・・・・」

 

「う、うん・・・・」

 

 そう、織斑君と鈴が2人で食事をしているのだ。

 

 

 あの暴言で全ての女性操縦者を敵に回した彼が、楽しそうに談笑してるんだから、事情を知らない他のクラスの娘や上級生にしてみれば腹立たしい事だろう。

 かんちゃんから聞いたのだけど、どうやら彼が懲罰房に入っていた事は他のクラスでは聞かされてないらしい。あくまで噂が流れているだけで、正式に教師の口からは説明されてないそうだ。

 兄さんは「男性操縦者の醜聞を広めたくないのだろうけど、逆効果だ」と言ってたけど私もそう思う。この辺り学園上層部も混乱してるのかもしれない。

 

 ともあれ事情を知らない人達からすれば、あんな暴言を吐いた男が反省する様子もなくヘラヘラ笑っていれば、こんな異様な雰囲気になるのも仕方がないのかもしれない。

 

 

 

「・・・・何とかならないのかしら、この空気」

 

「あの2人が出て行かなくては無理でしょうね」

 

「何か、鈴までおかしくなっちゃったね」

 

 沈黙に耐えきれなくなったかのような静寐の発言に神楽が答える。そして、ナギが言ってるように確かに鈴は様子がおかしかった。私達の知ってる鈴は裏表のない、はっきりとものを言う娘だったけど、今の鈴は話しかけて来る織斑君にただ頷いているだけで、普段の自己主張の欠片もない。

 

「それは仕方がないんじゃないか。誰だって人によって見せる顔は違うからな」

 

 と兄さんが言う。意味が良く分からなかったのか、清香が聞き返した。

 

「ん? どゆ事?」

 

「例えば、清香だって親に見せる顔と友達に見せる顔は違わないか? 接する人によって態度が変わるなんて誰にでもある事だろう?」

 

「ああ、成る程ね」

 

「今の鈴もそれと同じだよ。俺達に見せる顔と織斑に見せる顔は違うって事。しかし鈴もあの試合の映像は見ただろうに、好きな男に抱きしめられて疑問とか不信感が全部吹っ飛んじまったみたいだな。あれはもう、普通の恋する乙女だぞ」 

 

 確かに。今の鈴は頬を赤く染め、瞳を潤ませて、楽しそうに微笑んでる。正直とても可愛らしいんだけど、相手がアレでは・・・・

 

「恋は盲目、ですわね」

 

 セシリアの呟きに皆で顔を見合わせ、苦笑してしまった。

 

 

 それにしても、鈴と一緒に笑っている織斑君を見てると正直腹が立って来る。

 後から聞いた話だけど、今回の件で織斑先生は学園上層部やIS委員会から相当叩かれたそうだ。彼の保護者でもある先生は「今までどんな教育をして来た」とか「親のいない家庭で育った者はこれだから」とか聞くに耐えない罵声を浴びせられたと言う。

 それに黙って耐えていた織斑先生の苦悩を思うと、私ですら腹が立つのだから、織斑先生の熱心なファンからすればどれ程だろうか。

 彼に対する隔意がどれだけあっても、手を出せば織斑先生自身が黙っていないからどうする事も出来ない。そう言う行き場のない感情が食堂内の異様な雰囲気を作ってるんだけど、あの2人はそれを感じていないようで、すっかり2人の世界に浸っている。

 

「明日奈、殺気が洩れてるぞ。抑えろ」

 

「! ごめん、兄さん」

 

 いけない! つい殺気を洩らしてしまった。気を付けなくっちゃ。

 

「まあ、気持ちは分かるよ。あの呑気な顔を見てると俺も顔面に右ストレートをぶち込んでやりたくなるしな」

 

「だよねえ!」

 

 兄さんも同じ気持ちだと知って、嬉しくなって言ってしまったが、

 

「結城兄妹は過激だな・・・・」

 

 箒の呆れたような呟きに、私達は明後日の方向を向いてごまかした。

 向いた先でたまたま談笑する2人が視界に入る。そしてふと、私は今朝のSHRでの事を思い出した。

 

