薄ら寒いような、暗い気配を感じさせるような一室で、一つの人影が大型のモニターと向き合っていた。モニターには現在のノイズの発生地点、奏と舞歌がいる公園を一望出来るように表示されている。人影が膝下のキーボードを手早く操作すると、モニターは今正に戦闘が始まった所をズームして映し出した。
クスクスと、人影の口から笑みが零れる。楽しげに感じられるその音の通り、ガングニールを纏い勇ましく戦う奏を見る顔は、喜悦に歪む。
「仕込みは順調……これくらいでいいかしら」
人影は一枚の紙を取る。A4サイズのその資料には、奏の顔写真と、様々な情報が記されてあった。その中でも一際目立つのが、『LiNKER』と書かれた欄にある数値、真っ赤な色でそこに書かれた数値は、隣にある平常値を大きく下回っている。
「不安要素が無い訳ではないけれど、今の所アレの目的も素性も読めないし……似合わないけれど、そちらは神頼みという事になってしまうわね。あとは……この二つ」
人影はその資料を放ると、映像の無かった小さなモニターの電源を入れる。
それには、舞歌と同じ位に見える銀髪の少女と、二課が保管する第4号聖遺物『ネフシュタンの鎧』が映っていた。
「楽しみね……本当に」
──
結論から言うと、奏とノイズの戦闘は数分かかることもなく、呆気なく終了した。
二人を取り囲んだノイズは、数こそそこそこ多かった物の今までの程でもなく、また割と密集するように出現したことから、奏の範囲技で一気に殲滅された。
そんな奏のギア姿を後ろから見つめる。ノイズの増援が来ないか警戒を払うその姿は、一片の曇りも無いように見えた。
しかし、そこに見える僅かな違和感。
(……あれ、奏……疲れてる?)
良く見なければわからない程度だが、奏の肩が上下しているように見える。表情は見えないが……注視すると、アームドギアも何かを訴えるように滅点する箇所があった。今日一日で二戦もする羽目になってしまったからだろうか。そう考えると申し訳無さを感じるのと同時に、自分に対しての苛立ちも覚えた。
「大丈夫みたいだな」
呟いた奏が落ち着かせるように息を吐き、ギアを解除する。光がパアッと一瞬だけ舞い、次の瞬間には遭遇した時のラフな服装に戻っていた。
「奏……」
「あー、その……えっとだな……」
人命救助の為とは言え、奏は一般人と思っている舞歌にシンフォギアを晒してしまったのだ。どう説明すればいいかわからず頭を悩ませる。正直に話してしまってもいいが、その場合彼女に不便な思いをさせてしまうかもしれない。しかし、このまま説明無しと言うわけにもいかないのは明白。
「なんて説明すればいいか……」
幸い、まだ通信は入ってきておらず、二課の方はまだ状況を把握していない様子だ。ならば、奏の報告次第でどうとでも出来ると言うこと。そのことを思い立った奏は、身内に嘘を付く事になるのを内心で謝罪しつつ、うんと大きく頷いた。
「舞歌、頼みがある」
「頼み……?」
「今日、あたしはここでノイズに襲われた。『一人』だったあたしはその場で力を使って、ノイズを撃退した……そうだよな?」
奏の言葉の意味はすぐに察した。要は、一人でこの公園に暇潰しに来た奏は偶々ノイズに襲われ、周りに誰もいないからシンフォギアを纏ってノイズを全滅させた。そこに天海舞歌等という人間は存在しなかった……そういう事らしい。
舞歌にとってもこの提案は悪くない物だ。シンフォギアを見たと報告されてしまえば、特機部二による事情説明はまだしも、監視等を受けることになるかもしれない。そうなれば此方の行動に支障を来すのは明白。そう頭の中で結論付けた舞歌は、こくりと頷いた。
「奏が、そう望むなら」
「そうか、ありがとな。今の事に付いては……出来る限りで説明するから」
──
「……えっとな、つまり……シンフォギアは対ノイズ専用の……パワードスーツみたいな物なんだ。で、あたしはそれを使って、ノイズを倒して回ってる」
「そう、なんだ……」
上記の言葉を最後に終了した奏によるシンフォギアの説明は、聖遺物関係等の言いにくい事柄を上手くはぐらかし、尚且つ説得力のある絶妙な物だった。シンフォギアの概要を粗方把握している舞歌にはそれを見破る事は容易かったが、言及する意味も理由も無いので素直に頷いておく。
