第32話を投稿します。
今回はクラス対抗戦のエピローグと次の章のプロローグをお送りします。
あの戦いの後、志狼達がどうなったか。そして新たな騒動の影が迫る───!
新ヒロイン達(と言っても皆さんおなじみの彼女ら)も姿を現す第32話、いつもの2話分のボリュームでお送りします。ご覧下さい。
~千冬side
クラス対抗戦の最中、突如乱入して来た3機の無人機。何者かのハッキングを受け、コントロールを失った学園で乱入者と戦い、学園を守ったのは3人の操縦者だった。
結城明日奈、更識簪、そして、結城志狼。
彼等の活躍で乱入者が無人機だと分かったし、強力なビーム兵器を持つ無人機の撃退にも成功した。だが、その代償として、結城志狼が重傷を負ってしまった。
無人機との戦闘中、一夏がシールドバリアを斬り、無防備となった観客席にビームが撃ち込まれた。まだ避難中で生徒達が残された観客席を志狼がその身を呈して守り抜いた。
その結果、彼は身体の正面に重度の火傷を負い、現在治療中であった。幸い一命はとりとめたが、火傷の痕は完全には消せず、身体に何らかの障害が残るだろうと言うのが学園の医療責任者、御門涼子教諭の所見であった。
私は今、中央アリーナの管制室から事後処理の指揮を執っていた。セキュリティのチェックや生徒のメンタルケアなど色々と問題は残っているが、取り敢えず事態は沈静化に向かっていた。
「織斑先生、お呼びですか?」
管制室に呼び出していた生徒達が入室して来た。
結城明日奈、更識簪、セシリア・オルコット、そして、織斑一夏の4人だ。
「ああ、皆良く来てくれた」
戦いが終わったばかりでISスーツのまま着替えてもいない明日奈と更識、それとオルコットは沈痛な表情をしていた。一夏は、何故か左頬が腫れていて、鼻にはティッシュを詰めていた。
「織斑? その顔はどうした?」
「え~と、その」
そう言って一夏は明日奈をチラ見するが、明日奈は見向きもしなかった。どうせ無神経な事を言って明日奈に殴られでもしたんだろう。
「ハア、まあいい。お前達を呼んだのは上に報告する為にお前達からも事情を聞く必要があるからだ。少し長くなるだろうから、取り敢えず座れ」
私は用意してあったパイプ椅子に彼女らを座らせた。
「あの~、千冬姉? 俺の分の椅子がないんだけど?」
「お前は立ってろ」
「え? でも」
「立ってろ」
「・・・・・・はい」
一夏が大人しくなったのを見て、私は話し始める。
「さて、話を聞く前にお前達が一番気になっているだろう結城の容態だが」
それを聞いて3人の表情が変わる。
「取り敢えず一命はとりとめたそうだ。今は医療ポッドに入って治療中と連絡があった」
3人は一様にホッとした表情を見せる。明日奈などは「良かった、兄さん」と涙ぐんでいて、そんな明日奈の肩を更識とオルコットが優しく叩いていた。
そんな3人の様子にしばらくホッコリしていたが、私は話を進める事にする。
「さて、それでは話を聞かせて貰おう。まずは無人機が乱入した所からだ」
私は事情聴取を始めた。
「よし、エネミー2を撃墜した所までは分かった。ではエネミー3との戦闘状況を教えて貰おう」
「はい。まず私がエネミー2を撃墜してから3人で一旦合流しました。どう対処するか相談していると、エネミー3が動き出し、こちらに向かって来ました」
「襲い来るエネミー3に志狼さんが立ち塞がりました。私達は援護に回ろうと左右に別れました」
「私はここでシルエットを換装して、エネミー3の背後に回り、斬りつけたんですが、こう身体が180゚回転すると言う本来あり得ない動きに意表を突かれ、一撃を食らって吹き飛ばされてしまいました」
「それを見た志狼さんがエネミー3に襲いかかりましたが、同じく吹き飛ばされ、地表に落下しました」
「その後、エネミー3が放ったビームを志狼さまは何とか回避しました。そして観客席では3度目のパニックが起こりました。その後ですわね。織斑さんがシールドバリアを消滅させて乱入したのは」
ここまで聞き終えて、私は気を引き締める。ここからは一夏に話を聞かねばならない。果たして何を言い出すか、内心嫌々ながら一夏に話を振った。
「ふむ。ここまでは分かった。それでは織斑、お前は何故あのような暴挙に及んだんだ?」
私がそう聞くと、一夏は心外そうな顔で言った。
「暴挙? ちょっと待ってくれよ千冬姉。俺は皆を助ける為に戦闘に参加したんだぜ!?」
寄りにも寄ってそう来たか。私は今にも怒鳴りつけたい衝動を抑えて、取り敢えず一夏が何を考えて行動したのか全て話させる事にした。
「ほう、お前が戦闘に参加してどうする? 3対1の状況だ。じきに決着は着いただろう?」
「それじゃ遅いよ。生徒達はパニックを起こしてたんだ。一刻も早く敵の恐怖から解放してやらなきゃ。あの敵を倒すには結城達じゃ力が足りない。一撃必殺の俺の零落白夜が必要だと思ったんだ」
「・・・・だからってシールドバリアを破るのはやり過ぎだとは思わないか?」
「それは!・・・・確かにやり過ぎだったとは思う。でも言ったろ? 一刻も早く皆を解放してやりたかったって。その為には仕方が無かったんだよ!」
「・・・・だが、戦闘に参加したお前はあっさり敵機に吹き飛ばされ、追撃に撃ち込まれたビームを何も考えずに避けた結果、生徒達を危険に晒した。これはどう説明する?」
「それは!・・・・結果的にそうなっただけで、わざとやった訳じゃない。そう、言わば不可抗力なんだよ!」
「・・・・成る程、不可抗力か」
「そう! 不可抗力。運が悪かったんだよ。それに生徒達は結城が守ったんだし、結果オーライだろ!?」
一夏のその一言でその場にいた全員がキレた。
まず、一番近くにいたオルコットが立ち上がり平手打ち。パァンッと大きな音が響いた。
「愚か者!」
次に更識が思いきり向こう脛を蹴り突ける。
「恥知らず!」
そして明日奈が右頬に左ストレートをぶちかました。
「下種が!」
3人の攻撃を食らい、倒れる一夏。
「な!? いきなり何すんだよ、お前ら!!」
一夏が抗議するも、3人は全く聞いておらず、
「織斑先生、手が汚れたので洗って来ます」
と、明日奈が言った。
「・・・・ああ、行って来い」
私が許可を出すと3人は呆気に取られる一夏を一瞥もせず、管制室から出て行った。
「な、何だよあいつら!? 人を殴り倒して詫びも無しかよ!?」
そんな風に喚く一夏に私は近付く。
「一夏・・・・」
「千冬姉! 何なんだよ、あいつら!酷いと思わねえ!?」
私は一夏の頭を掴むと、そのまま片手で持ち上げた。
「イデデデデーーーッ!!ち、千冬姉!?」
「黙れ。貴様、いつからこんな外道に成り下がった!?」
「アアアーーーッ!!な、何の事だよ!?」
「貴様、結城が守ったから結果オーライだといったな?」
「じ、実際そうじゃないか!!」
私は一夏の頭を握る力を強くして、答える。
「もし、あの時観客席にビームが撃ち込まれたらどうなっていたと思う?あの場にいた者達は全員死んでいただろうな」
「!!」
「お前無人機のビームの威力を舐めてるな?アリーナのシールドバリアを破る程の威力だぞ?そんなモノがお前のせいで、バリアの無くなった観客席に撃ち込まれたら、観客席に残っていた者達はビームの高熱で焼け焦げた無惨な死体を晒す事になっただろうし、崩れた観客席の下敷きになって、避難中の者達も圧死していただろう。軽く見積もって100人近い被害者が出たはずだ。それだけの被害が出るのを結城は防いでくれたんだぞ?そのせいで結城は重傷を負ったと言うのに、それを結果オーライ?良く言えた物だな!?」