 

 

 

<><><><><><>

 

 

 

 

「皆、久し振り! 織斑一夏、恥ずかしながら帰って来ました!!」

 

 

 久し振りに見た織斑君は、1週間も懲罰房に入っていた割に妙に元気だった。一昔前のアイドルのような無駄にキラキラしたイケメンスマイルを教室中に撒き散らしている。中にはポーッとしている娘も何人かいたが、私や大半の娘は反省した様子のない彼の態度に、不快感を示していた。案の定、

 

 パァンッ!!

 

「何をやっている、真面目にやらんか馬鹿者!」

 

 織斑先生の出席簿が唸りを上げた。

 

「痛っ! わ、分かってるよ千冬姉・・・・ゴホン えー、皆さん、先日は初めての試合でテンパッていたとは言え色々と変な事を言ってしまいすいませんでした。だけどあれは俺の本意ではありませんので分かって下さい。とにかく、この1週間で心を入れ換えて来たので、改めてよろしくお願いします!」

 

 そう言って織斑君は頭を下げたけど、私には用意した台詞を丸暗記して棒読みしてるように聞こえ、心から反省しているようには全く思えなかった。

 皆もそうなのか、どうすればいいのか解らず戸惑っていたけど、織斑先生が拍手をしたので、釣られて拍手をする娘が半分程いた。兄さんや私を始め、拍手をしない人も何人かいたけど、その事に織斑先生はムッとしてはいても特に何も言わなかった。

 

 

 復帰の挨拶をした織斑君は、自分の席に着く前に、笑顔を浮かべて兄さんの元へ近付いた。

     

「・・・・結城、色々と迷惑を掛けたな」

 

「ああ、本当にな」

 

 兄さんの返答に一瞬ムッとした顔をしたものの、すぐに笑顔に戻ると、

 

「そう言えばクラス代表になったんだってな。一応おめでとうと言っておくよ。まあ、よろしく頼むぜ、代表さん」

 

「・・・・・・」

 

 そう言って織斑君は今度こそ自分の席に戻った。

 

 

 

 

<><><><><><>

 

 

 

 

「て言うか、テンパッてたでごまかせると思ってるのかな~」

 

「何?・・・・ああ、今朝のSHRの事?」 

 

 回想を終えた私の呟きに、隣りの神楽が答えた。

 

「取り敢えず、織斑君は役者には向いてませんね」

 

「脚本家にもね。あんなので誰が納得するのよ」

 

「あの脚本を書いたのは織斑先生じゃないかしら。まあ向いてないのは一緒だけれど・・・・でも一部の娘は納得しちゃったみたいですけどね、あのイケメンスマイルで。まあ面と向かって志狼さんに謝罪したのは──「してないぞ」・・・志狼さん?」

 

 いきなり兄さんが口を挟んで来た。

 

「兄さん、どう言う事?」

 

「どうも何も、あの時の織斑の台詞を良く思い出して見ろよ。あの時織斑は「迷惑を掛けた」とは言ったが、「ごめん」とか「すまん」とか「悪かった」なんて謝罪に類する事は一言も口にしてないぞ」

 

「「────あっ!?」」

 

 そうだ。確かに謝罪らしい事は言っていない! と言う事は───

 

「・・・・つまり織斑は自分が悪いとは思ってないと言う事だ。何が心を入れ換えただよ、全く」

 

 兄さんの呟きに私と神楽は顔を見合わせ、揃ってため息を吐いた。

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 放課後。今日は第3アリーナで打鉄弐式の起動テストがある。俺と明日奈も手伝う予定だ(因みに本音は授業が終わると同時に整備室に直行した)。

 席を立とうとしたら、簪からメールが届いた。内容は「不具合が見つかったので修理中。1時間程遅れます」との事。

 いきなり時間が空いたのでどうしようかと何気なく教室内を見渡すと、織斑が箒に話しかけていた。しまった、メールに気を取られて対応出来なかった。仕方がない。俺は何かあったらすぐに介入出来るよう2人の会話に耳をそばだてた。

 

 

「おーい箒、放課後まで声もかけて来ないなんて、水臭いんじゃないか?」

 

「!・・・・ああ、すまない」

 

「まあいいけどさ。所でさ、お前一度面会に来たよな?」

 

「・・・・ああ、それが何か?」

 

「実はさ、あん時何言ったのかテンパッてて覚えてないんだよ。俺何かマズい事言ってたか?」

 

 テンパッテテオボエテナイ?

