「……ペルソナッ!!」
琴音が自らのこめかみに向けて召喚器を撃った瞬間、世界は刻(とき)を失った。
そして同時に色彩も失われ、モノクロームの世界に全ての人間が閉じ込められた。
と、数秒後(時間が止まった世界で数秒後と表現するのもおかしいが)、武見妙だけがそこから抜け出て色彩と動きを取り戻した。
「……え? な、何!?」
死神のカードが額に貼り付いた時から身動きが取れなくなった妙だが、今は自由に身体を動かせる。
しかし、その額に依然カードは貼り付いたままだ。
「ちょっ……、これは? みんな……、止まってる?」
周囲を見渡す妙。
そこには、悠、暁、千枝、そして夢子がモノクロームの風景に溶け込んで固まっていた。
と、妙の頭に少女の声が聞こえてきた。
「この混乱を収めるには……、あなたが必要です」
声の主はラヴェンツァ。
続いて、マーガレットが妙に語りかける。
「あなたが持つタロットの暗示、それは死神。死神は直接的に『死』を扱う特殊なカード。それはすなわち、『生と死』を操る存在なのです」
「ちょっ……何? 誰なの!? 私は妙な力を持った覚えは……」
「言い得て妙ね」
「……ちょっと、ヘタなダジャレはよしてよ」
マーガレットの天然さが、妙の思考回路を正常に戻した。
「あの、誰だか知らないけど説明してくれる? 私に、いやみんなに何をしたの? 目的は何なの?」
「それは私にも分からないわ。ただ、この混乱は誰かが仕組んだ『虚無世界』への強制旅行。……でも、このままでは『強制』が『合意』になってしまう。それを阻むために、三つのワイルドを集結させたのです」
「ワイルド?」
「そう。あなたがよく知っている来栖暁、彼と一緒に現れた鳴上悠、そして……」
そう言って、マーガレットは大きく息を吸って叫んだ。
「エリザベス! そろそろ起きなさい!!」
マーガレットの声が届いたのか、床に転がっていたエリザベスの目がパッと開いた。
そして起き上がるや、代わりにテオドアがゆっくりと目を閉じ、バッタリとその場に倒れ込んだ。
「……おっはよーでございます」
*
同時刻、バー・にゅぅカマーでも直斗、明彦、そしてララがその動きを止めていたが、天井に貼りついたタロットカードがその色彩を取り戻し、小刻みに揺れ始めた。
そして、その内の1枚、中央に『W』とだけ描かれた真っ白なカードがヒラリと剥がれ落ちたかと思うと、そのまま消えた。
*
再び武見内科医院。
見知らぬ声たちに戸惑う妙の眼前に、突如一人の男が現れた。
「えっ!?」
現れたのは、青い髪で片眼を隠した、幸薄そうな細身の男だった。
「ちょっ……、誰? アンタ」
「……結城理」
「名前なんてどうだって……、ああゴメン。私が質問したのよね」
軽く自戒した妙は、ここでようやく理の額にカードが貼りついていることに気付いた。
それは、悠や暁の額にあるものと同じ『W』のカードだった。
「ちょっとそのカード……。ああなるほど。つまり、君も暁君たちと同類ってワケね」
「そうみたいだね」
他人事のように答える理。
ただ、理にはこれまでの事情が全て分かっているようだった。
奇妙なことだが、理は琴音と記憶を共有しており、琴音が知りえたことは全て自身の疑似体験となっていた。
ただ、二人は同時に存在することはできず、それはエリザベスとテオドアにもリンクしていた。
「僕たち3人のワイルドの力で、タロットの暴走を止めることができる……らしい」
「さっき、茶髪の女の子がそう言ってたね」
「ただ、それだけじゃゼロには戻らない。最後のひと手間、『死神』の力が必要……」
「ひと手間?」
眉間に皺を寄せる妙。
と、そこへ夢子がモノクロの世界から抜け出てきた!
「あ……、あなた!」
「ソウハサセナイ……、セカイハモウ、ウツロノモリヘトドウカスル!!」
夢子が両手を高々と上げて叫ぶ!
*
時間は再び動き出した。
そして、バー・にゅぅカマーの天井に貼り付いたタロットカードが次々と剥がれ飛んでいく!
その内の2枚が、明彦と直斗の頬に貼り付いた!
「な、何だ!?」
「こ……、この感覚は!」
明彦には『皇帝』のカードが、そして直斗には『運命』のカードが貼り付き、やがて粒子となって溶け込み、二人はその場にバッタリと倒れ込んだ。
*
親友・新島真の家で勉強中だっ奥村春の目の前に突如『女帝』のカードが現出した。
「……え? 何何?」
そして、カードは春の頬に貼り付いてそのまま溶け込んでいく。
「ちょっ、春! 春ーーーーっ!!」
真の叫びの中、春は意識を失った。
*
テレビで野球中継を見ている伊織順平。
その画面から、突如『魔術師』のカードが飛び出し、そのまま順平の頬に貼り付いた!