「うっ・・・・」
「そもそもお前が余計な事をしなければ、結城が負傷する事も無かったと言うのに、何故勝手な行動をした?言ってみろ!!」
「だ、だから俺は皆を守る為に・・・・」
「何が守るだ!守る所か逆に危険な目に合わせてるじゃないか!!」
「そ、それはだから不可抗力だって!」
「不可抗力?ふざけるな!お前の行動で皆が迷惑を被っているんだぞ!?いい加減自覚しろ!!」
「アアアーーーッ!!ご、ごめんなさーーーいっ!!」
「・・・・一夏、お前本当は手柄が欲しかったんだろう?」
私の言葉に一夏はギクリと顔色を変えた。
「な、何の事だよ・・・・」
「惚けるな!お前敵機を撃墜すれば皆が自分の事を見直すとでも思ってたんだろう!?」
「ち、違う!俺は純粋に皆を助けようとして・・・・」
「嘘を吐け!汚名返上を狙っての行動だったんだろうが、逆に皆を危険に晒してしまうとは。こう言うのを恥の上塗りと言うんだ、この愚か者が!!」
「グアアアーーーッ!!割れる、割れるーーーっ!!」
ゴキッと言う鈍い音が鳴り、私は一夏を離した。一夏は泡を吹いて気絶していた。
その時、明日奈達が戻って来た。彼女らは倒れた一夏を一瞥もせず、パイプ椅子に座った。
「お待たせしました。続けましょう先生」
「ああ、そうだな。えーと、どこまで聞いたか・・・・そうだ、織斑が勝手に出撃した所までだな」
「織斑先生。その前に
「何だ、オルコット?」
オルコットが手を挙げて報告した。
「はい。避難の指揮を執っている時の事です。列を乱し、我先にと避難しようとする輩がいましたので、やむを得ず実力行使に及んでしまいました」
「実力行使?何をした?」
「部分展開したBTのレーザーを撃ちました。足元を狙い、非殺傷設定にして出力を抑えていたとは言え、人に向けてレーザーを撃ったのは事実です。
「そうか・・・・」
確かにオルコットのした事は問題ではある。だが、パニックを起こした群衆に言葉だけで言う事を聞かせるのは至難の業だ。彼女を責任者に指名したのは私だし、お咎め無しにしたい所だが、彼女の言い分も分かる。全く、一夏の奴にオルコットの責任感の百分の一でもあれば・・・・
「分かった。責任は私が取ると言った手前、お前に処分を下すのは忍びないが、お前の言い分も分かるからな・・・・では、セシリア・オルコット。お前にはISの武装を人に対して使用した件で5日間の奉仕活動を命じる。内容については後日決める。これでいいな?」
「承知しました」
オルコットの件はこれでいいだろう。
「さて、この後の事だが、これは結城自身に聞かないと分からんだろうな」
「そうですね。私と明日奈はビームを受けたボロボロの状態で志狼さんがエネミー3を倒したとしか分かりませんから」
「ふむ、分かった。ではこれで事情聴取は終了とする。皆疲れているのにご苦労だった。ゆっくり休むといい」
「「「はい!」」」
3人は席を立ち、管制室を出て行った。
「───さて」
私は未だに倒れたままの一夏に近付き、耳元で怒鳴った。
「いつまで寝ている!とっとと起きんか!!」
「!うわっ!!」
驚いて飛び起きた一夏の顔は随分と面白くなっていた。両方の頬が腫れていて、特に左頬にははっきり紅葉が浮いていた。こんな時だと言うのに思わず笑ってしまう。
「プッ、随分男前になったな、一夏」
「へっ?」
「さて、お前の処分を言い渡そう。ISの無断展開、無断の戦闘介入、シールドバリアなどの器物破損、一般生徒を危険に晒したISの取扱い違反など。以上の罪で織斑一夏、お前を2週間の懲罰房行き及び反省文1000枚を命じる」
「は?・・・・・・な、何でだよ!何で俺がまたあそこに入れられるんだよ!?」
「それだけの事をしたんだから当然だ。それと右手を出せ、一夏」
「?あ、ああ」
一夏は困惑しているようで、あっさりと右手を出した。私は一夏の右手を取ると、白式の待機形態である白い腕輪を外した。
「!何すんだよ、千冬姉!?」
「見ての通り、白式は没収する。お前に専用機を持つ資格は無い」
「何だって!?」
「先程言ったお前の罪状。これは全て専用機持ちの規約違反だ。お前にも白式を得た時に規約を記したマニュアルを渡して読んでおくように言った筈だぞ?」
「うっ・・・・・・」
「ハア、そうか。また読んでないのか」
どうやら入学時の参考書と同じく、これも読んで無かったようだ。
「とにかく、お前のやった事は専用機持ち、いやIS操縦者としてやってはいけない事のオンパレードだ。通常その規約を破った者は専用機持ちの資格を失い、没収される。よって、お前もその例に従わせたまでだ」
「そんな───!返してくれ!白式は俺のもの、俺の力なんだ!?」
「だから、お前にその資格は無いと言ってる」
管制室の扉が開き、男の警備部員が2名入って来た。IS学園の警備部はこの学園には珍しく男女混合、男の職員も配属されているのだ。
「連れて行け。暴れるなら拘束しても構わん」
「千冬姉待ってくれ!俺の話を聞いてくれ!千冬姉!千冬姉───!!」
一夏は抵抗しようとするも屈強な警備部員はビクともせず、そのまま連行された。一夏の叫び声が小さくなり、やがて聞こえなくなる。一夏が連行されるのをジッと見ていた私を、管制室で作業をしている生徒達が気の毒そうに見ていた。
「どうした! 手を休めてる暇は無いぞ!やる事はいくらでもあるんだからな!!」
「「「は、はい!!」」」
パンパンと手を叩き一喝すると、皆は慌てて作業に戻った。それを確認し、私は何気なく一夏から没収した白式の腕輪を見つめた。
「俺の力か・・・・力に溺れ、大切な事を忘れたお前にはその資格は無いよ、一夏」
今はやるべき事が山程ある。私は感傷を振り切るように白い腕輪をポケットに仕舞い、前を向いた。
~side end
~明日奈side
織斑先生の事情聴取が終わり、私達は兄さんの様子を見に行く事で意見が一致し、医務室に向かった。
医務室の前まで来ると、大勢の人達がいた。箒や静寐を始めとしたクラスメイト、鈴やティアナなどの他クラスの娘、虚さん、黛先輩などの上級生まで来ていて、その数は数十人に上っていた。
「皆・・・・一体どうしたの?」
「どうしたって、貴女達と同じよ明日奈」
「じゃあ、皆兄さんを心配して?」
「ああ、あの場面を見たら心配に決まってる」
「まだ先生からは何も教えて貰えないんだよ~」
私の疑問にティアナや箒、本ちゃんが答えた。
「皆さん、まだ聞いてませんでしたのね。志狼さまは一命をとりとめて、今は医療ポッドに入って治療中だそうです」
「「「「ええええーーーっ!!」」」」
「何でセシリア達が先に知ってるの!?」
「織斑先生が教えてくれたんですわ」
「いや、まあ明日奈は肉親なんだから先に教えていてもおかしくは無いか」
セシリアの一言に皆が驚く。ナギの問いにセシリアが答え、箒も納得していた。そんな時、医務室の扉が開き涼子先生が出て来て、
「貴女達、静かになさい! ここをどこだと思ってるの!?」
「「「「す、すいませ~~ん!!」」」」
普通に怒られた。まあ当たり前だよね。そんな中でティアナが先生に詰め寄った。
「先生! 志狼の容態はどうなんですか?皆心配してるんです。教えて下さい!!」
真っ直ぐに問うティアナに感じるものがあったのか、涼子先生が困った顔をする。
「とは言ってもねえ?一応守秘義務があって・・・・あら、貴女確か妹さんだったわね?」