 

「!!───そ、そうか・・・・いや、特に何も言ってない、ぞ・・・・」

 

「そうか! いや良かったよ。箒とは同室だし、これからも仲良くしたいからな!」

 

 コレカラモナカヨクシタイ?

 

「そ、そうか、そうだな、あはは・・・・」

 

 

 ブチッ!!

 

 

 箒の作り笑いを見て、自分の中で何かが切れた音がした。

 彼女の笑顔はあんなのじゃない! 彼女の本当の笑顔はもっと───

 

 

 次の瞬間、俺は素早く織斑に近付き、

 

「織斑、ちょっと付き合え」

 

 そう言うと奴の首根っこを掴んで、引き摺るように教室を出て行った。

 

 

~side end

 

 

 

 

~箒side

 

 

 一夏が消えた。

 

 今まで顔を合わせたくないから近寄らなかったと言うのに、自分から話かけて来た。そして案の定、また私を傷付けて行った。

 私の心を抉った言葉の数々を覚えていないと言う人にこれからも仲良くしたいなんて言われても、私にはどうすればいいのか解らなかった。怒ればいいのだろうか?泣けばいいのだろうか? 私はただ、笑ってごまかす事しか出来なかった。でも次の瞬間、

 

 

「織斑、ちょっと付き合え」

 

 

 志狼の声が聞こえたと思ったら、一夏が消えていた。

 

 

 何が起きたか分からなくて呆然としていると、

 

「箒、大丈夫?」

 

 明日奈が声をかけてくれた。彼女の神秘的なヘイゼルの瞳が心配そうに揺れている。こんな時に心配してくれる友達がいてくれるのが、素直に有り難かった。

 

「あ、明日奈。今、志狼の声が聞こえたと思ったら一夏がいなくなって、それで、あの──」

 

「落ち着いて箒。大丈夫、織斑君は兄さんが連れて行ったから。でも織斑君は駄目かも。何たって兄さんマジ切れしてたもん。いや~、久し振りに見たわ」

 

「マジ切れって───マズいじゃないか! 一夏はともかく、このままじゃ志狼が罰を受ける事に!」

 

 そうだ、この状況で志狼が切れるなんて、理由は私の事でしかない。正直好きな人が自分の為に怒ってくれて嬉しいとは思う。けど、その為に志狼が罰せられたりしたら、私は!

 

「ああ、大丈夫大丈夫。兄さんって切れると冷静になるタイプだから、決して自分が罰せられないやり方で織斑君をボコボコにするわよ」

 

「そうか、なら安心──って出来るか!早く止めなくては! でも一体どこに? 校舎裏とかかな?」

 

「・・・・どこの不良よ。多分あそこだと思うけど、行くの?」

 

「どこだ? 教えてくれ!」

 

「第3アリーナ。兄さんは多分そこに向かっているわ」

 

 

~side end

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 第3アリーナの扉を開けて、俺は織斑を引き摺るようにして中に入る。ここに来る途中までは散々喚いていた織斑だが、ようやく静かになった。尤もずっと首根っこを掴まれていたせいか、若干グッタリとしているが。

 長い通路を抜けると、土で整地されたアリーナ場内に出たので、俺は織斑を放り投げた。 

 

「ゲフッ!! あ痛ててて~~~っ、 クソ、結城! いきなり何しやがるんだよ!!」

 

「柔らかい土の上に投げたんだ。そんなに痛くはないだろう? それより準備しろ。模擬戦をやるぞ」

 

