「……足が、足が勝手に!!」
夜の街を走る夢子の足が、まるで意志を持ったかのようなリズミカルな動きで夢子の身体を誘導する。
「ちょっ……、何て足の速いコなの!?」
足の速さには自信のあった千枝だが、追っても追ってもその距離は開くばかり。
「ダメだ! しょうがない」
新宿駅前の交番に差し掛かったところで、今まさに警らに出ようと白バイに跨がる警官に千枝が走り寄る。
「先輩! すいませんソレ貸してください!!」」
「え、里中? ……うわっ!」
先輩警官を突き飛ばすようにして白バイに跨がる千枝。
そして、素早くエンジンを吹かせて発射する。
「ごめんなさ~~~い!」
夢子が走っていった方向へ白バイを走らせる千枝。
しかし、その視界に既に夢子の姿はなかった。
「くっそ、見失った!?」
細かい路地を走り回り、大通りへと抜け出た千枝。
その遙か前方に人影を見つける。
「……いた!」
スピードを上げる千枝。
しかし、夢子はバイク同様のスピードで前へ前へと走っていく。
「ええっ!? ……ったく。あ、直斗君? あたしまだあのコを追ってるから、とりあえずそっちよろしくね!」
無線で直斗に連絡しつつ、さらにスピードアップして夢子を追っていく千枝……。
* * * *
武見内科医院の待合室では、妙、暁、そして悠が立ったまま話し込んでいた。
「ちょっと待って。頭がこんがらがってきた……」
そう言って、妙が額に手を遣る。
一夜にして世間を喧騒に陥れた集団昏倒事件のことはともかく、その後聞かされた二人の話には理解が追いつかなかった。
暁による怪盗団騒動の告白。
これはまだ予想がついていたことだ。
しかし、悠の告白は常軌を逸していた。
「信じられないのは当然です。でも、俺たちは8年前、確かにテレビの中の世界でシャドウたちと戦い、この世界を救ったんです」
悠が真剣な表情で妙に語りかける。
そして、まるで観念したかのように薄笑いを浮かべながら、妙がそれに応える。
「……まあ、他人の心を盗むってのも考えてみりゃ現実離れしてるしね」
「そうです。実際、俺もイセカイでシャドウたちと戦ってたんですから」
「で、その時に必要だった薬を私から買っていたというわけね? ご立派ご立派」
そう言いながら、妙が二人に背を向ける。
「武見先生……!」
「……暁君。アナタ、いやアナタたちの不思議な力で今回の事件を解決できるかもしれないってことは分かった。でもね、私はタダの人間よ? 何の力も無い一介の内科医。ま、ちょっとばかし変な噂は身に纏ってるけどね」
「いや、そうとは限りません。何故なら、解決の糸口を他ならぬ先生が握っているかもしれないからです」
「私が? ……確かに原因かもしれない一つの事実は確認してる。でも、あまりに突拍子もない話で」
と、ここで悠が一歩前に出る。
「突拍子もない話なら、今俺がしたところですよ」
そしてニヤリと笑みを浮かべると、妙もつられるように苦笑い。
一瞬、暁が悠に嫉妬。
「大した自信ね」
「それだけが取り柄です。……で、貴女が突き止めた事実とは何ですか?」
「……コレよ」
そう言って、妙は曽祖父の残した資料を二人に見せる。
「原因は……放射線?」
暁が目を見張る。
「かもしれないってだけ。……それに、その出所が意味不明すぎる」
「テレビ……ですか」
悠がそう呟きながら、待合室のテレビに近付く。
「あの時、俺たちはテレビの中に入ってシャドウたちと戦った。でも、それはテレビという媒介を通して別の世界へ入ったということで、厳密には『テレビの中の世界』というわけではない」
「……え?」
妙が眉をひそめる。
「そうか。先生のひいおじいさんの時も、たまたまテレビを介していただけで……」
「それでもあり得ないことには違いない……」
暁の言葉を、妙はあっさりと打ち消す。
と、出入り口の扉がバタン!と開き、夢子が倒れ込むように中へ入ってきた。
「……あっつ! もう……ダメ……」
バッタリをうつ伏せに倒れた夢子の両足は、酷使され尽くし赤く腫れ上がっていた。
そこへ妙が駆け寄る。
「ちょっ……、大変。暁君、手伝って!」
「は、はい!」
と、妙と暁が夢子に触れた瞬間、バチッと火花が飛び散り、二人はその場から弾き飛ばされた。
「うわあああっ!!」
そして、夢子の鞄からタロットカードが3枚が飛び出し、それぞれ悠、暁、妙の額に貼り付いた!