困った顔で周りを見た涼子先生と私の目が合った。
「は、はい!!」
「貴女なら肉親だから構わないか・・・・いいわ、入りなさい。他の娘は駄目よ。後で彼女から聞くようになさい」
涼子先生はそう言うと私を中に入れてくれた。
医務室に入ると所謂学園の保健室と言った室内の奥にある特別医療棟へ通された。
そこは完全に病院だった。診察室や入院用の病室、手術室などがあるが、医師や看護師(当然、全員が女性だ)を数名見掛けただけで、生徒の姿は無かった。
先生に連れられて廊下の一番奥、目的地である集中治療室に私は入った。そこには3m程の大きさの医療ポッドが鎮座しており、治療液で満たされたその中には酸素マスクをした兄さんが全裸で入っていた。
「兄さん!!」
兄さんの姿は酷いものだった。両腕と胸から下の肌が重度の火傷により焼け爛れていて、見るも無惨な状態だった。
「・・・・・・酷い」
「一時は全身の4割に及ぶ火傷で危なかったけれど、何とか一命はとりとめたわ。今は再生液に漬けて皮膚の再生を行っている所よ」
「・・・・元には戻るんですか?」
「・・・・残念ながら完全に元に戻る事は無い、と思って頂戴」
「!?」
「現代医学の粋を集めた、ここIS学園集中治療室でも彼を完全に治すのは難しいの。ある程度の痕が残るのは覚悟しておいて」
「そんな───」
明日奈は悲痛な表情で眠る志狼を見つめる。
「更に鞭打つようで悪いんだけど、何らかの障害、例えば麻痺とかが残る可能性もあるわ」
「!!それじゃIS操縦者としては」
「そうね。復帰はかなり難しいわ」
「そんな!・・・・先生、兄さんはいつ頃目覚めるんですか?」
「麻酔が効いてるから当分目を覚まさないわ。少なくとも丸1日は眠ってるでしょう」
「そう、ですか・・・・・・」
本音を言えば、このまま兄さんの側にいたい。でも、側にいたとしても自分に出来る事は何も無いのが、私にも良く分かっていた。
「・・・・分かりました。また明日来ても?」
「ここに来ても辛いだろうし、あまりお薦め出来ないわね・・・・目を覚ましたら知らせるから、貴女も少し休みなさい」
「・・・・はい、失礼します」
私は後ろ髪引かれる思いで、集中治療室を後にした。皆に何て説明すればいいんだろう・・・・
~side end
~志狼side
───白、白、白。
辺り一面が真っ白な世界。いつか見た夢の世界に、俺はまた来ていた。
相変わらずの白い砂浜。丘の向こう側からは波の音が聞こえるから、あの黒い海があるのだろう。ここにボーっと突っ立っていても仕方がない。俺は波の音がする方へ行ってみた。
丘を登るにつれて、以前は感じなかった眩しさを俺は感じていた。そして、丘の上まで来てその正体を知った。
以前は黒かった海。その水平線の向こうから真っ赤な太陽が昇っていた。
燦然と輝く太陽を見つめていると、白と黒の2色しか無かった世界に色がついているのに気付いた。太陽の赤、空と海の青、白い砂浜の先には緑の木々が見える。
以前の水墨画のような世界から、原色だけとはいえ色がついて鮮やかになった世界。その光景に俺はしばし目を奪われていた。
そんな光景をどのくらい見ていたんだろう。不意に制服の袖を引っ張られる感覚がした。そちらに目をやると、以前会った白い少女がそこにはいた。
「君は・・・・?」
俺の袖をつまんで太陽を見ていた少女は、俺の方を向いて呟いた。
「またあえた」
相変わらず白い大きな帽子を被っている為、目許は見えないが、その口が嬉しそうに笑みを形作るのが分かった。以前会った時は3、4才くらいに見えた彼女だが、今はもう少し上5、6才くらいに見える。───この短期間で成長していると言うのだろうか?
俺はしゃがんで彼女と目線を合わせると、気になる事を訊ねてみた。
「なあ、どうしてこの世界は前と違って色がついているんだ?」
「いろいろおぼえたから」
「覚えた? 君が?」
少女はコクンと頷く。
「まえにあったときはうまれたばかりだった。でも、いまはいろいろおぼえた。だからせかいがかわったの」
その言葉に、俺は彼女が何者なのか分かった気がした。
「そうか。君が前より大きくなってるのは君が成長したと言う証なんだね」
俺がそう言うと、彼女は嬉しそうに何度も頷いた。
「今、こうして会えたのは君が呼んでくれたからかい?」
「それもある。でも、マスターのからだがよわってるから。そういうときはこちらにきやすくなる」
そう言われて驚く。自分が負傷した事を俺は今、思い出した。
「・・・・ひょっとして俺、死にかけてる?」
そう聞くと、彼女はフルフルと首を横に振った。
「いのちはたすかる。でも、そーじゅーしゃとしてふっきするのはむずかしい」
「そうか・・・・」
どうやら俺はかなりの重傷らしい。これは参ったな。
「でも、だいじょーぶ」
彼女が何かを確信したかのように呟く。
「大丈夫? どうして?」
「もうすぐおかあさんがきてくれる」
「お母さん?君の?」
彼女がコクンと頷く。
「おかあさんがきてくれれば、もうだいじょーぶ。マスターのケガもぜんぶなおしてくれるよ」
彼女が嬉しそうに笑う。だがちょっと待て。彼女の正体が俺の思った通りであるなら、彼女のお母さんと言うのは、まさか───!
その時、俺と彼女の間に風が吹いた。その風の強さに思わず目を瞑ると、
「もうじかんだ。またね、マスター」
彼女の声が聞こえる。
「待ってくれ、■■■───!!」
俺の声は風に消されて届かなかった。
そして俺は風に巻かれて意識を失った。
~side end
~束side
「よし、これでもう大丈夫」
私は自分が開発した医療用ナノマシンをしーくんに投与して、身体の再生を始めたのを見届けると、ホッと息を吐いた。
学園に潜入してしーくんを見付けると、思ったより酷い傷だったので、すぐさまナノマシンを投与した。
このナノマシンは私自身にも投与している優れ物で、肉体の新陳代謝を活性化させて、身体の傷をあっと言う間に治してくれる。ちょっとした擦り傷切り傷などはものの数秒で完治してしまうし、有害なウイルスなんかは侵入と同時に殺してくれるから病気にもかからなくなる。自動的に体調も整えてくれるから毎日健康、快食快便でいられるのだ。
そんなナノマシンを投与したのだから、しーくんの身体も凄いスピードで再生している。この調子なら2時間もあれば完全に元に戻るだろう。
ただ、このナノマシンにも欠点と言うか、人体の構造上仕方のない事がある。新陳代謝を活性化すると言う事は絶えず再生を繰り返すと言う事で、つまりは大量の垢が出る。まるで脱皮したみたいに。また、大量のエネルギーを必要とするので、後で無茶苦茶お腹が空く。こればかりはどうしようもないので、我慢して貰おう。
「怪我させちゃってごめんね。それと、箒ちゃんを守ってくれてありがとう、しーくん」
眠り続ける彼を見て、ふとサイドテーブルにボロボロのISスーツと腕時計があるのに気付いた。
「君は・・・・No.162か。君がしーくんのパートナーなんだね。どうだい?マスターは君を大切にしてくれるかい?・・・・・・そう、それは良かった。なら君もマスターの力になってあげなさい」
端から見ると独り言を言ってるように見えるだろうけど、私は久し振りに会った娘との会話を楽しんでいるのだ。
「それじゃ、またね、しーくん」
あまり長居すると怖ーい閻魔様に見つかってしまうかも知れない。私はしーくんに別れを告げて、病室を出た。