「うわっ! な、何だコリャ!?」
そして、カードが順平と同化するとともに、その身体は力を失った。
*
小西酒店で新酒の利き酒をしている小西尚紀。
その眼前に『刑死者』のカードが現出し、尚紀の頬に貼り付く!
「えっ!? ちょまっ! えっ!?」
そしてカードが頬に溶け込むや、尚紀は盃を持ったままその場に倒れ込んだ。
*
夜の教会で新手の研究をしている東郷一二三。
その盤面から、突如『星』のカードが現出し、一二三の頬に貼り付く!
「なっ! これはフライングメタモルフォーゼ!?」
と、カードはそのまま溶け込み、一二三は静かに盤面に突っ伏した。
*
自宅でゲーム中だった織田信也がふと振り返ると、空中に『塔』のカードが浮いていた。
「こ……、これは!?」
そのままカードは信也の頬へと貼り付いて溶けていき、ゲームオーバー音とともに信也の身体も力尽きた。
*
ファッション雑誌のライターとなっていた海老原あいは、今宵も原稿の執筆。
と、突如眼前に現れた『月』のカードに驚く。
「何なの!?」
そして、カードはあいの頬に貼り付いて溶けていき、あいもまたその場に倒れ伏した。
*
残業続きの国語教師・川上貞代は、今夜も職員室でカップ麺をすする。
と、積み上がった書類の中から『節制』のカードが飛び出し、貞代の頬に貼り付く!
「わっ! ちょっ、何!? お化けはやめて!!」
そう叫んだ貞代だったが、あえなく気絶した。
*
今夜も男に振られ、居酒屋で一人ヤケ酒の西脇結子。
「男なんて……、え?」
そんな結子の目の前に現出した『剛毅』のカードが結子には殊更イケメンに見えた。
「やっと来てくれたのね~~~!!」
両手を広げる結子の頬に貼り付いたカードはそのまま溶け込み、結子は幸せな表情でテーブルに崩れ落ちた。
*
ホテルの一室で翌日の講演の準備をしている吉田寅之助。
と、突如眼前に『太陽』のカードが現出し、寅之助の頬に貼り付く!
「ムッ!? なにやつ!?」
必死でカードを剥がそうとする寅之助だったが、カードはそのまま頬に溶け込んでいき、寅之助の意識も飛んだ。
*
自宅で入浴中の新島冴。
シャワーの湯しぶきの間から、そっと『審判』のカードが顔を覗かせる。
「え、ちょっと……、何!?」
ピタッと冴の頬に貼り付いたカードはそのまま溶けていき、冴の身体は湯煙の中へと消えていく。
*
「そろそろ寝るね」
「ああ。明日は俺も早いんだったな」
堂島家では、遼太郎と菜々子が就寝準備にかかろうとしていた。
と、二人の目の前に突如カードが現出!
そして、遼太郎の頬には『法王』のカードが、菜々子の頬には『正義』のカードが貼り付いた!
「何だ!?」
「お、お父さん!!」
そのままカードは二人に溶け込んでいき、親子は力なく崩れ落ちていった。
*
自宅でネットフレンドと文字チャット中の山岸風花。
そのパソコンモニターから、突然『女教皇』のカードが飛び出して風花の頬に貼り付く!
「えっ! 何!? どうなってるの!?」
同じ瞬間、そのチャット相手であった佐倉双葉の眼前にも『隠者』のカードが現れていた。
「カード? 何のマネだ?」
そしてカードは双葉の頬に貼り付き、次第に溶け込んでいく。
「いやあああああああっ!!」
「なんなんなんなんなん!?」
互いのモニターの前で二人は失神。
*
そして武見内科医院。
一瞬時間が止まったことを、悠と暁は本能的に感じ取っていた。
「……今、何かあったな」
「そうですね……。あっ!」
暁が叫んだ先には『戦車』のカードが浮かんでいた。
そして、そのカードは空中を走って千枝の頬へと貼り付いた!
「えっ!? 何!? 何なの!?」
驚く千枝だったが、瞬く間にカードは千枝の頬に溶け込んでいく。
「カードが……!」
「むぅ……」
その様子を見て思わず顔をしかめる暁と悠。
そして、千枝が気を失って倒れると同時に、二人の身体に自由が戻った。
「う、動いた!」
「……む、おい見ろ暁! あの奇妙な女がいない!」
「えっ!? ……あ、武見先生も!?」
と、刻(とき)を止める原因となった召喚器を撃った琴音の姿が、青い髪の男に変わっていた!
「やあ。ここにいたんだね」
そう呟いた理の指は、まさに『ひっくり返す』動作をしていた。
(つづく)