夢子の手から落ちたカード、それを拾ったのは寅之助だった。
思い出すのは彼女と同世代の、バイトとして自分を手伝ってくれた彼のことだ。
寅之助が自分が行っていることは本当に正しいのか、ただの自己満足ではないのか。
そう何度も自答自問していた時に勇気づけてくれた。
彼は今はどこで何をしているのだろうか。
選挙で寅之助が議員に返り咲いた頃、地元に戻って行ってしまった。
あれから一度も顔を見ていない。
そんな思い出を脳裏から振り払うと、寅之助は手にしたカードを差し出した。
「大丈夫かな、お嬢さん。具合が悪いのなら医者を呼ぶか病院に連れて行くが」
「違う、大丈夫、池杉くんじゃないなら……」
具合なんて悪くない、と夢子は首を振りかぶる。
だが手渡されるカードを夢子は震えて受取ろうとはしない。
「……これって、タロットカード?それにしちゃ地味ね」
寅之助が困って立ちつくしていると、背後から顔を出した一子が呟いた。
確かにタロットカードは描かれている絵で何のカードかすぐに分かるように作られていることが多い。
愚者のカードならば能天気に歩いている人間が崖に落ちそうになっていても気がつかない。
正義のカードならば真っ赤な服を身にまとった人間が右手に剣、左手に天秤を持って王座に座っている。
しかしこのカードは文字だけがシンプルに中央に描かれ、他は真っ白だった。
「……Wか、だとすると、World、世界……というやつかな」
寅之助はしみじみとカードを見詰める。
松下はタロットカードなんて分からん、お手上げだとテーブルに戻って酒のグラスを手に戻した。
別に寅之助も一子も占いに詳しいわけではい。
それでも立場上、寅之助は決断の材料として占い師に見て貰うこともあるので知識として知っている、その程度だ。
すると落ち着きを取り戻した夢子が小さな声で呟いた。
「そう、W、世界のカード。0から始まった愚者が、21までの大アルカナの旅を経て世界を知る、その終わりを示すカードでもある」
ひぇ、と一子が寅之助の背に隠れる。
終わり、という言葉がなんとなく恐ろしいものに感じられたのだ。
世の乱れは数年前に怪盗団によって正されたというのに。
あの時のそこはかとない恐怖がまだ体には染みついているのだろうか。
一子の反応にララは苦笑した。
店には彼ら以外の客はいない。
だからあえてカウンターの中で彼らのやり取りを見届けるつもりのようだ。
「旅の終わり、か。なかなかに感慨深いものがあるね」
「正位置ならば完成や成就を意味し、逆位置ならば調和の崩壊を意味する……」
「調和の崩壊?だから驚いたの?」
やっぱり怖いカードなのかしら、と一子が隠れたまま呟いた。
しかし夢子は机を叩きながら立ち上がり、首を左右に振って見せる。
「違う!だってこのカードは正位置だったもの!幸せな結末と、次のステップを意味する……自由のシンボルなのよ!」
「だったら、なんで驚いたのよ……」
そう一子に言われ、夢子は再び顔をひきつらせた。
そして恐る恐る寅之助からカードを受け取ると、裏、表、とよく確認する。
それからやっぱり、と呟いて机に放り投げた。
ぱさりと音がするとタロットカードの上を簡素なカードが滑って行く。
「……だってこのカード、もともとは他のカードと同じように絵が描いてあったのよ。ワンドを持って月桂樹に囲まれた人間が……それが、消えたの」
「消えた!?」
思わず一子も、寅之助も、そして静観するつもりだった松下とララまで驚きの声を上げた。
皆の視線が集まる中で夢子はカリ、と爪を食む。
なんと説明すればいいのか夢子も分からなかった。
分からない中で、こうとしか表現しようがないという言葉を言い放つ。
「そうよ……世界が、盗まれたの」
(つづく)