外に出ると、もう月が昇っていた。今宵は満月、優しい月明かりが周りを照らしている。そんな中を私はのんびりと歩いていた。
「ここまで来ておいて私に挨拶も無しとは、随分と水臭いじゃないか、束」
「あちゃ~、やっぱり見付かっちゃったか。久し振り、直接会うのは2年振りだね、ちーちゃん」
街路樹の影からちーちゃん──織斑千冬が現れた。
ちーちゃんはゆっくり歩いて来ると、私と3m程距離を空けて止まった。この距離が今の私達の距離。かつてはすぐ側で触れ合う事すら出来たと言うのに、悲しい事だ。
「単刀直入に聞くぞ。あの無人機はお前の差し金だな?」
「うん、そうだよ。あんなの束さん以外には作れないよ」
「!・・・・やけにあっさりと認めたな。ならば一体何の為に?」
「それはどっちの意味かな?無人機を作った事?それとも学園を襲撃した事?」
「両方だ」
「無人機を作ったのは必要だったから。学園を襲撃したのは、まあ所謂テストって事かな?」
「テスト?無人機のか?」
「ノンノン。違うよちーちゃん。無人機はとっくに完成してる。
「では何のテストだと言うんだ?」
「それはね、このIS学園が来たるべき脅威に立ち向かう力があるのか見極める為のテストだよ」
「来たるべき脅威だと?何だそれは?」
「それは近い将来必ずやって来る未曾有の危機。地球人類と言う種の存亡を賭けた生存競争。全ての有機生命体の天敵とも言うべきモノだよ」
「天敵? 宇宙人が攻めて来るとでも言うのか?」
「まあ、信じられないのも無理はないよね。でもねちーちゃん、3年以内にその時は来る。その事は覚えておいてよ」
私の警告に怪訝な顔をしながらも彼女は頷いた。
「解った。その件は頭の片隅にでもとどめておこう。所で束、お前何しに来たんだ?」
「ん?しーくんのお見舞いだよ?」
「しーくんって・・・・まさか結城の事か!?お前ら知り合いだったのか!?」
「そうでーーす!束さんとしーくんはお知り合いなのでしたーー!」
「はあ、お前がそんな呼び方をするのが私達以外にもいるとはな・・・・ん?ちょっと待て。お見舞いってお前何をした?」
私はしーくんに投与したナノマシンの効果を説明した。説明し終えるとちーちゃんは頭を抱えてしまった。
「束・・・・またとんでもない物を」
「でも、それを使わなきゃしーくんは操縦者として再起不能だったよ?それでも駄目だった?」
「・・・・いや、そんな事はない。むしろ礼を言うべきなのだろうな。所で副作用なんかは無いんだろうな?」
「無い無い。さっき話した不都合だけだよ・・・・・多分」
「おい!」
「いやあ~、実は男に投与したのは初めてだから、予想もしてない事が起こる、かも?」
「・・・・・・」
「だ、大丈夫だって。おかしな事にはならないから、うん」
ちーちゃんはジト目で私を見ていたが、やがて諦めたようにため息を吐いた。
「ハア、お前のやる事に一々文句をいっても仕方がないか。分かった。結城の体調にはしばらく注意しておく」
「さっすがちーちゃん、分かってるぅ♪」
私は話が終わったのを見計らい、胸の谷間から懐中時計を取り出して時間を確認する。
「あ、そろそろかな?」
私がそう呟くと、私とちーちゃんの間に何かが落ちて来た。完全に慣性を制御したそれは落下の衝撃など全く無く、わずかに風を巻いただけで静かに着地した。
私を認識したそれは光学迷彩を解いて姿を現した。それはニンジン型のロケット。私が移動の為に作った光学迷彩やステルス機能を備えたお気に入りの逸品だ。
「それじゃ、またね、ちーちゃん」
「妹に、箒には会って行かないのか?」
全く、この親友は痛い所を突いてくる。
「・・・・会いたいけど、今は会えないよ。私は相当恨まれてるだろうからね。しーくんのお陰で精神的に大分安定したみたいだから、もう少し時を置いたら会いに来るよ」
「・・・・それは逃げではないのか?」
本当に痛い所を突いてくる。そっちがその気なら!
「かもね。でもちーちゃん、私の事より自分の心配をしたら?これから大変だよ、いっくんは」
私がそう言うと、ちーちゃんは辛そうに眉根を寄せた。
「ぐ、ああ、分かってる・・・・しかし意外だな。一夏の奴が箒にした事をお前が知らない筈無いのに、未だにそう呼んでるとは」
「ふふーんだ。束さんは仏のように広い心の持ち主だからね」
「嘘つけ。堪え性の無いお前のどこが仏だ」
「ねえちーちゃん。『仏の顔も3度まで』って諺があったよね。箒ちゃんを泣かせた事でひとつ。今回箒ちゃんを危険に晒した事で二つ。もうリーチだよ?本当に気をつけないと、どうなっても知らないよ?」
私がそう言うと、ちーちゃんは顔を青くしながら言った。
「・・・・ああ、肝に命じておく」
「うん、そうして。それじゃ、今度こそバイバイ、ちーちゃん」
私はロケットを発進させ、学園を後にした。
~side end
~明日奈side
サアアアアアア────
汗ばんだ素肌に熱いお湯が流れていく。熱いお湯が身体を流れていく快感に、私はほっと息を吐いた。
医務室の外で待っていた皆に兄さんの容態を説明すると、ある者は泣き出し、またある者は悔しげに壁を叩き、そしてある者は俯き、唇を噛んでいた。
そんな皆に声をかけたのは、最年長の虚さんだった。虚さんは皆に「諦めるのはまだ早い。全ては志狼さんが目を覚ましてからだ」と言い、皆を励ましつつ、その場は解散させた。私にも声をかけてくれて、「シャワーでも浴びて気分を変えてらっしゃい」と言ってくれた。
自室に帰った私は虚さんの言う通り、こうしてシャワーを浴びているんだから、我ながら単純なものだ。
とは言え、シャワーを浴びる事で不安や後悔などが汗と共に流れてくれたのか、少しだけ気分が上向いた気がする。
ボディソープを泡立て、全身に満遍なく塗布する。肩から腕、お腹から背中、首筋から胸へ。箒のような規格外には敵わないが、クラスでも上位に入る大きさの胸は密かな自慢のひとつ。兄さんが巨乳好きだと知った時から励んだバストアップは、フランス人の亡き母の血のお陰か、中学の頃から着実に成果を現し、今尚成長中だ。
上半身の次は下半身。太股から足の爪先へ、くびれた腰から丸みをおびたお尻へ、最後に髪と同じ亜麻色の繁る股間へと。全身泡まみれになると、シャワーヘッドを壁から外して熱いお湯で洗い流す。
身体の後は髪。シャンプーをつけて丁寧に櫛梳る。長い髪は洗うのが大変だけど、兄さんがロングの方が好きだと知ってから伸ばし始め、今では背中までの長さをキープしている。
亡き母譲りの亜麻色の髪も私の自慢のひとつ。私は母方の血が濃く、姉妹でありながら妹の雪菜とは外見はほとんど似ていない。純日本人的な外見の彼女は、むしろ血の繋がらない兄さんと似ていると良く言われていた。
(そうだ──お父さんや雪ちゃんにも兄さんの事を知らせなくちゃ)
2人に兄さんの現状を知らせるのは正直気が重い。だけどこれは私の役目だ。気が重い云々と言ってる場合じゃない。私はシャワーから上がったら実家に連絡する事を心に決めた。
髪を洗い終えるとシャワーを止めて、鏡に映った自分をじっと見つめる。
そして、自分自身に問いかけてみた。
うん、私は今でも兄さんを愛している。それは兄さんのあの姿を見た後でも微塵も揺らいでない。兄さんに障害が残るというなら私が支える。今まで兄さんにはずっと助けて貰って来た。今度は私の番だ。辛い事もあるかもしれない。悲しい事もあるかもしれない。でもこれは私の役目。誰にも譲ってやるもんか!
私は両手で顔を叩いて気合いを入れ直す。
(───よし、行こう!!)
