「ララちゃ~ん……、ゴメンちょっと、お水ぅ~……」
酔い潰れた一子が、奥のカウンターで突っ伏す。
「……ったく。それほど強くないクセにいっつも飲み過ぎるんだから」
そう言いながら、一子の前に水の入ったコップを置くララ。
怪盗団騒ぎから三年が経ち、世間は元の落ち着きを取り戻していた。
しかし、それは逆に言えば人々の心が再び『他人任せ』になっていく道へ徐々に歩み始めている…ということなのかもしれない。
それはさておき、再び政治部に戻った大宅一子だったが、相変わらず週の半分はここ『バー・にゅぅカマー』で酔い潰れている。
「アンタさぁ、せっかく元の部署に戻れたってのに、真面目に仕事しないとまた飛ばされちゃわよ?」
「んも~うっさいな~、ちゃんと……やってるってば……」
そう呟きながら、一子は睡魔に負けて動きを止めていく。
と、出入り口のドアが開き、二人の男性客が入ってきた。
「あら、いらっしゃい」
中年男性客二人は、カウンターの中央辺りに並んで腰掛ける。
「こういう店は、久しぶりだな」
「なかなかいい店だぞ? ララちゃん、ボトルまだあったっけ?」
「えーっと松っちゃんのは……、あーもう数滴って感じね」
「ちぇっ、じゃあもう一本。ロック二杯ね」
「まいど」
常連らしい男の名は松下。
そして今一人は、二年前の選挙で議員に返り咲いた吉田寅之助だった。
「松っちゃんのお友達? ……いや待って、アナタどこかで、あっ!」
「シーッ! 今夜はお忍びなんでね」
ララに口止めのポーズをする松下。
別に現役議員がオカマバーに出入りしようと犯罪ではないが、今はとかく週刊誌がうるさい。
あることないこと書き立てられぬよう、一応注意を払ってく必要はあるようだ。
「……しかしまあ、お前はよくやってるよ」
そう言いながら、松下はララから受け取ったグラスを寅之助とカチンと合わせる。
「いや、まだだ。世の改革は果てしない」
「相変わらず真面目だな、全く……。まあ、それがお前のいいとこなんだろうけど」
「フフ……。固い頭だからなあ。でもお前のおかげでここまでやってこれたんだ。ありがとう、松下」
「なーに言ってんだ。俺より、例の少年の力が大きかったんだろ?」
「ああ、あの少年か。そうだな……」
そう言って、思わず遠い目になる寅之助。
「……あの少年、いい目をしてたな」
「ああ。私は彼に救われた。だから、私も彼を絶対に救い出さなければならなかったんだ」
「お、まるでお前が怪盗団みたいだな。ハハッ」
と、松下の言葉に一子の身体がピクッと反応する。
「か……、怪盗団?」
「怪盗団か……。まさに義賊だったな、彼らは。そのヒーローに、私は彼を重ねていたのかもしれない」
そして、バーボンをグイッと飲み干す寅之助。
「ねぇおじさん、ちょっとその話……」
いつの間にか、一子が寅之助の隣の席に座っていた。
「その彼って……、え? あっ! ダメ寅!?」
「……はは、まだそのあだ名で呼ばれるわけだな」
「あーゴメンナサイゴメンナサイ! わ~るぎがあったわけじゃあ……」
「いいんだよ。そういう過去も全部、私は背負っていく義務がある」
優しく微笑む寅之助だったが、一子にとってのツボはそこではなかった。
「それはともかく、彼って誰? 怪盗団と重ね合わせた彼って……」
「ん? ああ、あの頃演説の手伝いをしていたバイト君だ。とても一直線なコでねぇ。私は、彼の正義感に大層勇気をもらったんだよ」
「……して、その彼の名は?」
「プライベートな話だ。それは控えておこう」
「んもう、ケチ! いいいじゃん、別にぃ!」
いじける一子をよそに、寅之助は再び松下と談笑。
この辺りの交わし方は、既に一流の政治家だ。
と、奥のテーブル席で何やら物音が。
「……え?」
同時にテーブル席の方へ顔を向ける一子、寅之助、そして松下。
そこには、一人の女性がテーブルにタロットカードを並べていた。
その中の一枚のカードを見ながら、ワナワナと手を震わせている。
「……ララちゃん、あれ誰?」
「ああ、最近よく来る専門学校生ちゃん。あのテーブル席をいいチップで予約してくれるんで、まあまあのご贔屓さんよ?」
「へぇ……」
その専門学校生の名は最上夢子。
秀尽学園卒業後、モード系の専門学校に進んで今年成人している。
その夢子が、暗い表情でタロットカードを見つめ、ひと言呟いた。
「これは……池杉くんじゃない……。誰か別の……、ハッ!!」
目を見開いた夢子の手から、ポロリとカードが落ちた。
それは、中央に『W』とだけ描かれた白紙のカードだった……。
(つづく)