「人には黙って怪物を倒すなんて、奏は特撮のヒーローみたいね」
「ははっ、仮面ライダーみたいなか?そう言われると、悪い気はしないな」
笑いながら、変身ポーズをとって見せる。それが微妙に古い物のなのは気にしないことにして。
「……ねぇ、奏」
「ん?」
「どうして奏は……その、シンフォギアを使おうって思ったの?」
「シンフォギアを?」
「だって、それは奏である必要がある?他の誰かでもいい。任せればいい。
……なのに、何で奏は、態々自分を危険に晒すような決断を出来たの?」
一瞬呆けたような顔をした奏は、質問を理解すると、苦虫を噛み潰したような顔を作った。舞歌の問いは、奏の過去に由来する物でもある。軽々しく人に話して良いものではないということも重々承知していた。
簡単には話せない。そう思った奏はそれには答えずに、質問を投げ掛ける。
「どうして聞きたいんだ?」
「それは……」
この答え次第、それで話すかどうかを決めよう。そう結論付けた奏は
静かに舞歌の答えを待つ。
数十秒かの時間を置いて、舞歌はゆっくりと口を開く。
「私は、自分で何かを決めることが出来ないから。自分の意志で、何かを決めることが出来るように、その道を探すために。私は、奏がシンフォギアを使う理由を聞きたい」
「そうか」
この時、奏は舞歌に話してやってもいいと思った。理由を語った時の舞歌の表情は、風鳴邸で翼の事を聞いた時のような、苦しみを滲ませた顔をしていたから。そして、自分の言葉が今の彼女に道を与える小さなきっかけになれると、不思議な確信があったから。
「……最初はな、復讐だったんだ」
「復、讐……?」
思い出されるのは、最悪の記憶、天羽奏の運命を大きく歪めた悲劇の記憶。
「ノイズに家族を殺されたんだ。だから最初はノイズを一体残らず殺し尽くす事しか考えなくて、その為にこの力……シンフォギアを追い求めた」
「復讐の、為……」
「散々苦労して、やっとシンフォギアを手に入れて……暫く戦ってきてな。
色々あって……いつだったか、気付いたんだ。こんな理由で槍を取ったあたしでも、誰かを笑顔にする事が出来るって事に。
それからは、ノイズに襲われている誰かを助ける為に、そいつの笑顔を守る為に。それが理由になった。
復讐を忘れた訳じゃない、それでも、それ以上に、あたしにはそれが大きな理由になったんだ」
「誰かを助ける為に……」
「そうさ」
微笑みながらそう言った奏は、照れたように頬を掻いた。
「……自分語りってのは、恥ずかしいもんだな。
ま、これがあたしの理由って奴だ」
「…………ありがとう。ごめん、辛いこと思い出させて」
「気にすんな、舞歌の為だ」
さらっと言ってのけた奏に、舞歌はなんだか気恥ずかしくなって俯いた。それをみた奏は朗らかに笑って、舞歌の頭に手を乗せる。
「自分で何かを決めるなんて、舞歌が考えているみたいに難しくないんだ。その時が来れば、自然と決断を迫られる。その時にどうするか、さ」
「私に来るかな、そんな時が」
「それが来るか来ないかは、自分が決める事だ。そうだろ?」
「……そうだね……」
自身の頭を撫でる奏の手に、暖かい何かを感じて、目を細める。辛い過去を口にしてまで舞歌の願いに答えてくれた奏に、大きいありがとうの気持ちを感じながら。
「……お、結構時間経ったな」
奏が指差した公園の時計、時針は9を指していた。そろそろ寮に帰らないと、誤魔化すのも厳しくなって来るだろう。舞歌はほんの少し、名残惜しさを感じながら、座っていたベンチから立ち上がった。
「そろそろ戻らないと」
「そうだな、あたしも帰るとすっかー」
「……本当にありがとう、奏」
「おいおい、あんまり感謝されるとちょっと調子のっちまうぞ。
……そうだ」
まるでいいことを思い付いたと言わんばかりの顔で、人差し指をすっと立てる。
「今度はあたしが困った時に、助けてくれよな。約束だぞ?」
「あ……」
それはほんの小さな、どこにでもあるような約束。それでも舞歌には、それがとても心地よく心中に響いた。だから、笑う奏に笑い返す。拳を突き出して、確りと答えた。
「……勿論!」