私は決意を新たにして、浴室を出た。
バスタオルで身体を拭いていると、部屋に備え付けてある内線電話が鳴った。
これが鳴るのは珍しい。友達ならば直接携帯にかけて来るし、寮長、副寮長の先生達も同様だ。ならばそれ以外の学園関係者からの連絡で、今最も連絡が来る可能性があるのは───!!
私はバスタオルを放り出し、全裸のまま慌てて電話に出た。
「もしもし、結城です!」
『ああ、結城さん? 御門です』
思った通り、相手は涼子先生だった。
「先生、ひょっとして兄さんが目を覚ましたんですか!?」
『ええ、その通りなんだけど』
「? けど何です?」
『・・・・うん。やっぱり直接見て貰った方が早いわね。今から医務室まで来てくれる?』
「すぐ行きます!」
私は電話を切ると、直ぐ様部屋を飛び出そうとして、自分が全裸である事に気付いた。慌てて着替えて、濡れた髪も乾かさぬまま医務室のある学園本校舎を目指して走った。
「涼子先生!!」
私は扉を破らんばかりの勢いで、医務室に飛び込んだ。
「! びっくりした。まだ3分くらいしか経ってないわよ」
自室からこの医務室まで徒歩で約7、8分。それを3分で走破したのだから我ながら大したものだ。だが、そんな事はどうでもいい。
「先生!兄さんは!?」
「ちょっと、落ち着いて!今案内するから!」
私の勢いに圧されつつも、涼子先生は席を立ち、私を奥へ誘う。
特別医療棟に入ると、先程の集中治療室ではなく入院用の病室に通された。そこには───
「兄さん!?」
兄さんがベッドに寝かされていた。私の声に兄さんがゆっくりと目を開けた。
「・・・・・・明日奈」
「ああ、あああ───っ兄さん!!」
私は思わず兄さんに抱き付いた。信じられない事にあれだけ酷かった火傷の痕が綺麗さっぱり消えていた。まだ身体に力が入らないようだけど、抱き付いた私の頭に優しく手を置いてくれた。
「兄さん、良かった。兄さん!」
後から後から涙が溢れて来る。
「・・・・心配、かけたな・・・ごめん、な、明日、奈」
私は溢れる涙も拭わぬまま、兄さんを見つめて、声を出そうとした、その時、
グウウウウゥゥゥーーーーッ!
突然鳴り響いた音に私の涙が止まった。私は兄さんと顔を見合わせると、
グウウウウゥゥゥ~~~ッ、キュルルッ!
再び音が鳴り響いた。
「兄さん・・・・・・」
「明日奈、俺・・・・腹が、減った・・・」
その、あまりの情けない顔に私は思わず笑ってしまった。
「プッ、クスクス、うん。ちょっと待って。先生、兄さんに何か食べさせても?」
「そうねえ、重症患者なんだから本来なら重湯くらいしか胃に入れちゃ駄目なんだけど、検査の結果、全くの異常無し。懸念してた後遺症も無く、完全に健康体なのよねえ、彼」
「え? それじゃあ兄さんが弱ってるのは、お腹が空いて力が入らないだけなんですか!?」
「まあ、そうなるわね。本当、信じられないわ」
私はベッドでお腹を鳴らしてる兄さんを見て、泣き笑いの顔で絶叫した。
「もう、散々心配させといて、何よそれーーーーっ!!」
~side end
~志狼side
一夜明けて、次の日。俺は特別医療棟の病室に入院していた。
御門先生に写真を見せて貰い自分がかなりの重傷だったと知った。あれだけの火傷が今は見る影も無い。ピンク色の新しい皮膚が再生されて傷ひとつ見当たらないのだ。但し、身体がちっとも動かせない。手を上げるのも一苦労で、身体を起こす事も出来ないのだ。
御門先生の所見では身体のエネルギーが足りていないのだと言う。俺の身体は再生に全てのエネルギーを使い、今尚再生中の為、カロリーの摂取量と消費量では圧倒的に消費する量が多くなっている。その為に身体を動かす力が足りないのだろうと言われた。いずれ摂取量が消費量を上回れば、安定して身体も動かせるようになるらしい。
昨夜もとにかくカロリーの高い物をと、甘い物を食べまくったが、全く足りていない。今日もこれから明日奈が色々作って来てくれると言うので待っているのだ。
ノックの音がして誰かが入って来る。明日奈かと思いきや、先生達であった。織斑先生、真耶先生、御門先生の3人だ。
「志狼君! もう、あれだけ無茶しちゃ駄目って言ったでしょう!!」
寝たきりで動けない俺を見て、真耶先生は泣きながら抱き付いて来た。余程心配をかけたのだろう、泣きながら抱きしめられつつ、お説教されると言う珍しい体験をしてしまった。
抱きしめられると言う事は当然あの巨大な胸に顔を埋める事になり、お説教されてる間、俺は天国にいた。
お説教が終わると素に戻って、抱きしめてる事に気付いて真っ赤になって恥ずかしがる真耶先生。相変わらず我が師は天使であった。
真耶先生のお説教を苦笑しながら見ていた織斑先生達だったが、俺の身体のあり得ない回復について何か心当たりが無いか御門先生に尋ねられた。
俺は正直に夢の中で会った白い少女との会話の内容を話し、彼女のお母さんとやらが何かしたのではないかと報告した。
俺の話に御門先生は怪訝な顔を見せ、真耶先生は夢の世界に心当たりがあるのか、少女の正体については言明を避け、それでもその娘を大切にするようにと言われた。そして織斑先生はじっと何かを考えているようだったが、話を終えて病室を出る時に変な事を聞いて来た。
「結城、お前は篠ノ之束と会った事があるのか?」
「いいえ? ありませんけど」
「本当か?」
「本当です。そもそも博士の顔は公開されてないじゃありませんか。仮に会ったとしても分かりませんよ」
「そうか。そうだったな」
篠ノ之束博士は国際指名手配されている。にも拘わらず顔が公開されていない。これでは指名手配の意味が無いとは思うが、博士の危険性を鑑みて、一般人が無暗に手を出さないようにする為の措置だと言う。結局彼女への対処は政府筋にしか出来ない訳だ。
だから仮に街中で会った人が博士だったとしても、俺には分からない。よく考えたらこっちの方が危なくないか?やはり顔は公開すべきだよなあ。
「おかしな事を聞いたな。忘れてくれ」
そう言って先生達は出て行った。
しばらくすると、再びノックの音が。今度は明日奈であった。
「兄さんお待たせ。お腹空いたでしょ?」
そう言って入って来たのは明日奈だけではなかった。箒にセシリア、神楽や静寐、ナギ、清香、ゆっこといつも昼食を共にするメンバーが一緒だった。
明日奈は大量のおにぎりやおかずの定番、鶏の唐揚げやハンバーグ、豚のしょうが焼きと言ったとにかくカロリーを大量に摂取出来るものを作って来てくれた。
1人でこれだけの量を作るのは大変だったと思ったら、箒や神楽、静寐も手伝ってくれたのだそうだ。俺は皆に礼を言って、食べ始めた所で問題が起こった。
「はい兄さん、あーん」
先程も言ったが俺は身体を動かせない。手を上げるだけでも一苦労の今の状態では食べさせて貰うのも仕方がない事なのだが、さも当然とばかりに食べさせる明日奈を見た皆が自分もやりたいと言い出したのだ。
箒には自分が作ったと言う唐揚げをあーんして貰う。「これは、いいものだな」と彼女はご満悦だった。因みに唐揚げはとても美味かった。
セシリアにはハンバーグを一口大にしてあーんして貰う。「うふふ、これって楽しいですわ」と彼女はとても楽しそうだった。
神楽は箸の使い方がとても美しく、一番食べやすかった。彼女にそう言うと頬を赤く染め、恥じらっていた。可愛い。
静寐は何だか手慣れている感じがしたので聞いてみると、お母さんが病気になった時にやった事があるのだそうだ。ただ、俺にあーんした後、「でも男の人にやるのは初めてです」と照れていた。とても可愛い。
清香とナギは2人して張り合うように食べ物を口に入れるので忙しなかった。清香はハンドボール部、ナギは陸上部とお互い運動部に所属し、何かと張り合うライバル同士なので、2人で何かやると必ず競争になってしまうのだ。ただ、今回はやめて欲しかったな。
最後にゆっこだが、彼女は食べさせるよりも、大量にあるおにぎりを食べたそうにしていたので奨めると嬉しそうにおにぎりを頬張っていた。彼女は大食いと言う訳ではないが、お米が大好きなのでおにぎりには目がないのだ。
それぞれタイプの違う美少女達に入れ替わり立ち替わりあーんして貰ったのだから、世の男達からしたら羨ましがられるようなシチュエーションの筈なんだが、却って疲れた気がした。
食べ終わると学園の現状を教えて貰った。
まずクラス対抗戦の結果は、俺と簪の同時優勝と言う事になり、副賞の「食堂のデザート半年間フリーパス」は1組と4組に配られるそうだ。
乱入して来た3機のISについては現在調査中であり、恐らくはどこかのテロリストによる犯行として片付けられるだろうとの事。実際便乗して犯行声明を出しているテロ組織がいくつもあるらしい。実際に戦った明日奈や簪、俺にも箝口令が出されているそうで、誰にも話さないようにと念を押された。
