深夜ということもあり、ひとまず都内の救急病院へ運ばれた一子とゆかり。
二人とも呼吸はしているものの意識はない。
ストレッチャーに乗せられた一子とゆかりは、そのまま慌ただしく院内の奥へと消えていった。
「一体、何がどうなっているというんだ……」
美鶴が呆然とした表情で立ち尽くす。
と、そこへスーツ姿の男たちが数人足早に近付いてきた。
「桐条……美鶴さんですね?」
「何だ? お前たちは」
「警視庁の者です。こちらにも犠牲者が出たと聞いて伺いました」
「こちらにも? どういうことだ」
怪訝な顔で美鶴が刑事に問うと、後ろから聞き覚えのある声が。
「……数時間前、渋谷のスクランブル交差点で数十人もの人間が突如意識を失って倒れた。そして現場に駆けつけると、新宿の繁華街でも同じようなことが起こったとタレコミがあったんだ」
現れたのは、現在警視庁で若くして警視正となった真田明彦であった。
「あ、明彦!」
「美鶴、久しぶりだな」
「何でお前がここに来るんだ」
「今言った通りだ。こっちの被害者は誰なんだ?」
「いや、私が言いたいのは……、まあいい。被害者は……ゆかりだ」
「何っ!?」
「そしてもう一人、バーで飲んでいた女性。……その女性の悲鳴を聞いて店に飛び込んだはいいが、そこでゆかりも倒れてしまったんだ」
「……原因は何だ」
「分からん。……だが、不可解な事実がある」
「不可解?」
「ああ」
うつむき加減の美鶴が、悔しげな表情でにゅぅカマーでの出来事を説明し始める……。
* * * *
にゅぅカマー店内では、タロットカードを握り締めて震える夢子を、ララが腕を組んで睨んでいた。
「……アンタ、何者?」
しかし、夢子は答えることなくただ震えている。
「信じられないことだけど、二人ともアンタのカードが顔に吸い込まれてって倒れたのよ? そのカードは一体何? ……アンタ、何を企んでるの!?」
そう言ってドンとテーブルを叩くララ。
そこで、ようやく夢子は口を開く。
「わ……私知らない。私のせいじゃない……。カードが……、カードが勝手に……」
「そんなわけないじゃない! なんか仕掛けがあるんじゃないの!? 白状しななさいよ!!」
珍しく大声を張り上げるララ。
それは、大事なお客を危険に晒してしまった自らの責任への怒号にも見えた。
「ホントに……知らないの!!」
その場に泣き崩れる夢子。
ララもどうしようもなく、溜め息とともにうなだれる。
と、そこへ二人の女性が入ってきた。
「お邪魔します」
「……あの、悪いんだけど今夜は……」
断りを入れようとしたララの前に、一歩進み出るショートカットの女性。
「少しお聞きしたいことがありまして……」
そう言いながら、その女性が警察手帳を見せる。
「え? 刑事……さん?」
思わず身構えるララ。
「はい。新宿署の里中と申します。……こちらはSSRIの白鐘です」
女刑事は、今年になって稲羽署から新宿署へと異動してきた里中千枝だった。
そして今一人は白鐘直斗、御存じ元・探偵王子である。
現在直斗が所属しているSSRIとは特殊科学捜査研究所の略称で、官民出資の第三セクターである。
各警察署および警視庁に属する科学捜査研究所とは異なる特殊な組織であり、警察組織の手に余る高度な科学犯罪が発生した際に警視庁から依頼を受け、その優れた科学力と洞察力をもって捜査に当たっている。
その半官半民ゆえの柔軟性は、複雑化した現代の犯罪では大きな力となっているのだ。
「近所からの通報を受けて来ました。倒れたお二人は救急車で運ばれたんですね?」
「そうよ。……で、桐条のお嬢様が付き添ってくれたわ」
「桐条……、なるほど」
ひと言呟いた直斗が、店内奥へと歩を進める。
今では女性風体の直斗だが、そのボーイッシュな出で立ちは知性と行動力をダイレクトに表していた。
「二人が倒れる前、おかしな様子はなかったですか? 例えば頭痛や吐き気を訴えるとか……」
「そんなのないわよ。……このコのカードが二人を……」
言いかけて、ララは突然嗚咽を漏らして泣き始めた。
今になって、親しい一子が昏倒したことが実感してきたのだろう。
「……あ、すみません!」
千枝が申し訳なさそうにララの肩に手を遣る。
と、直斗の方は夢子の前に立ちはだかった。
「カードとは、それのことですか?」
直斗が夢子の持っているカードに手を伸ばすと、ふいに夢子が立ち上がる。
「わ、私は……!!」
と、勢い良く飛び出した夢子。
そのまま駆け出すと、店から走り出て行った。
「ちょっと! 待ちなさい!!」
千枝がその後を追って走る。
「……どういう、ことでしょうか?」
残った直斗がララに問う。
「信じないだろうけど……、あのコの持ってたタロットカードが空を飛んで、二人の顔に貼り付いたの! そしたらカードが顔ん中に入っていって……、で……で……」
「ふむ……」
神妙な顔つきの直斗が再び奥のテーブルの方へと向き直る。
と、床にカードが一枚落ちていた。
「おや?」
カードを拾う直斗。
見ると、真っ白なカードの中央で『W』の文字が金色に光っている。
「これは……、この輝きは……?」
* * * *
武見内科医院の時計が、午前0時を告げる。
と、待合室に一つの影が……。
(つづく)