「ハア!? 何で? 理由がねえよ!」

 

「理由がない? 本当に?」

 

「な、何だよ・・・・」 

 

「俺を自分の手でぶちのめすチャンスをやると言ってるんだぞ?」

 

「!」

 

「俺が目障りなんだろう? 俺をぶちのめしたくて仕方がないんだろう? お前の考えてる事なんて分かってる。だからそのチャンスをやるって言ってるんだ。さあ、白式を纏え。望み通り戦ってやる」

 

「お、俺は・・・・」

 

「懲罰房で過ごす間、あの試合でお前が勝って俺をひれ伏させるのを妄想してたんじゃないか?そんな風に俺をぶちのめすのを何度妄想した?十回?百回?もっとか? 時には拳で、時には竹刀で、時にはISで、何度も何度も俺をぶちのめして楽しかったんだろう?気分が良かったんだろう?」

 

「・・・・・・」

 

 織斑の表情に昏い愉悦が浮かぶ。だが、

 

「だが所詮は妄想、現実の俺には何の影響もない。残念だったな」

 

 俺の言葉に織斑の顔が強張る。

 

「だからチャンスをやると言ってるんだ。お前の妄想を現実にするチャンスだ。本当に要らないのか?」

 

「くっ!・・・・・・」

 

「・・・・そうか、ならいい。所詮はお姉ちゃんがいないと何も出来ない腰抜けだったか」

 

「!! 千冬姉は関係ない! いいぜ、望み通りぶちのめしてやる。来い、白式!!」

 

 織斑の叫びに呼応して右腕の白い腕輪が光を放つ。光が消えると、そこには西洋の騎士のような外見をした白いIS、白式が現れた。

 

「・・・・試合成立だ」

 

 俺はそう呟いて携帯端末を操作すると、アリーナの鍵がロックされて、観客席にシールドバリアーが張られる。そして、電光掲示板には孤狼と白式のデータが表示された。

 

「これは・・・・」

 

「模擬戦用の機能を立ち上げた。模擬戦中に人が誤って入って来たら危険だから場内に通じる扉は全てロックした。それと、あの電光掲示板には簡易的な審判機能も付いている。お前にまた卑怯とか文句を言われるのも面倒臭いんでな・・・・よし、準備完了だ」

 

 俺はそう言うと、左手首にはめた腕時計に手を当ててそっと呟いた。

 

「行くぞ、孤狼」

 

 俺の声に呼応し、腕時計が赤い光を放つ。光が消えると、そこには全身装甲型の赤いIS、孤狼が現れた。

 

 そして、電光掲示板がカウントダウンを始める。

 

 5、

 

「用意はいいな?」

 

 4、

 

「見てろ。ぶった斬ってやる」

 

 3、

 

 静かにファイティングポーズをとる孤狼。

 

 2、  

 

 雪片弐型を抜き放つ白式。

 

 1、

 

 両者の視線が交差し、そして、

 

 0、

 

 バトルが始まった!

 

 

 

~side end

 

 

 

 

~明日奈side

 

 

 その頃、私と箒は第3アリーナの通用口前に来ていた。だけど、

 

「くっ、駄目だ、開かない」

 

 扉がロックされて中に入れず、立ち往生していた。

 

「遅かったかあ、もう始まってるみたいね。どうする?」

 

「ど、どうしよう・・・・」

 

 私に聞かれても、箒は何も思いつかないようで、ドアノブを掴んだまま途方に暮れていた。そんな時、

 

「明日奈さん、箒さん、こちらへ!」

 

 セシリアが階段の前から声をかけて来た。

 

「そうか、管制室!」

 

 私はそう叫んで階段を駆け上がる。分からないながら箒も後を追って来た。

 

「明日奈! どこに行くんだ!?」

 

「管制室よ! あそこなら模擬戦の様子が良く分かるし、いざと言う時には介入も出来るわ!」

 

 管制室のある最上階に到着すると、セシリアや神楽を始めとした1組の面々が管制室の扉の前に集まっていたんだけど、

 