最後に織斑の処分だが、2週間の懲罰房行きと反省文1000枚、更に白式の没収となったそうだ。ある意味当然だと言えるし、人によっては甘いと言うかもしれない。これだけの罰を受けて変われなければ、織斑一夏は本当に終わりだ。俺としてはどうでもいいが、織斑先生の気持ちを考えれば善い方に変わってくれたらいいと思う。
色々と教えて貰い、皆に改めて礼を言うと皆は帰って行った。明日もまた来てくれるそうだが、あーん合戦はもう勘弁して欲しい。
しばらくすると、またもノックの音がして誰かが入って来た。
誰かと思いきや簪達クラス代表団であった。
「志狼さん、良かった」
言葉少なげに呟く簪。相当心配させてしまったようで申し訳ない事をした。
「心配かけたな簪。皆もすまない。身体は動かせないが怪我はもう治ってるんだ」
俺のその言葉にそんな筈はないと訝しむティアナに、ならば脱がして見てみろと言って上だけ脱がせる。顔を赤くしながらパジャマを脱がすティアナには妙に嗜虐心をくすぐられた。
脱いで見せると皆も納得したようだ。パジャマを着直すのにギャラクシーさんが手を貸してくれた。彼女はやけに熱の籠った視線を俺に向け、
「結城さん、昨日の戦いはお見事でした。強力な敵機に敢然と立ち向かい、皆を守り抜いた貴方を私は同じ操縦者として尊敬します」
「あ、ありがとう。でも戦ったのは俺だけじゃないよ」
「勿論明日奈も簪も素晴らしかった。ですが私が最も感銘を受けたのは貴方なんです!」
「そうか。そう言って貰えるのは素直に嬉しいよ、ギャラクシーさん」
「私の事はどうかヴィシュヌとお呼び下さい」
「分かった。俺の事も志狼と呼んでくれ。改めてよろしく、ヴィシュヌ」
俺はゆっくりではあるが、右手を上げると俺の意図を察したヴィシュヌはその手を両手で握って、
「はい、志狼!」
そう言って眩しい笑顔を見せた。
そんなヴィシュヌの後ろでは鈴が「ヴィシュヌが笑った」「ヴィシュヌがデレた」「さすがだわ志狼、いっそジゴ狼に名前を変えるべきね」などと喚いていた。こいつ、身体が動くようになったら覚えてろよ。
「そう言えば、よく大人しくしてたな鈴」
俺がそう言うと鈴はビクッと反応した。
「な、何の事かしら?」
「いや、敵機が乱入して来た時、お前の性格上、乱入して来てもおかしくなかったと思ってな」
「・・・・・・」
何だか凄く気まずそうな鈴の様子を不思議に思った俺にティアナがそっと耳打ちする。
(クスクス あの娘ったら簪に負けたのが悔しくてあまり人の来ないトイレで泣いてたらしいの。そうしたら隔壁が降りて来て、閉じ込められちゃったんですって)
(ISは?鈴なら甲龍で隔壁破壊して出て来そうだけど?)
(ISは整備の為にピットに置いたままだったの)
(じゃあ隔壁が開くまでそのままか。あれ?と言う事は鈴の奴織斑の失態を見てないのか?)
(そうなのよ。だから未だに織斑一夏への処罰に納得行かないみたい)
何ともタイミングが悪いと言うか、またしても織斑の失態を生で見る事が出来なかった鈴。果たしてこれが彼女にとって吉と出るか、凶と出るか。
そう言えば鈴の奴、今日から自室謹慎の筈じゃなかったか? その事を指摘したら「あ、明日からちゃんとするわよ!」と慌ててたので、ヴィシュヌにお目付け役を頼んでおいた。
病室に長居するのも悪いから、と20分程で皆は帰って行った。
しばらくすると、またもノックの音がして誰かが入って来た。
誰かと思いきや刀奈であった。
「は~い、志狼。調子はどう?」
「ぼちぼちだ。身体さえ動くようになればいいんだが」
「無理しちゃ駄目よ。貴方重症だったんだから」
刀奈はそう言ってベッドに腰を下ろす。
「今日はお見舞いがてら報告に来たのよ」
刀奈が言うには政府との交渉がまとまったそうだ。政府と話し合い、更識家が俺のバックに着く事を了承させたと言う。以後政府が直接俺に交渉する事は出来ず、更識家を通じてのみ交渉に応じる形になる。
更識家は政府に対して強味を持った事になり、政府は間接的にだが俺とのパイプを繋げる事が出来た。これにより俺と更識家双方に利点が生まれ、契約は成された事になる。
「でも本当に良かったの? 政府の連中貴方が私のハニートラップに引っかかったと思ってるわよ?」
「構わないさ。ある意味事実だしな」
「そ、そう。ならいいんだけど」
そう言いつつ顔を赤くする刀奈。照れたその表情が可愛かった。
「それと、護衛の件はどうなった?」
「そっちは問題ないわ。更識家の下部組織にうってつけの人達がいたから手配済みよ。貴方が外出するのに併せて動かすから外出する時は前日までに私に教えて頂戴」
「ありがとう。助かるよ」
「気にしないで。これも契約の内よ」
刀奈が顔を寄せて呟く。何度も嗅いだ彼女の甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
「あら?」
彼女の匂いに触発されたのか、俺の下半身が目を覚ましてしまった。
「・・・・そう言えば、命の危険に晒された動物は本能的に子孫を残そうとするって聞いた事があるけど、本当みたいね?」
刀奈が悪戯っぽく笑う。
「お、おい、刀奈?」
「そう言えば志狼、貴方今、動けないのよねえ?」
舌舐めずりして俺を見つめる刀奈。その様はまるで獲物をいたぶる猫のようだ。
「落ち着け、今はやめろって」
「あら?私がそう言った時、貴方はやめてくれた事あったかしら?」
「・・・・・・ないな」
「なら、諦めなさい。いつも責められてばかりなんだから、今日は私の番よ♪」
「おい、だから、やめ───!!」
この日、俺は刀奈に初めて1本取られた。
俺はベッドの上で気だるさと心地好さがない交ぜになった独特の気分を感じていた。
(ちくしょう、刀奈の奴、身体が動くようになったら絶対啼かせてやる)
刀奈は妙にツヤツヤした顔をして帰って行った。因みに最後まではしてない。手と口だけだ。
しかし、あいつはどんどんエロくなるな。その内太刀打ち出来なくなるかもしれん。
そんな事を考えてるとまたもノックの音がして誰かが入って来た。
誰かと思いきや虚さんと本音の布仏姉妹だった。
「志狼さん、お加減はいかがですか?」
「しろりん、大丈夫?」
「虚さん、本音も、わざわざありがとう。身体は動かせないけど、怪我の方はもう治ってるんだ」
俺は現状を報告して、心配ないと告げた。用意してあったパイプ椅子を奨めると、本音が鼻をヒクヒクさせて「何か変な匂いがする~?」と言い出した。虚さんまで「そう言えば・・・」とか言い出したので、俺は薬品の匂いだと言ってごまかした。納得した?のか2人が椅子に座り、本題に入る。
「志狼さん、今日はお見舞いもありますが、整備科長としてお話があって参りました。先日から頼まれていました整備科への協力要請ですが、この度正式に受理されました」
「と言う事は?」
「はい。今後企業から直接バックアップを受けられない場合は企業に代わり、私達整備科が全面的にバックアップします」
「ありがとうございます」
これで懸念材料がひとつ減る事になる。外部の人間が入るのが難しいこのIS学園で、整備科の協力が得られるのは大きな強味だ。俺は素直に喜んだ。
「・・・・つきましては志狼さんの専属整備士なんですが、本来3年生が専属に就き、1、2年生を部下にしたチームで行動するのですが、今回強く立候補した者がいまして・・・・」
虚さんがそう言うと、本音が立ち上がり、言った。
「しろりん、ううん、志狼さん。私を貴方の専属整備士にして下さい!」
と言って頭を下げた。
「本来なら1年生の本音に専属になる資格はないのですが、この娘には私自らが整備のイロハを教えてあります。お恥ずかしい話ですが、この娘以上の整備士は現在整備科には私と薫子さんしかいないんです。下手な上級生を専属にするより余程良いと思うのですが、如何でしょう?」
俺はしばし考えて、本音に質問する。
「本音。専属整備士になると言う事をちゃんと理解してるか?」
「うん。私の整備した機体で志狼さんは実戦に出る事もある。機体に不備があれば操縦者の命が危険に晒される。専属になると言う事は操縦者に命を預けられると言う事。互いの信頼関係がなければ成立しないって事」
一瞬、俺と本音の視線が交錯する。
「うん。俺もそう思う。それを踏まえて、俺が最も信頼出来る整備士は誰かと考えたら───君しかいなかったよ、本音」
「志狼さん!!」
「クス やっぱりしろりんの方がいいな。本音に呼ばれるのは」
「ありがとう!しろりんだーい好き!!」
そう言って本音は俺に抱き付いた。意外と豊満な本音の胸に顔が埋まる。本音、隠れ巨乳だったのか───!