と、そこへようやく追いついた千枝もバタバタと入ってきた!
「……え? 何? え? 鳴上君!?」
悠と暁の額には中央に『W』が描かれた真っ白なカードが、そして妙の額には死神のカードが。
しかし、一子やゆかりと時とは違い、カードが身体に溶け込んでいく様子はない。
それを見て、夢子の口が無意識に動いた。
「……コレハ……ショウチョウ」
* * * *
同じ瞬間、にゅぅカマーで直斗が持っていたカードも意志を持ったかのように天高く飛び上がり、店内の天井に貼り付いた!
「何っ!?」
天井を見上げる直斗。
ララも驚愕の表情で天井のカードを見遣る。
「……お店が、私のお店が……」
腰を抜かしてしゃがみ込むララ。
そして、直斗はポケットからペンライトのようなものを取り出し、天井のカードに向けて光を当てる。
カード全体に光を当てると、スイッチを消し、そのカードを見ながら直斗が呟く。
「特殊物質の反応はない。とすると、あの輝きや浮遊の仕掛けは科学的なものではない……ということか。ならば残る可能性は……」
直斗の目がギラリと光る。
そして、ポケットからスマホを取り出し、誰かにメールを打ち始める……。
* * * *
* * * *
ここは虚ろの森。
人が『虚無』を願い否定した時、生まれ出る閉ざされた空間。
この空間が生まれたということは、大衆の中で肯定と否定が渾然一体となり、巨大な『虚無感』が現出したということ。
それが何を意味するのか?
それによって何が起こるのか?
全てを把握できる者は誰もおらず、全てを知る者は大衆そのものである。
今、この空間に多くの人間の『心』が集結しつつある。
そもそも、この空間が生まれたのはこれで何度目だ?
いや、何箇所目かと言うべきか。
人の心に虚無感が宿る時、世界は破壊へのカウントダウンを始める。
しかし、『希望』と『絶望』がそのカウンターを止める。
それが『人間の業』というものだ。
では、『人間の業』は良きことなのか?
否。
人間が持つ業の心とは悪しき思想であり、自分本位の考えだ。
しかし、その心があるから、人々にそれぞれの自我があるから、人間は人間でいられる。
故に、人が誰しも陥る可能性のある『虚無』へのストッパーとして、現実的に必要な『心』があるのである。
人の『心』を支配するのは『心』そのものであり、それを打ち消すのもまた『心』である。
そのバランスが、今また崩れかけているのだ。
「どうすれば、この危機を乗り越えられるのですか?」
牢獄のベルベットルームで、ラヴェンツァが遠い目をして問う。
「大きな力、大きな心を司る力があれば、或いは……」
リムジンのベルベットルームで、マーガレットが答える。
そしてエレベーターのベルベットルームでは、エリザベスが珍しく無言でタロットカードを眺めている。
「どうしたのですか? お姉様」
テオドアがエリザベスの傍に寄り添う。
と、エリザベスの瞳から色彩が失われ、無表情のまま昏倒する。
「ちょっ、お姉様! お姉様ーーーっ!!」
* * * *
ガバッ!とベッドの上で上半身を起こす茶髪の少女。
「……何!? 今の……」
(つづく)