「どうしたの皆、入らないの?」

 

「明日奈さん、それが・・・・」

 

 中に入らない事を不思議に思い、聞いてみるとセシリアが困った顔をしていた。そこに到着した箒が、

 

「何をしてるんだ、どいてくれ!」

 

 と、割って入ると、中には先客がいた。

 

「千冬さん!? 山田先生も、どうして?」

 

「ここでは織斑先生だ、篠ノ之」 

 

 そう、中にはモニターから視線を外さないまま答える織斑先生とコンソール席に座り何か作業をしている真耶先生がいた。

 まさかの担任、副担任の登場に私達は動揺し立ちすくむ。だけど織斑先生は、

 

「どうした、入らないのか?」

 

 と、暗に入室を許可してくれた。先生の言に私達は顔を見合わせるも、意を決して入室する。入室し真っ先に目に入る正面モニターには孤狼と白式の戦う姿が映っていた。

 

「志狼! 先生、止めて下さい!」

 

 箒の悲痛な声に織斑先生が答える。

 

「何故止める必要がある? 結城が申し出て、織斑が受けた。その時点でこの模擬戦は成立しているんだ。私達教師が止める言われはないぞ?」

 

「では模擬戦をする事に関しては兄さん、いえ、2人が罰を受ける事はないんですね?」

 

「確かに自主訓練中に流れでそのまま模擬戦に入る事もあるからな。生徒間で同意が得られ、安全に考慮さえしていれば、学園側から罰を与える事はない。今回は結城がきちんと配慮してるから問題はないだろう」 

 

 織斑先生の返答に私と箒は取り敢えずホッとする。

 ようやくモニターに集中すると、孤狼に斬りかかる白式の姿が。しかし、孤狼は当たる直前で半身を引いて回避すると、ガラ空きのボディに光る拳を叩き込み、距離を取る。さっきからこの繰り返しで、白式のSEだけが一方的に減っていた。

 

「大したものだな。一夏の斬撃は決して鋭いとは言えないが、それでも剣と拳。リーチの差は歴然なのにそれを全く苦にしないとは」

 

「恐らく目がいいのでしょうね。ああ、この場合は動体視力や視野の広さの事を言ってますのよ?」

 

「ねえ明日奈、志狼さんっていつからボクシング始めたの?」

 

 箒とセシリアが戦況を分析していると、ナギに聞かれたので私は素直に答えた。

 

「ボクシングは高校からよ。でも、その前からお父さんとかに格闘技を教わってたから」

 

「へー、じゃあかなり強かったんじゃない?」

 

「そりゃあ、日本一だもの」

 

「は?」

 

「あれ? 知らなかった? 兄さんは昨年のインターハイで優勝してるのよ?」

 

「「「「ええええーーーーっ!!」」」

 

 私の言に皆が驚いた。驚かないのは先生達とセシリアの3人だけだった。そっか、兄さん話してなかったんだ。

 

「なんだ、結城の奴話してなかったのか」

 

「みたいですね。まあ、積極的に自慢するような人じゃないですから」

 

「──あったわ。えーと・・・「今年のIH男子ボクシング・ウェルター級は波乱が起きた。千葉県代表の結城志狼(18)が全試合1RKOの快挙を成し遂げたのだ。今まで無名だった期待の新星は早くも再来年のオリンピック代表の最有力候補と目され、各ボクシングジムが水面下で争奪戦を繰り広げている」──ですって」

 

 携帯端末からネット検索をしていた静寐が検索した記事を読み上げる。

 

「すごーい! じゃあプロ入りの話とかあったの?」

 

「オリンピック代表の話は?」

 

「あったわよ。全部断ったけど」

 

「嘘! もったいない、何で!?」

 

「・・・・兄さんには夢があったから」

 

「それってお医者さんになりたいって言うアレ?」

 

「そうよ」

 

「そっかー、でももったいないなあ。お医者さんは沢山いるけどボクシングのチャンピオンなんて選ばれた人にしかなれないのに」

 