埋まった顔を出して至近距離から本音と見つめ合う。
「布仏本音さん。俺の専属整備士になって力を貸してくれますか?」
「はい。結城志狼さん。私は貴方の専属整備士として貴方を守ります!」
俺達は額をくっ付け合い、微笑み合った。
「これからもよろしく、本音」
「うん!しろりん♪」
これってまるでプロポーズのようだと後から気付いて俺と本音は互いに赤面した。しかし、それ以上に赤面し、固まってしまったのはそんな場面を間近で見せつけられた虚さんだった。
布仏姉妹が帰って行った。固まってしまった虚さんは「本音が私より先に大人になってしまった」などと呟きながら、本音に背中を押されて出て行った。
帰り際、本音から絃神のスタッフに紹介して欲しいと言われたので、身体が動くようになったらと約束した。
そうこうしている間に日が暮れて夜になった。
用意された夕食を食べて(因みに突然現れたなのはさんとフェイトさんが食べさせてくれた。食べさせた後、少し話をして帰って行った。
少しずつではあるが、身体が動かせるようになって来た。回復するには食って寝るのが一番だ。俺はそのまま眠りに就く。
明日には完全復活するように祈りながら・・・・
~side end
~?side
正面のスクリーンに色々な映像が写し出される。
割れたガラス片が散らばる管制室、ドミノのように倒れ壊れた機材、グラウンドに空いた大穴等々。
「次はこれだ」
そう言って映し出されたのはISバトルの動画。水色がかった銀の機体に終始圧倒される赤みがかった黒い機体。途中わずかに盛り返すも、結局黒い機体は銀の機体に敗れてしまった。
「以上だ。何か質問はあるかね?」
「はい。何故これらの映像を私に?他国の代表候補生同士の試合ですし、私には関係ないのですが?」
「本当にそう思うかね?あの黒い機体『甲龍』に誰が乗ってるか知らない君ではあるまい」
「ぐっ」
痛い所を突いて来る。確かに、あれに乗ってるのは私の───
「・・・・政府は私に何を求めているので?」
どう考えても分が悪い。これは素直に話を聞いた方が良さそうだ。
「ふむ。やはり君は優秀だ。では単刀直入に言おう。君には日本へ行って貰う。IS学園に編入するのだ」
「! ちょっと待って下さい! 私が学園に入学するのは来年の筈では!?」
「事情があってね。まあ、今見て貰った映像のせいなんだが」
「・・・・あの映像は何なんです?」
「最初に見て貰ったのは学園に転校して3日と経たずに彼女──凰鈴音が壊した物だよ」
「────はぁ?」
「管制室で模擬戦を見学していた彼女は、贔屓にしている男が負けそうになるやISを展開し、アリーナに乱入した。あの映像はそうやって彼女が壊した物を証拠として残した物だよ」
私は頭を抱えていた。何をやってるのよ、あの人は───!!
「そして試合の動画はつい先日IS学園で行われたクラス対抗戦の試合の模様だよ」
それは知ってる。あの試合は私もテレビで見ていた。
「彼女の試合を見てどう思うかね?」
「どう、と言われても・・・・」
まあ、言ってやりたい事は色々あるけど。
「不様だと思わないかね。あれは相手を完全に舐めきってるよ。だから初撃をいきなり食らってSEを半分以上持ってかれてる。結局後半でもこの時やられた分を取り返せず負けた。これを不様と言わずして何と言おうか」
「・・・・お言葉ですが言いすぎでは? 仮にも他国の代表候補生に対してその発言は禁止事項に抵触しますよ」
「構わんよ。これは中国支部の支部長が言ってた事だ」
「───なっ!」
それが本当ならあの人かなりやばい立場にいるんじゃ・・・・
「凰鈴音は次代の中国代表の最有力候補。このような不祥事や不様な試合をするようでは困るのだよ。そこで君の出番だ。君にはIS学園に編入して、彼女──凰鈴音のお目付け役になって欲しいのだよ」
「・・・・何故私なんですか?お目付け役なら彼女より序列の高い候補生がいるではありませんか。他国の候補生である私の出る幕はないでしょう?」
「本気でそう言ってるのかね?だとすれば我々は君を買い被っていた事になるが?」
「! 失言でした。私が彼女の従妹であり、多少なりとも言う事を聞かせられると踏んでの事ですね?」
「うむ。その通りだ。実は既に中国との間に密約が交わされているのだよ。中国は凰鈴音のお目付け役として君を借り受ける。我が台湾は中国から第3世代機の設計図を譲渡される。お互いに利がある話なのだよ。後は君次第と言う訳だ」
そう言われて私はこの話が断れない事を理解した。但し、保身の為にも確認しておかねばならない事が幾つかある。
「幾つか確認しておきたいのですが?」
「何かね?」
「私は彼女とはもう3年も会っていません。そんな私に従妹と言うだけで拘束力があると期待されても困ります。場合によってはお目付け役として充分に機能しない事もあり得ます。それでもよろしいので?」
「構わんよ。君を派遣したと言うだけで我が国の面子は立つ」
「もうひとつ。彼女は専用機持ちです。場合によっては力で押さえ込む必要があると思うのですが」
「ああ、分かってる。だから君にはIS学園編入に当たり専用機を用意した。中国から譲渡された設計図を元にして作られた量産型甲龍の専行試作機『
モニターに1機のISが映し出される。緑がかった青(後で知ったけどピーコックブルーと言うらしい)の機体。三叉の尻尾が付いているのが特徴的だ。これが私の専用機!
