「叫び声が聞こえたが、大丈夫か?」
にゅぅカマーの入り口を開いて姿を現したのは二人の女性だった。
一人は目にも鮮やかな赤い髪を巻いていて、もう一人は可愛らしいセミショートをしている。
二人は一子が昏倒しているのを見ると躊躇なく飛び込んできた。
「人が倒れている、救急車は?」
「まだ呼んでないわ、今さっき倒れたばかりで何がなにやら……」
赤い巻き髪の女性が脈を確認すると、これは、と喉を鳴らす。
「酒を飲みすぎたわけではないな?」
「え、ええ、ここに来る前にちょっとは飲んだかもしれないけど、うちに来てからはまだ一滴も飲んでないし、急性アルコール中毒になるほど飲みすぎる子でもないから」
だが皆の視線が集まる一子は身体から何かが抜け落ちたような、いや、抜けられないような、脱力をしたままだ。
脈も呼吸も正常、だが意識は昏倒していて呼びかけても答えない。
「ゆかり、これは無気力症患者に似ていると思わないか?」
「えっ!?待って、そんなこと……」
名を呼ばれた可愛らしい女性が救急車を呼ぶ電話をかけたまま一子を見下ろした。
そして否定できない、という表情でもう一人の女性を見詰める。
そんな二人にララは眉間を寄せた。
「無気力症患者って、たしか10年前にあった事件の……あら?ちょっと待って!」
はっとしてララは二人の顔に何度も視線を往復させる。
まだ若い夢子にはピンと来ていない様子だが、ララは驚いてハンカチで口を抑え込んだ。
「無気力症患者の時にスキャンダルになった、桐条家の一人娘、桐条美鶴じゃない!」
「ああ、そうだが、あまり騒ぎ立てないで欲しい」
綺麗な顔が困ったように苦笑を浮かべる。
すると今度は隣の女性にララのターゲットが移った。
「あなたは人気絶頂の特撮ヒロインの子よね、……そう、岳羽、岳羽ゆかり!」
「あ!私でも知っているわ、その名前!」
夢子の言葉に救急車に様子を伝えながらもう一人の女性がどうもー、と片手を上げる。
道を歩いているだけで男性は皆振り返ってしまいそうなほどの美人たちだ。
話を聞けばちょうど店の前を通りがかったところ女性の絶叫が聞こえてきたので、場所が場所だから事件や犯罪があったら大変と覗いてみたらしい。
なんとも正義感の強い二人にララが感心していると、外に救急車がやってきた。
まだ一子の意識は戻らない。
ふと、夢子がそういえばタロットの悪魔のカードはどこに行ったのだろうかと机に置きっぱなしになっていた厚みのあるカードに触れる。
するとその中の一枚がまるで意思を持ったかのように浮遊し、ララと話をしていたゆかりの頬に貼りついた。
「……、え!?」
驚くゆかりと夢子の視線がぶつかる。
自分ではない、と夢子は必死に頭を左右に振った。
そのうちにカードはゆかりの頬に溶け込むように消えていってしまう。
ララが目撃した一子と同じ状態だ。
そして次の瞬間、ゆかりの意識が混濁しその場に崩れ落ちた。
「ゆかり!?……ゆかり、返事をしろ!」
慌てた様子で美鶴が駆け寄る。
だが救急車に乗せられた一子同様、だらりと弛緩した四肢に力は戻らなかった。
「うそ、……そんな……」
慌てたのは美鶴だけではない、夢子も同じよう驚愕した表情でタロットを確認する。
そこからは恋愛のカードが消えていた。
* * * *
放射線、といっても微弱なものから強力なものまでさまざまだ。
妙の病院でも滅菌に使われていたり、より一般的であるX線撮影機なども放射線を発する。
テレビから放出されるほどの強さともなれば、ガンマ線レベルの過剰なエネルギーが必要なはずだが、それほどの力をテレビから人体に影響させる技術など確立されているのだろうか。
いや、実際に試験的放映はされた。
しかも三四半世紀も前に。
その方法が何等かによって流出し、何者かが実際の電波に乗せたとすれば、被爆した患者はどれくらいいるのか想像もつかない。
「……それにしたって情報が曖昧すぎる」
妙はもう一度曽祖父の残した医学報告書を幾度も確認した。
集合的無意識といえばユングが提唱した民族や人類に共通する意識下にはない元型のことだ。
個人的無意識の自我とは相反するもので、何度も夢に出てきたり、遠い地の民族神話が似た話なのもこれに由来すると言われている。
つまり、人間という個体に左右されない、遺伝子レベルで組み込まれているような無意識のことを指すのだが。
祖父の残した資料によればその集合的無意識が無気力症候群を生むという。
無気力症候群はいわゆる鬱病とは異なり、言うなれば退却神経症の親戚みたいなものだ。
噛み砕いて言えば個人の意識レベルではない心の奥底の無意識領域に、放射能が被ばくすることによって、数年前に話題になった無気力症を発症する可能性がある。
そんなところだろうか。
余りにも影響力が大きすぎて妙一人でどうにか出来るものではない。
「……こんなとき、モルモットくんがいてくれたら……」
小さな溜息は患者の妙を呼ぶ声にかき消されてしまった。
(つづく)