「そう言う問題じゃないのよ。兄さんにとって医者になるのは、亡きお母様との約束だから・・・・」

 

「「「「───えっ!?」」」」

 

 またも皆が驚く。驚かなかったのはセシリアだけだった。

 

「セシリアは驚かないんだ。兄さんから聞いてた?」

 

「ええ、3年前に教えて下さいました」

 

「そっか。まあそう言う事だから兄さんにとって医者になる以外の選択肢はなかったの・・・・」

 

 皆が複雑そうな顔をして俯く。あの織斑先生でさえモニターから視線を外し、考える込むような表情をしていた。そんな中で、

 

「あの~、通信傍受の準備が出来ましたけど、どうしますか?」

 

 と、真耶先生が報告して来た。管制室には試合中の選手が双方向通信で話している内容を聞き取る機能がある。これは所謂八百長を防ぐ為の審判機能のひとつだ。

 IS黎明期の頃、プライベートチャネルを使って試合中に共謀して、試合結果を操作すると言う不正が行われた事があった。そう言った不正をさせない為に試合中の通信を傍受する機能が管制室には備わっているのだ。

 

「ああ、聞かせてくれ」

 

 織斑先生がそう言うと、真耶先生がスイッチを入れる。途端に、織斑君の怒鳴り声が響いた。

 

 

『ちくしょう! 何で、何で当たらないんだ! 当たりさえすればお前なんか一撃なのに!!』

 

『さっきからチョコマカと逃げ回りやがって、動くんじゃねーよ!』

 

『動くなって言ってんだろ! お前は黙って俺に斬られりゃいいんだ!!』

 

 

 ・・・・何とも勝手な言動のオンパレードだった。

 

「・・・・何て、見苦しい」

 

 セシリアが嫌悪感丸出しで呟く。皆も同じ気持ちなのか、うんざりした表情を浮かべていた。織斑先生も額に手を当てて俯いている。そんな時、

 

「あ、いた! ちょっと何してんのよこんな所で!?」

 

「り、鈴!? 何でここに・・・・」 

 

 鈴が管制室に入って来た。

 

「1組に行ったら誰もいなくて、周りの人に聞いたら皆こっちに行ったって。それでこれは何の騒ぎなの──って一夏!? それにあっちは・・・志狼なの?」

 

 小柄な彼女にはモニターが見えなかったようで、前まで来てようやく2人が模擬戦をしてるのが解ったらしく、モニターの映像を見て驚いていた。

 

「え? 何? 何がどうなってんの? 誰か説明しなさいよ!?」

 

 パァンッ!!

 

「やかましい! 静かにしろ、凰!」

 

 混乱して騒ぎたてる鈴に出席簿を食らわせる織斑先生。

 

「生徒同士で模擬戦をしているだけだ。黙って見ていろ、凰」

 

「ち、千冬さん・・・・ハイ」

 

 先生の一撃を受けて鈴が大人しくなった。すると、モニター内の白式の動きが止まった。

 

 

『ハアハア、ちくしょう、何で当たらないんだ? もう少しなのに、あと少し速く動ければ当たるのに・・・・』

 

『無駄だ。今のお前じゃ何度やっても俺は斬れんよ』

 

『な、何でだよ! 現にあと少しで当たりそうじゃねーか!』

 

『お前が速度を増して斬りかかれば、俺も同じだけ速度を増して回避する。さっきからこれを繰り返してたのに気付いてなかったのか?』

 

『な、何だと!?』

 

 兄さんの言う通り、織斑君が速度を増した分だけ兄さんも同じだけ速度を増している。だからこそ紙一重で回避し続ける事が出来るのだ。

 管制室で数値として表示されてるから私達には良く分かる。ほとんど誤差なく速度を増しているのだ。

 

「すごい、完全に見切ってる・・・・」

    