「ページワンでありながら長らく待たせたが最新鋭機だ。これなら君も納得してくれるだろう。どうかね?」
「はい!ありがとうございます支部長。このお話、お引き受けします!」
「結構。よろしく頼むよ、凰乱音くん」
こうして私の日本行きが決まった。かの地で運命的な出会いが待っているとは、今の私には知るよしもなかった。
~side end
~?side
部屋の扉をノックする。
「入れ」
扉を開き中に入ると、この部屋の主である基地司令の前に立ち、敬礼する。
「お呼びですか、司令」
「良く来たな少佐。楽にしろ」
「ハッ!」
私が休めの姿勢を取ると、司令が話し始める。
「まず、君の専用機が完成したと連絡があった。隊の指揮を副官のハルフォーフ大尉に引き継いで、工場に赴き機体を受領せよ」
「ハッ!了解しました!」
「少佐。君が専用機を使いこなせるようになるのにどのくらいかかる?」
「今の自分なら1週間もあれば完全に使いこなしてみせます」
「結構。では2週間後、君は日本へ行って貰う。IS学園へ転校だ」
「学園へですか?」
「そうだ。元々君は4月に入学する筈だったのだ。専用機の完成が遅れた為に今の時期に転校と言う形になったが、当初の予定は変わらんよ。我が国の力を存分に見せ付けてやれ」
「ハッ!了解しました」
私は司令に敬礼し、部屋を辞する。
日本。織斑教官がいる国。久し振りにあの方に会えるのは素直に嬉しいと思う。だが、
「・・・・織斑一夏、か」
教官の輝かしい経歴に唯一の汚点をつけた許されざる者。そうかと思えば学園に入学してからも問題を起こして、周りに迷惑をかけ続けていると言う、最早教官にとって害悪でしかない愚物。
(貴様のような奴が教官の側にいるなど、私は許さない───!)
私は怒りに燃える片方だけの瞳を、遠く東の空へ向けた。
~side end
~?side
社長室の扉をノックする。
「入れ」
扉を開けて部屋に入ると社長が私をジッと見つめていた。私はこの人が苦手だ。初めて会った時から私を見つめる、この無機質な瞳がとても嫌だった。
「来たか。これを見ろ」
社長は一冊の冊子と履歴書を渡して来た。私は冊子を手に取る。
「───IS学園入学案内?」
「お前には2週間後にIS学園へ転校して貰う。経歴も用意してある」
私は社長の言葉に驚く。IS学園へ転校?どう言う事!? 混乱しながらも用意したと言う履歴書を手に取る。そして私は更に混乱した。
「社長、この経歴は───?」
「見ての通りだ」
そう言われてもう一度履歴書を見る。見間違いじゃない。
───シャルル・デュノア。性別、男。
そこにはそう書かれていた。
「どう言う事です!? これが私の経歴だと言うんですか!?」
「その通りだ」
「でも、私は女です!経歴だって全部出鱈目、これって経歴詐称になります!こんなんでIS学園に転校なんて出来る訳無いじゃないですか!!」
そう。学園のチェックはとても厳しい。軍事機密や最新技術が集まるIS学園は各国のスパイが狙っている。中には生徒として送り込まれたスパイもいるらしく、それらを排除する為に入学する生徒は徹底的に経歴を調べられる。こんな穴だらけの経歴なんてすぐにバレるに決まってる!
「その点は問題無い。既に対応済みだ」
「・・・・・・買収ですか」
「お前が知る必要は無い」
やっぱり。でも何でこんな危険な真似をする必要があるの? バレたらただでは済まないと言うのに。
「私を男として学園に転校させて、何をさせようと言うんですか?」
「いいだろう。説明してやる」
そう言って社長は説明を始める。
現在フランスは第3世代機の開発で欧州各国から遅れを取っている。その遅れを取り戻す為、フランスはとんでもない事を計画した。IS学園にいる2人の男性操縦者のどちらか、あるいは両方に接触して機体データを盗み出そうと言うのだ。
その為に必要なのは学園に入り込める人材。十代半ばで、IS操縦者としてそれなりの腕前を持ち、そして万が一失敗した時、使い捨てにしても構わない者。
そして、私に白羽の矢が立った。
その話を聞いて、私はこの人に親としての愛情を期待していたのは間違いだったと思い知った。
(私の選択は間違ってたのかな?)
この人に引き取られてから、いい事なんて無かった。継母からは邪魔者扱いされて、IS適性が高いと分かると学校にも通わせて貰えずテストパイロットとして働かされ、親としての温もりなんて与えて貰えなかった。それでもこの人はお母さんが愛した人だから、そう思ってたけどその結果が使い捨ててもいいだなんて、あんまりだよ・・・・
「お前はまだ知らなかったな。これがターゲットの2人だ」
そう言って渡されたのは写真付きの調査書。ノロノロとそれを手に取る。1枚目をざっと流し読み、2枚目を見て私は息を飲んだ。
(嘘───、志狼!?)
私はその人を知っていた。2年前に知り合った日本人。お母さんを亡くしたばかりの私を支え、助けてくれた人。もう会う事は無いと思っていた彼と学園で再会出来ると知って、私の胸が高鳴った。
「どうかしたのか?」
「! いえ、何でもありません!!」
今は私と志狼が知り合いだと知られない方がいい。知られたら絶対に厄介な事になる。
「お前にはラファールのカスタム機を専用機として与える。開発部に行き改造案を提出しろ。それと同時に男として振る舞う訓練も行うのでそのつもりでな」
「はい、分かりました」
「では行け」
社長は手を振って退室を促す。でも私にはまだ話があった。
「社長、ひとつだけお願いがあります。日本に発つ前に半日だけでいいので休暇を貰えませんか?」
「何故だ?」
「・・・・母のお墓参りに行きたいんです。しばらく会えなくなりますから」
私がそう言うと、社長は珍しく殊勝な顔をした。
「そうか・・・・いいだろう、出発前日に1日休暇をやる。シモーヌに会って来るといい」
「あ、ありがとうございます!」
頼んでおいて何だけど本当に休暇を、それも1日貰えるとは思わなかった。
「それでは失礼します」
私は社長に一礼して退室する。
社長室を出ると、壁にもたれて、ホッと息を吐く。緊張してたのか今になって体が震えていた。
社長──お父さんに引き取られてから、あの人とこんなに長く話をしたのは初めてだった。
ポケットから携帯を取り出してひとつの番号を探す。
───あった。
2年前、彼から別れ際に「何か困った事があったら連絡しろ」って教えて貰った番号だ。迷惑をかけると思い、結局、1度もかけた事は無かったけど、今、無性に彼の声が聞きたい──そう思った。
彼の番号を押そうとして───やめた。
(慌てる事はないよね。2週間後には会えるんだから───)
そう考え直して、携帯をポケットにしまう。
(もう一度会えたなら、貴方はまた、私を助けてくれるかな?───早く会いたいよ、志狼)
どこまでも青く晴れたパリの空を見上げて、私は遠い東の国にいる彼を想った。
~side end
読んで頂きありがとうございます。
皆さんが注目していた一夏への罰はこうなりました。甘すぎると思う人もいるかと思いますが、話の都合上、彼はまだ退場させる訳にはいかないのでご了承下さい。
束、来訪。流石に正面からは来ず、こっそりと潜入しました。千冬とは決して敵対してる訳ではないが千冬の立場上、警戒しない訳にはいかなくてこんな感じになっています。2人が再び並び立てる日が来るのでしょうか?
作中初の入浴シーンは流石のメインヒロイン明日奈になりました。サービスのつもりで書いたのですが、他にも明日奈の志狼への想いの強さを感じて貰えたらと思っています。
ヒロイン達のお見舞い。作中鈴が「ヴィシュヌがデレた」と言ってますがまだデレてません。フラグが立っただけです。今後もフラグが立つかどうかはまだ決めてません。
本音が志狼の専属整備士になりました。これで彼女も正式にヒロイン枠に入ります。
そして、新たなヒロイン3人。金と銀はともかくもう1人がここで登場するのは予想外だったのでは?これからの活躍にご期待下さい。
次回はGWの日常回。志狼のもうひとりの妹が登場します。