 そう、誰かが呟いたようにこれは『見切り』と呼ばれる高等技術の1つなのだ。

 この時点で分かる事が3つある。1つは兄さんが完全に孤狼を掌握してると言う事。これは脅威的な事で、いくら専用機と言っても2回目のバトルで出来る事じゃない。よっぽどISと操縦者の相性が良いのだろう。 

 2つ目は織斑君の剣は完全に兄さんに見切られていると言う事。技術、剣速、あらゆるものが見切られている。こうなっては一太刀当てる事も難しいだろう。

 3つ目は現時点で織斑君は兄さんに勝てないと言う事。何せ剣一本しか武器のない機体でその剣が見切られているのだ。これで勝てると思う方がおかしい。

 

 

『お前の剣は拙すぎる。小学生の頃は箒より強かったなんて信じられんな。中学でも剣道を続けてれば少しはマシだったろうに一体何をやってたんだ?』

 

『中学ではバイトを・・・・』

 

『・・・・・・は?』

 

『だから、家計を助ける為にバイトしてたんだよ!』

 

『はああ!?』

 

 聞いていた私達もポカンとしていた。家計を助ける為にバイト? だって織斑先生が当時いくら稼いでいたと思ってるんだろう?

 

『何だよ、何か文句があるってのかよ!?』

 

『お前・・・・その当時織斑先生がいくら稼いでたか知らないのか?』

 

『え? だってハタチそこそこの高卒の女だぞ。そんなに稼げる訳ないじゃないか?』

 

『!!・・・・・・はあ。お前なあ、あの人は当時日本代表だぞ? それだけでもかなりの稼ぎなのにテレビや雑誌の取材や出演、おまけにモンド・グロッソの優勝賞金もあるんだ。軽く億単位の金額を稼いでた筈だぞ!?』

 

『────えっ?』

 

『それなのに家計を助ける為にバイトって・・・・何でそんな勘違いしてるんだお前は!?』

 

『そ、そんな・・・・』

 

『そもそも中学生がバイトするのは原則的に禁止の筈だぞ。何でそんな事が出来たんだ?』

 

『それは・・・・情報誌を見ても中学生を雇ってくれる所がなかったから、近所の酒屋の親父さんに頼み込んで雇って貰ったんたけど・・・・』

 

『お前・・・・その様子からすると学校から許可を貰ってないな?』

 

『(ギクッ)!!』

 

『そりゃそうか。学校に話していればそんな必要ないって止められるよな───織斑先生! そこにいますよね! 貴女こいつに生活費を渡してなかったんですか?』

 

 兄さんにそう言われて、織斑先生が返答した。

 

「いや、月に10万渡しておいて、足りなくなったら言えと言っておいたんだが・・・・そう言えば一度も催促された事がないな」

 

『でもバイトしてた事は知ってましたよね?』

 

「ああ。だが、社会勉強になるからと黙認していた。まさか家計を助ける為にしていたとは・・・・」

 

『え! 千冬姉知ってたのか!?』

 

「当たり前だろう。私はお前の保護者だぞ。当然親父さんから話は聞いてる。強引に頼み込まれてやむを得ず雇ったと」

 

『そんな・・・・・・』

 

 自分の知らなかった事実を知り、織斑君は絶句していた。まさか織斑先生の年収も知らず、3年間しなくてもいいバイトをしていたとは・・・・家計を助ける為という動機は立派だが、これでは世間知らず呼ばわりされても仕方がない。周りの皆も呆れているし、鈴ですら口を開けてポカンとしている。

 

『全く、お前の悪い所はいくつもあるが、思い込みが激しく、周りの大人に相談しないで勝手に行動すると言うのもその中の1つ、いや2つか。せめて3年間剣道を続けてればまだマシだったろうに・・・・正直白けた。どうする、まだやるか?』

 

 無理もないけど兄さんはすっかりやる気を失くしてしまったみたい。こちらでも織斑先生が項垂れているし、鈴もポカンとしたままだ。織斑君も戦意を失っているようだし、これで終わりかなと思ったら、

 

『・・・・いや、まだだ! 例え3年間無駄に過ごしたとしても、今の俺には一発逆転の切り札がある! この“零落白夜(れいらくびゃくや)”が俺にはあるんだあ!!』

 

 織斑君の絶叫と共に雪片弍型が変形してエネルギーの刃を形成する。

 

『ほう、まだやるのか?』

 

『俺の白式の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)“零落白夜”の能力はエネルギーの無効化だ! 一発当たればシールドバリアーなんか紙切れ同然に切り裂くぜ!』

 

 

 

 

 ───単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)

 

 

 ISと操縦者が最高の相性になった時に発現すると言われているその機体固有の特殊能力。本来は操縦者と機体とコアが経験を積んだ末に発現すると言われており、二次移行(セカンドシフト)する事が発現の最低条件と思われていた。

 その能力は千差万別で、どの能力も強力な切り札になり得る力を持つ。

 

 

 

 

 何と、白式は一次移行機でありながら単一仕様能力を発現しているらしい。

 でも、零落白夜は織斑先生の『暮桜』の単一仕様能力のはず。その能力は固有であり、同じものは2つとないはずなのにどう言う事なんだろう?

 

『これでお前を斬る! 食らええーーーっ!!』

 

 白式が零落白夜で孤狼に斬りかかる。けど、私は全く心配してなかった。何故なら、

 

『わざわざ自分の特殊能力を教えてくれるとは親切だな。それにお前自分でも言ってたろう?当たれば、と。それが出来ないのにどうしようって言うんだ?』

 

『ち、ちくしょーーーっ!!』

 

 やっぱり。太刀筋が全く変わってないのだから、兄さんの見切りの前には空しく空振りを続けるだけだった。

 

『お前に付き合うのもいい加減白けた。そろそろ時間なんで終わらせて貰うぞ』

 

 時間と言われて私は時計を見る。かんちゃんにメールを貰ってから40分が過ぎていた。成る程、テストまでにきっちり終わらせる気なんだ。

 

『ほざけーーーーっ!!』

 

『・・・・・・最後にひとつだけ言っておく事がある。二度と箒にあんな顔させるんじゃねえっ!!』

 

 正面から上段で斬りかかる白式の手首に孤狼の光る左拳が命中し、雪片弍型が地に落ちる。孤狼はその隙を逃さず右腕に杭打ち機をコールし、そのまま白式に打ち突けた。

 衝撃は二度。そして白式は崩れ落ちる。だけど、

 

『ちっ、削り切れなかったか。案外しぶといな』

 

『う、うああ』

 

 どうやら完全にSEを削り切れなかったらしい。止めを刺そうと白式に近付く孤狼。そして再び杭打ち機を打ち込もうとした、その時、

 

 

「やめろーーーーーっ!!」

 

 

 突如そう叫んだ鈴が自らのISを纏い、管制室の強化ガラスを割って、アリーナ内に飛び出した。

 

 

~side end  

 

 

 

 

~志狼side

 

 

 俺が倒れる白式に止めを刺そうとしたその時、パリンッと何かが割れる音がしたと思ったら、背中に衝撃を受けた。攻撃されたと認識した俺はその位置から素早く飛び退いて、背後を見る。

 そこには初めて見る赤み掛かった黒い色をしたISがいた。その操縦者は、

 

「鈴・・・・どう言うつもりだ?」

 

「そこまでよ、志狼。一夏はもう戦えない。模擬戦はここで終わり、いいでしょう?」

 

「それはお前が決める事じゃないんだがな・・・・で?織斑、どうするんだ?」

 

 俺は倒れたままの織斑に問いかけるが、返事がない。意識はあるようだがどうしたんだ?

 

「まだ暴れ足りないって言うなら、ここからはアタシが相手になるわよ!」

 

「人を暴れん坊みたいに言わんでくれ。いいよ。ここは鈴に免じて引くとしよう」

 

 俺はそう言って構えを解いた。そこに、

 

『お前ら! 全員そこを動くな!!』

 

 司令室から織斑先生の怒号が響き渡った。

 

 

~side end

 

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

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